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誰も知らないくせに  作者: 青井在子
01, She left me behind 市川ふみ
2/23

02


 それからさまざまなバンドのライヴでカオルの姿を見かけた。レフウィルが出演するときには必ず彼女がいたし、そうでないときでもときどき見かけることがあった。

後ろの方で壁や柵に凭れながらステージを見ていることが多かったが、レフウィルのときだけはあの例の異様とも言える必死な眼差しをしていた。


ライブハウスでのカオルは相変わらずキャンパス内とは異なっていた。ストレートの髪にTシャツとスキニーパンツとスニーカー。ライヴハウスで初めて見かけたとき以来、目が合うことは無かったが、それでも友人の多いカオルのことだから、彼女のこの姿が他の彼女の知り合いに見られやしないかと、何故だかひやひやした。

なんだか覗き見をしている気持ちになって、居た堪れなくなった私は、何度目かに彼女を見かけたときについに話しかけることにした。


赤だったり青だったり激しく点滅する夢のような照明が落ち、観客たちは重い足取りで現実へと向かう。なかにはそれを拒否するかのように床に座り込む者もいる。叫び過ぎて枯れた喉を潤すために、ドリンクスタンドへと向かう客が多い。そのなかにカオルも居た。ビールを受け取って列を離脱する。私はカルピスソーダが入ったプラスチックカップを持って彼女のあとを追った。会場の端にあるテーブルでカオルを捕まえた。


私が彼女の正面に立っても、カオルの目はスマホの画面を見ていた。

酷い乾きを覚えてカルピスソーダを一口飲む。そして咳払いをしてやっと口を開いた。


「カオルちゃん……だよね?」


そんな確認なんてなんの意味もない。そこにいるのは紛れもなく森薫だ。他の誰かをカオルと見紛うことなんて、きっとない。

声を掛けられたことでようやくカオルは顔を上げた。白い肌が少しピンク色に染まっている。それがチークによるものか、アルコールのせいなのかはわからない。


「そうだよ」


短く答えてやっとカオルは微笑んだ。そして次のことばを促すかのように黙って私の目を見つめる。私はもう一度液体を喉へ流し込んでから口を開いた。


「バンド好きなの?」

「うん」

「なんかちょっと意外」

「そうかな?」

「うん。もっと西野カナとかエグザイルとかが好きなんだと思ってた。あと洋楽とか……」

「洋楽も好きだよ。ブリトニーとかマルーン5とか。そこまで詳しいわけじゃないけど」

「西野カナは?」

「なんで西野カナに拘るの?」


カオルは笑った。作ったものではなくて、可笑しくて思わずといった様子だった。


「好きそうな見た目してるもん」

「どんな見た目? それって……」


長い髪を耳に掛け、ビールを一口飲んだ。


「友だちがカラオケで歌うのとか聞いてるし、知らないわけじゃないけど別に好きじゃないんだけどなぁ……。そんなふうに見られてたんだね、あたし。フミちゃんに」


カオルはビールを呷る。ハイペースでカップの中のゴールドの液体が消えていく。ビールが飲めるということも意外な一面だった。カシスオレンジとかファジーネーブルとかカルーアミルクとかしか飲めなさそうだ。


「なんか、ごめん」


もしかしたら無神経な発言だったかもしれないと思い、謝る。カオルは悪戯っぽく笑った。


「じゃあフミちゃんはバンドが好きそうな見た目してる」


彼女の微笑みに釣られて私も笑った。


「カオルちゃんはレフウィルが一番好きなの? よくライヴで見るような気がするけど……」


カオルはカップに口を付けようとしたが、すでに空になっていた。


「……うん。レフウィルが一番かな。……ねえ、フミちゃん。この後時間ある?」

「え?」


スマホで時間を確認する。二十一時を少し過ぎたころだった。


「終電で帰れれば平気だけど」

「じゃあちょっと飲もうよ」


私が頷くやいなやカオルは歩き出す。人の減ったドリンクスタンドに空になったカップを返して黒くて重たいドアを開けると、涼しい風が心地よかった。外も湿っていたけれど、ライブハウスの熱気の籠った空気に比べればマシだった。階段を下りるカオルの足取りはしっかりしていた。彼女はカップ一杯のビール程度では酔わないようだ。


地上に降りるとスマホに何か入力し、画面と景色を見比べながら歩き出した。私はこの辺りで知っている店なんてなかったから、彼女に任せるしかなかった。


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