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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第1幕 黄砂に舞う羽根
33/72

黄砂に舞う羽根「夢見(8)」

 アレンを乗せたエアバイクは狭い坑道の中を走り、まだ運転に慣れてないアレンは壁にぶつかりそうになりながらも、そのスピードを緩めることなく、絶叫マシンにでも乗るようにアレンは無邪気に笑っていた。

「ヤッホー! こりゃすげえ」

 坑道の出口が見えてきた。

 爆風とともに出口を抜けたアレンは、ハンドルを上に引くようにして、車体の前方を上に傾けた。すると、エアバイクは上に向かって進路を変える。

 夜空を我が物のように飛ぶアレンは、全身に風を感じながら光に向かって突き進んだ。目指すは星よりも、月夜よりも、燦然と輝くひとりの『少女』。

 風と一体になったアレンの目に、巨大な黒い影が飛び込んできた。

 空に浮かぶ巨大な鉄の塊――超巨大飛空挺〈キュプロクス〉だ。

 巨大な〈キュプロクス〉の船首にある巨大な眼のような穴――魔導砲の遥か先にエヴァはいた。

 アレンは〈キュクロプス〉の横を飛び抜け、夜空を翔けて光り輝くエヴァのもとへ向かった。

 空の上は風が強く、エアバイクに乗ったアレンは風に煽られ遊ばれる。だが、風はただ強く吹いているだけではなかった。風が魔導を孕んでいる。

 煌く光の粒子がエヴァを包み込むように集まっている。

 〈キュプロクス〉艦内にいたライザは再び背中に冷たいものを感じた。

 オペレーターが激しく振り切られたメーターの針を見て、また叫んだ。

「測定不能のエネルギー反応を検出!」

 脚を組んでゆったりと座っていたルオが立ち上がった。

「次はないね。さっきと同じのを喰らったら、この飛空挺もただでは済まない。いいねライザ?」

「わかりました」

 皇帝の言葉に『ライオンヘア』が深く項垂れた。

 ライザはエヴァの捕獲を諦めたのだ。

「魔導砲の準備をしたまえ!」

 声高らかにルオが命じた。

 〈キュプロクス〉の船尾にエネルギーが集中する。

 ちょうどそのとき〈キュプロクス〉の船尾近くを飛行していたアレンは見た。

 巨大な眼に蒼白い光が灯った。

 エネルギーを充填する魔導砲は轟々と地獄の風を鳴らし、深い穴の中から妖しい輝きを放つ。

 すぐにアレンは魔導砲が放たれることを悟った。もちろん、魔導砲の標的は夜空に浮かぶあどけない『少女』。大地を炎の海に変える魔導砲が、ただひとつの存在のために使われようとしているのだ。

 エヴァの輝きが増し、魔導砲が迎え撃つ。

 魔導を孕んだ空気の対流が乱気流を起し、アレンはエアバイクから振り落とされそうになり、被っていた帽子が空に舞うが、そんなことにかまっていられなかった。

「糞っ、操縦が利かねえ!」

 アレンを乗せたエアバイクは、どんどんエヴァから離されていく。

 轟々と叫ぶ風がアレンの耳元で鳴り響く中、夜空に二つの光線が奔った。

 光の世界で風が荒れ狂い、アレンを乗せたエアバイクが、まるで強風に煽られる木の葉のように回転しながら落下していく。

 光と光が空で交差したとき、激しい輝きとともに、煌く粒子が雨のように地面に降り注いだ。

 大爆発を起した光の渦から、一筋の光線が抜けた。

 ゴォォォォォォッ!!

 巨大な鉄の塊が傾いた。

 世界を恐怖のどん底に落とす力を持つ魔導砲が負けたのだ。

 大爆発とともに煙を上げる〈キュプロクス〉が、ゆっくりとしたスピードで地面に落ちていく。

 落ちていくのは巨大な鉄の塊だけではなかった。

 紅白の翼が色褪せ、煌きが失われていく。

 夜空で星よりも一際輝いていた『少女』が地に堕ちる。

 『少女』の夢は醒めることなく、そのまま地の底へ深い眠りに堕ちようとしていた。

 ――どこかで歯車の鳴る音が聴こえた。

 大きく広げらた腕。それは決して大きくはないけれど、『少女』は『少年』の胸の中に包まれた。

 『少年』を乗せていた乗り物は地に向かって落ちてしまった。けれど、『少年』は夜空の上に浮かび、月光を浴びながら『少女』と抱き合っていた。

 ――二つの歯車が鳴る。

 光の宿る瞳で『少女』は『少年』を見つめた。

「私と同じひと」

 『少年』は頷く。

「俺たちは『ひと』だ」

「……嬉しい」

 『少女』は顔を赤らめ微笑んだ。

 紅白の翼に煌きが還る。

 封印が解かれたときは、まだ覚醒めてはいなかった。

 けれど、今――。

 『少女』の柔らかな蕾が『少年』の口に触れ、巨大な翼が『少年』の身体を優しく包み込んだ。

 繭に包まれた『少女』は、美しい『大人』へ。

 堕ちる堕ちる堕ちる。

 夜空からふたりはどこまでも堕ちていた。

 このとき、地中に眠る蜃は夢を見た。

 『少女』が大切にしまっていた宝石箱の蓋が開けられる。それは夢や憧れが叶うとき。

 宝石箱から飛び出した煌きたちが、美しいメロディーとともにダンスを踊りながら想いを乗せて、巡り巡りて世界を呼び覚ます。

 夜空には雲ひとつなく、星が歌い、月は燦然と輝き世界を照らし、オアシスの湖が水面を揺らす。世界は変わろうとしていた。

 湖の底から泡が溢れ出てきて、それは七色に輝くシャボン玉のように、いくつもいくつも天に昇っていく。

 シャボン玉が静かに弾けると、その中からオーロラ色に輝く蝶が生まれ、美しい蝶たちは可憐に宙を舞い、シャボン玉から孵った蝶は世界の成長を暗示していた。

 湖の表面が金色に輝き、荘厳たる輝きとともに崇高さを兼ね備えた白い繭が水底から浮上してきた。

 蘇る想い、目覚める想い、大切な想い。

 繭に小さな皹が幾つも入り、それはやがて大きな皹となり、白い繭から眩い光が漏れ出す。

 清らかなる魂を守っていた繭が硝子のように砕け飛び、中から美しい一糸も纏わぬ『大人』が生まれ出た。

 ――突然、世界は弾け飛んだ!

 〈蜃の夢〉が無理やり壊されたのだ。

 アレンはいつの間にか、砂の上に膝をついていた。エヴァに包まれたアレンは、無事に地面に降りることができたのだ。しかし、エヴァはどこに?

 エヴァは『少女』のままで砂の上に横たわっていた。

 風が吹き、老婆リリスが姿を現した。

「エネルギーを全て使い切ってしまったようじゃな」

 哀愁に満ちた瞳でリリスは横たわる『少女』を見た。すでに『少女』から輝きは失われている。そして、紅い翼も色褪せ、白く変わっていた。『少女』の翼は煌きを失っても、白く美しく輝いていたのだ。

 歯車が激しく音を立てる。

 アレンは胸が千切れんばかりに掴み、歯を食いしばった。

 創られた存在に魂はあったのか?

 頬から零れ落ちた雫が、枯れた砂の大地を潤し、アレンの顔は砂の中に埋もれた。

 『少女』は永遠に『少女』のままに――。

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