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魔導装甲アレン  作者: 秋月瑛
第1幕 黄砂に舞う羽根
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黄砂に舞う羽根「帝國の影(3)」

 朝食を食べ終えたアレンは懐から一丁のハンドガンを出して、顔の前で弄繰り回しはじめた。――見せびらかすように。

 見せびらかされたトッシュは、あまりにアレンがワザとらしくするので、無視しようとも考えたが、銃に施された紋様を見て気が変わった。

 紋様は雷のようなエネルギー感が溢れるデザインで、トッシュはそれをひと目見て、ただのデザインではなく、魔導的意味が込められていることを悟った。

「なんだそのハンドガンは、ただの銃じゃなさそうだが?」

「拾った」

 これは嘘だ。

 実際はライザの忘れ物だが、アレンはライザと出遭ったことすらトッシュに話してなかった。

「拾っただと? 嘘をつくな。魔導銃が道端に落ちてたとでも言うのか?」

「うん」

 真顔で頷くアレンにトッシュが一言。

「おまえの真顔はうそ臭い」

「じゃ、もらった」

 話の内容をコロコロと変える時点で、アレンの話は信憑性に欠けている。そもそも、この少女に本気で嘘をつく気があるのかどうか?

「誰にだ?」

「女」

「どこのどいつだ?」

「ライオンみたいな髪型の女」

「ライザかっ!?」

 声を荒げたトッシュが勢いよく椅子から立ち上がり、テーブルの上に置いてあったカップが倒れ、中の黒い液体がテーブルの上を侵食して、やがて黒雫が床の上で四方に弾けた。

 弾け飛んだ雫とともにトッシュの頭もぶち飛んでいた。

「この糞ガキがっ! なぜあの女に遭ったことを言わなかったんだ! 俺はあの女に狙われてるんだぞ!」

「そりゃご愁傷様で」

「ご愁傷様で済むか。おまえが奴らに付けられてたらどうするんだ?」

「そんときゃそんときで、逃げるなり戦うなり、どーにかなるっしょ」

「馬鹿だろおまえ」

「おう、ロクな教養も受けてない」

 ぬけぬけというアレンの言葉に、テーブルに両肘を付いたトッシュは頭を抱えた。

 こんな『少年』を雇った自分がどうかしてたとトッシュは悔やんだが、あのときトッシュが目撃したアレンの力は本物だ。なんとかと鋏は使いようという言葉があるように、アレンは使いようによっては自分のとって強い味方になるとトッシュは考えていた。だが、馬鹿を見るという言葉もトッシュは忘れてはいない。

 トッシュが思考を巡らせていると、戸口の方から情けない女の子の声が聞こえてきた。

「あぁ〜〜〜ん、ごめんなさーい!」

 裏返った声を出したのはセレンだった。しかも、彼女はひとりではなかった。後ろにいる白いロングコートを着た『ライオンヘア』――ライザだ。

「こんなところに身を隠してただなんて、今ごろ神に命乞いかしら、トッシュ?」

「成り行きだ」

 静かの答えたトッシュの視線はライザの後ろに注がれていた。

 戸口の奥から蟲のように湧き出てきた重装備の男たちは、ライザお抱えの獅子軍の精鋭だ。その数、目で見えるだけで四名。その他に教会の周りに待機している可能性は高い。

 ライザは鈍く光るナイフをセレンの首元に突き付け、唇を濡れた舌で舐めて笑った。

「トッシュ、この娘を殺されたくなかったら、武器を全て捨てて投降なさい!」

「殺せばいいだろ、そのシスターとは赤の他人だ」

「そんなぁ〜!」

 情けない声をあげるセレンの瞳は涙をいっぱいに溜め、今にも防波堤が壊れて大洪水になりそうな状態だった。

 そんな中、アレンはトイレに立ったセレンが残していった朝食のプチトマトを、指先でつまんで口の中に放り込んでいるところだった。

「甘すっぱー、このプチトマト」

 場違いな声をあげたアレンにライフルの銃口が四つ向けられた。つまり、ライザの後ろに控えていた男たち全員がアレンに銃を向けたということだ。

 アレンは銃口を向けられていることなど気にせず、わざとらしく口に手を当てて大あくびをすると、口元をつり上げて不敵な笑みを浮かべた。その眼は恐れを知らぬ魔人の眼差しだった。

「あのさ、そのシスターを解放してくんない?」

「駄目よ」

 間を入れずライザが言った。

「アタクシにメリットがないわ」

 人質を無償で解放するほどライザはお人よしではない。人質に捕った娘はトッシュとの交渉の道具でしかなかったのだが、トッシュは娘を殺してもいいと言う。この時点で、人質は人質の役割を果たさなくなった。つまり、セレンはいつ殺されても可笑しくない状態なのだ。

 セレンの首の皮一枚をこの世と繋ぎ止めているのは、ライザのアレンに対する欲求だった。

「トッシュとの交渉は決裂のようだけど、坊やはこの娘の命を案じてるみたいじゃない?」

 流し目を使うライザの交渉相手はアレンに移っていた。

 一人目の交渉相手であるトッシュは、『殺せばいいだろ、そのシスターとは赤の他人だ』と交渉の余地なし。

 二人目の交渉相手であるアレンは、『あのさ、そのシスターを解放してくんない?』と交渉の余地あり。

 ライザの本来の目的はトッシュの身柄確保であるが、彼女は仕事に私情を挟み、第一優先事項であるはずのものが覆される。――それが皇帝の勅令であってもだ。ライザと皇帝ルオの関係は地位も権力も及ばないところにある――との家臣たちのもっぱらの噂だ。

 自分のことを妖しい目つきで見るライザから視線を外したアレンは、深くため息をついてから懐に手を入れようとした。が、すぐに銃口を向けられて止めた。

「武器向けんなよ、肝が冷えるだろ。懐ん中に入ってる交渉道具を出そうとしただけだよ」

 しかし、それを出したらアレンは蜂の巣になっていたに違いない。

 不敵に笑うアレンの衣服の下で膨らみを見せる物体は、魔導銃――グングニールだった。これをアレンは交渉の道具に使おうとしたのだ。

 アレンはライザの姿を確認してすぐに、グングニールを懐に隠していた。呑気に他人のプチトマトなんて食ってるわりには、こーゆーところはしっかりしているのだ。

 懐を指差すアレンを見て、ライザは首を傾げた。

「そこにどんな物が入っているのかしら?」

「あんたの落とし物」

 このアレンの一言でライザは理解した。だが、果たして人と銃が同じ天秤にかけられるものなのか?

「いいわ、アタクシのグングニールとこの娘、交換しましょう」

 交渉はあっさりしていた。人の命など魔導銃に比べれば、取るに足らないものだとライザは判断したのだ。だが、彼女の気持ちは移ろい易い。

「やっぱりやめたわ。この娘、坊やの恋人? それとも愛人? だったら、坊やの目の前で甚振るのも一興ね」

「残念だけど、赤の他人。まだ一緒に寝てもない」

 可笑しなことを口にしたアレンに対して、人質のセレンが顔を真っ赤にして声を荒げた。

「やめてください、誤解されるようなこと口にしないで下さいよ! あなたと寝れるわけないじゃないですか」

 この言葉に深い意味はない。セレンは同性同士ということを強調したかったのだが、この場にアレンが女であること知る者はセレン以外いなかった。

「あら、フラれちゃったわね」

 悪戯にライザが笑った。明らかに勘違いされている。

 勘違いされようが気にしないのか、本当にそういう性癖があるのか、アレンは何事もなかったように話を戻した。

「それでさ、ここん中に入ってる銃とシスター・セレンを交換する話なんだけど、どーすんの?」

「そうね、まずグングニールをテーブルの上に出しなさい。少しでも可笑しな真似をすればわかるわね?」

 ライザの言葉に頷いたアレンは懐にゆっくりと手を入れはじめた。このとき、ライザの後ろに控える獅子軍の持つライフルの銃口は、すべてアレンに向けられていた。――ケアレスミスだ。

 トッシュの足が激しく床を蹴り上げた。

 銃口をトッシュにも向けるべきだったと気づいたときには、時すでに遅し。

 腰からハンドガンを抜いたトッシュとライザの目が合う。

 瞬時にライザがセレンを突き飛ばした刹那、トッシュのハンドガンが火を噴いた。

 一斉に奏でられる銃声の中で、呆然としていたセレンの手が引かれた。

「逃げるぞ!」

 セレンの手を引いたものは、グローブのはめられた硬い手だった。

 肩が外れるかと思うほどにセレンは手を引かれ、次の瞬間には小柄な少女の背中に担がれていた。

 銃弾を避けながらトッシュが前を走り、その後ろからセレンを担いだアレンが追う

 神聖な聖堂で銃が叫び声をあげ、セレンはアレンの背中で肩を震わせていた。

「どうしてこんなことに……」

「あんたがツイテナイんだろ」

 相手の気持ちも考えないで素っ気無く言うアレンに対して、セレンは殺意にも似た感情を覚えたが、それはすぐに心の奥底から来る哀しみ流されてしまった。

 もう一生、この教会に帰って来ることができないのではないか。そんな気がセレンはしていた。

 道を塞ぐ扉をトッシュが開けると、大量の光が寂れた聖堂に流れ込んだ。まるでそれは天へのお導きのようであったが、果たして本当にこの先は天国か。いや、地獄かもしれない。

 教会の前には数人の武装した獅子軍がライフルを構えて立っている――と思われたが、可笑しなことに、教会の前には誰もいなかった。

 すぐにアレンが教会前に止まっていた軍用ジープを見つけて叫んだ。

「乗り込め!」

「鍵がないだろ!」

 トッシュが叫ぶが、アレンは気にすることなく運転席に乗り込み、セレンを助手席に乗せた。

 どこかで微かに歯車が鳴り、アレンの左手が鍵の差込口に触れるや、バチンと閃光が火花を散らした。するとジープのエンジンが唸り声をあげ、アレンは床が抜けるくらいアクセルを踏んだ。

「俺様を置いて行く気かっ!」

 自分を置いて走り出したジープの荷台にトッシュは汗をかきながら乗り込んだ。

 走り去るジープに銃弾が浴びせられるが、一発も当たることなくジープは逃げ切った。

 遠ざかるジープの影を眺めながら、ライザが妖しく微笑んだ。

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