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誰も知らないくせに  作者: 青井在子
01, She left me behind 市川ふみ
5/23

05


 そして今年の三月。カオルは自ら命を絶った。詳しいことは何もわからなかった。

彼女の死さえ、私が知ったのは数週間後のことだった。四月になって新学期が始まると同時に、学科の四回生だけが参加を呼びかけられた集会が開かれた。事前に内容が知らされないということは、初めてのことだった。


長い休みが終わってしまった喪失感を抱えながら指定された教室に入り、辺りを見回した。単位に関係無かろうが、どんなに終了時刻が遅くなろうが必ず補講に出席していたカオルの姿が、その日は無かった。

全体三分の二ほどが揃ったとき、教室に学科長と数名の教師陣がやってきた。彼女はカオルが所属するゼミの担当教授でもある。


いつも朗らかな学科長の顔に疲労と当惑が滲んでいた。その表情を見た瞬間、ざわめいていた教室が静まり返った。私だけではなく、そこにいた誰もが異変を感じ取ったのだった。


 静寂に包まれた室内を見回して、学科長は大きく息を吸い込んだ。


「今日はみなさんにお伝えしなければならないことがあって、集まってもらいました」


心臓が耳元に移動したかのように大きな音を立てた。喉が渇くような気がして唾を飲み込む。


「森薫さんが亡くなりました」


教室を包んでいた静寂はより一層濃くなった。誰かが息を飲む音がした。

私は大きな音を立てて騒ぐ心臓に、矢を受けたような心地だった。


しばらく立ってから鼻を啜る音がした。それをきっかけにしたように方々から嗚咽が聞こえ始めた。カオルといつも一緒に居た女子たちだ。

私はとてもじゃないけれど涙が出るような気はしなかった。

ただどうしてだったのか、その理由を知りたかった。


今思えば私は、彼女の死因を知る前からカオルが自殺したということに気が付いていた。


「事故……だったんですか?」


カオルと仲が良かった男子の一人が声を震わせながら質問した。

学科長は押し黙る。その沈黙こそがすべてを語っていた。さっきよりも大きな嗚咽が聞こえた。


カオルは私たちが知る限り至って健康だった。それは事実であると思う。そんな彼女が事故に遭ったわけでもないのに急死した原因。それをその場にいた全員が悟った瞬間だった。


 それから学科長はカオルの葬儀が既に済んでいることを告げ、全員で一分間の黙とうを捧げると、教室から出ていった。彼女の姿が消えた瞬間、爆発が起こったかのように室内のあちこちから泣き声が上がった。女子がヒステリックな声でなんで、と叫ぶ。それを宥めようとする男子の低い声も震えている。カオルと特に仲が良かったわけでもない学生まで取り乱している。


彼らにカオルの死を悼む権利なんてない。

私はただそう思って、苛立った。


リュックを手にとって教室を一番に出た。廊下には既に学科長の姿は無かった。

泣き声がしない静かな場所まで行くと、さっき聞いた話がすべて嘘のように思えた。


それどころかカオルの存在自体が、本当にあったものかどうか疑わしく思えた。

今ならカオルと過ごした思い出が、すべて私の妄想であったのだと言われても簡単に納得してしまえるような気がする。


建物を出る。今日はとても講義を受ける気分にはなれなかった。ただ一人になりたかった。キャンパスの桜並木が美しい。まだ薄いピンク色に輝いている。

だけどその下には既に落ちて砂に塗れて汚れた花弁たちがある。それが風に煽られて舞い上がり、そしてまた落ちた。


それがまるでカオルのように思えて、初めて私は泣きたくなった。

カオルはどんな死に方を選んだのだろう。

彼女は二十二歳という若さで死んだ。

だけどその若すぎる死が、カオルには似合う。

そして遅すぎるような気もした。


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