黄砂に舞う羽根「帝國の影(4)」
巨大な鉄の塊がクーロン上空を旋廻し、街に影を落とした。
シュラ帝國が世界に誇る巨大飛空挺――キュクロプス。一つ眼の巨人の名になぞられた、その飛空挺の船首には、巨大な眼のような穴が開いている。その穴こそが街を死の灰と化し、世界を恐怖のどん底に叩きつける失われし科学の脅威――魔導砲だ。
過去に一度だけ実践で使用されたキュクロプスの魔導砲は、一撃で辺りを光の海に沈め、約四〇〇〇平方メートルが一瞬にして灰と化したと云う。その光景を遥か遠くで見た者は、天に光の柱が昇るのを目撃し、神々が戦争をはじめたのかと思ったそうだそして、その光景は目を閉じても、長い間、瞼の裏に焼きついてしまっていたと云われている。
楕円形の機体をしたキュクロプスが風を震わせ大地に降り立ち、クーロン近くに横付けされた。
巨大飛空挺の昇降口から延びる鉄の階段が大地に足を付け、朱色のマントを羽織る少年が足音を響かせながら一歩一歩と階段を下りてくる。その歩き方一つを取っても、王者――いや、魔王の風格に相応しい。
地上で少年を待つ軍の者たちは、皆、直立不動で敬礼をして『魔王』を出迎える。その中でただひとり、『魔王』に敬意を払わぬ者がいた。
「貴方自ら赴くなんて、どういう風の吹き回しかしら?」
ライザは吹き付ける風の中で、髪の毛をかき上げながら皇帝ルオに訊いた。
「地の底になにが潜んでいるのか、自らの目で見たくなったんだ」
「せっかく来てもらったのはいいけれど、お楽しみにはまだ早いわ」
「あと、どのくらいかかるんだい?」
「さあ?」
などど皇帝の前で不確定な返事をしようものなら、気まぐれで拷問に掛けられて殺されるのだが、ライザだけは特別であった。
う〜んと唸ったライザは口元で人差し指を立て、蒼い空を仰ぎながら口を開いた。
「街の外に鍵を取りに行ったトッシュ次第ね」
「ほう、鍵を?」
「鍵がなんなのかわからない以上は、彼を泳がせて鍵までの道案内をさせる。鍵が見つかり次第、トッシュたちの抹殺を命じてあるわ」
「誰を向かわせたんだい?」
「手が開いていたスイキと、もうすぐ仕事が片付きそうなキンキにも、仕事を片付け次第と依頼を出しておいたわ」
「なるほど抜かりはないようだ」
と、ルオは満足そうに笑うが、ライザは少し気がかりなことがあった。
「そうね、スイキとキンキなら……」
シュラ帝國のお抱え殺戮集団『鬼兵団』の一員であるスイキとキンキ。この二人の手にかかれば、トッシュなど赤子のようなもの。だが、ライザの脳裏に浮かぶ『少年』の顔。
「あの坊やが気がかりだわ。あの子の内から生じる気は、たしかに魔の力だった」
この女には珍しく、不安な表情を浮かべるライザを前にして、ルオの表情も曇る。
「あの子とは誰のことだい?」
「素性は不明。けれど、魔導師特有の気が感じられたわ」
「君を感じさせたか?」
「ええ、身体の中が熱く火照ったわ」
「盛りのついた犬みたいに欲情するなんて、穢らわしい女だ」
ルオの手が大きく振りかぶられ、ライザの頬を力強く引っ叩いた。
紅く色づいた頬を片手で押さえながら、ライザは甘い声を漏らす。
「でも、貴方が一番よ」