表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
38/72

黄昏の帝國「アレン始動(5)」

「おら待ちわびた。おめえらが消えちまったもんだから、ここでずっと待ってたんだ」

 土気色の肌の巨漢――土鬼だった。

 立っているその全長は兄であった金鬼を凌ぎ、五メートル近くはあるだろう。目の前に立つアレンが小人のようだ。

「とりあえず俺の知り合いじゃないけど?」

 そう言ってアレンはセレンを通り越してトッシュに顔を向けた。

「俺様の知り合いでもない」

 トッシュは残ったセレンを見た。

「わ、わたしも知りませんよ!」

 三人とも初対面なので当たり前だろう。

 土鬼の目的は――。

「トッシュはどいつだ?」

 すかさずアレンはトッシュを指差した。厄介事には巻き込まれたくないということだ。

 トッシュが前に出た。

「俺様がトッシュだが……穏やかな用事じゃなさそうだな」

「おめえを殺しに来た」

 すっかり任務を忘れている。火鬼が心配したとおりだ。

「俺様を殺しに?」

「そうだ、兄者の敵だ」

「覚えがない」

 と言いながらも、トッシュの脳裏に浮かんできた顔。まさしく鬼兵団の金鬼だった。よく似た兄弟だ。

 トッシュは愛銃の〈レッドドラゴン〉を抜いた。

「弟のほうが実力は高そうだ!」

 戦いの中で養ってきた眼はたしかだ。

 ゆえに奇襲ともいうべき先制に打って出た。

 ドラゴンの咆吼!

 銃弾は心臓に向けて二発。その二発ともが土鬼の胸を貫いた。

 土鬼が笑った。

 血が噴き出ない!?

「おらは兄じゃのようにばかでねえから、業を磨いて磨いて最強にしただ」

 土鬼の躰が砂のように崩れ落ちる。

 一体化。

 もう土鬼がどこにいるのかわからない。

 声はどこからともなく響いてくる。

「死ねーッ!」

 姿を消したメリットを考えれば、攻撃は死角から来るはず。

 そう予想していたトッシュは度肝を抜かれた。

「正面か!」

 砂が一本の大きなドリルとなって飛んできた。

 トッシュは横に飛んでどうにか躱した。もし、死角からの攻撃だったら、躱すのが遅れていただろう。

 また土鬼は砂と同化してどこにいるのかわからない。

 大量の砂が動き出す。

 手だ、人間を一掴みにできるほどの砂の手が現れた!

 巨大な影がトッシュに覆い被さる。

「俺様は虫じゃないぞ!」

 砂にまみれながらトッシュが跳んだ。

 まるでハエ叩きのように巨大な手が砂に打ち付けられた。

 何度も跳んでトッシュが逃げる。巨大な手が地面を叩きながら追ってくる。

「糞ッ、人間がどうやって土塊[ツチクレ]に変わるんだ! 俺様の知っている魔導の範疇を越えてやがる!」

 〈レッドドラゴン〉が吼える。

 しかし、銃弾は砂に虚しく埋もれるだけだ。

 この怪物には物理的な攻撃が効かないのか?

 肉体は臓器は脳はどこに消えた?

 砂の一粒一粒が意志を持った生物だとでも言うのか!?

 トッシュは逃げることしかできなかった。

 ただ見守っているだけのアレンとトッシュの目が合った。

「助けてやってもいいけど貸しな」

「なにが助けてやるだ、おまえにならどうにかできるのかッ!」

「そんなのやってみなきゃわかんねえよ」

 アレンも策があるわけではないらしい。

 何も出来ずにいるセレンが必死になってアレンに訴える。

「助けてあげてください、アレンさん!」

「あんたが助けてやれよ」

「それができないから頼んでるんです!」

 セレンに太刀打ちができるわけがない。敵は人智を越えている。トッシュすら一方的な苦戦を強いられているのだ。

 ――人智を越える。

 現在の人智を越えた存在は『失われし科学技術』。

 魔導と科学は突き詰めれば、同じモノに行き着く。どちらも自然の摂理に則った法則でなりたっているもの。

 砂の怪人土鬼にも仕掛けがあるはずだった。人の想像を越えた技術はまるで魔法のように見える。

 しかし、トッシュは逃げるのに精一杯で、反撃することも、相手の弱点を考えることもできなかった。

 巨大な手から土弾[ドダン]が発射された!

 トッシュは背中に一発目を受けた。今まで受けたどんなパンチよりも重く響く。

 二発目は紙一重で躱した。

 三発、四発と躱したが、五発目は思わぬところから飛んできた。

 四発目が落ちた地面だ!

「くッ!」

 脇腹を抉った土弾。

 前や後ろならば、喰らったあとにバランスを立て直せたかもしれない。だが、逃げる途中、片足をあげていたときに喰らった横の攻撃は、いとも簡単にトッシュの躰を倒したのだ。

 立ち上がる動作は完全な隙だ。

 トッシュは倒れると同時に、自らの意志で多く地面を回転した。立ち上がらず別の動作をしたのだ。

 回転の最中、追撃の一弾を躱し、次が来る前に〈レッドドラゴン〉の引き金を引いた。

 虚しく弾は土塊を貫通しただけだった。

 それでもいい、零コンマ何秒でも相手に隙を作り、そこに岐路を見いだす。傷を与えるだけが攻撃ではない。

 トッシュは笑った。

 笑いかけられたのはアレンだった。

 二人の距離はほんの目と鼻の先。土弾の餌食になるのは二人だった。

「この糞野郎、俺も巻き込む気か!」

 アレンが叫んだ。

「たまたま逃げた先がここだっただけだ」

 トッシュは動揺ひとつ出さずにそう言った。だが、その笑みがアレンの言葉を裏付けていた。

 魔導銃〈グングニール〉をやむなく抜いたアレン。

「あんたを殺すか」

 銃口がトッシュに向けられた。

 さらにアレンは続ける。

「向こうを殺すか」

 トッシュを殺せば敵の目的は達成される。敵を殺せば敵自体がいなくなり襲ってこない。

 〈グングニール〉の銃口はトッシュから外れない。

 土弾が連発された。

 流れ弾はアレンにも当たるだろう。

 〈グングニール〉の引き金が引かれ、雷鳴が鳴り響いた。

 幾重にも枝分かれしていく稲妻が土弾を貫通して翔け巡る。

 伝導率が低い土塊に効果があるのか?

 そもそも、電流という攻撃は無機物にどれほどまでの効果があるのか?

「グギョォォオオオオッ!!」

 土鬼の絶叫が響いた。

 地に落ちた土弾。

 トッシュがすぐに気がついた。

「火花か?」

 稲妻を喰らった土弾から火花が出ている。

 ただの土塊ではなかったのか?

「ナノマシンじゃよ」

 老婆の声。

 アレンの真後ろに妖婆リリスが立っていた。

 そして、消えていた家が蜃気楼のように揺れながら見えていた。

「わしの家に電流を当ておって、ど阿呆!」

 リリスが平手打ちを放った。

 軽い音を鳴らして頭を叩かれたアレン。

「いってーな。あんたの家のことなんて知るかよ」

 おぼろげに見えるリリスの家。おそらくアレンの撃った〈グングニール〉の電流によって、なんらかの支障をきたしたのだろう。

 支障をきたしたのはリリスの家だけではなかった。

「ガガガ……グガガ……ヨクモ……コロシテヤル」

 土鬼もショートしていた。

 大量の砂煙が舞い上がった。

 土弾の雨。

 無差別攻撃だ!

 トッシュだけではない、アレンも、セレンまでも、そしてリリスにも襲い来る土弾。

 この場の全員を敵に回した土鬼は愚かだろう。とくにリリスに手を出すべきではなかった。

「核はそこかい?」

 妖しく輝いたリリスの瞳。

 砂にまみれて一つだけ、拳ほどの石があった。見た目ではただの石だ。

 リリスの手のひらでバチバチっと音がした。

 稲妻がリリスの手から放たれる寸前!

 巨大な炎の壁が視界を遮った。

「こなたの勝負、お待ちくんなまし!」

 炎を手に宿しながら現れた花魁姿の火鬼だった。

 視界を遮っていた炎が消され、火鬼は懐から壺を取り出した。

「土鬼、返事しな!」

「ナンダ! オラハコイツラヲミナゴロシニ……オオオオ、シマッタ!」

 大量の砂が渦を巻きながら壺の中へ吸いこまれていく。おろらく土鬼だ。土鬼が壺の中に吸いこまれているのだ。

 おそらくすべてを吸い込み終わったのだろう。火鬼は壺にふたをした。それにしても、吸いこんだ量は壺よりも多く、いったいどこに消えたのか?

「失礼しんした。莫迦が勝手な真似をしてしまって、わちきはその尻ぬぐいに来たでありんす」

 土鬼を封じ込めたが、その言動からアレンたちはこの者を敵の仲間だと察した。

 トッシュはすでに銃口を火鬼に向けていた。

 艶やかに笑う火鬼。

「おっかない武器は下げてくんなまし。わちきは無駄な仕事はしない質、死合いは次でも宜しいでありんしょう?」」

「そうだな。俺様も、降りかかってきていない火の粉まで、振り払うほど暇じゃあない」

「では、近いうちに……」

 火鬼は燃えさかる車輪のついた人力車にひょいと飛び乗った。車を引くのは此の世のもの思えない、牛の頭に人間の躰をした者と、馬の頭に人間の躰をした牛頭馬頭[ゴズメズ]だった。

 火の粉を散らしながら人力車が空を駆けて遠くへ消える。

 セレンは恐ろしくてたまらなかった。

「今の人たち……頭が動物……でしたよね?」

 おぞましい化け物だった。牛や馬が二足歩行をしていたわけではない。腰布だけを巻いたあの躰は筋骨隆々な男のものだった。

 リリスが静かに言う。

「キメラじゃよ」

「キメラ?」

 セレンが聞き返した。

「そう、キメラじゃ。人工的に作られた怪物じゃよ。太古の昔から人間は恐ろしい怪物を想像するとき、人間とほかの動物を掛け合わせたり、動物同士を掛け合わせた。ゼロから生物を生み出す想像力がなかったのか、身近なものだからこそ恐ろしさや神秘性があるのか、もしかしたらつくることができることを知っておったのか……」

「じゃあ……今の怪物はだれかがつくったものものなんですか?」

「既存の生物が掛け合った存在が自然に発生すると思うか?」

「そんな……ひどい、神への冒涜です」

「神が人間をつくったことは自然への冒涜ではないのかえ?」

 リリスは不気味に笑った。

 そして言葉を続けた。

「わしは神など信じておらん。もしこの星の生態系に干渉した存在がおったとしても、それは自然を超越した存在でもなければ、唯一神などではない。人間よりも高い文明を持っていたということじゃろう。『失われし科学技術』もおぬしらから見れば、神の所業じゃろう?」

「『失われし科学技術』はその仕組みもわからないし、不思議なものだと思います。でも神はそういうものじゃないんです、わたしは神を信じてますから」

「腐った世界でもシスターはシスターか。いや、こんな世界だからこそ神が蔓延るのか」

 リリスは家に帰っていく。

 すでに帰ろうとしていたトッシュだったが、ジープを見た途端、宙を仰いで頭を掻いた。

 打撃によって潰されたジープ。エンジンが破壊され、タイヤはすべてパンクしており、運転席にはドアが食い込んでいる。

「ったく、どこの莫迦だよ?」

 アレンが横に来て言う。

「さっきの砂男だろ?」

「んなことわかってる。どうやって帰ればいいんだ?」

「あんたのほうが莫迦だろ?」

「んだと?」

「砂男はどうやって来たんだよ?」

 普通に考えれば土鬼も帰る手立てがあった筈だ。

 トッシュは辺りを見回した。

「なにもないが、どうやって来たんだろうな?」

「えっ、マジ!? なにもねーの?」

 慌ててアレンも辺りを見回した。

 ――乗り物なんてなかった。

 乗ってきた乗り物はいったん引き上げたという可能性。砂漠の真ん中で、時間や燃料のことを考えれば、非効率的だと言える。

 アレンは閃いた。

「どこかに隠されてんだよ、砂の中に埋もれてるとか!」

「目印もなにもない場所で俺様は無駄骨なんて折りたくないぞ」

「なら俺が見つけても乗せてってやんねえからな!」

 アレンは独りで砂を掘りはじめた。

 それを尻目に一服するトッシュ。

 セレンはどうするか迷っていた。

「あの、アレンさん?」

「なんだよ?」

「手伝ったほうがいいでしょうか?」

「あったり前だろ」

 手伝わないで見つかった場合、セレンも置いて行かれそうだ。

 砂を延々と掘り返す作業。

 掘っても掘っても砂ばかり。さらに掘ると同時に砂が崩れて穴が埋まる。

 五分でセレンは力尽きた。

 その前にアレンは三分で飽きていた。

 結局、乗り物は見つからなかった。

 休憩をしていたトッシュが立ち上がった。

「お前ら本当に莫迦だな。リリス殿、リリス殿、どうか助けてくれないか?」

 深々とした。

 返事はない。そこには家すらない。なにもない砂漠。

 トッシュが大きな口を開けた。

「婆さん近くにいるんだろう! アレンを救ったのに、今度はその救った相手まで見殺しにするつもりか!」

 トッシュの声以外は静かなものだった。

 あきらめたトッシュは胡座をかいた。

 アレンはまた何かを閃いたようだ。

 〈グングニール〉の銃口が何もない空間に向けられた。

 本当にそこには何もないのか?

「故意で撃ったら容赦せんぞ、アレン?」

 アレンは背後に殺気を感じて振り返った。

 老婆の顔が目と鼻の先にあった。

「わっ!」

 驚いてアレンは腰を抜かして尻餅を付いた。

 もちろんそこにいたのは妖婆リリスだ。

 すぐにセレンが駆け寄ってきた。

「リリスさん、わたしたち帰れなくて困ってるんです!」

「わしには関係ないね」

 救った相手を見殺しにする。気まぐれな老婆だ。

 トッシュも割り込んできた。

「近くの町でも村でも着けるならどんな乗り物でもいい、礼はするから貸してくれ」

「わしの眼鏡[メガネ]にかなう礼ができるというのかい、このわしじゃぞ?」

 こんな辺境に住んでいても、リリスならば不自由な生活をしているとは思えない。金や物資では取引はできないだろう。リリスほどの実力があれば、手段は違えどトッシュに叶えられることなら、自らで叶えることができそうだ。

 トッシュが言葉に詰まった。取引相手が悪すぎる。

 しかし、次の瞬間にはリリスの態度が変わった。

「車を貸してやろう。ただし、わしもいく。運転の仕方を教えるのも壊されるのも面倒じゃ」

 気まぐれな女だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ