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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第1幕 黄砂に舞う羽根
20/72

黄砂に舞う羽根「いにしえの少女(2)」

 砂や砂利を荷台に乗せ、次から次へと行き来するトラック。坑道の入り口は獅子軍によって警備され、そいつらの手には小型マシンバルカンが構えられている。その他にも、見張りの数は数知れない。

 そんな警備厳重な坑道入り口に、小柄な『少年』が単身で突っ込んだ――アレンだ。

「糞兵士どもがっ、掛かって来いや!」

 アレンの手に握られているのは〈グングニール〉。〈歯車〉の音も轟々と鳴っている。その姿を見た者は破壊神でも現れたと思ったかもしれない。

 尋常ではないスピードで地面を駆ける『少年』は、稲妻を吐きながら次から次へと兵士たちを打ちのめしていく。

 雷撃が生き物のように駆け巡り、雷雲の中に入ってしまったかのようだ。その中で雷鳴に負けぬほどの叫びをあげる破壊神。

「オラオラオラオラーッ!」

 雄叫びあげる『少年』が通ったあとは、稲妻が大地を抉り、全てを灰にする。草木などは未来永劫生えないかもしれない。それほどまでに壮絶だった。

 アレンが走るあとを銃弾が追いかけ、大地に穴をつくり砂煙が上がる。

 さすがのアレンも、複数の方向から撃たれる銃弾に耐えかね、坑道の中に駆け込んだ。

 薄暗い坑道の中に雷鳴とともに稲光が翔ける。

 坑道の入り口からフラッシュする光が逃げ出し、ついでにアレンも大勢の兵士に追われて逃げ出てきた。

 このとき、アレンは本能だけで動いていた。もはや作戦もあったもんじゃない。とにかく暴れまわることだけしか頭にない。

 大勢の兵士を引き連れ、アレンはハーメルンのヴァイオリン引きのように、ヴァイオリンの代わりに雷鳴を鳴らして兵士たちを街の中へと導いた。

 天を突く雷が遠くに見え、雷鳴の音が徐々に遠くなっていく。雷雲は去っていったのだ。

 坑道入り口からは兵士の数が減り、警備も手薄となったところで、トッシュとリリスがひょっこりと顔を出した。

「あれじゃあ、ただのヤケクソにしか見えんな」

 苦笑するトッシュにライフルの銃口が向けられたが、トッシュの動きの方が早い。

 疾風のごとく風を切ったトッシュはハンドガンを撃ち、この場に残っていた数人の兵士の脳天を撃ち抜き、慣れた手つきで弾倉を入れ換えて、弾のなくなった弾倉を地面に放り投げた。

「さて、リリス殿を〈扉〉に案内するか」

「ほほっ、〈扉〉を見るのは久しぶりじゃの」

 果たして妖婆リリスの『久しぶり』とは、どのくらいの時間を指し示すのか。それは途方もない年月に違いない。

 坑道の中は静かだった。遠くから掘削機の音が響いては来るが、兵士たちの数はアレンの活躍によって減っている。

 前よりも広くなったと思われる坑道を、点々と壁に埋め込まれたオレンジ色のライトに沿って歩く。

 道は入り組み、迷路のようになっているが、道順は前と変わらない。ただ、心配なのは兵士と出くわすことぐらいだろう。

 トッシュが不意に足を止め、リリスの身体をそっと手で押し戻した。近くに人の気配がする。

 曲がり角からトッシュがそっと顔を出す。その視線の先には二人組みの兵士が、立ち話をしていた。

 二人組みの兵士は頭からフルフェイスのヘルメットを被っている。そのヘルメットは通常の弾丸を弾き返し、口のところには空気浄化機が付いている。それを見たトッシュはあることを思いついた。

 曲がり角を勢いよく飛び出したトッシュは、そのまま止まることなく一気に兵士の懐に廻り込み、相手の首に腕を掛けて一気にへし折った。

 骨の折れる音が鳴り響く中で、残った兵士がライフル銃を構えるが、トッシュは長い円筒状の銃身を脇に抱え込み、そのままハイキックで兵士のヘルメットを蹴り飛ばすと、ライフルを思わず手放して地面に倒れた兵士の上に乗り、首に腕を掛けた。

 鈍い音が鳴り響き、兵士はそのまま息を引き取った。

 二体の死体を見下ろしながら、トッシュは物陰から顔を出したリリスに話しかける。

「俺様はこれを着られるが、リリス殿は……」

 ローブを纏う枯れ木のような老婆に、兵士の服が着られるか。それがトッシュの心配だった。

「わしがこんな汗臭い服、ごめんじゃな」

 服のサイズが合うか以前の問題だ。

 トッシュはしかたなく自分ひとりでもと、兵士の装備と服を脱がし、素早く自分の服と取り替えるために着替えをした。その横でリリスが嫌な顔をして呟く。

「レディーの前で裸になるんじゃないよ」

「…………」

 この老婆に乙女の恥じらいがあるとは思えなかったが、トッシュは押し黙りながらリリスに背中を向けた。

 着替えを済ませたトッシュが振り返ると、そこにはなんと兵士が立っており、トッシュは自然と身構えた。

「わしじゃよ、わしじゃ」

 フルフェイスの中から響く声は、まさしくリリスのものだった。着替えるのが嫌だと言いながらも、しっかりと着替えたらしい。しかも、どう見てもそこに立つ兵士の背丈は、リリスの背丈とは異なっていた。

 不思議なことと言えばもうひとつ。素っ裸で転がっているはずの兵士の死体すら見当たらない。すべては妖婆の成す業か?

 リリスは地面に転がっていたトッシュの服を持ち上げると、それをトッシュの目の前で壁に押し付けた。すると、まるで壁が粘土かゼリーになってしまったように、服がズブズブと壁の中にめり込んでいくではないか!?

 兵士の死体もこうやって処理したいに違いない。

 目を丸くしたトッシュを尻目にリリスはさっさと歩いていってしまった。その歩き方も老人のそれではない。

 〈扉〉までの道のり、何人かの兵士とすれ違ったが、それほど怪しまれずにことが運んだ。

 不気味の輝きを魅せる金属の〈扉〉の前には、二人組みの兵士が開かぬ〈扉〉の門番として立っていた。

 トッシュは物怖じすることなく兵士たちに話しかけた。

「交代の時間だ」

「もうそんな時間か」

 とひとりの兵士は怪しみもせず受け答えたが、もうひとりの兵士が不信を持った。

「まだ、交代まで一時間はある。それに坑道の入り口で騒ぎを起きたと連絡が入っている。おまえらがその一派という可能性もある」

 一筋縄ではいかないらしい。

 ここでリリスが前に出て、被っていたヘルメットを取り、胸ポケットからIDカードを提示した。その顔は妖婆リリスの顔とは異なる若い男のもので、IDカードに写っている顔写真ともピタリ一致した。あのときに身包み剥がした男と瓜二つの顔だ。

 兵士二人はほっと胸を撫で下ろし、先ほど不信感を抱いていた兵士が声を弾ませた。

「なんだマイクか、そうならそうと早く言えよ」

 リリスが使った顔は顔見知りの『顔』だったらしい。

「外の騒ぎのせいで、タイムシフトが大幅に変更になったんだ」

 とリリスはその顔に相応しい声で言った。

 こうして二人の兵士はなんの疑いも持たず、この場を離れて行った。

 再びヘルメットを被るリリスを見ながら、トッシュは魔導師という存在が異界の存在であることを痛感した。

 魔導師という存在は、普通に暮らしていれば、まずお目にかかれない存在だ。普通の暮らしをしていなくて、一生内に出会えるかどうかわからない。魔導師というのは、それほどまでに数が少なく、半ば伝説上の存在なのだ。

 〈扉〉を手の甲で叩いたリリスは老婆の声で、

「本当に開けていいのかい?」

「そのためにあなたを呼んだ」

「そうかい。じゃが、わしの仕事は〈扉〉を開けるまでじゃ。そのあと世界が滅びようがわしには関係ないってことを覚えておいで」

 とんでもないことを口にするリリスだが、トッシュはその言葉をただの脅しとして受け取った。

「誰かが来る前に早く開けてくれ」

「せっかちな奴じゃな」

 リリスの両腕が、羽ばたく巨鳥のように大きく広げられた。

 巻き起こるはずもない強風が吹き荒れ、微かにリリスの足が宙に浮いた。そして、玲瓏たる声が響いた。

「ここを封じたのも妾の気まぐれなら、ここを開けるのも妾の気まぐれじゃ」

 玲瓏たる声はリリスの声だった。その声は妖女リリスの魅言葉。誰をも魅了する声音。

 トッシュの全身は弛緩し、思わず足から地面に崩れてしまった。だが、彼の意識はほぼ正常なものを保っている。狂人的な精神力の賜物というところだろう。普通の人間であれば、快楽に酔いしれて堕ちてしまっていただろう。

「妾の愛しい子……迎えに来たぞよ」

 〈扉〉がよりいっそう妖しい輝きを放ち、悲鳴をあげた。

 キーンと耳を突くような高い音が鳴り響き、〈扉〉が熱せられたチョコレートのように溶けていく。

 幾星霜の時を経て、ついに〈扉〉は開かれた。

 ひとりの気まぐれな女の力によって――。

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