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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
36/72

黄昏の帝國「アレン始動(3)」

「おう、久しぶりだなシスター。フローラその服はどうした?」

「少し汚してしまったのよ」

 居場所を知っているというだけではなく、顔見知り以上らしい。

 三ヶ月前となに一つ変わらないトッシュの姿。

 しかし、大きく変わった点があった――周りだ。

 『暗黒街の一匹狼』が群れていた。

 酒場ならまだしも、酒もない場所で仲間たちといっしょにいたのだ。しかも、セレンの顔を見る寸前まで、真面目な顔つきで話し合いをしていた。

 このことについて、道すがらセレンはフローラから話を聞いていた。

 ――同じ環境保護団体で活動しているのよ。

 と、フローラが言ったときには、セレンは言葉を失ってしまった。

 同じ話を聞いて驚くのセレンだけではないだろう。『暗黒街の一匹狼』と環境保護団体というのは、冗談もいいところだ。

 環境保護団体というが、集まっている面子の中には、がたいの良く血の気が多そうな者も多かった。

 セレンは冗談でも言われたのかと思って、フローラに尋ねる。

「本当に環境保護団体なんですか?」

「ええ」

 と言ったフローラは見た目が合致しているが――。

「本当に本当ですか? だって、そこに置いてあるの銃ですよね?」

 セレンの視線の先には壁に立てかけてあるライフルがあった。

「ええ、本当よ。ただあなたが想像していたものとは、少し違ったのかもしれないわね。この名を聞いたことがないかしら――ジード」

「まさかそんなフローラさんが……」

 フローラが発した名前を聞いてセレンは驚きを隠せない。もしそうだとしたら、セレンには似つかわしくない場所だ。逆にトッシュがいる理由は少なからず理解できるようになる。

 ジードはここ最近頻繁に新聞に載っている団体だ。

 ここに来るまでにセレンは可笑しいと思った点がじつはあったのだ。

 まずこの場所が飯店の地下にあり、隠し扉と隠し通路を使って通ってきたこと。さらに見張りの者たちが武器を見えるように携帯していたこと。とても穏やかな空気とは言えなかった。

 それらの見てきたものが、フローラの言葉を裏付けてしまっている。

 世間を賑わすジードは環境保護団体などと呼ばれていない。

「テロリストだったんですか!!」

 セレンが叫んだ。

 一瞬にして部屋に殺気が張り巡らされた。

 周りにいた者の眼がセレンを捕らえて放さない。

 今の発言がこの空気をつくってしまったことにセレンは気づいた。

 助け船を出してくれたのはトッシュだった。

「まあ、新聞にもそう書かれてるからな。シスターがそう言うのも無理はない。おまえらもそう怖い顔するな、本当にテロリストみたいだぞ?」

 殺気が治まった。

 しかし、セレンはここにいるのが気まずくなった。

 フローラが微笑む。

「奥の事務所で話しましょう。トッシュも早く来て」

 セレンを逃がすように三人は事務所に入った。

 部屋に入るとすぐにトッシュはテーブルに寄りかかって煙草を吸いはじめた。

「で、シスターがなんの用だ?」

「アレンさんのことで……」

「あいつか……帰ってくれ、俺は今とても平和に暮らしてるんだ」

 周りからテロリスト呼ばわりされる団体にいながら、平和とはよく言えたものだ。

 話も聞かずに追い返そうとするトッシュにセレンは詰め寄った。

「話ぐらい聞いてください、アレンさんが意識不明で大変なんです!」

「だから俺様になにをしろって言うんだ? あいつを助ける義理なんて俺様にはないぞ。早く帰れ、アレンのこともほっとけ。俺様とあいつに関わらないことがシスターの身のためでもあるんだ」

「わたしだってあなたやアレンと関わりたいわけじゃありません。わたしだって平和に暮らしたい……でも、目の前に困っている人がいたら助けてあげたいと思うのが当然じゃないですか!」

 必死な訴えはトッシュに伝わるのか?

「当たり前だと思ってるのは『お嬢ちゃん』だけだ。クーロンなんて街に住んでるクセに、世の中のことがまったくわかってないんだな」

「わたしだって世の中のことくらい……」

「わかってない。シスターはクローンにいる困ってる奴をいつも片っ端から助けてるっていうのか?」

「それは……」

「そりゃ助けてないよなぁ。でもそういう奴がいることは知ってるはずだ。知っていても眼に入れないようにして、教会なんかに閉じこもってるんだろう?」

「もういいです、あなたなんかに頼みません!」

 啖呵を切ってセレンはトッシュに背を向けた。背を向けてから後悔をする。アレンを助けたいと思ってここまで来たのに、自分の一時の感情のせいでアレンを助けられなくなってしまうかもしれない。

 セレンが謝ろうとしたとき――。

「彼女のことを助けてあげて」

 フローラが優しく言った。

 次の瞬間、空気ががらっと変わった。

「俺様がどんな奴でも助けてやるよ!」

 トッシュは凛々しい顔をしてフローラに視線を送った。

 変わり身の早さにセレンは唖然とした。そしてすぐに悟ったのだ。トッシュがフローラにどのような感情を抱いているか――。

 どう見ても今のトッシュの行為は、女の前で格好をつけたい男だ。そうする理由は一つだろう。

 セレンはフローラの表情から、そのあたりの感情を察しようとしたが、こちらの想いはよくわからなかった。

 別人のようなやる気を見せてくるトッシュ。

「俺様はなにをしたらいい? 具体的な何かがあって俺様を尋ねて来たんだろう?」

 迫ってきたトッシュの気合いに押されてセレンが後退る。

「ええっと、リリスさんの家の場所を教えてもらえるだけでいいんですけど」

「よしわかった、車に乗せてってやる」

 話がとんとん拍子で進んでいく。

 さらにトッシュが迫ってくる。

「アレンはどこにいる?」

 これに答えたのはフローラだ。

「医務室に運んでもらったわ」

 教会にひとりで残しておくわけにはいかず、手間取ったがここまで運んできた。

 トッシュは大きく懐いた。

「ならすぐにでも出発だ。フローラはどうする?」

「わたくしはここに残るわ。ジードの活動があるもの」

「そうだな……」

 少しトッシュはうつむいて寂しそうな顔をした。とてもわかりやすい。

 そしてトッシュは顔をあげた。

「さっき仲間と話し合ったんだが、やはり次のリーダーはフローラがいいとみんな言っている」

「困るわ、わたくしのいないところで話をするなんてずるい。リーダー代行はしても、リーダーをやって皆さんを引っ張る器なんてないもの」

「そんなことあるか、みんながフローラを指示してるんだ」

「考えておくわ」

「みんなもいい返事を期待してる。よし、行くかシスター?」

 トッシュに顔を向けられたセレンは頷いた。

「はい、いつアレンさんの様態が悪化するともわかりませんから、早く行きましょう」

 こうして再び三人でリリスの元へ行くことになった。

 まるで歴史が繰り返しているようだ。


 玉座の間に集まった鬼兵団の数は三名。

 ルオは不機嫌そうだ。

「二人ほど足りないようだな、朕は全員と言った筈だが?」

 皇帝を前に跪いている三人。

 後ろの二人のうち、一人目は東方にかつて存在した花魁の格好をした狐顔の女。紅い着物が眼に焼き付く名は――火鬼[カキ]。

 横にいる土気色の肌をした大男。殺された金鬼の弟である――土鬼[ドキ]。

 そして、一歩前に跪いている黒く塗りつぶされた仮面を被っている性別も不明な者。この者が鬼兵団のリーダーである――隠形鬼[オンギョウキ]。

「鬼兵団ハ元ヨリ結束シテ集マッタ集団デハナイ故、自由ナ思想ヲ持ッテ招集ニ応ジル応ジサナイモ団員ノ自由」

 隠形鬼の仮面の下から発せられた声は、まるで合成音のような響きをしていた。

 ルオを守護していた〈黒の剣〉が唸った。

 刹那、隠形鬼の首を突き刺そうと〈黒い剣〉が翔けた。

 誰一人この場を動かなかった。動けなかったのではなく、動く必要がなかった。

「フフフッ、オ戯レヲ」

 〈黒の剣〉は隠形鬼の前で止まっていた。切っ先が震えている。真横からでは何も見えなかったが、九〇度視点を変えると底には魔法陣が宙に浮いており、それが盾となって〈黒の剣〉を受けていた。

 さらに驚くべきことに切っ先を向けられ、魔法陣に守られているのはライザだった。

「なぜアタクシがここに!?」

 本人すらそこにいたことを驚いた。

 そして、本物の隠形鬼は平然とルオの真横に立っていた。

 ルオは驚くことなく、〈黒の剣〉を鎮めて自分の元へ呼び寄せた。もう〈黒の剣〉に殺意はない。殺気は常に放っているが。

「噂通りの実力というわけか……面白い。もっと面白い物を見せるというなら、招集の件は不問にいたそう」

「今ノハホンノ余興デ御座イマス。御依頼ガアレバ何ナリト」

「ライザ、話してやれ」

「畏まりました」

 返事をしたライザは鬼兵団に向けて話し出す。

「ジードというテロリスト集団はもちろん知ってるわね?」

「おら知らね」

 口を挟んだ土鬼の頭を火鬼が引っぱたいた。

「あんたは莫迦なんだから黙ってな。どうぞ獅子の姐さん、話をお続けになってくんなまし」

 ライザは少し調子を狂わせられながら、話を続けることにした。

「ただの小うるさい蝿かと思っていたら、ついに昨日ジードにしてやられたわ。昨日起きたシュラ帝国領での大規模停電はそいつらのせいよ」

 どこからか小さな笑い声が聞こえた。笑いの主は隠形鬼だった。

「ウッフフッ、魔導炉ガ破壊サレタト言ウノハ、嘘デハナカッタト言ウ訳カ」

 ライザは鋭い眼で隠形鬼を睨んだ。

「うるさい蝿がこの部屋にもいるのかしら? まあいいわ、アナタたちにはジードの壊滅、そしてリーダーと、ある男をルオ様の御前に突き出して頂戴」

 ルオの眉が一瞬上がった。皇帝の知らない事柄があったらしい。

「ある男とは誰だい?」

「ジードにはある男が噛んでいることがわかったのよ……『暗黒街の一匹狼』」

 その名を聞いてルオが妖しく微笑んだ。

「面白い、久しく名を聞かんと思っていたら、ジードと行動を共にしていたとはね」

 急にライザはルオに背を向けて、通信機を取り出してひそひそと話しはじめた。

 そして、通信が終わると再びルオに顔を向けた。

「失礼したわ、緊急の連絡だったもので。シスター・セレンが動き出したそうよ」

 セレンは帝國に見張られていた。それを示唆する言葉だった。帝國がセレンの前に現れなかったのは、ずっと密かに監視していたからだったのだ。

「トッシュ、セレン、君のお気に入りの名前は挙がってこないのかな?」

 ルオはライザに微笑みかけた。

「いえ、今のところは。シスター・セレンの動きに関しても、まだ未確認の情報が多いわ。伝わってきた話によると、謎の女がシスターの元に訪れた直後、教会の敷地から水柱が上がったとかなんとか。その後、しばらくして数人の男が教会を訪れ、謎の荷物を運び出し、シスターと謎の女はどこかに向かったそうで…… 水柱と荷物、謎の女、なんの関係があるのか今のところはわからないわ」

 荷物はおそらくアレンだ。帝國はそれに気づいていない。

 アレン、セレン、トッシュが再会し、帝國が再び動き出す。

 放置されていた土鬼は胡座をかいていた。火鬼も痺れを切れして足を少しずつ崩そうとしている。

 隠形鬼が口を開く。

「我々ノ話モ進メテ欲シイノダガ?」

 ルオがライザに向かって顎をしゃくった。話を進めてやれという合図だ。

「依頼内容はさっき言ったとおりよ。報酬はトッシュの懸賞金も込みで三〇〇万イェンでどうかしら?」

 火鬼が少女のような笑顔を見せた。

「さすがシュラ帝國、太っ腹でありんす。お頭様、お勤めはもちろんここにいる三人で、報酬も当然三人で山分けでありんすか?」

「ソレデ良カロウ」

 鬼兵団が話していると、ライザは緊急の通信を再び受けていた。

 ライザは楽しそうに笑っていた。

「うふふふっ、素晴らしい展開だわ。ルオ様、なんとシスター・セレンとトッシュがいっしょに町を出たそうよ。まさかシスターの行き先がトッシュの元だったとは……少しは期待していたのよ、だってシスターが関わる人物は限られているもの」

 その報告を耳にして隠形鬼は仲間に尋ねる。

「サテ、とっしゅトヤラヲ誰ガ捕ラエニ行クカ。行キタイ者ハ居ルカ?」

「おらに殺らせてくれ」

 土鬼が身を乗り出した。

 すぐに火鬼が口を挟む。

「あんたわかってんのかい? 殺すんじゃないよ、生きたまま捕らえるんだ」

「あらをばかにするでねえ。兄じゃよりおらのほうがばかでねがった。兄じゃの敵[カタキ]だ、おらに殺らせてくれ」

「まことにわかってるのかねぇ、この木偶の坊は?」

 火鬼は心配そうだが、隠形鬼はそれを認めたようだ。

「良カロウ、とっしゅハ土鬼ニ任セル。シテ、じーどノ本拠地ハ何処ダ?」

 ライザが答える。

「それもアナタたちに探してもらおうと思ったけれど、もうすぐわかるかもしれないわ。すべてシスター様のお導きよ」

 シスター・セレンが線となり、点を繋いで行ったのだ。

 その事実を知ったとき、セレンはどう思うのだろうか?

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