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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
39/72

黄昏の帝國「残された伝言(1)」

「そんな……」

 悲惨な顔をしてセレンが呟き、そのまま立ち眩みがしてアレンに支えられた。

 ただただ無残な光景だった。

 黒こげになって倒れている屍体。

 トッシュは直感した。

「あの炎使いの仕業かッ!」

 火鬼との関係を結びつけるのは当然。

 ここは地下にあるジードのアジト入り口だった。おそらく死んでいるのは門番の男だろう。

 すぐにトッシュはアジトの中に入った。

「フローラ、フローラ無事か!」

 トッシュの頭の中にあるのはフローラのことだけだ。周りの屍体には目もくれずフローラを探した。

 残る三人、アレン、セレン、リリスは慎重に先へと進む。

 セレンは震えながらアレンの腕を掴んでいた。

「こんなの酷すぎます。人間の仕業とは思えません」

 トッシュが目もくれなかった屍体。

 門番と同じように丸こげにされた屍体。生きたまま焼かれたため苦しかったのだろう。関節という関節が力強く曲げられている――藻掻いた証拠だ。

 ほかの手口で殺された屍体もあった。

 消失した顔。消失というより、抉られたような顔面だ。抉ると言っても乱暴なものではなく、まるで巨大なスプーンでゼリーを掬ったように滑らかな傷痕。

 顔を抉られているせいで、辺り一面血の海だ。

 丸こげの屍体と、顔を抉られた屍体がこの場に散乱していた。

 これまで生きている者などひとりもしなかった。まさかアジトにいた者全員、皆殺しにされたのか。

 トッシュはアジト中を駆け回った。

 残っている部屋は二つ。

 作戦室には顔を失い壁にもたれている屍体があった。

 そこから奥の部屋へと進む。

 トッシュがドアを開けた瞬間――。

「ギャアアアアアアッ!」

 男の絶叫。部屋の中からだ。

 椅子に縛られ両足の太股と両腕を切断された仲間の男。脚と腕はすぐそこに転がっていた。

 トッシュはすぐさま男に駆け寄った。

「大丈夫か!」

「……か……めんの……男…と……見た…ことも……ない衣装……の……派手な女に……」

 がくりと男の首から力が抜けた。男は話の途中で事切れたのだ。

 遅れてやって来たリリスはその部屋の仕掛けに気づいた。

「細い糸がドアから伸びておる。それに血の付いた切れ味の良さそうなピンと張られた糸もあるのう」

 それ以上言われなくても、トッシュにはわかっていた。

「これまで数え切れないほど殺しはやってきた。だがな、こんな胸糞の悪い殺しははじめてだ」

 自分の意志ではない。何者かの思惑通り、操られるままに人を殺したのだ。

 トッシュの心にあるのは怒りだ。鋭い野獣の眼が怒りに燃えている。

 そんなトッシュにアレンはさらに火に油を注ぐような真似をした。

「あの炎を使う尻が軽そうな女が絡んでるのは間違いねえな。だとすると、狙いはあんただろ、あんたのせいでここの奴らが殺されたんじゃねえのか?」

 悲痛な顔をしたセレン。

「アレンさんなんてこと……あっ!」

 その瞳が拳を振り上げたトッシュを映した。

「糞餓鬼ッ!」

 アレンはトッシュに殴られた。床に手を付いたが、反撃はしなかった。なぜなら、自分の瞳に映っている者を弱者だと思ったからだ。

「殴る相手が違うだろ。カッカッしてんじゃねえよ、まだフローラって女見つかってねえんだろ?」

「おまえに言われなくても探すに決まってるだろう!」

 トッシュは部屋を飛び出した。

 リリスも隣の部屋に移動しようとしていた。

「わしは適当に休んでおるよ」

 まったくこの事態に動じていない。他人事だ。

 恐ろしさで独りではいられなかったが、かと言ってリリスのように、待っていることもできなかったセレンは、アレンと共にフローラを探すと共に生存者も探した。

 アジトの中をくまなく探した。部屋を見渡すだけではなく、ロッカーなど人が隠れられそうな場所も探した。

 しかし、生存者は見つからなかった。

 ベッドの下に隠れていた男すらベッドごと焼かれて死んでいた。

 生存者はない。

 再び四人が集合して、トッシュがまず口を開いた。

「フローラはいなかった。誰の屍体はわからない奴ばかりだが、おそらくアジトの外にいて助かった者も多いと思う」

 屍体の中には女の屍体もあり、丸こげにされているせいで誰か判別できない者もいた。もしかしたらその中にフローラが混ざっていたかもしれない。

「俺様はフローラを必ず探す。おそらく外にいて助かっている筈だ」

 確証はなくても信じることはできる。

「じゃ、ここでお別れってことで」

 アレンは冷たく言った。

 悲しい瞳でセレンはアレンを見つめている。

「アレンさん、ここまで首を突っ込んでも手伝ってあげないんですか?」

「そんな義理ねえよ」

 だが、トッシュはきっぱりと言う。

「ある。俺様はおまえの命の恩人だぞ、フローラもそうだ。借りくらいちゃんと返せ」

「その女が死んでたらチャラだろ?」

「糞餓鬼、ぶっ殺すぞ!」

「頭に血の昇った莫迦なオッサンには負けねえよ」

 挑発に乗ってトッシュは〈レッドドラゴン〉に手を掛けた。

 しかし、銃が抜かれる前にセレンの制止が入った。

「二人ともやめてください。アレンさん、フローラさんを探すのを手伝ってください。わたしの借りでいいですから、アレンさんに借りを作りますから手伝ってください」

 そして、トッシュはなんとアレンに頭を下げた。

「すまなかった。今はひとりでも力を借りたい。フローラを探してくれ、頼む」

 そう来るとは思わなかったアレンは少し戸惑った。

「お、おう……頭なんて下げんなよ、俺の命の恩人だろ。借りくらい返してやるよ」

 アレンはリリスに顔を向けて話を続ける。

「姐ちゃんはどうする?」

「わしは街の様子を少し見て帰らせてもらうよ」

 リリスは風のように消えた。

 これから三人はどうするべきか?

 アジトの中はもう探し終えた。そうなると、今度は外となるわけだが、探す当てはあるのだろうか?

「ここ以外に隠れ家あんの?」

 アレンがトッシュに尋ねた。

「よく知らん。まだ仕事を手伝うようになって日が浅いんだ、新参に組織の秘密をベラベラしゃべるわけないだろう。だがおそらくある筈だ、こないだの作戦の時、知らない顔も多かったからな」

 セレンが話に加わる。

「ならほかのお仲間さんに連絡を取るのが先決じゃないでしょうか?」

「だから俺様は新参だったから、連絡系統とかほかの仲間とか詳しくないんだ」

 ほかの仲間と連絡を取ることが、フローラを探す手がかりにもなるだろう。これが当面の目的になりそうだ。

 三人いるのだから、三手に分かれたいところだが、セレンを一人にするのは危険だ。それにフローラがここに戻ってくる可能性も考えなくてはならない。

 トッシュはアレンとセレンに顔を向けた。

「おまえら二人でほかの仲間とフローラが探しに行ってくれないか?」

「は? なんで俺ら二人なんだよ、あんたは?」

「俺様はここに残る。フローラが帰ってくるかもしれない」

「なら俺がここに残るよ。一番楽そうだし」

「フローラとおまえ面識ないんだぞ? 屍体だらけの場所に見知らぬ奴がいたら、俺様の名前を出したとしても警戒されるに決まってるだろう?」

「そりゃそうだけど、ほかの仲間を捜すならあんたがいたほうがいいだろ?」

「俺様が持ってる情報なんておまえらといっしょだ。仲間捜しは俺様でもおまえらでもどっちでもできる仕事だ。仲間を見つけたら、そこから俺様に仕事を変わればいい。だが、ここでフローラを待って話をスムーズに進められるのは俺様なんだ。はっきり言って、こんなところでただ待ってるなんてごめんだが、これが良い策なんだ」

「はいはい、わかったよ。行くぞセレン」

 この場をあとにしようとしたアレンたちに、トッシュはトランシーバーを投げて渡した。

「二キロ弱くらいが圏内だ。無駄な通信と、重要な内容は話すなよ、傍受なんて簡単にできるからな。あと俺様や自分たちの名前も言うんじゃないぞ」

「はいはい」

 軽い返事をしてアレンはセレンと立ち去った。

 残ったトッシュは屍体の片付けをはじめた。

 短い間でも、仲間は仲間だ。この仕事をアレンとセレンに任せないという理由もあって、じつはトッシュはここに残ると決めたのだった。

 大部屋である作戦室に屍体を一体ずつ運ぶことにした。

 顔を失った血みどろの屍体の足を持って引きずると、廊下に血の痕が伸びる。余計に無残な光景になるが、手短な運ぶ道具もないので仕方がない。

 黒こげの屍体は今にも崩れそうで、かなり慎重に運んだ。

 一体一体重ならないように部屋に並べていく。

 すべての屍体を並べ終わり、トッシュは仕事終わりの一服をすることにした。

 屍体たちに背を向けて煙草を吸っていると、どこかから足音が聞こえた。

 静かな足音。

 気配は感じられない。なぜなら気配の〝気〟がそれにはなかったからだ。

 動いていたのは屍体だった。

 顔のない屍体がゆっくりと起き上がりトッシュに迫ってきたのだ。

 躊躇なくトッシュは〈レッドドラゴン〉を撃った。

 死肉を貫通した銃弾。

 血は出ない。

 苦痛すら発しない。

 身動きすら止めなかった。

 ――相手は屍体なのだ。

「屍体が起き上がるなんて悪い夢でも見てるのか?」

 トッシュは逃げることにした。

 撃っても死なない――いや、はじめから死んでいる相手は二度も殺せない。

 弱点はどこだ!?

 部屋を飛び出したトッシュは辺りにある物に目をやった。使えそうな物を探す。

 銃弾の殺傷方法は、出血、臓器破壊、脳に損傷を与えるなど、一部の機能を奪うことによって、生命活動のすべてを停止させる。相手に与える傷事態は小さな物だ。つまり、生きている人間には絶大でも、死んでいる人間には微少な攻撃になってしまう。

 死んでいる人間に有効な攻撃は、大きな物理的破壊だ。

 床にサーベルが落ちていた。血が一滴も付いておらず抜かれている剣は、敵とに一太刀も浴びせらなかった証拠。

 サーベルを拾い上げたトッシュは、その刃を顔のない屍体――ゾンビの太股に振るった。

 刃は硬い物に当たって止まった。骨までは断てない。太股にある大腿骨は人間の躰でもっとも太い骨だ、この程度の武器では歯が立たない。

 サーベルは太股に刺さったままだが、トッシュはそれを残して再び走って逃げた。

 敵の脚さえ潰せば、滅することはできなくても、機動力は奪える筈だった。

 一体ですらこんなに手こずっているのに、後ろからは続々とゾンビが追いかけてくる。

 追いかけてくるゾンビはすべて顔がなく焦げていない者。こちらの屍体だけになんらかの処置がしてあるに違いない。

 魔導師でもないトッシュにその検討がつくわけもなく、物理的な大打撃を与えるか、逃げることしかできなかった。

 幸いだったのはゾンビたちが人間ほどの敏捷性を持ってないことだった。おそらくその要因は死後硬直によるものだろう。

 逃げて逃げ切れない相手ではないが、問題はどこまで追いかけてくるのか。たとえ姿が見えないところまで逃げ切っても、いつかはやって来てしまったらどう立ち回る?

「トッシュ、こちらです」

 女の声がした。

 取っ手もないなにもない壁が開いていた。隠し扉だ。

 闇の奥に立っている女の姿。

「フローラ!」

 驚きながらトッシュは声をあげた。

「早く入って」

 フローラに促され、トッシュは隠し扉の中に入った。

 すぐさまフローラは扉を閉めた。

 扉の向う側から突撃するような音と振動が伝わってくる。

「大丈夫です、彼らには開けられませんから」

 そのフローラの物腰も声も動じていない。あんな動く屍体を目の当たりにしても動じていないのだ。

 暗い廊下をほのかに灯すランプの光。細い廊下は人がやっと二人並んで立てるほどの幅だ。

「ここを通れば繁華街の裏に出ることができます」

 廊下を進む。

 ゾンビたちが追ってくる物音などは聞こえない。

「心配したんだぞ、大丈夫だったのかフローラ?」

「ええ、なんとか。襲撃されてすぐに仲間がわたくしのことを逃がしてくれたの。リーダーを失ったばかりで、わたくしまで失えないと……」

 フローラもあの場にいたのだ。

「仲間をやった奴は見たか?」

「いいえ、わたくしはすぐに逃げたから。あの場所で何が起こったのかわからないわ。だから時間を置いて様子を見に行ったら、あなたがちょうど襲われているところに遭遇して」

「あの場には屍体しかなかった。その屍体がいきなり動き出したんだ」

「やはりあれは……顔を見なくてもそうだと思ったわ」

 しばらく歩いて下水道に出ると、そこから地上に上がった。

 繁華街の裏通りだ。

 フローラはトッシュを見つめた。

「ここでお別れよ」

「なに!?」

「わたくしは大勢の敵に狙われているの。だから姿を隠さなくては」

「なら俺様がいっしょにいて守ってやる」

「それは駄目よ」

「巻き込みたくないとでも言うのか?」

「違うわ、頼れるあなただからこそ、頼みたいことがあるのよ」

 そう言ってフローラは銀色の小箱を取り出した。

 箱を開けると中にはクッションに包まれた四角く薄い物が入っていた。

「これはミクロSDカードと呼ばれるもの。大容量の記憶媒体よ」

「これが記憶媒体だと? こんな小さな物になにかを記憶できるっていうのか!?」

「帝國の科学力は世界最高水準ですもの。一般に流通していなくても、こういう物が存在しても不思議ではないわ」

「ということは、帝國の情報がこの中に入っていると言うことか?」

「ええ、最高機密が」

 フローラは箱を閉めて、その箱をトッシュに握らせた。

「あなたに託すわ」

「わかった」

 一つ返事でトッシュは受け取った。

 フローラは躰をトッシュに向けたまま、一歩後ろ下がった。

「どうやって中身を見るのかわからないの。その方法をあなたに探して欲しいのよ。帝國はそれを狙って襲ってくる、今はまだわたくしの手にあると思ってわたくしを襲ってくるでしょう。けれど、わたくしの手にないとわかれば、あなたが襲われる。そうなる前に、なんとしても中身を見て、それを役立ててちょうだい。さようなら、トッシュ」

 フローラは背を向けて走り出した。

「フローラ!」

 追いかけることはできた。

 しかし、トッシュは願いを託されたのだ。

 フローラを追うことはできない。

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