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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
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黄昏の帝國「砂の海に沈みし都(3)」

 銃声がここまで響いてきた。

 この場で待つように言われていたセレンは居ても立っても居られない。

「今の銃声ですよね?」

 顔を見られたワーズワースとリリスは冷静だった。

「銃声なら敵と遭遇したってことだよね。だとするとここも危ないんじゃないかな」

「そうじゃな、他人の心配より自分の心配をしたほうがいいよお嬢ちゃん」

 二人とも雑談のような落ち着いた口ぶりだった。

 慌てているのはセレンだけ。

「ええっと、そうだ、トランシーバーで連絡します!」

 セレンはトランシーバーを使おうとしたが――。

「これどうやって使うんですか?」

 使い方がわからなかった。一昨日トッシュに教えてもらったばかりなのに。

 ワーズワースがトランシーバーを優しく奪った。

「僕がやるよ」

 周波数などはすでに設定してあるので、ボタンを押しながらしゃべるだけだった。

「こちらシスターとゆかいな仲間たちです、どうぞ」

 ザ、ザザザザザ……。

《こっちは取り込み中だ! あとにしろ!!》

 トッシュの怒鳴り声はトランシーバーの外に大きく漏れてきた。

 構わずワーズワースはしゃべる。

「敵と交戦中っぽいけど、どのだれとやり合ってるの?」

《帝國だ、帝國に待ち伏せされてた!》

「帝國に追われてるって話は僕聞いてないんですけど。まさか昨日の怪物も帝國の差し金だったりして?」

《そうだ、その昨日の奴と殺り合ってる最中だ!》

「げっ。やっぱりこっちも危ない感じだねぇ。こうなったら登ることはあとで考えるとして、そっちと合流しっちゃったほうがいいんじゃないかな?」

《もう黙ってろ!》

「まだ話の途中なんですけどー?」

 返事がない。

 最悪、やられた可能性もあるが、きっとシカトしているだけだろう。

 ワーズワースは二人と顔を見合わせた。

「どうしますお嬢さん方?」

 尋ねられても困るという表情をしたセレン。

 一方、リリスは遠くを眺めていた。

「ヘリがこちらに向かっておるな」

 まだ豆粒くらいだったそれが、だんだんとヘリコプターの全容を模っていく。

 シュラ帝國の軍事ヘリだ。どうやら戦闘用ではなく、輸送用らしい。とは言っても最低限の装備はついている。

 すでにリリスは車に乗り込もうとしていた。

「一先ず逃げるぞ。早う乗れ」

 エンジンが掛かった。

 立ち尽くしているセレンの腕をワーズワースが引いた。

「行くよセレンちゃん」

「あ、はい!」

 二人も車に乗り込み、アクセルが底の抜けるほど踏まれた。

 逃げる先は斜面の下――アララトへ!

「お婆ちゃんそっちじゃないよね!?」

 ワーズワースが叫んだ。

 それを無視して車は斜面を滑り落ちた。

 降りてきたのはいいが、アレンやトッシュの居場所がわからなかった。

 セレンはトランシーバーを手に取った。使い方はさっき見た。

「トッシュさん聞こえますか! 帝國の支援部隊が来たので、車ごと下に降りて来ちゃいました」

 応答はない。

 セレンの心配が募る。

「トッシュさん……大丈夫でしょうか?」

《大丈夫に決まってるだろう!》

 ボタンを押したままで通信が繋がっていたらしい。

 向う側からトッシュの荒い息づかいが聞こえる。まだ交戦中らしい。

《砂野郎、逃げても逃げても追って来やがる。物理攻撃は効かんし、どうしようもならん。おっ、今車が隣の道通りすぎるの見えたぞ!》

「本当ですか!? 今の道戻ってくださいリリスさん」

 セレンが運転席のリリスに指示を出した。

 すぐに車は急激なU字カーブをして、車内がGによって引っ張られる。

「きゃっ」

 後部座席のセレンは短く悲鳴を上げて、ワーズワースに抱きついてしまった。

「きゃっ」

 また悲鳴をあげてすぐにセレンはワーズワーズから離れた。

 少し頬を紅くするセレン。

 ワーズワースはにっこり笑っていた。そんな顔をされると余計に恥ずかしい。

 車の前方に人影が見えてきた。

 リリスは助手席まで躰を伸ばしてなにかをしようとしている。

 驚くワーズワース。

「お婆ちゃんなにしてるですか、ちゃんと運転してください!」

「なぁに、ちゃんと走っておるよ」

 リリスは呑気に言いながら、助手席のドアを開けていた。

 車はトッシュの真横を駆け抜けようとしていた。

 まさか!?

 外に伸ばされたリリスの手。

「さあ、掴みな」

 その手を掴んだトッシュが車に飛び込んだ。

 老婆とは思えない怪力でトッシュが車内に引き上げられる。

「うおっ!」

 トッシュは思わず声をあげた。

 砂がトッシュの足首に巻き付いた。

 土鬼の執念がトッシュの足首を捕らえたのだ。

 綱引きの縄のようにトッシュは両方から引っ張られた。

「ぐあっ、躰が千切れる!」

 足首に巻き付いている土縄は地面にしっかりと根を下ろしている。一方リリスの支えは片手で握っているハンドルのみ。リリスごと外に放り出されるのも時間の問題に見えた。

 車内が魔気に満ちた。

 トッシュの手を握る枯れた手が潤いに満ちていく。

 その姿を見たワーズワースは己の目を疑った。

「美しい」

 枯れ木のような老婆が美しい華に変化したのだ。

 そして、セレンもまたその姿をはじめて見て言葉を失った。

 妖女リリス。

 次の瞬間、土縄が限界までピンの張られ、急停止させられた車が激しく揺れた。

「くっ」

 歯を食いしばるトッシュ。肩が抜けたのだ。

 その衝撃を受けてもリリスは艶やかに微笑み、ハンドルも破損せずに耐えた。

 だが、驚くべきことが起きた。

 急停止したのは一瞬で、車ごと振り子のように振られたのだ。

 宙を飛ぶ車がさらに宙を飛んだ。

 まるでそれはハンマー投げだ。

 しかし、車は投げられることなく渦巻き貝の建物に叩きつけられたのだ!

 爆発した民家が破片を飛び散らせる!

 車は! 四人は無事なのか!

 崩れた民家に沈むように刺さっている車。

 そこにトッシュとリリスの姿はない。彼らは未だ土縄に繋がれ宙を振り回されていた。

 顔を傷だらけにしたトッシュ。

「今ので何本か骨が逝った……にも関わらず、リリス殿は……」

 顔にひとつも傷がない。傷などある筈がないのだ。こんな美しい顔に傷などある筈がない。すべての衝撃が物理法則を無視して、妖女リリスを避けたのだ。

 目の前でリリスを見つめてしまったトッシュは、今にも気を失いそうだった。

 人間ハンマーはまたも建物に叩きつけられようとしていた。

 リリスはトッシュの躰をよじ登った。

 密着する男と女の躰。

 魔気に当てられたトッシュはここが限界だった。意識が途切れた。

 リリスは構わず大柄な体躯を昇り、足首に巻き付いた土縄を掴んだ。

 土縄が溶ける。

「「ぐあああぁぁぁっ!」」

 至る所から土鬼の叫びが木霊した。

 土縄が途切れると同時に、解放されたトッシュの躰が天空に放り出された。

 魔鳥の翼のようにリリスの長い黒髪が靡いた。

 トッシュを胸の前で抱きかかえたリリスは舞い降りてくる。

 そして、羽毛のように地に降り立った。砂一つ舞い上がらない。

 リリスはトッシュを地面に寝かせ、広大な砂地に向かって微笑んだ。

「さあ、どこからでも掛かってお出で……坊や」

 マシンガンのように土弾が連射させた。

 リリスは避けようともしない。その必要がないのだ。

 土弾はリリスに触れることも敵わず、見えない壁に当たって溶けて消える。

「うぉぉぉっ、おらの攻撃が、なぜ効かねえ!」

「所詮、汝はアーティファクトに過ぎぬと言うことじゃ。一見して砂粒に見えるが、実際はその一つ一つが高性能のナノマシン。厄介と言えば厄介じゃが……」

 四方から現れた砂のカーテンがリリスを包み込んだ。

 土で固めて窒素させる気だ!

 それも触れることができたらの話。

 土のカーテンが溶けて流れる。

 何事もなかったようにリリスは微笑んでいた。

「ナノマシンが失われるたびに、汝の力は減退していく」

 リリスの視線の先で土鬼が人型を模った。以前は五メートルはあった身長も、今では一メートルほどしかない。広がる砂の大地は無限に思えても、土鬼の本体は限られているのだ。

「ぶっ殺してやる! おらは強い、負けねえ!」

「そう……己の能力をもっと匠に使いこなせたら、強くなれたじゃろうな。それでも妾には勝てんが」

 土鬼は致命的なミスを犯していた。

 妖しく輝くリリスの瞳は〝すべての土鬼〟を捉えている。

 今、土鬼は一箇所に集まっていた――人型として。

「お眠り……そして、決して覚めない悪夢の中で生き続けるがよい」

 リリスの躰から墨汁のような色をした何が噴出した。それがなにかはわからない。まるで生き物のように、例えるなら蛸のように、すべての触手を使って土鬼を丸呑みした。

「グギャアアアアァァァァッ!!」

 躰が溶かされる絶叫。

 創造主は土鬼に感覚の一つとして痛みを与えた。それがなければ、こんなにも苦しまずに済んだものを――。

 茶色い塊が地面に広がった。

 土鬼は滅びたのか?

 いや、リリスは悪夢を与えると言ったのだ。

 一粒のナノマシンが風に吹かれて砂と共に舞い上がった。


 火鬼は着物の帯を解き、それを穴の下に垂らした。

「ほうれ、これに捕まるでありんす」

「断る!」

 アレンは力強く言い放った。

 相手は敵だ。どんな企みがあるかわからない。

 拒否された火鬼は嫌な顔一つせず、逆に躰を火照らせて艶笑を浮かべた。

「嗚呼っん、つれないおひと」

 刹那、帯が生き物ようにしてアレンの胴に巻き付いた。

「やめろっ!」

「もう……放さないよ糞餓鬼!」

 口調が急に変わった火鬼は夜叉の表情をして帯を手繰った。

 アレンの躰が宙に浮く。

 そのまま穴を抜けて空高く引き上げられ、急に帯がほどけた。

 天高く放り出されたアレン!

 どこかで〈歯車〉の音がしたような気がした。

 空中でバランスを整えたアレンが地面に足から激突した。

 舞い上がる砂煙。

「てめえなにしやがる!」

 地面に片手をついているアレンは火鬼を睨みつけた。

「おほほほほほっ、愉快愉快。まるで小猿の曲芸のようでありんす。さあさあ、もっと遊んでくんなまし」

 敵を目の前にして火鬼は軽やかに舞い踊った。隙を見せているように見えるが、その舞いに隙はない。この舞いは武芸の一つであり、攻防の型なのだ。

 アレンは片手を地に付けたまま動けない。

「腹減ったぁ」

 このままではろくに戦えない。

 火鬼は鉄扇を構えた。

「そちらから来ないのなら、こちらから行くでありんす」

 鉄扇が風を切ったと同時に炎が起きた。

 炎舞だ。

 舞うと同時に炎の帯がアレンに襲い来る。

 アレンには避ける体力も残されていなかった。

 だが、炎はアレンを掠め飛んでいく。

 次々と放たれる炎はすべてアレンを掠めて後方に飛んでいくのだ。

「ほうれ、ほうれ、炎が怖くて一歩も動けないでありんすか?」

「いや……腹が減って動けない」

「おほほほほっ、おつな冗談を。けれど逃げ惑ってくりんせんと、つまらないでありんす」

「無理……腹が減ってて逃げるとか無理。もういいよ、早く殺せよ」

「依頼主から生け捕りにせよと言われてるでありんす」

 それは良いことを聞いたとアレンは笑った。

「わかった。なら抵抗しないから早く捕まえろよ。で、捕虜に飯喰わせろ」

「はい?」

「だから早く捕まえてくれって言ってんの」

「なら……死なない程度に痛めつけて捕まえてやるよ!」

 狂気を浮かべた火鬼が鉄扇を振るおうとしたとき、その場に帝國のジープが乗り付けた。

「はい、そこまでよ!」

 ジープから降りてきたライザはアレンと火鬼の間に割って入った。

 ライザは愛しい恋人にするように、繊手でアレンの頬を撫でた。

「どうしたの坊や、今日は元気がないわね」

「腹減ってんだよ。なんか喰わしてくれんなら大人しく捕虜になるけど?」

「ならまず銃を渡してくれるかしら?」

 アレンは懐から〈グングニール〉を素早く抜き、銃口をライザの眉間に突き付けた。

 驚きもせず、怯えることもなく、ライザは微笑んでいた。

「どちらが早いかしら?」

 ライザもまた、〈ピナカ〉をアレンの腹に押し当てていた。

 もしアレンのほうが早く引き金を引いたとしても、周りにいる火鬼や兵士たちが黙ってはいないだろう。

 一矢を報いるつもりなどアレンにはなかった。

「じゃあ、これ飯代ってことで」

 アレンは銃を指先で回して、グリップをライザに向けた。

 〈グングニール〉を受け取ったライザはアレンに背を向けて歩き出した。

「食事はヘリの中でしましょう。アタクシといっしょに」

 アレンが兵士に拘束され連行させる。

 その姿を見ながら書きは不満そうな顔をしていた。

「せっかくここまで出向いたってのに、嗚呼つまらないつまらない」

 その声を聴いたのか、ライザが振り返った。

「アナタの仕事はまだあるわよ。トッシュたちがまだどこかにいるわ」

「それなら土鬼がどうにかしてるでありんす」

 このとき、すでに土鬼はリリスにやられたあとだった。まだその事実を火鬼たちは知らなかった。

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