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誰も知らないくせに  作者: 青井在子
02, いつかのその日まで 小田良輔
9/23

09


 カオルが俺の家庭教師を務めてくれたおかげで、夏休み明けの実力テストの成績は今までよりも良かった。それを報告するとアイツは嬉しそうに笑って良かった、とだけ言った。


夏休みが終わって実力テストが終わっても、俺は何かと理由を付けてカオルに勉強を教えてもらっていた。部活が休みの日には教室に残って、週末に図書館に行くこともあった。二人で教室で勉強をしているのを誰かに見つかって噂をされることさえ、楽しかった。


カオルとはいろんな話をしたし、どんな話をしても笑ってくれた。

俺はこれ以上無いぐらいに、カオルのことがすきだった。


高校生になって初めての夏休みが終わると、周りにはカップルが急増した。部員にも友だちにもリョウスケもそろそろ作れよ、と囃された。何人かの女子に告られもした。

だけど俺にはカオル以外は考えられなかった。


毎日連絡を取ってときどき二人で会って、そんな日々を繰り返して二学期を乗り越え、もうすぐ冬休みだというころ。

唐突にその考えは過った。冬休みに入ってしまえば二週間もカオルに会えない。

もちろん連絡はできる。誘えば会うことだってできるかもしれない。それでももうなんの理由もなく連絡したり会ったりしたかった。できることなら冬休み中も毎日カオルの顔が見たかった。声が聞きたかった。


俺はたぶん行動力のあるほうだと思う。

その考えが過った夜にはカオルに大事な話があるから、と会う約束を取り付けた。

終業式の二日前のことだった。

俺はカオルに授業後に一組の教室へ来てほしいと頼んだ。カオルは小さな声でうんと答えた。


 帰りのSTが終わるチャイムが鳴ると、生徒たちは部活へ向かったり家路に着いたり遊びに出掛けたりとそれぞれの場所へ向かう。なかには教室に残っていつまでも友だちと喋りこんでいるヤツもいたが、今日ばかりは早く出て行くことを願った。


俺も本来なら今日も部活があるのだが、ユウヤに事の次第を話すとにやにやしながら、顧問には上手く言っておくから休めとだけ言われた。正直何をどう伝えられているのか、気が気ではないのだが、それでも親友の気遣いは嬉しかった。


少しして教室のドアが恐る恐るといった様子でゆっくりと開けられる。そうして開いた隙間から、カオルがひょっこり顔を覗かせた。目が合って右手を上げると、やっと安心したように入ってくる。それに気が付いた同じクラスの女子が、あれ、カオルじゃんーと掛けた声にカオルははにかんだ。それを見て何か悟ったのか、女子たちはリョウスケがんばーと大きな声で笑いながら出て行った。


なにががんば、だ。余計なことをカオルに感じさせないでくれ。

席替えをして、俺の席は窓側になった。温かい陽射しが直撃する、眠たくなる場所だ。カオルは俺の前の席の椅子を引いてちょこんと座った。


二人で会ったことは何度も有る。気になる映画に誘ったこともあれば、テスト勉強を口実に図書館や教室で会っていたこともある。それなのに今日の雰囲気はどこかいつもと違う。

もしかしたらカオルはもう、何を言われるのか気が付いているのかもしれない。

そう思うと途端に緊張が増した。口の中がぱさぱさで心臓は煩い。心なしか吐き気までするような気がする。


だってこれが初めてだ。誰かに自分の想いを告げることなんて。

カオルはずっと黙って教室の床の木材の模様を見つめている。このまま俺が何も言わなければ、沈黙のまま十六時三十分を迎えてしまいそうだった。

だから俺は大きく深呼吸した。


「あのさ、森」


無様なくらい声が震えていて、心が折れそうになった。


「ん?」


カオルは床を見つめたままだ。今、いつものように真っ直ぐに目を見つめられたら確実に心臓が止まるだろうからそれでいい。


「大事な話があるって言ったじゃん? 俺……」

「うん。言ってたね……」


再びの静寂。どうやって言えばかっこよくなるのか。どうすればこの気持ちを過不足なく正確に伝えられるのか、頭を巡らせた。


けれど考えれば考えるほど何もわからなくなる。野球と一緒だ。あれこれ考えるより、結局は身体が覚えている感覚に任せて全力でバットを振り抜くのだ。


「俺、ずっと森のことがすきだった」


自分でも顔に熱が集まっていくのがわかって、カオルのほうを向けなくなる。絶対に真っ赤になっているはずだ。


「……うん」


しばらく間があってから、カオルから小さな返事があった。


「だから……俺と付き合ってほしい」


自分が持てるだけの勇気を全て絞り出して、ようやくそれだけ言うことができた。それから俺にとってはあまりにも長い沈黙が続く。カオルは何も言わない。

俺は恐ろしくなって下げていた視線をカオルの横顔に戻す。髪が掛けられて露わになっている右耳が真っ赤に染まっていた。

ああ、と思わず声が漏れそうになる。どうしてカオルはこんなにも可愛いのだろう。もう返事を待てなかった。


「……森、はどう?」

「……どう、って」

「俺のことどう思ってるのかなって」

「小田くんのこと……」


カオルは耳どころか、顔まで真っ赤だ。もしかしたら俺たち二人とも、同じような顔をしているのかもしれない。


「あたしは……、あたしも、小田くんのこと、すき」


俺の声よりさらに震えていて、今にも消えそうなぐらいに小さな声が確かに耳に届いた。その瞬間、俺は世界中の誰よりも幸せになった自信があった。


「それじゃあ、……俺と付き合ってくれる?」


糸で操られている人形のように、カオルがこくんと頷く。俺はもうただただ幸せで、叫び出しそうな思いがした。目の前がぼやける。涙が溢れそうだった。それのどちらもなんとか堪える。


「ありがとう。これから、よろしく」

「……うん」


カオルは真っ赤な顔のままで俯いている。その様子が堪らなく意地らしくて可愛いのだが、こっちを向いてと言って困らせる勇気は俺にはまだ無かった。


「とりあえず学校出ない? 俺、今日部活サボってるから顧問にバレたらやばいんだよね」

「……ほんとに? 部活サボっちゃったの?」


ようやくカオルがまだ赤みの残る顔を上げた。


「うん。だから早く行こーぜ」


エナメルバッグを持って立ちあがる。カオルも同じように付いてくる。揺れる腕を取って、手を握りたかった。手を伸ばそうか考えている間にあっという間に昇降口に辿り着いてしまう。上履きからスニーカーに履き替えて、駐輪場に向かう。そこにはちらほらと溜まっている生徒の姿があった。その視線がちらちらと俺とカオルに向けられる。

今はとにかく誰にも邪魔をされたくなかった。


「マックでもいいー?」

「いいよ」


カオルが自転車に跨るのを確認すると、ペダルを強く漕ぎだした。校門を出たところでアイツが隣に並ぶのを待つ。そこからはゆっくりと走った。真っ赤なマフラーに顔を埋め、さっきとは違う理由で鼻や耳を染めるカオルの横顔が見られるのがどうしようもなく嬉しかった。


 それからすぐに訪れた冬休みは、ほとんど毎日カオルと過ごしていた。クリスマスには俺たちの地元で一番大きな駅があって、栄えている街へ出かけた。そしてすぐにそれが間違いだったと気が付く。どこもカップルで溢れかえっていて、落ち着いて入れる店が無かったのだ。それすらカオルといれば楽しくて、俺たちはわけもわからずにイルミネーションの輝く通りで大笑いをした。


 俺の友だちの多くは、俺とカオルがすぐに別れるだろうと言って笑った。もしかしたらアイツの友だちもそう言っていたかもしれないが。その周りの予想に反して俺たちは長く続いた。


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