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誰も知らないくせに  作者: 青井在子
01, She left me behind 市川ふみ
6/23

06


 カオルの死が彼女の周囲に知られると、いつの間にか彼女のフェイスブックのページは追悼のコメントで溢れた。スクロールをしてもしても終わらないような長文のメッセージを載せる人。日本人のくせに何故か英語でメッセージを書く人。見知った名前。知らない顔のアイコン。


生前の彼女と同じように、カオルのフェイスブックにはたくさんの人が集まった。

彼女を少しでも感じたくて、遺されたフェイスブックやツイッターを開いてみるけれど、そのたびに私は彼らのコメントを見て苛立つのだった。


一体このなかのどれだけの人が、本当のカオルを知っていたのだろうか。

カオルはこのなかのどの人に、本当の姿を見せていたのだろうか。


そして彼女の死の知らせという暴風が収まった、夏真っ盛りのころ。

フェイスブックに一つのURLが貼られた。


投稿主はどこにでもいそうな外国風の名前で、個人情報もアイコンも設定されていなかった。

リンク先はブログだった。ツイッターやインスタが流行る今、久しぶりにブログというものを見たような気がした。


白い背景にひたすら黒い文字が続く。

タイトルは”I Will Leave a Will”だった。

それを見た瞬間、この質素なブログが何なのか理解した。

文字通りの遺書だ。


投稿主がどうして知っていたのかはわからないが、紛れもなくカオルの遺書だった。

頭のなかでレフウィルの曲が流れ始める。

彼女が好きだったバンド。私もだいぶ詳しくなったのに。


 記事の右側にカレンダーがあって、そこから見たい日付を選べるようだった。私は必死で画面の中のそれを捲った。

三年前の記事を探した。

ブログは随分前に開設されていたようで、私が探した日付頃にも記事が書かれていた。


2012年5月20日

『レフウィルライヴ』

レフウィルのライヴに参戦してきた。

新曲もやったしセトリもなかなか良かった。

レフウィルのライヴを見てると、心の底から生きてる!って感じがする。

でも途中で大学の知り合いを見つけた。

せっかく世界観に浸っていたのに現実に引き戻されるような気がした。

だから目が合ったけれど、何も声を掛けなかった。

せめてあの空間でだけは、あたしのままでいさせてほしい。


2012年9月3日

『西野カナ系女子』

レフウィルのライヴ行ってきた。

 YuyaとAIKOの声がほんとに堪らない。

 胸の奥の深いところまでちゃんと染み込む感じ。

 いろんなライヴに行くとときどき見かける大学の知り合いにとうとう声を掛けられた。

 私って西野カナが好きそうな女子に見えてるらしい(笑)。

 ……でも確かにそうなのかも。

 それから何故か二人で飲みに行った。

 誘ったのはあたしだけど、どうしてそんなことをしようと思ったのかは謎。

 でも話してみたら楽しかった。

 周りにはバンドの話とかできる子いないし。

 他の子の前じゃ絶対に言わないようなことも、ぽろっと言っちゃう。気がする。


ブログは毎日とは言わないまでも、高頻度で更新されていた。

何人の人がこのサイトを訪れて、私と同じように自分がカオルと関わった日付の記事を探したことだろう。


私のことと思われる人物のことが書かれた記事は数件あった。

勇気を振り絞って初めてカオルに声を掛けたときの記事を読んだ時には、目の奥が熱くなって視界が滲んだ。


 他の子の前じゃ絶対に言わないようなことも、ぽろっと言っちゃう。


それはカオルからの最高の賛辞だった。

私はカオルにとって他の子とは違う。私だけじゃなくて確かにカオルもそう思ってくれていたのだ。

もうそれだけで良かった。

彼女の死の理由はきっと、私が知らなければ誰も知らない。

それで良い。


“I Will Leave a Will”

それが何を捩ったものなのかは一目瞭然だ。


“She Left a Will”

彼女が愛していたバンド。

その名の通り、彼女は遺書を残した。

トップページにはカオルが人生の最期に投稿した記事がある。


 だれもしらないくせに


真っ白な背景に、黒い文字が無感情に並んでいた。


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