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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
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黄昏の帝國「残された伝言(2)」

 トランシーバーで連絡を取り合い、飯屋に集合することになった。

 トッシュが店に入り奥の個室に着くと、すでにほかのアレンとセレン、そしてリリスまで席について食事をしていた。

 帰らずにリリスが残っていたことは、トッシュにとって好都合だった。

「リリス殿に見てもらいたいものがあるんだが?」

「なんじゃな?」

「これなんだが……なにかわかるか?」

 フローラから託された小箱を開けた。

 たるんだ皺で隠れていたリリスの目が見開かれた。

「小型の記憶媒体のようだね」

「やはりすぐにわかったか……さすが〝失われし科学技術〟に精通しているだけのことはある。この中身が見たいんだが、どうにかならんか?」

「道具さえ用意してくれればどうにかしてやるよ」

「道具とは?」

「わしのうちに一通り揃っておる。もっと早く中身が見たいのなら、この近くにも道具が揃って折る場所があるが?」

 聞かずともそれがどこだかトッシュにはわかった。

 クーロンの地下にある遺跡だ。あの人型エネルギープラントが眠っていた場所に違いない。

 一度はリリスによって解放されたあの場所だが、事件後に再び扉は閉じられた。おろらく閉じたのはリリスだと思われる。シュラ帝國は扉を開けようと手を尽くしたが開かず、現在は少数の兵隊によって警護されている。

 リスクを避けるか、それとも時間を取るか?

 リリスに家に向かうこともリスクがないわけではない。あの場所は敵に知られているため、襲撃を受ける可能性は大いにある。加えて時間を短縮して、機密情報を握れば帝國を牽制し、隠れているフローラの助けになるかもしれない。

 かと言って地下遺跡に乗り込めば帝國と騒ぎを起こすことになり、もしかしたら記憶媒体をトッシュが持っていることが露見するかもしれない。フローラが身を隠し時間を稼いでいる意味がなくなってしまう。

 しかし、トッシュは考えた。

 自らに刃が向けばフローラの安全を確保できるのではないか?

 たしかに記憶媒体はトッシュと共に危険に晒されるが、自らも記憶媒体も守り抜ければいい話だ。

 トッシュは決めた。

「リリス殿が言っている場所は検討がつく。人型エネルギープラントがいた場所は、現在帝國によって封鎖され守られている。リスクは考えたが、そこに向かおう」

 リリスも頷いた。

「あの場所の方がわしの家よりも設備が整っておる。それに中に入ってしまえば、あの場所ほど安全な場所はない」

 二人の話には入っていけないが真剣に聞いているセレン。

 二人の話に入っていく気もなく食べ続けているアレン。

 この二人を置いて話は進んでいく。

 トッシュが提案する。

「事はできる限り隠密に済ませたい。街のや奴らがあまり活動してない時間がいいだろう。深夜と言いたいところだが、あの場所は深夜になると警戒が厳重になる。前に調べたんだが、朝方に見張りが交替して警戒が少し緩くなる。そこを敵にばれずに狙えば、次のシフトまで時間が稼げるかもしれない。アレンちゃんと聞いてるか、おまえが勝手に暴れそうで心配なんだが?」

「なんか言った?」

 やはり聞いていなかった。目の前の食い物に夢中だ。

 繊細な作戦などアレンには向いていなさそうだ。トッシュは諦めた。

「おまえは何もするな。着いてくるだけいい」

「はいはい」

 気のない返事だ。今のトッシュの言葉も理解している怪しい。

 セレンは迷っていた。

 この作戦に参加しなければ、ひとり残されることになる。かと言って、参加すれば戦いに巻き込まれるかもしれない。

「わたしはどこかに隠れて皆さんを待っていますね。ついて行っても足手まといですから」

「そうだな、シスターはどこか安全な場所にいたほうがいい。俺様の隠れ家を紹介してやろう」

 次の目的は決まった。

 作戦開始は朝方だ。


 トッシュに隠れ家を紹介してもらい、セレンは三人と分かれた。三人はこれから別の場所で作戦の準備をするらしい。

 セレンが今いる場所は地下だった。

 トッシュのアジト、ジードのアジト、そしてこの隠れ家。地下には秘密の場所が多くあることをセレンは知った。ほかにも暗躍する者たちのアジトが地下にあるかもしれない。まさに地下は街の裏の顔だった。

 この場所は緊急的な隠れ家なのだろう。

 部屋は半分がベッドで埋まってしまっている。家具はそれ以外にはテレビと棚があるだけだ。棚には缶詰と武器類が並べられている。

 この地下にある狭い部屋に長くいたら息が詰まりそうだ。

 教会にはテレビがなく、あまり見慣れないで、興味で胸を躍らせながら見はじめてたが、話しについていけないものが多く、すぐに飽きてしまった。

「もしかしたら一日くらい、ここにいることになるのかな……」

 アレンたちのことも心配だが、ほかに気がかりなことがあった。

「このままだと3日も教会を開けることになりそう。戸締まりはしっかりしてきたけど、はぁ心配」

 だからと言って、この場を抜け出すことは危険に身を晒すことになる。

「でも……やっぱり!」

 教会は命に代えても大切なものだった。

 セレンは教会のこととなると冷静さを欠く。

 敵にセレンが見つかった場合、殺すよりも人質に使ったほうが利用価値がある。勝手な行動は自らの命を危険に晒すだけではなく、仲間まで危険に晒すことになる。そのことをセレンは判断できなかった。

 なによりも教会のことで頭がいっぱいだったのだ。

 セレンはアジトを出て、地下から地上へと出た。

 長年住んでいる街にも関わらず、セレンはあまり道などに詳しくない。神父が生きていた頃は、街のいろいろな場所に連れて行ってもらったが、それは安全な区域だけである。神父が死んでからは、あまり外に出ることもなくなり、生活圏は狭くなる一方でさらに街にうとくなってしまった。

 周りを見るとあまり柄の良い住人たちではないようだ。

「……舐められないようにしなきゃ」

 セレンは気合いを入れて歩きはじめた。

 歩いていると、前方にヤクザっぽい集団に出くわしてしまった。

 セレンは真面目な顔を頭を下げた。

「ご苦労様です」

 と挨拶をして、まったく動じない振りをしながら足早に通り抜けた。

 舐められないように、気を張って挨拶をしたのだろうが、おそらく挨拶をしたほうが危険だ。幸い今回はなにもなかったが、何度もやればいつかは絡まれる。

 またしばらく歩いていると、商店が増えてきて少し気が抜けた。

 ここなら道を聞いても大丈夫そうだ。

 なるべく優しそうな人を探してセレンは道を尋ねた。

 はじめは『教会』と言って尋ねたのだが、あまりにも通じないために近くにある道を尋ねると、すんなり道順を教えてもらえた。

 やっと教会の近くまで来ることができた。

 セレンは教会の少し手前の道で足を止めた。

 前の失敗を思い出したのだ。

 敵の待ち伏せだ。どうしても教会の様子が見たくて帰ったら、あのときはライザたちに待ち伏せされてた。

 警戒はしつつもセレンは大丈夫だろうと思った。

 その判断はある間違った事柄から導き出されたものだった。

 ――帝國じゃない。

 今回、命を狙われているのはトッシュであり、たまたま自分はそこに居合わせただけだとセレンは考えたのだ。鬼兵団が帝國の差し金でトッシュとジードを狙ったなど、結びつかなかったのだ。だから教会にまでは手が伸びていない――と。

 玄関に手を掛けた。鍵は閉まっている。それだけでセレンは安心してしまった。危険や危機感にうといのだ。

 鍵を開けて住み慣れた場所に入った。

 住み慣れた場所だからこそセレンは小さな違和感を覚えた。

 何が起きたのか、何が違うのか、そこまではっきりとわかる感覚ではなかった。

 しかし、それはセレンを警戒させるに足るものだった。

 バスルームから気配がした。

 セレンは武器になりそうな物を探した。モップでもなんでもいいが、なにもなかった。取りに行っている間に、気配を見失ってしまうかもしれない。

 昔はハンドガンを忍ばせていたが、自分には扱えないと痛感したときから、持ち歩くことをやめてしまった。

 ドアの前に立ったセレンは、聞き耳を立てて中の様子を探ろうとして、耳をドアに押しつけようとした。

 そのときドアが開いた!

 ドアが向こう側から引かれ、寄りかかる物を失ったセレンはバランスを崩してしまった。

 そして何かにぶつかった。

 セレンの頬がぶつかったものは人肌だった。

「きゃーーーっ!」

 叫んだセレンは慌てて飛び退いた。

 そして、見たのだ――。

「あ、あなた何者ですか!!」

 全裸の男を。

「そちらこそ何者ですか?」

「そ、そそそ、そんなの、そんなことよりソレ隠してください!」

 セレンは手で目元を多いながらソレを指した。

 空色の髪が印象的な青年は、少しはにかんでタオルを腰に巻いた。

「入浴後はいつも裸で過ごすクセあるんだ。ごめんよレディーの前で、すまないことしちゃったね」

 タオルが巻かれてもセレンは視線を合わせられずにいる。顔は真っ赤だ。

「そんなことより、あなた何者なんですか!」

「そんなことって言うなら、タオルもう一度外しましょうか?」

「あ~~~っもぉ、だからあなた何者か聞いてるんです!」

「それはこちらのセリフですよ。そちらこそ何者ですか?」

「ここに住んでいる者に決まってるじゃないですか!」

「あぁ~っ、どうりでそんな格好をしていると思いました、ここのシスターさんですか」

 青年は手のひらの上でポンと手を叩いた。

 すっかりこの青年のペースになってしまっている。

 セレンはパニックになりかけていた。

 緊張の糸を張り詰めて、もしかして危険があるのではないかと思っていたところに、こんな男が現れた。悪人には見えないが、明らかに不審人物だ。

「わたしのことなんていいですから、あなた誰なんですか!」

「申し遅れました、僕は愛の吟遊詩人です」

「はい?」

「正確には愛の吟遊詩人をしながら、各地でバイトして旅をしているトレジャーハンターです」

 トレジャーハンターという言葉にセレンは聞き覚えがあった。トッシュも同じ職業を自称していた。

「吟遊詩人とかトレジャーハンターとか、わかりません!」

「吟遊詩人というのはね」

「説明しなくていいですから早くここから出てって行ってください!」

「ここ教会ですよね?」

「そうですけど?」

「僕困ってるんです。旅暮らしをしていると、安全で清潔な寝場所を探すのが大変で。ここを見つけたときは、廃墟の教会を見つけてラッキーっと思ったんですけど、シスターがいるなら改めてお願いしたいと思います。何日かここに泊まりますから、よろしくお願いします」

 泊まらして欲しいのではなく、泊まるとすでに決めた発言だった。

 こんな強引な青年だが、〝困っている〟と聞いてしまっては、セレンはそれに弱かった。

「……わかりました、明日の朝までなら」

 見ず知らずに今出会ったばかりの、しかも勝手に上がり込んでシャワーを使うような男を、この場所に泊めることが危険だというのはセレンも承知だ。わかっていながらも、困っている人を見捨てられないのだ。

 青年はセレンの両手を掴んで固い握手をした。

「ありがとう女神様。あなたは僕の命の恩人です、ありがとうありがとう!」

 握手をしている最中、はらりと青年の腰のバイスタオルが落ちた。

「……きゃーっ変態!」

 セレンの平手打ちが青年の頬をぶった。

 頬を紅くした青年は笑っていた。

「ごめんごめん、取れちゃったみたい」

「わかってますから早く着替えてください!」

「それが……洗濯しちゃったんだよね」

「…………」

 セレンは返す言葉もなかった。

 タオルを直した青年は尋ねてきた。

「それでどの部屋使っていいの?」

 マイペースだ。

「じゃあ……こっちの部屋で。あと神父様の服しかありませんけど、貸してあげますけど、ちゃんとここを出て行くときに返してくださいね!」

「神父様もいるのか。まあ教会なんだから当然だね。それでその神父様はどちらに?」

「……亡くなりました」

「あ、ごめん」

「べつに気を遣わなくても大丈夫です。今はわたししかいないんです」

 言ってからセレンはハッとした。もしも青年が悪い奴だったら、独りと知れたら余計に危ないではないか。泊める時点で十分に危ないが。

 泊めると決めてからもセレンはずっと後悔している。

「……はぁ」

「どうしたの溜息ついちゃって? やっぱりさっきマズイこと聞いちゃった?」

「違うんです、あなたみたいな見ず知らずの人を泊めるなんて莫迦みたいだと思って」

「そんなことないって、シスターは女神様だよ。見ず知らずがダメなら、ちゃんと自己紹介しようよ。ほかにもお互いのこといっぱい話そう、そうすれば友達さ」

 悪い人には見えない……だけかもしれない。

 不安は尽きないが、セレンは青年の笑顔を見ていると少し心がほぐれた。

 その笑顔に亡くなった神父の面影を見いだしてしまったのだ。

 神父とこの青年は歳が離れていて、顔もぜんぜん違う。けれど、神父も同じように笑うときは本当に無邪気そうな顔をするのだ。

 ぼうっと自分の顔を眺めるセレンを、不思議そうな顔で青年は見つめた。

「どうしたの?」

「あっ、いえ……べつに……ええっと、なんの話をしてたんでしたっけ?」

「自己紹介しようよ。僕は自然を旅するのが大好きな愛の吟遊詩人――ワーズワース。君の名は?」

「わたしはセレンです」

「詩的な名前だね。歌がうまそうだ」

 褒められたセレンは少し頬を紅くした。

「べ、べつにうまくはありません。でも歌うのは……好き、かもしれません」

 急にセレンは早足で歩きはじめた。照れ隠しだ。

 セレンが案内した部屋は神父が使っていた部屋だった。

「ここを使ってください。あとお風呂と台所とトイレは自由に使っていいですけど、ほかはあまり勝手に使わないでくださいね」

「それだけ貸してもらえれば十分だよ」

「あと……わたしはまたしばらく教会を開けますから、明日になったら勝手に出てってくださいね、入ってきたときのように」

「僕ひとり残しちゃって平気かなぁ。僕が盗人だったらどうする気?」

「取られるような高価な物はありませんし、あなたのこと信用しますから」

 真面目な顔をしたセレンに青年は笑いかけた。

「ありがとうセレン」

 さっそく名前を呼ばれてセレンはなんだか気恥ずかしかった。

 出会ったばかりなのに、どんどん距離を縮めてくるワーズワーズに戸惑う。

「わ、わたし行きますから。くれぐれもよろしくお願いしますからね!」

 セレンは走り出した。

 このまますぐ教会を飛び出す勢いだったが、ちゃんと金品の蓄えは持ち出した。無闇に人を助けても、しっかりするところはしっかりしているらしい。

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