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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第1幕 黄砂に舞う羽根
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黄砂に舞う羽根「夢見(4)」

 寒空の下で、空気が震えた。

 自然の摂理すらが、あるモノに恐怖したのだ。

 大剣を振りかざし、アレンに止めを刺そうとしていたルオの動きが止まった。

 動きを止めたのはルオだけではなかった。この場にいた皆が動きを止めてしまった。それは本能的なものだったに違いなく、セレンは自分で気づくまで呼吸を止めてしまっていた。

 美しくも恐ろしい力を秘める存在。

 再び空気が震える。

 それは怒りか悲しみか、それとも別の感情か。

 『少女』は結界の中で慟哭していた。

 二対の羽根は枯れた花のように垂れ下がり、『少女』が肩を震わせるたびに空気が震える。それはあり得ぬことだった。結界の中にいるモノが外に影響を及ぼすはずがない。空気が震えるはずがないのだ。

 危機感を覚えたライザが叫んだ。

「破壊されるわ! 退却なさい、ルオ様もお引きください!」

 『少女』を包む結界が、大波に揺られるように激しく波打つ。そして、液体のような壁に蜘蛛の巣のような皹が入り、みしみしと音を立てながら、少しずつ壁が剥がれ落ちていく。もう、長くは持たないと誰もが確信したとき、轟々と風が唸り声をあげ、結界が爆発した。

 結界の破片が煌く粒子となって、風に乗って天に昇る。『少女』はその真下に立っていた。

「私と同じヒト……傷つけるなんて……許さない……」

 掲げられた『少女』の片手にエネルギーが溜められ輝き、それを見たライザがルオに向かって叫んだ。

「お逃げください!」

「朕の辞書に逃げるなどという言葉はない!」

 不敵に笑い〈黒の剣〉を構えたルオに、『少女』の手からレーザービームとも言うべき攻撃が放たれた。

 突風がどこからか吹き込んだ。その風は人の形となり、ルオと『少女』の間に立ちはだかった。

「もうおよし、わしの可愛い娘――エヴァ」

 その声はまさしく老婆リリスのものだった。

 放たれたレーザービームはリリスの前で光の壁に弾かれ、天に向かって飛んで消えた。

 突然のリリスの登場に、眼を丸くしているセレンの背中に、大柄な男が声をかけた。

「シスター、ぼさっとしてないで早く逃げるぞ」

「はい?」

 セレンの振り向いた先にいたのは、気を失っているアレンを背中に担いでいるトッシュだった。

「シスターを助けに来たのはいいが、グッドタイミングだったのか、バッドタイミングだったのわからんな」

 バッドタイミングだ。

 『少女』――エヴァは銀盤の上を滑るように、床の上を低く飛翔し、セレンとトッシュの前に立った。だが、二人のことなど眼中にない。エヴァが見つめるのはただひとり――アレンのみだ。

「……私と同じ」

 これだけだった。なにをしたわけでもない。無邪気に笑うエヴァが、ただ一言の言葉を漏らしただけで、セレンとトッシュは全身が弛緩し、腰を砕かれたように床に倒れてしまった。

 床に寝転ぶアレンの頬に、エヴァの蒼白い繊手が伸びる。

「待つのじゃ!」

 ゆっくりとエヴァが振り返った先にリリスが立っていた。

「よい子じゃエヴァ。わしの言葉をちゃんとお聞き」

 幼子を諭すようにリリスが話しかける。だが、エヴァは聞く耳を持たずアレンを抱きかかえようとした。

 空気が激しく震え上がった。

 エヴァが声にならない叫びをあげ、超振動の波紋が広がり、エヴァを止めようとした兵士たちが散り散りに吹き飛ばされた。その場で耐えたのはリリスのみ。

「聞き分けのない子じゃな。まったく誰に似たのやら……」

 愚痴を溢したリリスは、優雅に片手をエヴァの額に乗せようとした。再び眠りにつかせようとしたのだ。だが、見えない衝撃によって、リリスの身体は後方に五メートルほど吹き飛ばされて止まった。

「わがままなところはわしに似たか……」

 少し笑いながら呟くようにリリスが言った直後、彼女の眼は大きく見開かれた。

 大きく広げられた紅白の翼から、大量の煌きが零れる。

 羽ばたいた。

 ――飛ぶ。

 アレンを抱きかかえたエヴァが、天に向かって羽ばたこうとしている。

 大事な実験サンプルに逃げられると思ったライザがエヴァに向かって走った。だが、エヴァの身体から放たれた光柱が天を衝き、激しい閃光とともにライザの身体は後方に吹き飛ばされた。

 光が天に昇る。

 飛び立とうとしているエヴァの前で老婆リリスの姿形が変化した。老婆リリスから妖女リリスへ。

「妾の話を聴くのじゃ。その子は重症を負って、放っておけば死ぬ。全機能停止じゃ」

 〈黒の剣〉のよって腕を切られたアレンの傷口からは、煌く砂とも液体ともつかぬ物質が流れ出し、顔は生気を失い蒼ざめている。

 『全機能停止』という言葉を聞いて、エヴァの顔に陰が差すが、それでも『少女』は『少年』を連れて行こうとした。

 舞い上がるエヴァの身体。

 逃がさまいとリリスが手を上げた。

 宇宙へ昇ろうとするエヴァの足に黒い触手が絡みつく。その触手はリリスのナイトドレスから伸びていた。

「妹の言うことしか聴けぬのかえ?」

 月のような静かな激昂だった。

 黒い触手がアレンの身体を包み、エヴァはアレンを奪われまいとするが、『創造物』は『創造主』には勝てなかった。

 黒色に包まれたアレンがリリスの胸に抱かれ、一筋の流星が天に向かって降り注ぐ。

 金属板の床が激しく揺れ、足場が崩れようとしていた。

 衝撃波が巻き起こり、床が落ち崩れる。

 ルオは気を失って倒れているライザを抱え出入り口に走り、トッシュはアレンを抱えながらセレンとともに走った。しかし、床は轟音を立てながら崩壊した。

「きゃっ!」

 足を滑られせたセレンにトッシュが片手を差し伸べるが、彼の立っていた足場も崩れた。

 崩れ落ちた金属板たちは、遥か三〇メートル地上に叩きつけられ、砂煙が辺りを包み込み、視界をゼロとした。

 すべては砂煙に埋もれ、姿を消してしまった。

 夜空には二つの輝きが昇っていた。

 静かに微笑む月と、月よりも美しく輝く儚げな『少女』。

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