黄昏の帝國「砂の海に沈みし都(2)」
その都市は半分以上が砂に埋もれていた。
古代魔導都市アララト。
クレーターのように地面が大きくくぼんだ場所、つまり掘り起こされた場所にアララトはある。長い年月の間に砂に埋もれてしまった都市を、帝國が掘り起こしたのだ。それからまた月日が経ち、もう半分以上が砂に埋まってしまったようだ。
セレンはそのアララトを眺めながら感嘆していた。
そう、まるでその都市は――。
「巻き貝みたいですね」
いくつもの巻き貝のような建物があり、都市の中心にある巨大な巻き貝は塔のように聳え立ち、その高さは六〇メートルはありそうだ。
セレンの横ではワーズワースも瞳を輝かせていた。
「この光景を見ると、あの伝説は本当なのかもしれませんね。この都市はかつて海の上にあったそうです」
辺りは砂漠しかないこの大地に海があったなど、だれが信じるだろうか。
しかし、リリスは知っていた。
「そう、かつてこの都市は海の上に存在した。海上都市アララトと言えば、別名〝煌めきの
都〟と呼ばれるほど美しい場所じゃった。今は見る影も無い廃墟じゃがな」
建物の下部分は砂に埋もれており、入り口が塞がれてしまっている。入れそうな場所は窓だが、建物の中まで砂に侵食されていないことを祈るばかりだ。
この場に来て、アレンはまるで魂が抜けたように呆然としていた。心配になったセレンが声をかける。
「大丈夫ですかアレンさん?」
「…………」
「聞こえてますかぁ?」
「俺……あの天辺の部分、見たことあるような気がする」
アレンが指差したのは都市の中心にある巻き貝の塔。
ここまでやって来たが、なにか手がかりがあるわけではない。とにかく何かを探すしかない状況で、手始めに五人はその塔に向かうことにした。
クレーターのようにくぼんでいる砂の丘は、一度滑り降りたら登るのが大変そうだ。まるで砂地獄のようである。しかし、この斜面を降りなければ、都市に行くことはできない。
トッシュが皆の顔を見回した。
「降りるのはいいが、登ることはできないな。ロープもなにもない。こんな長いロープを調達するのも一苦労だ」
ワーズワースが手を挙げた。
「はい、ええっと、あの浮いてる車なら大丈夫じゃないでしょうか。浮いているから斜面なんて関係ないような気がしますけど?」
「駄目じゃな」
と否定してリリスは言葉を続ける。
「斜面が急すぎる。宙を浮いて走行していても、完全に引力を無視しておる訳ではないからの」
なにかよい手はないのか?
トッシュはお手上げだった。
「仕方ない、砂に埋まってるなんて予想してなかったからな。出直して準備を整えよう」
その矢先だった。
ふらふらとした足取りでアレンに足を踏み出し、そのまま転げ落ちていったのだ。
「あの馬鹿野郎!」
トッシュはそう叫んでから、三人の顔を見た。
「おまえらはここで待機だ。トランシーバーで連絡する。二人はリリス殿に守ってもらえ、じゃあな!」
トッシュも斜面を滑り降りアレンを追った。
すぐにアレンに追いつくことができた。
「おい、勝手な行動するな!」
「…………」
アレンは遠めをして歩き続けた。まるでトッシュの声が届いていないようだ。
「おいっ!」
「……待ってる……」
「は?」
「……楽園……俺はあの場所で……」
「頭大丈夫か?」
アレンの足は確実に巻き貝の塔に向かっている。
いったいアレンになにが起きているのと言うのだ?
気配がした。
地中からの気配にトッシュは気づいてアレンの腕を掴んだ。
砂を舞い上げ、地中から飛び出してきた完全防備の兵士たち。防具の紋章はシュラ帝國の物だった。
いくつもの銃口に狙われている。トッシュは銃を抜くことすらできなかった。ここで少しでもおかしな真似をすれば、躰が蜂の巣になるだろう。
さらにこの場に現れようとしている巨人。
砂の中から這い出して来た土鬼。
「トッシュ、トッシュ、トッシュ、トッシュ!」
「はいはいはいはい、俺様ならここにいるよ砂怪人。本当にしつこいぞおまえ」
「殺してやるーッ!」
土鬼は両手をドリルに変形させトッシュに殴りかかってきた。
戦う術がないトッシュは逃げることしかできなかった。
右往左往逃げ回るトッシュに向かって、ドリルアームがロケット弾のように飛んできた。
急いで伏せたトッシュの真上をドリルアームが掠め、兵士の躰を串刺しにした。
混乱する兵士たち。
危機が一転してチャンスになった。
「莫迦鬼が暴れてくれたおかげで助かったな」
トッシュは〈レッドドラゴン〉を撃った。
兵士の防弾ヘルメットを砕き飛ばした銃弾は、勢いを失わずに頭蓋骨を貫いた。
兵士たちの躰はプロテクターによって守られている。ヘルメットの目元部分だけが、防弾プラスチックであり、ほかに比べれば弱い。
しかし、そこを狙ったのはただのクセだ。
再び〈レッドドラゴン〉が咆吼をあげ、今度は胸のプロテクターを撃ち抜いた。
兵士たちは驚き慌てふためく。
たかが銃弾が帝國の最新鋭のプロテクターを貫ける筈がなかった。
〈レッドドラゴン〉が普通の銃弾を放つ銃ではなかっただけの話だ。
この銃は〝失われし科学技術〟によるもので、トッシュが古代遺跡で見つけた物だ。銃弾は拳銃弾ではなく、先の尖ったライフル弾を使用。このライフル弾も特別製で、八〇口径という気の狂れた仕様であり、一度の装填できる球数は四発。現在の技術であれば、もっと銃を大きくしなければ銃が衝撃に耐えられないだろうし、撃った本人も腕の骨が砕けるだろう。
ただ〝失われし科学技術〟を使っているらしいとは言え、魔導的な処理が施されているわけではないらしく、金属の製錬に〝失われし科学技術〟が使われ、ある程度の反動を抑え、銃の破損を防いでいる。そのためにはっきり言ってこれは不良品である。
抑えきれない反動が大きすぎて、常人が撃てば骨を折るか肩が外れるか、それとも指を持って行かれるか。片手で撃つなどとんでもない。
もしかしたら元々は、反動を抑える魔導処理が施されていたのかも知れない。それが長い年月によって消えてしまったとも考えられる。もしくは、人間用ではないのかもしれない。
そんな化け物をトッシュは片手で使いこなしていた。
トッシュの腕は鋼のように鍛えられているが、それだけでは化け物を手なずけることはできない。
秘密は服の下にある。
〈レッドドラゴン〉を握る手には、この銃と同じく遺跡で見つけたグラブがはめられ、グラブ、アーム、上半身のプロテクターとが繋がっており、衝撃を吸収すると共に筋力を増強して怪力を生み出す。
四発の銃弾で四人の兵士を仕留めた。
この場で待ち伏せしていた兵士の数が五人。一人は土鬼が仕留めてくれた。これで残るは土鬼のみだ。
しかし、化け物である〈レッドドラゴン〉を持ってしても、粒子である砂にはダメージを与えられない。
戦闘がはじまったというのにアレンは惚けている。
頼みの綱はアレンの〈グングニール〉だと――トッシュは思っている。
「馬鹿野郎! 銃を撃てアレン!!」
駄目だトッシュの声に反応しない。
こうなったら仕方がない!
アレンの懐から、トッシュは〈グングニール〉を奪おうと思い立ったとき、巨大な土塊の足が落ちてきた。
トッシュはアレンに激突するように抱きかかえて、大きく前へ跳んだ。
足は狙いを外れ地面を大きく揺らした。
舞い上がる砂煙。
アレンを庇ったままでは戦えない――と判断したトッシュは、アレンをその場に残して走り出した。
「殺せるもんなから殺してみろ!」
挑発しながらアレンから離れるトッシュ。案の定、土鬼はトッシュを追いかけてきた。猪突猛進の相手で助かった。
しかし、危機は遅れてやって来た。
アレンの足下が崩れだした。おそらく先ほどの振動で、何らかの変動が起きたのだ。
砂と共に地面に呑み込まれるアレン。
トッシュはアレンを救うどころではなかった。
「糞ッ、こいつをどうにかしないことには……」
アレンを助けられない。
砂はクッションの役割を果たし、アレンを優しく受け止めた。
地上から落ちた衝撃で、アレンは正気に戻っていた。
「どこだよここ……?」
天井から差し込む光、砂が崩れながら滝のようにまだ落ちてきている。
穴から見える感じだと、どうやら部屋二つの天井を破って落ちてきたらしい。ただ、ここが一階なのか、二階なにか、それとも三階なのか、建物の元の高さがわからなので検討もつかない。
登る術がないので、あの天井の穴からは地上に出られそうもない。
「おーい!」
大声は地下に響いただけ。助けは来ない。
「ったく、みんなどこ行っちまったんだよ」
周りを見回すと、そこは民家の一室のようだった。
テーブルやソファや何かの機械が置かれている。
アレンは部屋の灯りを探した。
それらしき壁のボタンを押してみたが、なにも起こらない。間違ったボタンを押した可能性もあるが、動力自体が失われているのだろう。
先に進むとしても灯りは必要だ。穴まで登るとしても道具が必要だ。
アレンは部屋を物色しはじめた。
戸棚などを開けていく。
この時代では見たこともない物も多いが、形は少し違えど今も残っている物も多い。
「懐中電灯みっけ」
それは今の時代の物より小型で、少し見た目も違っていたが、電球の代わりであろうパーツと、その周りの銀色のフィルムなどの形状で判断できた。
角の取れた長方形の本体と、腕に巻くであろうベルトで構成されている。ベルト腕に巻いて、本体のスイッチを押すと、光が腕の向いた方向を照らした。
「もしかしたらレーザーとか出るんじゃないかって、ちょっと期待してたんだけどな」
そういう形に見えなくもない。
光を手に入れ、さっそくアレンは先に進むことにした。
廊下に出て、先に進み、ドアの前に立った。
ドアにはノブはなく、大きなボタンがついていた。
ボタンを押すが反応がない。ここも動力がなかればどうにもならないらしい。
「自動化ってこういうとき困るんだよな」
いざというときの手動開閉装置がないか探した。
壁に亀裂を見つけ、そこに小さなふたを見つけた。開けると中には、片手で回すハンドルが入っていた。
アレンはオールを漕ぐようにハンドルを回す。
すると徐々にドアがスライドして開いて、その隙間から砂が流れ込んできた。
「ヤバっ!」
慌てて閉めようとするが砂に押されて閉まらない。
砂はどんどん流れ込んでくる。幸い少しの隙間だったので、川の激流のように流れてくることはなかったが、それでもいつかは部屋の中まで埋まってしまいそうだ。まるで砂時計の中に閉じ込められたようだ。
本当にこの場所がすべて埋まったとしたら、落ちてきた穴を登ることも可能だろう。だが、多くの砂が部屋に流れ込んでくると共に、それが今度は防壁の役割も果たして徐々に流れは遅くなる。そう考えてペースを予想すると、アレンの腹が持ちそうにない。
「腹減った」
すでに空腹状態だ。
ただの空腹だといいが、人間は水をまったく摂取しない状態で一週間前後、水さえあれば一ヶ月以上は生きられると云われている。そのころにはさすがに、砂は天井まで達していそうだ。
「腹減ったなぁ。携帯食料じゃ腹の足しにならねえっつーの」
車での走行中、アレンは何度も人の住んでいる場所に立ち寄ろうと言ったが、全員に反対されてちょっとばかりの携帯食料で我慢していたのだ。
アレンは元の部屋に戻って穴を見上げた。
本来なら、この程度の高さなどアレンはジャンプで届く。だが、この部屋と同じく今のアレンには動力がなかった。
「腹が減って力が出ねえ」
よろよろよしながらアレンはテーブルやイスを運んだ。それを積み重ねて上の階に登るつもりだった。
瓦礫の塔を完成させて、どうにか上の部屋まではよじ登ることができた。
問題はここから先だった。
次の穴を抜ければ天井なのだが、穴の真下に足場はないため塔を組めないのだ。床の穴ギリギリに塔を設置した場合、それでは天井まで行けたとしても、そこから砂の高さと滑りやすさがあり、手で掴む場所もなく登れない。
下のフロアから塔を増設しても、バランスが悪くてこれ以上は崩れそうだ。
アレンが為す術もなく穴を眺めていると、逆光を浴びた人の顔が覗いてきた。
「お助けして、あげんしょうか?」
紅を差した唇が艶やかに笑っていた。