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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第1幕 黄砂に舞う羽根
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黄砂に舞う羽根「夢見(2)」

 太陽が西の地平線に沈み、空で踊っていた朱たちがどこかに消え、代わりに東の地平線から月が昇りはじめると同時に蒼が世界を包む。――夜が来る。

 砂塵の吹き荒れる大地に立ったアレンは、遥か前方も見える鉄の塊を視察していた。

 問題は〈キュプロクス〉のどこにセレンがいるのかなのだが、それに検討をつけるのは用意ではない。なぜならば、〈キュプロクス〉が超巨大飛空挺だからだ。

 〈キュプロクス〉の全長は三五〇メートル以上にも及び、全高と全幅もともに一〇〇メートルを越す。この中からセレンを探すのは容易ではない。それに、皇帝ルオ専用機とのこともあって、中に乗っている兵士の数も尋常ではない。

 砂を踏みしだき、アレンは一歩一歩慎重に〈キュプロクス〉に近づいた。手にはすでに魔導銃〈グングニール〉が構えられている。

 飛空挺の一〇〇メートル以内に近づくと、警備用の丸いライトが幾つも地面の上を飛び交い照らしていた。アレンはそれに照らされぬように、吹き抜ける風となって地面を駆けた。だが、その途中で敵に見つかってしまった。

 アレンを見つけたのは人の目ではない。機械の眼によって熱探知をされてしまったのだ。

 飛空挺側面に取り付けられたレーザー銃が光線を発射する。

 空高く跳躍し、翔けるアレンの後を光線が追う。

 飛び交う光線の中を縫うように翔け抜け、光の線は天を突き、地平線の彼方に消え、地面を焦がした。だが、どれ一つとしてアレンを焼け焦がすことはできなかった。

 そして、アレンは金属の壁に背を当てた。

 どうやら飛空挺と直角の位置にいれば、レーザー銃の射程距離から外れるらしく、光のイリュージョンは止んだ。

 レーザーの攻撃は止んだものの、敵にアレンのことがバレた明白で、これから先、警備が強固なものとなるのは間違いない。もはや、こっそり進入というわけにはいくまい。となると、強引にいくしかない。

 今アレンがいる場所から斜め頭上を見上げると、艦尾から迫り出している壁が見えた。飛空挺を横から見ると、そこはバルコニーのような場所だということがすぐにわかる。

 バルコニーまでの高さは三〇メートル以上ある。

 歯車が廻る音がどこからか聞こえ、〈グングニール〉を懐にしまったアレンは右膝を屈伸させた。

 そして、飛蝗か蛙のように高く飛翔した。

 天に伸ばされたアレンの右手はバルコニーの柵を掴み、飛んだときの反動と右手の力で、ひょいと柵を飛び越えてバルコニーの中に入った。

 広々とした辺りを見廻したアレンが苦笑いを浮かべた。

「あはっ、お邪魔なようで……」

 次の瞬間、アレンに銃口が一斉に向けられた。

 兵士の数はざっと一〇名。アレンを待ち伏せしていたわけではない。たまたまここに居合わせたのだ。

 ライフル銃を構える七名の兵士と、ハンドガンを構える他の兵士たちとは井手達の異なる三名。アレンの目を惹いたのは、その三名に取り囲まれたひとりの少年だった。

「朕の晩餐に招待した覚えはないが?」

 大人びた――否、悪魔の笑みを浮かべる少年は皇帝ルオだった。

 手にフォークとナイフを握っているルオは、夜風を浴びながら夕食を摂っていたのだ。今日のルオは食事を邪魔されたことを怒るでもなく、慌てるでもなく、『少年』に気さくに声をかけた。すべては気の向くままのである。

「ところで君は誰かな? まさか単身で朕の命を狙いに来たというのはあるまい?」

「俺はただの通りすがりー」

「あはは、おもしろいことを言うね」

「そりゃどーも」

 いつも通りのアレンだった。

 相手が皇帝ルオだということは、ひと目見てすぐにわかった。ルオを取り囲んでいる三名の兵士の質や発する気が、他の屑とは違うことも一目瞭然であったし、なによりもルオ本人のなんとも言いがたい魔性の気が、至上最悪ならぬ至上災厄の暴君を示していた。

 銃口を向けられていても余裕か、アレンは鼻の頭をポリポリと掻いた。

 こんな状況に置かれたことならいくらでもある。つい先日もどっかの中華飯店で機関銃を乱射されたばかりだ。逃げようと思えば逃げることはできるが、あのときとは決定的に違う点がある。皇帝ルオがいることだ。

 アレンにとって皇帝ルオはただの餓鬼とは思えなかったのだ。

 それはルオにとっても同じであった。

「君さ、普通じゃないよね。うん、余興が観たい」

 ナイフを持ったルオの手がアレンに向けられた刹那、それを合図として銃口が火を噴いた。

 いつ撃たれるともわからない状態ではあったが、これは不意打ちだ。

 高速で襲い掛かる銃弾を避けるべく、アレンは床が抜ける勢いで金属板を叩き蹴り上げ、宙を舞った。だが、これでは標的にしてくれと言っているようなものである。飛び上がったあとは、物理法則に従って落ちるしかない。

 落下するアレンに当たった弾が甲高い音を立てて火花を散らし、他の弾が頬に一筋の紅い線を走らせても、アレンは冷静さを保ち、懐から銃を抜いた。

 〈グングニール〉が吼えた。

 雷鳴が轟き、稲妻がまるで亀裂のように降り注ぎ、天に向かって降る銃弾の雨を呑み込んだ。

 古の老神が持っていた凄まじい破壊力を持つ槍――その名がグングニール。魔導銃〈グングニール〉の名の由来はそこから来ており、銃に刻まれた紋様は失われし古代ルーン文字であった。

 アレンは〈グングニール〉を我が手中に収めたのだ。

 雷光が轟き、稲妻が翔け翔け、兵士の身体を槍の如く貫いた。

 燃え上がる衝撃の炎。

 兵士たちが燃え揺れ、黒く焼け焦げた人影が崩れ落ち逝く。

 金属板の上に膝を付き着地したアレンが、凛と顔を上げた。恐れを知らぬその顔が向けられた先にいるのは、この場でただひとり無傷でいる少年――皇帝ルオ。

 自分を守っていた兵士が次々と殺られていく中で、ルオは優雅に食事を続けていた。そして、何事もなかったように、口を拭いたナプキンを投げ捨て、ゆっくりと席から立った。

 ルオの周りには、彼を守るように一本の大剣が宙を廻っていた。この剣こそがアレンの攻撃をすべて防いでいたのだ。

 大剣は最初から鞘に納まってなどいない。常に牙を剥き、妖々とした輝きを放っている赤黒い剣身には、読むことの叶わない古代文字がびっしりと刻まれ、剣の周りで風が唸り声をあげている。

 大剣が宙を舞いながらルオの手の中に納まった。

「朕の愛剣〈黒の剣〉が君を斬りたくて仕方ないそうだ。ほら、風の音が聴こえるだろ?」

 〈黒の剣〉の周りで風が唸っている。それは『早く血を飲ませろ』と言わんばかりに荒々しく殺気立っていた。まるで剣が生きているようだ。

 歯車は廻り続けている。だが、それ以上はない。〈グングニール〉を構えたアレンはルオと距離を縮めることなく、その場から足を動かすことはなかった。

「俺飛び道具、あんた剣。それでどーやって戦う気なんだよ?」

「知りたくば、早く掛かってくるといい」

「あとさあ、そんなデカイ剣、あんたに使えんの?」

 ルオの構える大剣は、彼よりも少し背が低い程度で、一五〇センチほどあるだろうか。通常の剣より長く、大の大人でも使いこなすのが大変なこの剣を、小柄な少年が本当に使いこなすというのだろうか?

「朕が皇帝ルオと知っての口の聞き方かい?」

「だからどーだってんだよ? 俺あんたの国民じゃないし」

 こんな口の聞き方をされたのは、ルオにとって初めてだったのだろう。微かにルオの口元が緩んだ。

「くくくっ……あはは、なんて愚かな。朕もまだまだ絶対者には遠いか」

「絶対者なんか、この世にいねえよ、ばーか」

「ならば、朕が最初で最後の存在となろう。恐怖こそ力、ゆくぞ〈黒の剣〉!」

 朱色のマントが舞い上がった。

 切っ先を床に向けて構えるルオが駆ける。

 迎え撃つは、アレンの魔導銃〈グングニール〉。

「喰らえ糞餓鬼!」

 稲妻が空を横に裂き奔る。だが次の瞬間、アレンの表情が曇る。やはり無駄だった。

 銃口から放たれた稲妻が〈黒の剣〉の呑み込まれていく。

 魔導を無効としたルオは、そのまま臆するなくアレンの懐に斬り込んだ。

 びゅんと風が唸る。

「くおっ、危ねえ!」

 鼻先で切っ先を感じたアレンは、後ろに飛び退いて体制を整えようとするが、その隙すらルオは与えない。

 襲い来る剣技を前に押され気味のアレンが、再び引き金に指を掛けた。

 銃口が吼え、眩い雷光が辺りを包む。だが、それも一瞬の輝き。見る見るうちに稲光は〈黒の剣〉に呑まれた。

 ルオは辺りを見廻した。アレンの姿が消えた。眩い光に眼が眩んだ、その一瞬にアレンが消失したのだ。

「後ろか!」

 振り向いたルオが見たものは、上空から金属板の上に着地し、艦内に飛び込むアレンの姿だった。

「逃げるが勝ち!」

 この勝負、分が悪いと判断したアレンは逃げることを選択したのだ。

「待て!」

「待てと言われて、待つ奴なんていねえよ!」

 だが、アレンの足は止まった。

 蒼白く巨大な輝きが艦内の廊下を飛んで来る。

 光とともに空激破がアレンの横を擦り抜け、アレンの身体が宙に浮いて吹っ飛ばされた。

 金属板に尻餅を付いたアレンが見たものは?

「…………!?」

 歯車が激しい音を立てて廻りはじめた。

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