黄砂に舞う羽根「砂漠の都(2)」
砂漠の中心に聳える鉄の要塞。シュラ帝國が世界に誇る皇帝ルオの居城である巨城だ。
権威を示すためだけに広い玉座の間。大理石の床に敷かれた金糸の刺繍が施された紅い絨毯が玉座まで伸びている。その玉座に座る者は、この帝國の若き皇帝――ルオだ。
皇帝であるルオの前に威風堂々と立つ、雄ライオンのような髪型をした女性。白衣のようなロングコートを着た彼女は、濡れた唇からセクシーな低音で掠れた声を部屋に響かせた。
「目下のところトッシュの行方は不明。街の外に出かけたとの情報もあるけれど」
目の前にいるのが皇帝だというのに、『ライオンヘア』の口調には敬意の欠片も含まれていなかった。それに対して皇帝も気にしたようすもない。
「トッシュは行方知れずか。して、あの話の真意は?」
「裏づけは取れたわ。すでに坑道は我が軍が占領し、発掘は至極順調よ。トッシュが街に帰って来て、このことを知ったらどんな顔をするか、楽しみだわ」
妖々と魅惑的な笑みを浮かべる『ライオンヘア』。それにつられて皇帝ルオも静かに笑う。
「大地の下に眠るモノは、神か悪魔か……」
「なにが飛び出して来ようと、『失われし科学技術』は、この世界に新たな風を吹かせるわ」
「それは滅びの風かもしれないよ」
「滅びの力でも手玉にとって見せますわ」
「それは頼もしい」
陰を纏い、くつくつと嗤う皇帝ルオの表情は、悪戯な悪魔のようだった。
皇帝ルオの悪評は多く、独自の美意識を持つ彼の虐殺の数々は国を跨いで人々に知られる。
三年前、前皇帝であるルオの父が崩御し、十三歳という若年でルオが帝位を継承して間もない時であった。ルオは領土拡大のために、とある砂漠に住む部族の要塞を落とすことになり、彼はただ一言を発した
――串刺し刑が観たい。
その一言だけで、女子供関係なく一二〇人あまりの人間が串刺しにされ、その半分以上の人間が生きたまま串刺しにされたのだった。
その光景は凄まじく凄惨であり、串刺しの刑を実行させられたルオの軍隊ですら躊躇いを覚え、嘔吐する者や、最後までルオの命令に従えずに串刺しの刑に処された者もいたほどだ。
串刺しの方法は肛門から内臓に串を差し込んだり、へそを刺したり、心臓を刺したりといろいろな方法が取られ、串刺しにされた者はみな地面に串とともに立てられ、ルオのオブジェにされた。そして、ルオは乾いた大地に血を滴り落とすオブジェを見ながら、大声を張り上げて満足げに笑ったのだと言う。
以上の悪行が、暴君ルオの名を世界に知らしめた最初の行であり、序の口であった。
玉座に座り、足を前に投げ出したルオは、なにかを思い出しように手を叩いた。
「ああ、そうだ。今朝の料理で舌を少し火傷したんだったよ」
「『作った料理人を切り刻んで家畜の餌にしろ』ですわね?」
『ライオンヘア』はルオのことを熟知しているのだ。
ルオは満足そうに笑った。
「君は最高の側近だ。ただ、信用はできないけどね」
「いいえ、アタクシは『貴方』に身も心も捧げた奴隷ですわ」
「嘘が上手だ君は。君が朕に仕えるのは科学と魔導の研究のためだろう?」
「ええ、それもありますわ。でも、アタクシは本当に貴方を慕っているのよ。貴方は史上最悪の暴君だわ」
今まで立っていた『ライオンヘア』が跪き、投げ出されたルオの足に手を伸ばす。
ルオは自分の投げ出した足に靴の上から接吻する女を見下しながら、満足げな表情を浮けべて嗤った。
「お褒めの言葉ありがとう」
顔を見合わせて二人は、陰を纏いながら静かに静かに嗤った。