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あたしとカオルは幼馴染だったけれど、姉妹のようでもあった。うちは兄二人とあたしの三人兄妹で、カオルは一人っ子だったからあたしたち兄弟に混ざってよく遊んだ。
あの子は小さい頃は引っ込み思案で大人しくて地味だった。そのうえ指先や唇を剥く癖があったから、気持ち悪かった。そんなんだから保育園でも友だちがいなくてかわいそうで、あたしはあの子の面倒を良く見ていた。「ハルカちゃんはカオルちゃんのお姉ちゃんみたい」と周りの大人に言われるたびに優越感に浸れた。年中のころにあたしが始めるとカオルも真似して同じピアノ教室に通い始めた。あたしはカオルに負けないように必死に練習した。だってあたしがあの子に劣るわけにはいかないから。
そんなあの子が変わり始めたのは小学校高学年のことだった。たぶん五年生だったと思う。なんというか、急に明るくなった。それまで無口で暗くて休み時間中も自分の机から一歩も動かずに本ばかり読んでいたのに、自ら積極的にクラスメイトたちと話すようになって、よく笑うようにもなった。なんとなく何があったのかも聞けずにいると、今度は勝手に英会話教室に通い始めた。今までは保育園でもピアノ教室でも習字教室でも遊ぶのも勉強するのも何をするにも一緒だったのに。
中学校に入学すると、カオルの変化はより顕著になった。地域の三つの小学校に通っていた生徒が集まったのだけど、あの子は話したことも見たこともない子にもにこにこ笑いながら話しかけた。皆が新しい友だちができるか不安な新入学の季節に、それはとても効果的だった。カオルの周りにはあっという間に人が集まるようになったけれど、それでも下校の時間になるとあたしの元にやってくる。それだけで優越感に溺れる。
「ねえ、ハルカは部活何にするの?」
「んーまだ決めてない」
「もう締め切り来週だよ」
「決めてないもんは決めてないもん」
どんな人気者になっても結局カオルはあたしの意見を聞かなきゃ入る部活だって決められない。それが濃い事実であるほど、無性に裏切りたくなる。
「あたし、バスケ部にしようかなー」
「バスケ部? いいじゃん。ハルカ運動神経良いし」
「うちのバスケ部って強いみたいで、練習とかも超ハードらしいよ」
「そうなんだー……」
カオルのことばに力が無くなる。あの子はあたしと違って運動が苦手だ。走るのも遅いし、球技でもうまくボールをキャッチしたりパスしたりすることができない。「体育が一番きらい」と嘆いていたのを聞いたこともある。さあ、どうするだろう。あたしがあの子の手の届かない所へ行こうとしたら。
翌週の月曜が第一回目の部活希望調査の提出期限だった。人数が極端に偏らない限り、そこに書いた部活に一カ月間体験入部する。気に入らなければ体験期間中に他の部に変わることもできるし、気に入ればそのまま本入部することになる。
「希望調査集めるぞー」
担任の声で教室の後ろから順に二つ折りにした紙を前に回していく。紙を受け取ろうと振り向いたとき、斜め後ろの方の席に座るカオルが隣の地味な男子と笑いながらこそこそ話しているのが目に入った。鼻を笑いが抜けて行く。男子は人気者のカオルに話しかけられて嬉しいかもしれないけれど、その子だってそう変わらない地味で根暗な子なんだから。
「カオルー」
朝のSTが終わって、カオルに声を掛けた。どの部活に入ることにしたのか興味があったからだ。これで美術部だったりしたら面白いのに。
「あ、ハルカー」
今までカオルと楽しそうに話していた男子はあたしの顔を見るなり、気まずそうに視線を反らして席を立った。空いた椅子に座ることさえいやで、立ったまま話を続ける。
「結局部活どこにしたの?」
「え、バスケ部だよ」
自分の耳を疑った。だってあたしは付き放すつもりでこの部を選んだのに。
「バスケ部って、でも大丈夫なの? だってカオル……」
「運動音痴でも練習したらなんとかなるかなって。それにハルカもいるから安心だし」
「そんな……」
甘くないでしょ。どんだけバカなの。思わず吐き出しそうになったことばを飲み込んだ。
「一緒にがんばろ」
カオルが笑った。あの子にはもったいないぱっちりとした二重の目が糸のように細くなる。美しくはないけれど、陽だまりのように温度のある笑顔をする。
その顔を見ると自分の感情の汚さが際立つようで、余計に苛立つ。だから適当に「うん」と答えて、教室で喋っている別の女子のグループに話しかけに行った。
バスケ部に入部してすぐにカオルと他の部員との差は歴然となった。体育館の中を何十周と走らされても、あたしを含めて他の子たちはなんとか付いていったけれど、カオルは何度も立ち止まりそうになったり歩いたりしていた。筋トレも全然付いてこられないし、ボールを使った練習に移っても走りながらパスを受けるのが圧倒的に下手だった。そのたびに悔しそうな、悲しそうな顔をする。それはいつかあたしに「体育が一番嫌い」と言っときの表情と同じだった。先輩たちや他の部員が「ナイスファイト!」と声を掛けて背を叩いたり、擦ったりする。そのたびにカオルは何かをぐっと堪えた表情で上を向いた。とても真っ直ぐで強い意志のある顔をしていて、怖くなった。
カオルは逃げ出すことなく真面目に練習に取り組んだけれど、生まれ持ったものがあたしのほうが優れていた。ただそれだけであたしは、試合に出られるスタメンの先輩たちの練習相手のチームに選ばれた。それは十九人いる一年生のなかではあたしともう一人、ユイだけで、名誉あることだった。
練習試合が行われ、あたしがコートを駆け廻り先輩たちとボールをかわす間、選ばれなかった部員たちは応援かスコアボードの管理など試合が順調に運ぶように働く。
試合終了のブザーが鳴る。全力で走ったせいで息が切れて、汗がぽたぽた垂れる。今まで応援していた部員たちが飲み物とタオルを手に選手たちの元へ走っていく。
「ハルカ、おつかれ!」
背は小さいけれどボールのコントロールが上手いヒロミが、タオルと水筒を渡してくれた。
「ありがとう」
水筒のキャップを外し口を付けながらカオルを探した。
「カオルー、私にもお茶!」
「はーい!」
「カオル、こっちもー」
「もう倉西先輩は今渡したじゃないですか」
カオルは先輩達に呼ばれ、冗談を交えながら楽しそうに喋っていた。そのなかには三年の副キャプテンの倉西先輩もいる。顔が整っていて多くを語らない先輩は、クールビューティと呼ばれ、後輩たちは声を掛けづらいと言っているのに。
なにそれ。あたしのほうが上手いのに。
カオルは部員たちにも顧問にも愛された。一人だけ際立ってヘタクソだったのに、それすら必死に努力する姿を評価されていた。




