黄砂に舞う羽根「いにしえの少女(3)」
通りに風が吹き、甘い香りを含んだ妖気が場を満たす。
白い影は微笑み、『少年』は嫌な顔をしていた。
相手の妖気に中って、アレンは戦う前から負けそうだった。
アレクの前方には〈ピナカ〉を構えるライザが、濡れた唇を歪ませながら微笑んでいる。
「アタクシの奴隷になれば、一生なに不自由なく暮らせるわよ」
「俺は束縛されんのが嫌いなの」
「アタクシは束縛するのが好きなのよ」
「このサド女!」
「本当のことを言われても、痛くも痒くもないわ――あら?」
白いロングコートのポケットで鳴る通信機に気づき、ライザは魔導銃〈ピナカ〉を持った手をアレンに向けつつ通信機に出た。
通信内容を聞いたライザが、この上なく妖艶な笑みを浮かべる。
「ふふっ……そうなの……」
通信機を切ったライザの浮かべる表情が気になったのか、訝しげな表情でアレンが尋ねる。
「なんだったんだよ?」
「魔導感知器が、地下から放出された魔導エネルギーを感知したそうよ。もしかしたら〈扉〉が開いたのかもしれないわ」
ライザの勘は当たっていた。先ほどトッシュたちによって〈扉〉を開いたのだ。
〈扉〉が開かれたかもしれないと聞き、アレンがニヤッと笑う。
「俺の活躍が実を結んだってことだな」
「そういうことになるかしらね。でも、〈扉〉の中に入ったトッシュは袋の鼠。〈扉〉の中になにがあるにせよ、それをどうやって持ち去るのかしら。巨大な装置だったら運べないわよね」
〈扉〉を開けること。それはまさに今回の作戦の入り口でしかない。果たしてトッシュの策は?
「俺、中になにがあるか知ってんぞ。人型エネルギープラントがあるんだってさ。人型なら自分で歩くんじゃないのか?」
この情報はアレンがリリスから聞いたものだった。そして、この情報はトッシュもライザもまだ知らぬことだった。
エネルギープラントと聞き、この世界の者たちが、まず頭に浮かべるものは魔導炉の存在だろう。魔導により放出されたエネルギーを電気エネルギーに変換し、膨大なエネルギーが二十四時間、止まることなく都市にエネルギーが供給される。だが、この技術は失われし科学技術であり、ゼロから魔導炉を造り出す技術は現代には残っていない。魔導炉がなんらかの理由で大爆発を起したとしたら、その被害は計り知れない規模となるだろう。
人型エネルギープラントなどと言うモノ、科学者であり魔導師であるライザも聞いたことがなかった。
「人型エネルギープラント? 古の時代に戦争で投入された巨神兵……いえ、あれはただのゴーレムと機械の合成物……だとすると?」
ブツブツと独り言を言いながら、ライザの思考は巡らされ、古い書物に書かれた事柄を思い出していた。それでも人型エネルギープラントに関する事柄は思い出されなかった。いや、その事柄に関する書物を読んだことがないのだろう。それでは思い出すことなど不可能だ。
現在、世に残っている魔導炉の規模を考えると、それを人型にするなど不可能だとライザは考えた。できたとしても、全長何十メートルもの巨人だろう。
未知への探究心が、ライザの欲望を駆り立てた。
「休戦にしないかしら?」
「はぁ?」
突拍子もないライザの提案に、アレンは思わず口を半開きにしてしまった。
「アタクシはアナタを殺したくない。だから、アタクシには戦う理由がないわ。〈扉〉までアタクシが案内するわよ」
「はぁ!?」
「それに、そちらのシスターもアタクシといっしょのほうが安全よ」
突然ライザに視線を向けられたセレンは、
「えっ!?」
と眼を剥いて後退りをした。
先ほどまで自分を人質にしようとしていた人が、今度は自分といたほうが安全だと言う。セレンは困惑した。
「あの、どうしてあなたといっしょだと安全のでしょうか。その、あなたは……敵なわけですし」
「アタクシはアナタを人質にするのをやめたわ。けれど、他のものがアナタを狙うかもしれない。少なくともアタクシと行動をともにすれば、アタクシ直属の獅子軍に命を狙われる心配はないわ」
「でも、それは……その……」
つまりこれは休戦というより、捕虜になれと言っているのではないだろうか?
「俺はいいぜ、別にぃ」
「なに言ってるんですかアレンさん!?」
セレンが声をあげるが、アレンは構うことなく両手を上げて降伏のポーズを示した。あまりにもあっさりし過ぎだ。
〈ピナカ〉を構えていたライザも、〈ピナカ〉を下げてコートの内ポケットにしまいこんだ。
「やっとアタクシの奴隷になる気になったのかしら?」
「絶対違う!」
アレンは即答で断言した。
「俺があんたの休戦を申し入れたのは、道がわかんねえから。〈扉〉までの道聞いたんだけどさ、忘れちゃって」
坑道の中はまるで迷路のようになっている。はじめて入る人間は地図でもなければ〈扉〉まで辿り着くのに多くの時間を要する。だが、トッシュは地図が噴出し、誰かの手に渡ることを恐れ、口頭でアレンに〈扉〉までの道のりを説明しただけだった。
「まあ、いいわ。二人ともアタクシに付いて来なさい」
踵を返してコートの裾を跳ね上げたライザの後ろを、なんの迷いもなくアレンが付いていく。その行動はセレンの理解しがたいものだった。ライザは仮にも敵なのだ。
その場に立ち竦んでいるセレンに、振り返ったアレンが声をかける。
「さっさと行くぞ」
「でも……」
口ごもるセレンに対して、アレンは人懐っこい笑顔を贈った。
「俺が守ってやんよ」
守ってやるもなにも、敵の中心に自ら入るなんて――とセレンは思ったが、アレンの表情から感じられる、底知れぬ自身を信じた。
「絶対守ってくださいよ。わたしになにかあったら一生怨みますからね!」
「任せとけって、たぶんなんとかなるからさ」
「…………」
一瞬セレンの心が揺らいだ。――やっぱり信用できないかも。それでもセレンの進み道は限られていた。
前を歩く二人をセレンは小走りで追いかけた。
一〇〇メートルばかり歩くと、鉄の囲いをされた工事現場が見えた。この中に行動入り口がある。
工事現場の中は殺伐とし、兵士たちがあれやこれやと走り回っていた。そして、ライザがこの場に来たことで、兵士たちの動きが慌しくなり、ライザの傍らに居る『少年』の顔を知っていた者は、ぎょっと眼を剥いて驚いた。
先ほどアレンがこの工事現場で暴れたことは記憶に新しい。多くの兵士は負傷して運ばれていったが、中には無傷の者や軽傷の者もいて、この場に残った者もいる。その者たちがアレンの顔を忘れるはずもなく、ライフル銃を構えて身構えた。
だが、それをすぐにライザが抑えた。
「この二人はアタクシの客人よ、銃を下ろしなさい」
兵士たちは頭を混乱させながらも、ライザの言葉に従わざるを得なかった。
すぐに上級兵がライザのもとに駆け寄ってきて敬礼した。
「地下から放出された魔導エネルギーを感知してすぐ、『鬼兵団』のキンキが何人かの兵士を引き連れて〈扉〉に向かいました」
兵士の報告を聞いて、ライザがあからさまに嫌な顔をする。
「あの脳なしの莫迦鬼が向かったの?」
「はい!」
「アナタたちも脳なしだわ!」
目の前にいた兵士の股間をブーツの踵で蹴り飛ばしたライザは、鼻で嗤いながら早歩きで坑道の入り口に向かって歩き出した。
股間を押さえて蹲る兵士を見下げながら、
「ご愁傷様」
と呑気にアレンは言って、ライザのあとを追った。そのあとを気の毒そうな顔をしたセレンがすぐに追う。
魔導を孕む空気が漂う坑道の入り口に、三人は足を踏み入れた。