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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第1幕 黄砂に舞う羽根
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黄砂に舞う羽根「帝國の影(7)」

 青々と茂る草むらの一角に建つ、小さな木造立ての家。

 風が草木の匂いを運び、この男も運んできた。

 シュラ帝國のお抱え殺戮集団『鬼兵団』の一員であるスイキ。彼は息を殺し、身を潜めながら草を踏みしだき、古屋に一歩一歩近づいていた。

 スイキの首から下は、怪物の甲羅を切り抜いて作られた胸当てと、肩から二の腕にかけて保護する防具、足にはジェットエンジンを搭載したメカニカル・ブーツを装備していた。特質した装備として人々の目を集めるのはジェット・ブーツだが、人々が最初に見るのは別の場所だろう。

 スイキの顔は人のモノではなく異形のモノであった。鱗のついた青い顔から伸びる口は鳥の嘴のようで、眼は黄色く光り瞳孔が縦に長細く、尖がった耳が忙しなく動き、顎からは老人のような立派な白髭が蓄えられていた。その顔は河童によく似ていた。

 スイキ――水を操る鬼。『鬼兵団』のひとり水鬼は水を操る妖術に長けた刺客だった。

 古屋の石壁に近づいた水鬼は聞き耳を立てた。近くに窓があるが、そこから顔を出すなんてへまはしない。彼の聴力を持ってすれば、石の壁の向こう側で人がなにをしゃべり、何人の人がそこでなにをやっているかなど、手に取るようにわかってしまうのだ。

 中にいる標的は全部で四人。

 ――やがて、ひとりが寝息を立てはじめた。

 そして、またひとり。

 二人が眠りに落ち、残るは二人。水鬼にとっては好都合な出来事であった。

 話の内容を聴いていると、どうやら老婆が〈扉〉を開く鍵であるらしい。となると、残る三人を殺害し、老婆を連れ去るのが今回の仕事になりそうだ。

 狭い家の中での戦闘は水鬼の戦闘スタイルには合わない。そこで水鬼はジェット・ブーツ使用して、屋根の上に登り、標的が家の外に出てくるのを待つことにした。

 ジェット音は吹き荒れる強風に紛れ掻き消され、宙に浮いた水鬼は軽々と屋根の上に昇った。だが、水鬼が屋根に足の裏をつけた刹那、家の中で鈴の音が鳴り響いた。その音を水鬼もしかと聴き、苦い妙薬でも飲んだような顔をした。

「儂としたことが、家の外見に惑わされてしもうたわい」

 老人のような嗄れ声を嘴から発した水鬼は、この家をただの襤褸屋だと思っていたらしい。警戒を怠っていた理由はそれだけではあるまい。必要な情報を仕入れた今となっては、敵と正面からぶつかろうが、結果は同じだと絶大なる自信を持っていたのだ。

 水鬼は屋根から地面に飛び降り、玄関の前で敵を待ち構えた。不意打ちなどする必要もない。自分は絶対に勝つ。

 古屋の中から小僧と婆が、慌てもせずにゆっくりと出てきた。婆の方は大魔導師とか言われていたが、ただの枯れ木にしか見えない。ちょっと突付いてやれば、全身の骨が砕けてしまいそうだと水鬼は心の中で嗤った。

 お腹を擦りながらアレンが水鬼に向かって叫んだ。

「あんた誰さ?」

「儂は『鬼兵団』のひとり水鬼。うぬらの殺し、その婆さんをもらい受けようぞ」

「へぇ、そうですかぁ」

 あまりのヤル気のないアレンの言い草に、水鬼の米神に太い血管が浮き上がった。

「小僧、儂をおちょくっておるのか!」

「いいや、ただ腹が減ってヤル気がないだけぇ。なあ、姐ちゃん、俺の代わりにこいつやっつけてくんない、ここあんたの家だろ?」

「わしの庭じゃが、無駄な戦いは好まぬ。おぬしがどうにかせい」

「自分の庭に入った害虫くらい、自分で駆除しろよな」

 アレンに害虫と呼ばわりされ、水鬼の青い顔は徐々に赤みを差してきた。

「おのれーっ人をおちょくりおって、血祭りに上げてくれるわ!」

 水が滴り落ちた。水掻きのついた水鬼の手から水が滴り落ち、地面に生えた草を潤した刹那、水鬼の腕が大きく横に振られ、人の頭ほどの水の塊が投げられた。

 リリスの耳はどこかで鳴った歯車の音を聴いた。

 猛スピードで襲い来るボール状の水の塊を、アレンは間にも止まらぬスピードで躱した。

 水鬼の瞳孔が開かれた。このとき彼は、目の前にいる『少年』がただ者でないこと知らされた。

 水の塊を躱したアレンが後ろを振り向いて、しまったと口を開けた。

「あ〜あ、穴開いちゃった」

 石造りの壁に一メートルほどの穴が穿たれ、家の中まで風通しがよくなっていた。こんな攻撃を一撃でも受けたら、全身の骨が砕けてしまいそうだ。相手の操る水の破壊力はわかった。

 開いた穴を指差して、アレンはリリスに話しかけた。

「ほら、器物破損。これであの野郎と戦う理由ができたじゃん?」

「こんなもん、すぐに直せるわ」

「ああ、そーですかーっ」

 作戦失敗。アレンはリリスの感情に揺さぶりをかけたつもりだったのだが、作戦は失敗に終わった。もとよりアレンは、この作戦が成功するとは思っていなかったが。

 気を抜いていたアレンの背中に水の塊が迫っていた。だが、アレンは前屈運動でもするように軽々と躱してしまった。

 攻撃が当たらぬことに苛立ちを覚えた水鬼は作戦を変えた。

 水鬼の両手から水がレーザービームのように連続的に放たれる。先ほどまで一球入魂の攻撃よりは破壊力が劣るが、こちらの方が連続的に発射できるため、標的に当たる確立が高い。

「儂の水撃から逃げられるものか!」

 二本の水撃をアレンは上手く躱すが、先ほどに比べて動きが可笑しい。理由は地面にあった。青草と大地が水を含み、地面が滑りやすくなっていたのだ。

 地面に足を取られながら、アレンは必死に水撃を避けて避けて、避けることしかできなかった。敵に近づけないのだ。

「糞っ、水遊びなんかキライだーっ!」

 水に遊ばれ、叫び声をあげるアレンを見ながら、水鬼はニヤニヤと醜悪な顔を歪めていた。

「ほうれ、ほうれ、逃げてばかりでは儂を倒すことおろか、触れることすらできんぞ」

 口ぶりは敵を甚振るようであったが、水鬼は内心焦っていた。こんなにまで自分の攻撃が当たらなかったことなど、今だ嘗てなかったのだ。

 ちょこまかと鼠のように逃げ回るアレンに、次第に苛立ちを増幅させていく水鬼。

 水撃の水圧が上がり、水が蛇のような動きを見せはじめた。水鬼の必殺技のひとつ――『水竜』だ。

 水がまるで生き物のように大きくゆるやかに曲がりくねり、二方向からアレンに襲い掛かる。その瞬間、アレンの眼には水が大きな口を開けて、牙を剥いたように見えた。

「飛べ姐ちゃん!」

 歯車が激しく回転し、アレンは地面を激しく蹴り上げ宙に舞った。その下で二本の『水竜』がぶつかり合って、激しい水飛沫を辺りに撒き散らした。

 水鬼は水が霧のように散乱する先で、アレンが屋根の上に乗って笑っているのを見た。

 アレンが懐から魔導銃――グングニールを抜いた。

「喰らえ糞ったれ!」

 怒号の声とともにグングニールの銃口から稲妻が吐き出され、それの稲妻は空気中を漂う水分子はおろか、水が浸透して湿地帯のようになっていた地面に電撃を走られ、そして水鬼の身体を稲妻の槍が貫いた。

 世界が眩いフラッシュに包まれる。

 やがて色の戻ってきた世界の中で、水鬼は立ったまま身体を痙攣させていた。

 勝ち誇った満足げな顔をしたアレンがグングニールを懐にしまうと、何者かに後頭部を殴打された。

「莫迦者がっ! わしも殺す気じゃったのか!」

「イテテテテテ……後ろから殴んなよ!」

 後頭部を手で押さえながらアレンが後ろを振り向くと、そこにいたのはリリスだった。

「老人に急な運動をさせるでない」

「自分で老人とか言ってるクセには、ちゃんと屋根の上までジャンプしてんじゃん」

「年の功というやつじゃ」

「意味わかんねえよ」

「それよりも小僧、あ奴まだ生きて居るぞ」

「えっ!?」

 勢いよくアレンが振り返ったその先で、水鬼が嗤いながら構えのポーズを取っていた。

「電撃の耐性くらい持っておるわ!」

 水鬼の両手から放たれる『水竜』が、回転しながら注連縄のように一つに混じり合い、アレンに襲い掛かる。

 大口を開ける『水竜』が間近に迫り、歯車が急回転するが、アレンは避けることができなかった。

 信じられないほどの水の圧力がアレンの胸を衝き、水が四方に爆発するように弾け飛び、アレンの身体は屋根の上から飛ばされて家に向こう側に消えてしまった。

 なにかが地面に落ちる鈍い音をリリスは聴いた。

「坊やは気を失ったみたいだね。じゃが、心臓は廻り続けておるわ」

 リリスはその身体を水鳥の羽に変えてしまったように、ふわりと地面に降り立った。地面に浸っていた水はまったく跳ねなかった。

 妖婆リリスと水遣い水鬼が対峙する。

 風が吹いた。

 土の香りが風に運ばれ、それとともにお香の匂いが水鬼の鼻を衝いた。

 妖婆が老婆とは思えぬ艶っぽい口元で微笑んだ。

「爺さん、わしと殺るかい?」

「うぬは殺さずに連れて行く」

「それじゃあ、力ずくでやってみるがいいさね!」

 強風がリリスの身体を包み込み、彼女の羽織っていた茶色いローブが天に舞う。そして、水鬼は見た。そこにいたはずの老婆が絶世の美女に変わってしまったのを。

「妾がリリスじゃ」

 玲瓏たる声が辺りに響き、妖女リリスが月のように静かに微笑んだ。

 老婆が一瞬にして二十歳半ばの美女に変化してしまった。果たしてどちらがリリスの真の姿なのだろうか?

 黒い喪服を着たリリスは艶めく長い髪を腰の辺りで揺らし、蒼白い月のような顔をして、ただひたすらに緋色の眼で水鬼を見つめていた。その眼差しは、恋人を愛する眼差しだった。

 この世にこんなにも美しい生物が存在していいのか。全ての存在をその美貌で否定し、足元に平伏せさせる絶対的な存在。もはやこれは神が手違いか、気の迷いで創り出してしまったとしか思えなかった。

 リリスの柳眉が微かに動く同時に、水鬼の身体が金縛りにあったように動かなくなってしまった。

「わ、儂に、なにをしたのじゃ!?」

「妾はなにも……汝の本能が恐怖したのじゃろうて」

 美に恐怖する。リリスの持つ美は、魔性のモノだったのだ。

「!?」

 水鬼の眼が限界まで見開かれた。そして――。

「世界に還して進ぜよう!」

 膨張した水鬼が一瞬にして弾け飛んだ。まさにそれは刹那の出来事であった。水風船が爆発したような現象だった。

 血まみれの肉片が辺りに散乱する中、目の前にいたはずのリリスの顔はおろか、衣服すらいっさいの汚れを付けていなかった。もしかしたら、壮絶なる美を前に、穢れが恐れおののき、自然の法則を破ってしまったかもしれない。

 地面に落ちる眼球を指先で拾い上げたリリスは、それを迷うことなく口の中に放り込んだ。

 喉元が艶かしく動き、眼球をひと呑みにする音がした。

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