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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
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黄昏の帝國「砂の海に沈みし都(1)」

 夕刻まで走り続け、リリスの記憶を頼りに集落までやって来た。

 だが、そこは無人の集落だった。

 もはや集落とは呼べない廃墟だ。

 リリスは沈んだ地面を眺めていた。

「昔はここに小さなオアシスがあったんじゃが、枯れてしもうたようじゃ。水がなかれば生きて行けんからな、集落を捨てて移住したんじゃろう」

 水はないが建物はそのまま残っている。石造りの頑丈そうな民家などだ。

 今晩はここで夜を明かすことになる。

 水と食料は車に積んである。固形燃料もあるが、燃やす物がなく、暖を取るのが難しそうだ。あまり寒いようであれば、車の中で寝るのがいいだろう。

 トッシュは独りで空き家に入り、そこでノートパソコンを操作していた。

「このフォルダだな」

 微かな物音。

「アレンだな?」

「なんでわかったんだよ?」

「跡をつけられていたことぐらい承知だ」

「チッ」

「いっしょに見るなら手伝えよ?」

 第三の声。

「見て損はないと思うよ」

 リリスだった。

「勧められると見たくなくなる」

 そう言って帰ろうとするアレンの首根っこをリリスが掴んだ。

「見ておゆき。情報は〝失われし科学技術〟のことだよ。それもこの世界に大きな変化をもたらす物のね」

「わかったよ、見りゃいいんだろ」

 ノートパソコンの前に三人が集まった。

 読み込まれる情報。

 それは機密文書だった。

 シュラ帝國による水資源の独占。

 枯れた大地に水が豊富にあっては困る帝國が、隠し続けている〝失われし科学技術〟について。

「これはすごい!」

 誰かが声をあげた。パソコンの前にいる三人の後ろにもう一人。

 トッシュの銃口が向けられた先にいたのはワーズワースだった。

「殺るしかないな」

 本気のトッシュは引き金を引こうとした。

 ワーズワースは慌てた。

「やっぱり見ちゃ不味かったですか? 大丈夫です、僕は人畜無害なただの吟遊新人ですから。吟遊詩人っていうのは、伝承や伝説、噂話なんかを詩にして多くの人に広めるだけの存在ですから」

 まったくフォローになっていなかった。むしろ口を開いたのは逆効果だ。

 そこにセレンが飛び込んできた。

「みなさん探しましたよ。独りにしないでくださいよ、もぉ」

 これによってトッシュは銃をしまった。そして、小さく小さく囁いた。

「命が延びたな。あとできっちりと話はつけるからな」

「…………」

 ワーズワースは小さく頷いた。

 ノートパソコンを閉じたトッシュはアレンの腕を掴んだ。

「リリス殿はそこの二人と、とくにこの若造のお守りを。お前は俺様といっしょに来い、場所を変えるぞ」

 トッシュはアレンを引きずって別の民家へ移動した。

 二人っきりになったところで、再びノートパソコンを開いた。

 灼熱の砂漠の真ん中に聳え立つ鉄の要塞こそが、皇帝ルオのいるシュラ帝國のアスラ城だ。

 水が枯渇しているシュラ帝國は、各地から水を調達して成り立っている。

 記載されていた〝失われし科学技術〟は、水を生み出す装置についてだった。

 それを使えばシュラ帝國は自国で水をまかなえる筈だ。

 しかし帝國はそれをしない。

 その謎についての記載はなかった。

 機密情報が記載されているが、これは資料ではなく、メモのようであった。抜粋された内容しか書かれていないのだ。

 トッシュはほくそ笑んでいた。

「水が豊富にあれば、価値観が大きく変動するな。現在、水を取り仕切っているのは金持ちどもだ。その資産価値が失われたら、奴らの泣きっ面が見える」

 装置を起動するために必要な、二つのオーパーツの記載があった。

 遺跡を動かすために必要な、鍵の役割を果たす〈ヴォータン〉と呼ばれる槍。

 装置自体の起動に必要な、〈スイシュ〉と呼ばれる宝玉。

 二つのオーパーツは別々の場所に保存されている。

 アレンは嫌そうな顔をした。

「マジかよ、こっちのやつアスラ城にあんの?」

 〈ヴォータン〉はアスラ城のどこかにあるとだけ書かれていた。

 難攻不落のアスラ城に忍び込むなど、気が狂れたと思われる行為だ。まさに死に行くようなもの。

 しかし、この場に生きて帰った者がいた。

 〝暗黒街の一匹狼〟の懸賞金を跳ね上げた大事件。

 アスラ城に忍び込み、皇太后の寝込みを襲ったという事件だ。

「昔、俺様はあそこに忍び込んだことがある」

「マジかよ?」

「お前世間知らずだな、有名な話だと思っていたんだがな。だが二度目は無理だ」

「なんでだよ?」

「あれは酒に酔った勢いだ。酒場で飲んでてある男と賭をしたんだ」

「だったら酒飲んで、俺と賭したら行けるんじゃね?」

 それを聞いたトッシュはあきれ顔をした。

「お前がやれ」

「やだよ、俺酒飲まねえもん」

「……口が達者な奴だ。まあ、こっちのオーパーツはあとに回そう」

 もう一つはシュラ帝國とは別の場所に保管されているらしい。

 古代遺跡に〈スイシュ〉はある。

 詳しい場所や遺跡の詳細は書かれていなかった。

 その遺跡の名は――。

「俺……この場所……知ってるような気がする」

 ノア。

 アレンの記憶の奥底で何かが蘇ろうとしている。

「……やっぱ知らない。知ってるかもしれないけど、思い出せないんだ」

「思い出せ、重要なことだぞ。どこで聞いた、旅先か、書物か、どこで仕入れた情報だ?」

「だから思い出せないって言ってんだろ、せかすなよ」

「シュラ帝国に忍び込むのも骨だが、そっちは場所がわかっているんだ。いいから思い出せ」

 トッシュはアレンの頭を掴んで振った。

「お~も~い~だ~せ~」

「やめろよ、糞野郎、それ以上やったら!」

 二人に忍び寄る影。

「〈ノアの方舟〉」

 そう男はつぶやいた。

 二つの銃口を向けられたワーズワースは苦笑いを浮かべた。

「すみません、気になって気になって……あはは」

 トッシュはワーズワースに迫り、銃口を眉間に押しつけた。

「命を捨てる覚悟で来たんだろうな?」

「命は惜しいですけど、吟遊詩人としてロマンを追い求める義務もありまして……。伝説とか、伝承とか、うわさ話とか……〝失われし科学技術〟と聞くと躰がウズウズしてしまうんですよね」

「その気持ちは俺様にもわかる。トレジャーハンターとして、財宝や〝失われし科学技術〟にはロマンを感じるが、命までは捨てないぞ」

 目と鼻の先で引き金が引かれようとしている。

 ワーズワースは後退るが、銃口もいっしょについてくる。

「ちょっと待ってください! 吟遊詩人としてお役に立てる情報があるかもしれませんよ、ここで僕のこと殺しちゃっていいんですか、たぶん後悔しますよ?」

「ここでお前をやらないで後悔するよりはマシだ」

「そんな酷いですよトッシュ様。ノアですよね、ノアと言えば〈ノアの方舟〉が有名です。遥か神話の時代の伝承なので、ここで僕を殺しちゃったら、調べるの大変だと思うなぁ」

「詳しいのか?」

「まあ吟遊詩人ですから」

「うさんくさい職業だ」

「トレジャーハンターほどじゃありませんが」

 やはり引き金を引こうとトッシュがしたとき、アレンがめんどくさそうに割って入ってきた。

「殺すなら情報を聞いてからでもいいだろ?」

 やっぱり殺すのか。

 トッシュは銃を下ろした。多少は寿命が延びたらしい。

 冷や汗を拭ったワーズワースは一つ咳払いをした。

「え~っ、昔あるところにノアというオッサンがおりまして、〈ノアの方舟〉をつくって助かりました。おしまい」

「…………」

 無言でトッシュは銃口をワーズワースの口に突っ込んだ。

「あわわ……ご、ごえんなさえ……」

 必死で謝るワーズワース。

 トッシュは銃を抜いた。

「次はないぞ?」

「わかってます、今のは冗談です、次はしっかり話します」

 そして、ワーズワースは語り出した。

「遥かいにしえの時代、世界を洗い流す大洪水が起きました。その生き残りのひとりがノアという男です。〈ノアの方舟〉とは、保管計画のためにつくられた船艦の名で、洗い流された新たな世界で再び繁栄するために、生物のサンプルが乗せられたりしたらしいです。

 というのが神話の時代の嘘かホントかわからない伝承です。

 おそらく重要なのは、実在するアララトという名の古代魔導都市遺跡でしょう。そこはノアのゆかりの地らしく、方舟も近くにあるのではないかと言われています。あると言っても、伝承が嘘ではなかった場合の話ですが。そもそもアララトは伝承の時代よりも遥かに新しい都市ですから、あやかって名を付けただけというのが、研修者たちの大方の見方です」

 トッシュは頷いた。

「アララトなら聞いたことがある。過去に帝國が大規模な発掘作業をしたが、結局なにも見つからなかったらしいな」

 シュラ帝國がなにも見つけられなかった場所になにかあるというのか?

 それとも本当はなにかを発見していたが、それを隠しているとも考えられる。

「あとはリリス殿に聞けばわかるかもしれんな」

 そう言ってトッシュは銃口をワーズワースに向けた。

「ちょっとそれはないですよ。ちゃんと話じゃないですか、報酬として命くらい助けてくれても……」

 苦笑いで乗り切ろうとワーズワースはしたが、急に真面目な顔をして辺りを見回した。

「きゃーーーっ!」

 悲鳴が外から聞こえた。セレンだ。

 いち早くトッシュが民家を飛び出した。ハッとしたアレンも遅れて飛び出した。

 五メートルを超える巨大な人影。

「トッシュ、トッシュ出てこい、早くしねぇとこの尼殺すぞ!」

 土鬼の姿。

 そして、足を硬い土で固められて動けないセレンの姿。

「また……捕まっちゃいました。いつもいつもごめんなさぁ~い」

 セレンは大粒の涙を流していた。

 土鬼には銃弾などが聞かない。砂と化して物理攻撃を無効化してしまう。

 銃を抜けないトッシュ。小さな声でアレンに呼びかける。

「おい、お前の銃なら前みたいにどうにかなるんじゃないのか?」

「セレンが近すぎる。電撃があっちまで飛ぶ可能性があるから無理」

「なら俺様がどうにかしてシスターを助ける。とりあえず奴の気を引いとけ」

「気を引くならあんただろ。あの野郎はあんたにご執心なんだからな」

「わかった、俺様が気を引いてシスターから遠ざけるから、すぐに撃て」

「オッケー」

 作戦は決まった。

 トッシュが全速力で走る。

「どこへ逃げるだ?」

 やはり土鬼はトッシュを追ってきた。

 それを見計らってからアレンがセレンの元へ走る。

 セレンの目の前まで来たアレンは言われたとおり、すぐに撃った。

「トッシュ逃げろ!」

「早すぎだ、俺様まで殺す気かっ!」

 構わずアレンは〈グングニール〉を放った。

 稲妻が叫び声をあげながら宙を翔ける。

 咄嗟にトッシュは地面に伏せた。

 しかし、その行為は逆に身を危険に晒す結果になった。

 巨大な土塊の手が振り下ろされる。

「おらを昔のおらだと思うな!」

 電撃が効いていないのか!?

 トッシュは逃げる間もなく巨大な手に潰されようとしていた。

 突然、アレンが耳を塞いだ。

 トッシュやセレンはその音を聴くことができなかった。

 巨大な手が分解されトッシュに降り注ぐ大量の砂。

「うががが……合体が……おらに躰に……なにが起きた!?」

 土鬼自身も自分の身に起きたことを理解できていない。

 セレンを捕らえていた足の土塊も砂と化していた。

 この状況の手がかりはアレンだけが知っていた。

「音だ……頭の中がキーンとしやがった」

 アレンだけが感知できた音。

 砂に埋もれていたトッシュが這い出してきた。

「どうやら助かったようだな。やはり電撃が効いたのか」

 それにアレンはなにも言わなかった。

 しばらくしてワーズワースが物陰から出てきた。

「いやぁ、怖かったですね。なんですかあれ、見たこともない怖ろしい化け物でしたね」

 アレンはワーズワースに顔を向けた。

「まだ死んだわけじゃないぜ」

「え?」

 目を丸くするワーズワース。

 そう、まだ土鬼は死んだわけではない。

「おれの躰が……躰が……動かねぇ……うぉぉぉぉん!」

 あたりの地面に同化してしまって、どこにいるかわからないが、声だけが聞こえてくる。

 トッシュは服についた砂を払いながら辺りを見回した。

「うるさいが、止めの差し方がわからん以上は放置だな」

「覚えてろトッシュ……おれが必ずぶっ殺してやる……」

 トッシュは背中でその声を聞いていた。

 敵の襲撃を受けた以上、この場所はもう危ない。

 まだ敵が潜んでいる可能性もあり、そうでないとしても、土鬼から連絡がなければいつかは不審に思われるだろう。

「徹夜で走るぞ、みんな車に乗れ」

 トッシュは車に向かった。

 辺りを見回しながらセレンが気がついた。

「あれっ、リリスさんは?」

 探し回ったがリリスは見つからず、仕方がなく車で待つことにしたのだが――。

「呑気な婆さんだな、寝てやがる」

 トッシュは呆れた。

 運転席で寝ていたリリス。

 ドアはロックされ、リリスが起きなくては車に乗れない。運転もリリスでなければできない。

 アレンがドアを叩いた。

「起きろよ、勝手に寝てんじゃねえ!」

 返事はなかった。

 ワーズワースがボソッと。

「お年寄りは早寝早起きですから」

「年寄りで悪かったね」

 そう言ってリリスがドアを開けた。

「ぼ、僕は自然の摂理を言っただけです」

 ワーズワースはセレンの後ろに隠れた。

 トッシュはさっそく助手席に乗り込もうとした。

「リリス殿、悪いができるだけ遠くまで車を走らせて欲しい。今さっき敵に襲撃されたばかりで、ここも危ない」

「行き先がなきゃ自動運転はできないよ。まさか夜通し年寄りのわしに運転させる気じゃないだろうね?」

「なら安全そうな町まで行ってシスターを下ろす。それから次の目的地は言おう」

 降りるのは自分だけ――とセレンは驚いた。

「わたしひとりですか? ひとりにされたら、そんな無理ですよ。あのワーズワースさんは?」

 答えるのはワーズワースではなくトッシュ。

「こいつは俺様たちといっしょに行く。いいよな、若造?」

 プレッシャーを放ちながらに笑ったトッシュ。脅しだった。

「ぼ、僕はご一緒したく……」

 言いかけたが、腹になにか硬い物を突き付けられて、言葉を開けた。

「ご一緒させていただきます。吟遊詩人はロマンを求めてどこまでも」

 みんなと別かれることになってしまうと知ったセレンは慌てた。

「わたしも行きます!」

 ひとりでいるほうが危険だ。

 何度も何度も人質に取られ痛感した。人質に取られ周りに迷惑をかけているが、ひとりでいたらもっと人質に取られてしまう。セレンは戦う術を知らないのだから。

 トッシュは真剣な眼差しでセレンを見つめた。

「本当にいいんだな?」

「はい、なるべくご迷惑かけないようにがんばります」

「なら出発だ。リリス殿、アララトをご存じか? そこに行こうと思っている」

 そう聞いてリリスはタッチパネルを操作し出した。

「その場所なら自動運転で行けるよ」

 こうして全員車に乗り込み、新たな目的地を目指し車は走り出した。

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