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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
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黄昏の帝國「砂の海に沈みし都(4)」

 呆れた顔でライザは目の前のアレンを見つめていた。

「本当によく食べるわね。胃の許容量を完全に超えていると思うのだけれど?」

 もともと日数をかける作戦ではなかったため、食料はあまり積んでこなかったが、そのすべてがこの小柄な〝少年〟に食い尽くされそうだ。

 兵士がそっとライザに耳打ちする。

「もう非常食量までなくなりそうなのですが……?」

「いいわ、全部出しちゃいなさいよ。今日中には城へ帰れるように、さっさと仕事を片付けましょう」

 そして、ついにアレンはすべての食料を腹に収めた。

「喰った喰った……次は昼寝でもするか」

「させないわよ」

 間髪入れずライザは言った。

 二人が向かい合って座るテーブルの上が片付けられる。

 アレンには常に銃口が向けられている。まるで尋問室だ。

 頬杖を突いたライザが身を乗り出してきた。

「では話を聞かせてもらいましょうか?」

「べつに話すことなんてないけど?」

「そちらから話さなくても、質問に答えてくれればいいわ」

「嫌だと言ったら?」

 アレンの頭に左右からライフルの銃口が突き付けられた。それがライザからの答えだ。

 動じないアレンを見るライザは楽しそうだった。

「銃を離しなさい。この子に脅しは無意味よ」

 頭から銃が離されたが、銃口は狙いを放さず指は引き金に掛かったまま。

 ライザは椅子に深く腰掛けた。

「まずアナタたちの目的から伺おうかしら」

「なんか俺もよくわかんないんだよね。トッシュに聞けば?」

「彼は捜索中、そのうち見つかるんじゃないかしら。それまでの間は、アタクシとアナタでお話ししましょう」

「ならそっちが話しなよ」

「そう、なら話そうかしらね」

 一息ついてライザは仕切り直し、話をはじめることにした。

「古代都市アララトの発掘調査を帝國が行ったのは、先代の皇帝の時代、アタクシがやってくる前の話よ。調査では数々の〝失われし科学技術〟が見つかったけれど、多くはすでにその場から持ち去られていたらしく、これと言った発見はなかったらしいわ。それでもずいぶんと帝國の役にはたったみたいだけれど。だからここには何も残っていない筈……なのにどうしてアナタはやって来たのかしらねぇ?」

「なにかあるから来たんじゃねえの?」

「人事みたいに言うのね。アタクシはアタクシなりに過去の資料を調べてみたのよ、それで見つけたわ〈スイシュ〉というオーパーツを」

「知ってるなら聞くなよ」

 ライザは微笑んだ。相手に目的を認めさせたのだ。

 さらにライザは話を続ける。

「帝國は結局〈スイシュ〉を見つけられなかったわ。もしかしたらここにないのかもしれないわね。アタクシはこの手で〈スイシュ〉を研究してみたいわ。手がかりがあるなら教えて頂戴。教えてくれなくても良いわ、アナタたちが見つけて来てくれれば」

「俺らが先に見つけてあんたに渡すと思ってんの?」

「それは力尽くで奪えばいいわ」

「言うねぇ~」

 たとえライザは科学者としての興味であっても、帝國の手に渡ることには変わりない。帝國は水を生み出す装置をなにに使うだろうか?

 ライザは席を立った。

「食後の散歩なんてどうかしら?」

「めんどくさい」

「そう言わないで、少し付き合ってくれないかしら?」

「はいはい、わかりました」

 アレンは銃で小突かれ、仕方なく席を立った。

 数人の兵士を引き連れてヘリの外に出る。そこからジープに乗り変えて都市の中心――巻き貝の塔へ。

 色褪せた塔の内部。

 外観と同様、装飾の数々は海を思わせ、かつての美しさの片鱗が感じられる。

 そこからさらに奥へと入っていくと、一変して金属的な作りになっていく。

「エレベーターは動かないから非常階段から降りましょう」

 先頭を切って歩くエルザが非常階段を降りはじめた。

 長い長い螺旋階段だ。

 途中にフロアへ出る扉などはなく、渦巻きがずっと底まで続いている。

 五分ほどかけて階段を下り、やって来た部屋はコンピュータールームだった。

 巨大なスクリーンや機器類は部品が外され、分解されて持ち去られてしまったのだろう。動力があったとしても、もうここは使い物にはならない。

 部屋の中心でライザが立ち止まった。

「ここから先がわからないのよね。調査によると、この下まで建物が続いているのだけれど、入り口がないのよ。構造上、あるとしたらこの部屋なのだけれど、それらしい物はない。どう、アナタなら探し出せるかしら?」

 顔を向けられたアレン。

「なんで俺なんだよ?」

「アナタならもしかしてって思っただけよ」

「俺にできるわけねえじゃん。こんなとこ来たこともねえし」

「それならそれでもいいわ。なにか手がかりがないか、アナタも探してくれないかしら?」

 アレンはその場を一歩も動かない。なにかを探す動作もしない。決して銃を突き付けられているからではない。動けない理由があるのだ。

 それをライザは言い当てた。

「嘘が下手なようね。アナタは入り口を探すことができない。だって探すフリになってしまうのだものね」

「はぁ? なに言ってんのアンタ?」

「惚けるのも下手ね。さあ、入り口を開けて頂戴。アナタは知っているはずよ」

「あんたの言ってること意味わかんねえよ」

 アレンはライザから目を背けた。

 この遺跡に来たときからアレンの様子は変だった。

 ――俺……あの天辺の部分、見たことあるような気がする。

 それはいつ、どのような状況で見た光景だったのか?

 本、写真、映像、幻、夢の中……それとも実際にその目で見た光景だったのか。

 ライザはなにを知っている?

「〈ノアの方舟〉」

 と、ライザは囁いた。

 アレンは顔色一つ変えなかった。

 さらにライザは付け加えた。

「〈ノアの方舟〉と呼ばれる施設がこの地下には存在している。なにか思い出したかしら?」

「いや、ぜんぜん」

「あらん、最後までアタクシに言わせる気かしら。人払いをして置こうかしらね、さっ、アナタたちこの部屋から出てってくれるかしら」

 ライザを兵士たちを下がらせた。

 二人っきりなり、アレンが逃げるのも今がチャンスかもしれない。

 〈ピナカ〉の銃口はアレンを狙っている。

 一発目さえ防げれば、あとはアレンの駆動力で乗り切れるかもしれない。

 しかし、アレンは何も事を起こさなかった。

「最後までって言ってたけどさ、なに言うつもりなんだよ?」

「それはアナタ次第ね」

「俺次第って言われても、なんもしんねえし」

「〈ノアの方舟〉は言わば隔離施設だった。すべては秘密裏に、アララトの研究者たちもほとんど知らなかったわ。アタクシもその存在に気づけなかった、今もその真の目的がわからないわ。ただ一つはっきりしていることは……そう、〈ノアの方舟〉はアナタが過ごした施設ってこと」

「ふ~ん」

 鼻を鳴らしただけのアレン。人を喰った態度だ。

 ライザは黙ったままアレンを見つめた。相手が口を開くまで待つつもりだ。

 沈黙の中、時間が過ぎ去っていく。

 こういう間にアレンは弱かった。

「話すよ、話せばいいんだろ。実はさ、記憶が曖昧なんだよ。ホント断片的にしかここのこと思い出せなくてさ、それもさっきやっと思い出したって感じで。入り口なら知ってるよ、たぶんだけどな」

「記憶が……そう……とにかく早く開けてもらおうじゃない。アナタの楽園への入り口を」

「はいはい」

 アレンは迷うことなく壁にある隠しパネルを見つけ、そこに両手を押し当てた。

《認証が完了しました》

 床からエレベーターがせり上がってきた。動力が生きていたのだ。

 エレベーターに乗り込んだ二人。

 問題なく稼働したエレベーターは、扉が閉まると同時に自動的に下へと向かった。

 ほどなくして止まり、扉が開かれた。

 なぜライザは楽園と称したのか、その答えは広がる光景にあった。

 地下施設にも関わらず、ここは人工太陽に照らされ、大地が広がり草木が育っている。ここにあるのは植物だけではなかった。動物の群れが遠くに見える――あれは羊だろうか、砂漠には珍しい長い毛に覆われた動物だ。

 ほかにも多くの動物たちと、鳥たち、昆虫や、流れる川には魚たちもいた。

 地下とは思えない広大な施設。

 どれだけ長い年月、幾星霜の年月をこの動植物たちはここで過ごしてきたのだろうか。

 ライザはこの世界を見回しながら言った。

「どう、ふるさとに帰ってきた気分は?」

「さあね、あんま覚えてねえし」

「そう、じゃあ感慨にふける必要はないわね。さっそく〈スイシュ〉を探しましょうか?」

「それはいいんだけどさ……一段落ついたから聞くけど――」

 アレンの瞳がライザを射貫いた。

 そして、こう言ったのだ。

「あんただれ?」


 ――数時間前のこと。

 玉座に座るルオの前に、ある女が姿を現した。

「どうしたライザ?」

 〝ライオンヘア〟は毛羽立って乱れ、後頭部を押さえて苦しそうな顔をしているライザ。

「何者かに襲われて、今までバスルームに監禁されていたのよ。この城の内部に敵が侵入していることは間違いないわ」

「ほう、客人とは珍しい。ほかに情報はあるかい?」

「鬼兵団との連絡がつかないわ。それと〝アタクシ〟がある場所に、兵を引き連れて向かったらしいわ」

「君が?」

「ええ、ここにいるのに」

「なかなか面白い話だ。どこに向かったかわかるかい?」

「それはすでに調べがついているのだけれど、問題は派遣された部隊とも連絡がつかないことだわ」

「ますます面白い」

 この状況を楽しむルオ。

 笑いながらルオは頬杖をついた。

「このまたとない面白い状況を愉しむには、ここに残るべきか、その場所とやらに行ってみるか」

「敵がまだ城の内部にいる可能性は十分あるわ。貴方には城を守る義務があるのではなくて?」

「それがつまらない、じつにつまらない。朕は城の中で退屈なのだ」

「わかりましたわ。ルオ様不在の指揮はアタクシが執りましょう」

「しかし、君の方が偽物だったらどうする?」

 それこそが敵の作戦かもしれないと考えるのは当然。ルオを厄介払いできれば、城を落とすのも容易くなるだろう。ルオはシュラ帝國の絶対者なのだから。

 ライザは頷いた。

「その可能性は十分に考慮するべきだわ。少なくともアタクシが二人は存在している以上、偽者が必ずいるということなのだから」

「君が本物だと証明できるかい?」

「それは難しいわ。偽者がどの程度アタクシを再現しているかわからないもの。DNA検査をするにしても、時間が掛かるわ」

「つまり君も信用できないわけだ」

「そういうことになりますわね」

 あっさりと認めた。

 ここにいるライザは本物か偽物か?

 一人の偽者がいるとしてら、二人目がいる可能性もある。

 ライザの偽者がいるのなら、ほかの者の偽者もいる可能性がある。

 疑えば切りがなくなる。

 ルオが玉座から立ち上がった。

「ならば二人でその場所に行くとするか」

「それでは侵入している敵に、どうぞ自由にしてください、と言っているようなものですわ」

「簡単に墜ちる城など敵にくれてやるよ」

「うふふふっ、貴方らしいお言葉ですわ」

 こうして二人を乗せた帝國の誇る空飛ぶ要塞――巨大飛空挺〈キュクロプス〉がアスラ城を飛び立った。


 大事故から生還した二人は、呆然としながら壁にもたれて座っていた。

 天地がひっくり返り、大地震が起きたような気がした。そのあとの記憶はあまり覚えていない。セレンはまだ少し痛むおでこを押さえた。

「死ぬかと思いました。もしかしたら死んでいるのかもしれません」

「だったら僕も死んでることになっちゃうけど」

 横に座るワーズワースは側頭部を押さえていた。

 燦々と照り輝く日差しを避け、日陰で休んでどれくらいが経っただろうか?

 気を失っているトッシュはまだ目を覚まさない。

 リリスは死んだように目を閉じて、壁にもたれて座っている。

 唾を飲み込んだワーズワースが恐る恐るリリスの顔を覗き込む。

「お婆ちゃん死んでませんよねー?」

「おぬしらが死んでもわしは死なんよ」

「わっ、生きてたのか!?」

 驚いたワーズワースは再びぐったりして壁にもたれた。

 少し時間が流れ、セレンが口を開く。

「あのぉ、やっぱりアレンさんを探しに行ったほうが?」

 すぐにリリスが反論する。

「こやつをどうする?」

 トッシュのことだ。

 じつはさっきも似たような話をしたばかりだ。

 場所を移動するなら、この大柄で重そうなトッシュを誰が運ぶか?

 小柄な少女のセレンには無理だろう。

 ワーズワースも細身で筋力も体力もあるとは思えない。

 二人の前で怪力を見せつけたリリスだが、このお婆さんに運んでくれと、セレンもワーズワースもなんとなく言い出しづらかった。

 何かが起こらない限り、この場でこうして過ごしそうだ。

「わたしのどが渇いてしまったんですが……」

 申し訳なさそうにセレンが言った。

「あ、僕はトイレに行きたくなっちゃいました」

 立ち上がったワーズワースは小走りで姿を消した。

 リリスはセレンに顔を向けた。

「車から取ってくればあるよ」

「……さっき出すべきでしたね。あの、いっしょに……」

「こやつはどうする?」

「……そうですよね、我慢します」

 乾燥した暑さは口から水分を奪う。

 セレンの唇はもうガサガサだ。

 そんな唇にそっと指で触れたセレンは、急に沸騰しそうなほど顔を赤くした。

 指で触れると、あのときの事故が思い出される。

 車が大回転しながら建物に突っ込んだとき、セレンは思わずワーズワースに抱きついてしまい、その拍子に……。

 顔を赤くしたセレンを妖しく微笑みながらリリスが見つめた。

「暑さにやられたのかい?」

「いえっ、べつに!」

 なぜリリスは笑っているのだろうか?

 たぶん見られていないはずなのに……。

 セレンはさらに顔を赤くした。

 あの出来事は自分の胸にしまって置こうとセレンは誓った。

 けれど、ワーズワースもそうしてくれるだろうか。

 心配のせいかわからないが、セレンは胸が苦しくなった。

 悶々としているセレンに構わず、リリスはあの時の遠い空を眺めていた。

「またお客さんじゃな。今度のはおっきいよ」

 ハッとしてセレンも我に返り、上空に目をやった。

 瞳を丸くしたセレン。

「あれは……」

 雲一つない広大な空を我が物顔で飛行する〈キュクロプス〉がいた。

 この状況で、リリスはじつに愉しそうに笑っていた。

「あれが現れたということは、皇帝自らお出ましと言うことじゃろうな」

「そんな、なんで……」

 そして、このタイミングでトッシュは目覚めようとしていた。

「……あ~っ……糞熱い……」

 目覚めたトッシュの瞳に真っ先に映った物体。

「〈キュクロプス〉かッ!!」

 眠気を引きずることなくトッシュは飛び起きた。

 さらにトッシュは辺りを見回して、ほかの自体にも気づいた。

「アレンはどうした!? あの若造もいないぞ?」

 まずセレンが答える。

「アレンさんはわかりません」

 次にリリスが答える。

「若造なら便所に行ったよ。帰ってこない様子を見ると、迷ったか大便でもしとるんじゃろう」

 〈キュクロプス〉の登場にトッシュは頭を抱えた。

「とにかく便所に行った大便野郎を待って、そのあとアレンを探しに行く。もしかしたらあの場所にまだいるかもしれん」

 と、そのとき、この場に人が近寄ってきた気配がした。

 セレンが振り返った。

「お帰りなさ……ッ!?」

 現れたのは紅く艶やかな花魁衣装の女だった。

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