黄砂に舞う羽根「いにしえの少女(7)」
「これが人型エネルギープラントかい?」
少年とは言いがたい妖気を纏う皇帝ルオが尋ねた。
「ええ、そうらしいわ。検査はこれからしようと思っているのだけれど、なにからしようかしら?」
ライザは硝子板を通して、その先の密室にいる『少女』を見ていた。
冷たい金属の壁に包まれた部屋で、『少女』は瞬きもせず壁に一点を見つめ続け、ただじっと膝を抱えて座っているだけだった。逃げるでもなく、動くでもなく、声すら漏らさない。生きているのかと疑うほどだ。いや、はじめから『生物』ではないのかもしれない。
『少女』が閉じ込められている部屋の壁は、魔導炉の爆発にも耐えうる超合金であり、硝子の板もただに硝子にあらず、魔導的なコーティングを施しており、周りの壁よりは脆いが、それでも壊されることなど在り得ない。魔導炉の小型版とも言える、人型エネルギープラントが突如爆発しようとも、絶対壊れない筈だ。筈というのは、『少女』の力が未だ未知数だからだ。
白い布の服を着せられた『少女』は、まるで天上人のような雰囲気を醸し出し、肌は着せられた服よりも白く輝き、穢れなき純粋さをイメージさせた。そして、背中に生えた二対の翼が、天上人の雰囲気をよりいっそう強いものにする。しかし、片方の羽根は紅い。
「まるで天から降って来た『少女』だね。いや、堕ちてきたのか」
悪戯な表情をして笑うルオに対して、ライザは深く頷いた。
「そうね、だから古代人は地の底に封印のでしょうね。魔導硝子越しでも、ゾクゾク感じるわ」
「魔導を帯びた風を纏っているのが、ここにいても感じられる。その『少女』は魔導の塊に等しいかもしれない」
「帝國の力――いいえ、貴方の力になるわ」
「朕に操れると思うかい」
「アタクシがお手伝いいたしますわ」
「それは頼もしい言葉だ。では、あとは君に全て任せるとしよう」
「畏まりました」
紅いマントを翻し、部屋をあとにするルオの背中に一礼したライザは、再び檻の中の小鳥を見つめた。
翼の生えた『少女』は尚も膝を抱えじっとしている。
ライザにはひとつの疑問があった。
――古代人は、なぜこんなモノをつくったのか?
そもそもエネルギープラントを造るならば、人型である必要はない。人型の方が不便であるし、造るのにも手間が掛かるはずだ。なのに、古代人は人型エネルギープラントを製造した。
人型『エネルギープラント』というのは嘘、もしくは便宜上なのではないかとライザは考えた。古代人は『人型』のモノをつくろうとしたのではないか?
――では、『少女』はなんの目的で、この世に生み出されたのか?
人型兵器――否、人型は兵器の形としては欠点が多すぎる。だが、それでも人は人型にこだわりを持つらしく、ゴーレム、ホムンクルス、自動人形、F男爵という医師は、死体を繋ぎ合わせ人型のモンスターを創り上げた。人はいつの時代も生命の創造を試み、神の真似事をしてきたのだ。
古代人は初めから新たな生命を創ろうとしていた――それがライザの結論だ。
ライザがこのような結論を出したのは、彼女自身が生命の創造主になろうと試みたことがあるからである。しかし、彼女は自分が納得できる結果を出せず、成功と言える例は一例もない。その成功の糸口が目の前にいる。ライザは心躍らせた。
だが、問題はこれから『少女』をどう扱ってよいものか?
せっかく手に入れたサンプルを壊すわけにもいかない。それに、小型魔導炉とも言うべき力を持つモノに、もしもなにかがあってからでは済まない。『失われし科学技術』はなにが飛び出すのかわからない、ビックリ箱のようなものなのだ。
『少女』の翼が微かに煌き、光の粒子を呼吸するように放出している。
「翼は内部に溜まったエネルギーを外に放出するためのものなのね」
ライザは自分の言葉に自分で納得し、深く頷いた。
翼は空を飛ぶためのものではないだろう。あのような形状と大きさでは、ヒトが空を飛ぶことは物理的に不可能だ。できたとしても、それは翼が羽ばたく力によるものではなく、他の力の働きによるものだろう。
ライザの考えでは、翼は『少女』の原動力になっている魔導エネルギーを体内から外部に排出するためのものであり、翼から零れる煌めきは魔導のカス――廃棄物に違いない。
立てた人差し指を唇に当てたライザは、甘い息を漏らし考え事をすると、なにかを思い立ったように白いコートの裾を翻した。
電子ロックにカードキーを差し込み、暗証番号を紅いマニキュアを塗った爪で押すと、金属の扉が横にスライドして開いた。その先にいるのは『少女』。
ブーツの踵を鳴らし、ライザは優雅な足取りで『少女』の横に立った。
どこを見ているのかわからない『少女』の瞳に、しゃがみ込むライザの姿が映し出された。
「アタクシの言葉が理解できるかしら?」
なんの反応もない。
「創造主に魂を入れてもらわなかったのかしら?」
『少女』の眼は死んでいた。
「でも、アタクシは見たわ。アナタの瞳に光が宿った瞬間を」
それは『少女』が永い眠りから醒めたときのこと。『少女』は愛くるしい瞳をしながら、小さく呟いたのだ――『私と……同じ……』と。あのときと今、なにが違う?
「……あの子の存在」
唇を舐めたライザの脳裏に浮かぶ『少年』の影。あの『少年』が鍵に違いないとライザは確信したのだ。
「――となると、あのシスターがやはり役に立ちそうね」
シスターとはもちろん、シスター・セレンのことである。人質としての効果が今発揮した。あとは、セレンを出しにアレンを呼び寄せればいい。
「さあ、アナタはアタクシと王子様に会いに行きましょう」
『少女』の腕を掴んだライザがゆっくりと立ち上がり、『少女』は抵抗することもなく、揺ら揺らと立ち上がった。
虚ろな『少女』を外に連れ出そうとしたライザの足が止まった。
静かだった部屋に通信機の音が鳴り響く。『少女』は音など聞こえていないように、なにも反応を示さない。虚ろなままだ。
通信機に出たライザが艶やかに笑う。
「あのシスターも、見かけによらずおてんばさんだこと……ふふ」
それは拘束中のセレンが逃げ出したとの連絡だった。
掴まれていた腕を放された『少女』は、木の葉が舞い落ちるように床にへたり込み、ブーツを鳴らす音が遠ざかって行った。