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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第2幕 黄昏の帝國
34/72

黄昏の帝國「アレン始動(1)」

 砂漠に水が湧けば、自然とそこに町ができる。

 水の多さに比例して町も大きくなっていく。

 そこは砂漠の真ん中にある小さな町。これと言った産業はないが、一件だけ酒場がある。酒が飲める場所があるだけでも、ほかの町や村よりはマシだ。砂漠にある町はそれほどまでに貧困に喘いでいる場所が多いと言うことだ。

 今や世界の3分の2が砂漠地帯であり、人間が住める土地を差し引いた場合、砂漠地帯に住んでない人間のほうが少ない。

 砂漠地帯では作物が育たない。作物が育たなければ、家畜も育てることができない。深刻な食料不足の連鎖。

 生きるためには金がいる。

 金がない者は飢え死にをするだけだ。

 そんな世の中で、クーロンのような大都市ならまだしも、こんな田舎町で店のメニューを片っ端か注文する大食らいは珍しい。

 しかし、大男ではなく、小柄な『少年』というのが、周りを非常に驚かせた。

 山積みなった空の皿がテーブルに積み上げられていく。

 そのようすを見ていたカウンター席の男が、マスターにひそひそ話をする。

「あいつ化け物か? 店の食いもん全部喰われるんじゃねぇか?」

「そりゃ困るよ。あんな客想定外だ。店の食料だって町のもんと、外からたまにくる『普通』の客の分くらいしか用意してないよ」

 マスターは溜息を落とした。

 一時的に売り上げが伸びても、食料が底をついて臨時休業となれば、結局は同じ売り上げになってしまう。それに常連たちには文句を言われることだろう。

 救いがあるとしたら、あの客が酒を注文しなかったことだろう。

「もし食料が底をついちまったら、常連さんには酒だけを出すしかないな」

 つぶやいてマスターは大食らいの客からもらった金を数えはじめた。

 この店では常連でない者からは、先払いで金をもらうことにしている。それが今回は仇となった。こんな金の大事な時代だからこそ、金を目の前に出されたら、それを突き返して帰ってくれとは言えない。

 フードを目深に被っていた少年がマスターに顔を向けて、大きく手を振った。

「おい、おっさん! この肉料理うまいから5人目くらい追加、金はここに置いとくぜ」

 大食いで周りを驚かせたが、金の羽振りの良さも目を引いた。

 テーブル席の3人組も『少年』の話をひそひそとしていた。

「あいつ何もんなんだ?」

「俺さっき便所行くとき見たんだが、ただの餓鬼だったぜ。そうだな、歳はやっと毛が生えそろったってところじゃねえか?」

「そんな餓鬼がなんであんな金持ってるんだよ?」

「盗みでもしたんじゃねえか? それ以外考えられるか?」

 二人が話している中、同じ席の男はひとり黙っていた。顔が少し青いような気もする。

 心配になった仲間が声をかける。

「腹でも痛いのか? 飯も酒も進んでないぞ?」

「……俺も便所に行くとき見たんだよ、あいつの顔」

 青い顔の男が重い口を開いた。

 二人の仲間の視線が青い顔の男に強く刺さった。

 ――なにを怯えているんだこいつ?

 そして、青い顔の男は再び重い口を開くのだった。

「保安所の壁に貼ってあった賞金首にそっくりなんだよ……あいつ」

「どうせちんけな盗人で三〇〇イェンくらいの賞金だろ?」

 少額の賞金首であったなら、男はこれほどまで青い顔をして怯えるだろうか?

 轟音!

 店のドアが破壊され、武装した屈強な男たちが続々と店内に入ってきた。

 人数は五人。先頭に立っている男は、ほかの者よりも身体が一回り大きく、リーダーの風格が伺える。

 リーダーの男が店内を見回した。

「一〇〇万イェンの賞金首はどいつだ!」

 この屈強な武装集団が店内に現れた衝撃を凌ぐ一言だった。

 一〇〇万イェンと言えば夢の金額だ。貧困層は一生掛かっても稼ぐことのできない金額。そんな賞金を出せる者も限られてくる。

 テーブル席に男がつぶやく。

「二桁間違ってんじゃねえか?」

 同じ席で青い顔をしていた男は首を横に振った。

「本当だ、三ヶ月の前の噂知ってるだろ……あいつが『雷獣』だったんだよ」

 『三ヶ月前』で通じる話題と言えば、クーロンでの事件だ。

 クーロンに現れたシュラ帝國の巨大飛空挺キュクロプスが放った魔導砲。それとは別の脅威も人々は見た。あれがなんだったのか、未だに多くの人々は知らずに、数え切れない噂話が生まれた。

 そして、同時期に高額な賞金首を懸けられたのが、『雷獣』の通り名を持つ『少年』だった。

 賞金を懸けたのはシュラ帝國。事件との因果関係を誰もが勘ぐるだろう。

 『少年』は屈強な男たちが乗り込んできたあとも、構わず食事を続けていた。まるで何事もなかったように。

 リーダーに睨まれた客たちが次々と首を横に振る。俺は『雷獣』じゃない――と。

 そして、最後に残ったのが『少年』だった。

「テメェが『雷獣』か?」

 リーダーが凄みを利かせて尋ねたが、『少年』は答えず食事を続けている。

 次の瞬間、銃声が鳴り響き、『少年』がフォークで持ち上げていた肉に大穴が開いた。

 『少年』は凍り付いたように動きを止めた。

 子分の一人が笑い出した。

「ギャハハハッ、あの野郎、ビビって小便でも漏らしたんじゃねえか?」

 ほかの子分も続いた。

「一〇〇万イェンなんて何かの間違いだと思ったぜ」

 同じ額の懸賞金を懸けられている男がいる――『暗黒街の一匹狼』だ。彼はその賞金にいたる悪評や噂の数々がある。それが『雷獣』にはなかった。

 どこかで〈歯車〉の音がした。

 『少年』が肉ごとフォークをテーブルに突き立てた刹那!

「俺の首狙うなら、顔くらい覚えてこいよ、なッ!」

 店にいた者たちが気づいたときには、『少年』がリーダーの顔面を拳で抉った瞬間だった。

 この場で誰よりも巨大のリーダーが大きく吹っ飛ばされ、後ろにいた子分たちを巻き添えに、ボーリングのピンのように次々と倒れた。

 客たちは眼を剥いた。

 しかし、これで終わりではなかった。

 男たちは『雷獣』の意味を知ることになる。

 『少年』が懐から隠し持っていた『銃』を抜いた。

 閃光!

 瞬く間に稲妻が店内を翔け抜けた。

 雷音はまるで獅子の咆吼。

 屈強な男たちは立ち上がる隙も与えられず、聞くに堪えないおぞましい絶叫をあげた。

 魔導銃〈グングニール〉の稲妻は、身体の芯から肉を焼いた。

 被っていたフードがいつの間にか取れていた『少年』――いや、少女アレンはマスターに顔向けた。

「さっきの肉料理まだかよ?」

 店内に立ちたちこめる肉料理のような臭い。

 客たちが一斉に嘔吐した。

 平然とした顔をしているのはアレンだけ。その顔を見ただけで、幾つもの修羅場をくぐってきたことはわかる。

 恐怖で言葉を失っていたマスターだったが、ついにこう言ったのだ。

「テーブルの金を持って……さっさと出てってくれ」

 ときにその言葉は命取りになる。相手はつい今し方、屈強な男たちを一瞬で倒した100万の賞金首だ。

 しかし、アレンは金を持たずに店の出口に向かって歩いた。

「ごちそうさん、うまかったぜ。金は店の修理代にでもしてくれよ」

 アレンは店を出た。

 次の瞬間、緊張の糸が切れたマスターは気絶してぶっ倒れた。

 食事を済ませて、軽い運動もしたアレンは、店の裏に停めてあったエアバイクを取りに向かった。

 店の裏まで来ると、なにやら三人組の男たちがエアバイクの周りを囲んでいた。

「おい、タイヤがないけど大丈夫かよ?」

「バラしてジャンク屋に売れば問題ないだろ」

「そうだな、さっさと運んじまおうぜ」

 そう言った男がエアバイクに触れた瞬間、バチバチと音と火花を散らせながら泡を吹いて気絶した。

 周りの男たちは慌てて何もできない。

 そこへアレンがやって来た。

「人様のもん盗もうとするからだぜ」

 『失われた科学技術[ロストテクノロジー]』の産物であるエアバイクの、行きすぎた防犯対策が発動したのだ。

 アレンは戸惑って動けずにいる男たちを掻き分け、エアバイクに乗ろうとした。

「気絶しただけで命の心配はねえから、これに懲りたら盗みなんてするなよって伝えてくれ。あんたらもだぞ?」

 仲間がやられ、説教までされた。

 男たちはアレンが信じがたい額の賞金首だとは知らなかった。

 ――目の前にいるのはただの餓鬼だ。

「よくもこの野郎!」

 男がアレンに殴りかかった。

 どこかで〈歯車〉の音がした。

「懲りてねえな糞野郎ッ!」

 重いアレンの拳を喰らった男が五メートル以上吹っ飛んだ。よろめいて五メートル下がったのではなく、宙を五メートルもの距離を跳んだのだ。

 残る一人の男は仲間を置いて走って逃げてしまった。

 アレンは特に追うこともしない。降りかかる火の粉は払っても、遠くの火元まで消すのが面倒だった。

 エアバイクに乗って走り出す。高度はあまり出ていない。地表から二〇センチ程度の高さを飛行している。

 高度を上げれば、それだけエネルギーの消費も激しくなり、空を吹く風も強くなる。エアバイクにはバランス調整システムが搭載されているが、それでも高い高度での強風に煽られてしまう。それに、高度と風速と時速が加われば、それだけ体感温度は急激に下がる。エアバイクは高い高度を飛ぶようには設計されていなかったのだ。

 町を出て砂漠地帯を走る。

 砂漠と言ってもここは砂の広がる地帯ではなく、土砂漠だ。

 この世界の砂漠の割合のうち、砂砂漠は40パーセントほどである。残りを占めているのが岩石砂漠、礫[レキ]砂漠、土砂漠だ。

 小高い丘に登るとアレンは遠くの景色を眺めた。

 もう町は見えない。広がる景色はどこまでも砂漠。

 空もまた、どこまでも広がっている。

 降水量の少ない砂漠では、雲一つなく澄み切っている。

 行く当てはない。

 広がる砂漠と空になにもないのと同じで、アレンにも目的とする場所がなかった。

 シュラ帝國に眼を付けられために、同じ場所に長いもできなくなってしまった。

 一〇〇万の賞金首は途方もない額だ。そこまでの額になると、首を狙ってくるのは莫迦か自信がある者のどちらかだ。中途半端な者が狙ってくることはあまり少ない。

 それでも時折、今日死ぬともわからない生活苦の女子供、年寄りに命を狙われたこともあった。そういうことがあってからは、なるべくそれなりの大きさがある町に立ち寄ることにしている。逆に大きすぎる町に行くと、顔が知れ渡っていることが多く、金の亡者どもがさらなる金を求めて狙ってくることも多い。

「……世の中どんどん住みづらくなってやがる」

 アレンは吐き捨てて再びエアバイクを走らせた。

 しばらく行く当てもなく走り続けていると、エアバイクが激しく上下に揺れた。風ではない。同じ高度を保っているのに大きく揺れたということは、地表に変化があったということだ。

 崖が音を立てて崩れてきた。

「糞っ!」

 ハンドルを切って土砂を避けた。

 だが、それで終わりではなかった。

 まるで地の底で地獄の怪物が唸っているような地響き。

 アレンの目の前で地面に亀裂が走った。

 次の瞬間だった!

 地中から水柱が天に向かって聳え立ったのだ。

 噴き出した水にアレンは一瞬にして呑み込まれた。

 濁流と共にアレンが亀裂の中に消える。

 為す術もない出来事であった。


 威厳の象徴である広い玉座の間。

 ヒールの音を響かせながら『ライオンヘア』がこの場に姿を見せた。

 百獣の王で獅子が跪く相手――暴君ルオ。

「なんだい険しい顔をして?」

「またテロが起きたわ」

「規模は?」

「魔導炉が一つ、機能停止にまで追いやられたわ」

 世界の電力を担っている魔導炉。その恩恵に預かっている大半は富裕層である。

 シュラ帝國に対するテロ活動。一時は残酷無慈悲な帝國な所業を恐れ、なりを潜めていたが、ある時期からその活動が活発になって来た。

 ルオは薄く微笑んだ。

「三ヶ月前から運気が落ちたらしい」

「貴方ともあろう御方が、運などに左右されるのかしら?」

「いや、朕に切り開けぬ道などない」

 その絶対たる自信。それがなければ、幼くしてシュラ帝國に君臨し、武力と恐怖よる政治は行えない。

 シュラ帝國の皇帝が皇帝であるためには、人間を捨てた強靱な精神と力を持った魔人でなければならないのだ。

 運気が落ちたという発言は弱音を吐いたわけではない。その状況を楽しんでいるのだ。

「弱い者を甚振ったところで楽しくもない。さて、魔導炉を機能停止に追い込んだ彼らは、今とても達成感に溢れ、シュラ帝國に一矢を報いたつもりになり図に乗っていることだろう。叩くには良い頃合いだと思うだろう?」

「ええ、叩くのなら容赦なく」

「そうだ、久しぶりに鬼兵団に任せてみるか。三ヶ月前の働きはろくなものではなかったからね。名誉挽回のチャンスを与えてやるのも一興。今度は全員だ、全員この場に招集させろ」

「御意のままに」

 鬼兵団と言えばアレンたちに放たれた刺客だ。

 第一の刺客であった水を操る水鬼は、あと一歩までアレンを追い詰めたが、真の姿を見せたリリスによって葬られた。

 第二の刺客であった鋼鉄の肉体を持つ金鬼は、トッシュとの戦いの末に口腔に銃を乱射され死んだ。

 果たして残る鬼兵団の能力は?

 再びアレンたちの前に立ちはだかることはあるのか?

 運命の女神は時に残酷だ。

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