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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第1幕 黄砂に舞う羽根
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黄砂に舞う羽根「いにしえの少女(5)」

 その日、クーロンが局地的な地震に見舞われた。

 時間にして一〇秒にも満たなかった揺れは、轟々と地獄の叫びをあげながら地面に亀裂を走らせ、街を闊歩していた多くの者が足を取られ亀裂の中に呑まれていった。

 悲鳴があがり、幼子が泣く声や獣の咆哮は、地響きに掻き消された。

 悲痛の声をあげたのは人や獣だけではない。建物や道や風さえも声をあげ、ガラス製品の割れる音が街のあちらこちらから鳴り響き、街中の点けてもいない電気が勝手に点き、蛍光灯や電球が弾け飛んで割れた。

 魔導炉からのエネルギー供給は一時的にストップし、電気系統のトラブルや二次災害による事故や火災が起きた。そして、多くの場所で被害が出るとともに死傷者も出てしまった。

 これが自然災害ではなく、あるモノによって引き起こされた地震であることを知っているのは五人のみだ。その五人は今、クーロンの地下にいる。

 銀色の箱は凄まじい輝きを放ち、リリスが部屋の中心から少し離れると、その床から鳴り響くモーター音とともに煙が立ち昇り、筒状の物体がせり上がってきた。荘厳とさえ言えるその登場は、神の光臨を思わせたほどだ。

 激しい揺れによって壁に叩き付けられていたセレンだったが、やっと揺れが治まり、光も治まってきたところで、自然と部屋の中心に向かって足を運ばせていた。そう、部屋の中心に現れたモノに惹き付けられるように、足が勝手に動いてしまったのだ。

 部屋の中心に現れた筒状の物体は、直径一・五メートル、高さ二メートルほどの液体が満たされた硝子ケースで、中には人型をした物体が入っていた。

 硝子ケースに片手をつけたセレンは、中に入っている物体に魅了されていた。

「……綺麗」

 表現力の乏しい言葉だが、そうとしか言えなかった。

 中に入っていたのは可憐な『少女』だった。

 硝子ケースの中に入っていたのは十三、四歳の『少女』で、衣服などはまったく身に付けていなかったが、その代わりに白と紅の翼が身体を包み込み、膝を抱えるようにして『少女』は安らかに眠っていた。その表情はまるで天使のように安らかで、世の中の穢れを知らぬ純粋無垢な顔をしていた。

 腕組みをしながら『少女』を見るトッシュが、難しそうな顔をした。

「これがエネルギープラントか?」

 トッシュの横でライザも難しい顔をしていた。

「人型とは聞いていたけど、ただのキメラにしか見えないわ」

 キメラとは獅子の頭を持ち、山羊の胴に蛇の尾を持つ怪物ことで、異なった遺伝子型が身体の各部で混在する生物のことも指し示す。

 誰にも気づかれずに、ローブを纏った老婆の姿になっていたリリスが、硝子ケースの中にいる『少女』を懐かしい眼差しで見つめていた。

「人型エネルギープラントのゼロ号機じゃ。これが最初で最後の人型エネルギープラントじゃよ」

「開発が打ち切りになったということか?」

 トッシュがそう尋ねると、リリスは深く頷いた。

「そうじゃ。あまりにも強大な力を持つがゆえに、造られたのはこれ一機のみ。そして、この子の存在は歴史から抹消され、地下深くに厳重に封印されたのじゃ」

 そんなものをなぜリリスは今更封印を解く気になったのか?

 リリスは深い皺の刻まれた顔で哀愁を浮かべた。

「この子を永遠の眠りに付かせたのはわしらの勝手じゃ。この子が望むようにしてやるのもよいじゃろう。たとえ世界が滅びようとわしには関係ないからの、ほほほっ」

 硝子の中で眠る『少女』に世界を滅ぼすほどの力があるのか。だとしたら、この『少女』は、天使ではなく悪魔だ。

 四人が硝子ケースの近くに集まる中、ただひとり遠く離れた場所で壁にもたれ掛かっている者がいる――アレンだ。

 歯車の音は鳴り続け、アレンは額から冷たい汗をかいていた。

「わけわかんねえ……」

 それはアレンにも理解しがたい、今までに経験したことのない現象だった。

 近づけば近づくほど『身体』が苦しくなる。けれど、アレンは硝子の中で眠る『少女』に呼ばれていた。アレンは今、矛盾という壁に板ばさみにされている状態だった。

 蒼ざめた顔をしているアレンに気が付いたセレンは、少し慌てた表情をしてアレンの元へ駆け寄ってきた。

「アレンさん大丈夫ですか、顔色が悪いですよ」

「腹が減っただけ」

「はい?」

 不思議な顔をしたセレンは不思議な音を聞いた。それは腹の虫が鳴く音ではない。もっと奇妙な音だ。その音が歯車の回転する音だということをセレンは知る由もない。

 セレン以外のものはアレンを気にすることなく、硝子ケースの前で話を続けていた。

「中から出して平気か?」

 と聞きながらトッシュはリリスに視線を向けた。

「出してもいいのじゃが、そのときは子のが目覚めるときじゃ」

「俺様に装置全体を運ぶ術はない。となると、中味だけを運ぶしかないな」

「おぬし、本当にこの子を目覚めさせる気かい?」

「もちろんだ。でなきゃ、ここまで来た甲斐がないだろう」

「ちょっと待ってくださらない、アタクシのことをお忘れかしら?」

 二人の会話にライザが割り込んだ。

「アタクシ――いいえ、帝國側としても、このエネルギープラントの所有権を主張するわ」

「ちょっと待て、〈扉〉を最初に発見したのも、この部屋に入ったのも、俺様が先だ」

 少し声を張り上げたトッシュの眼前に、長く伸びた人差し指が立てられ、ライザが舌を鳴らしながら人差し指を横に振った。

「残念だけど、この土地は帝國が買収したわ。だからこの土地から出てきたものは、帝國のもの」

「それは地上の空き地の話だろう。おそらくこの上は街の中心部、空き地から遠く離れた場所だ。それでも権利を主張するか?」

「だったら、この場で殺り合うかしら?」

 ライザの手は白いコートの内側に差し込まれ、トッシュもそれに応じて腰に手を掛けようとしたときだった。『少女』の口から小さな泡がシャボン玉のようにいくつも吐き出されたのだ。

 思わずライザとトッシュは『少女』に目を向けた。

 『少女』の安らかな表情はなにひとつ変わらない。ただ、小さな口から泡が吐き出されただけだ。けれど、誰もがそれを予兆と感じた。

 歯車が鳴っている。

 ――呼ばれている。

 セレンはゆっくりと歩くアレンの背中を追っていた。

 硝子ケースの前に立っていた三人は、なぜかアレンに道を開けた。それは本能的なものだったに違いない。

 『少女』を包んでいた白と紅の翼が水の中で揺れ動き、閉じられていた瞳が微かに動く。そして、リリスの瞳が妖しく輝いた。

「ほほほっ、共鳴しているようじゃな。わしが目覚めさせんでも、この子が目覚めるようじゃぞ」

 その言葉はすぐに実現した。

 アレンと『少女』の距離が一メートルを切ったとき、『少女』を包んでいた硝子ケースが、シャボン玉が弾けるように跡形もなく割れた。それはまるで儚い夢が弾けたように。

 『少女』を優しく包み込んでいた溶液は、壁を失い外に流れ出し、七色に輝いた。そして、すぐに蒸発して消える。すべてはおぼろげな記憶と化したのだ。

 白翼が開かれ、紅翼が開かれ、そこに現れた一糸纏わぬ清らかなる『少女』の裸体は、瑞々しさを放ち輝いていた。まさにその姿は狂い無き創造物。神ですら創らなかった美を、古のヒトが創り出していたのである。それは果たして神をも畏れぬ大罪か?

 静かに開かれた『少女』の瞳が、目の前にいる『少年』を寝ぼけ眼で愛くるしく見つめた。

「私と……同じ……」

 小さな声を漏らした『少女』は赤子のような無邪気な笑みを浮かべた。

 純粋過ぎるが故の不自然と底知れぬ恐怖を感じたライザが微笑んだ。

「いいわ、最高よ。この子はアタクシが預かるわ」

 素早くライザが『少女』の腕を掴むが、掴まれた当の本人は自分の置かれている状況が理解できないのか、きょとんとした表情をしながら真ん丸の瞳でライザを見つめている。

 『少女』を我が物にしようとするライザに対して、トッシュが〈レッドドラゴン〉の銃口を向けた。

「可愛い子の独り占めはよくないな」

「あら、早い者勝ちじゃなくて?」

「四対一だ」

 この言葉に対して、すぐにセレンが声を荒げた。

「わたしを数に入れないでください!」

「わしも入れないでもらおうかの」

 セレンとリリスに嫌な顔をされ、頭を掻いたトッシュはアレンに視線を移した。するとアレンは、今までにないほどの真剣な顔をしているではないか。

「その子を外に出さちゃいけない……よーな気がする」

 と、そのままリリスに視線を移して言葉を続けた。

「あんたはやっぱ糞婆だ。なんで封印を解いたんだよ!」

「わしは自由気ままに生きているだけじゃ」

「糞婆!」

 リリスを罵ったアレンはライザに視線を戻して、〈グングニール〉を構えた。

 ――これで二対一。ハンドガンを構える『少年』と『暗黒街の一匹狼』、『少女』を人質に捕った『ライオンヘア』。互いに対峙し一歩も動かない。

 ライザの身体が霧の中にいるように霞んだ。だが、すぐになにごともなかったように輪郭がシャープになり、ライザが舌打ちをした。

「ここじゃ無理みたいね」

 いったいなんのことを言っているのか? それに気づいたのはリリスとアレンだった。しかし、声に出したのはアレンのみだ。

「空間転送か!」

 いつかの市場でアレンの前からライザが突如姿を消したあの現象。だが、この白銀の箱の中ではその効果を発揮できなかったのだ。

 『少女』の腕を強く掴んだライザが床を力強く蹴り上げる。

 出口へ走るライザの背中を追いながらトッシュが叫んだ。

「攻撃するな、『少女』を無傷で奪還しろ!」

「言われなくてもわっかってらーっ!」

 逃げるライザをトッシュとアレンが素早く追う。しかし、ライザの勝ちだ。

 白銀の箱を出たライザは後ろを振り返り妖しく微笑んだ。

「では、御機嫌よう」

 ライザの身体とともに『少女』の身体が霞んだ。

「セレン捕まえろ!」

 それはアレンの叫びだった。

 アレンの視線の先にはトッシュが居り、その先には出入り口付近で突っ立っているセレンがいた。この距離ならセレンが一番近いとアレンは判断したのだ。

 突然のことにセレンはびっくりしながらも、すぐに自分のするべきことに気づき、『少女』に手を伸ばした。

 ――そして、消えた。

 ライザと『少女』が空間に解けるように消え。『少女』の腕を掴んだセレンもまた、空間に呑み込まれるようにして姿を消してしまったのだ。

 三人もの人間が消えてしまうという不可解な現象を前にして、トッシュは口を半開きにしながらアレンとリリスに顔を向けた。

「なんだありゃ、人が消えたぞ?」

 それはトッシュにとってはじめて見る光景だった。魔導というものが、この世に存在していることを理解しながらも、人が消えるなどという現象は信じがたいことだったのだ。

 床に胡坐をかき頭を抱えるトッシュのもとにリリスが歩み寄った。

「あれは空間転送じゃな」

「空間転送ってなんだ?」

「人を瞬間的に移動させる手段じゃよ。とは言っても、決まった場所にしかいけないうえに一方通行じゃ。街の外に飛空挺が停まって居ったことを考えると、あの中に移動したのかのお?」

 手に顎を乗せて考え込みはじめたトッシュの前にアレンが座った。

「仕事どーすんだよ。あの『少女』を奪還しに行くのかよ?」

「行かない」

「はぁ!?」

 それはアレンにとっても予想だにしなかった返事だった。

「行かないと言ったんだ。ミッションは失敗、おまえへの支払いは半額の五〇〇〇イェンだな」

「はぁ? ちゃんと全額支払えよ」

「仕事に失敗したんだから、半額だけでも払ってもらえるだけ感謝しろ」

「もういらねぇーよ。あんたから一銭ももらわねえ。だから今後一切俺にかかわるなよ糞オヤジがっ!!」

 顔を真っ赤にしたアレンが、のっしのっしと大股開きで出口に向かって行く。そんな怒りを露にするアレンの背中に、飄々とした声でリリスが声をかける。

「どこに行くのじゃ?」

 リリスの呼び止めに、アレンは顔を蛸みたいな真っ赤にして振り返り、大声で怒鳴った。

「あんたも今後一切俺と関わるなよ! あんたらと組むとロクなことがないっつーことに気づいた。……糞っ!」

 アレンは独り坑道の奥へと消えていった。

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