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仮面劇 MASQUE  作者: 射月アキラ
幕間 仮面劇の幕開け
15/26

01

 十二月一日、私の世界は一変した。



     *



 その日の朝、カレンダーをめくったときには、私はまだ十二月を実感していなかった。


 期末テストを終えた帰り道は、いつもよりはやい時間のはずなのに、すでに暗くなりつつあった。名残惜しそうに沈んでいく太陽がその明かりを弱め、代わりに人が作った明かりが世界を照らす。


 暖色を含んでいた天からの光は、地上からの冷たい灯に押しつぶされていく。そんなにはやく気温が変わるわけもないのに、急に寒くなったように感じる。


 日没を待ち望んでいたかのように、街灯が一斉に明かりを灯した。


 次いで、住宅街のあちこちで光り出したのは、色鮮やかなイルミネーションだ。


 人工の色と光が、町を埋め尽くす。


 冬の冴えた空気は好ましいと思うのに、浮ついた人や町はどうも好きになれない。ひとけのない道に色とりどりの感情が輝いているように見えて、事実、町を飾ったのは明るい感情を抱いた人たちなのだろう。


 彼らの世界に、灰色の仮面をつけた私の居場所があるはずもない。


 ましてや、醜くどす黒い私の内面など。


 冷え切った意識のまま、私は帰路を歩いた。


 思考を止めてしまえば、外からの刺激で仮面が剥がれてしまうことはない。


 ──と、思っていた。


 地面を蹴りそこねた右足が、中途半端に踵を上げたまま停止した。


 数秒間その姿勢を続けて、ゆっくりと両足をそろえる。


 深く呼吸をして、目をこらしても、浮遊した花は私の視界から消えなかった。


 茎から切り離され、がくから先しかない花は、花弁を上にして浮かんでいる。私の目の高さを維持したまま、ゆっくりと回って。


 一見、ただの赤い花。しかしよく見ると、五枚の花弁の内二枚だけ下半分が白い。プロペラのように互い違いになった花弁は特徴的だったが、種別までは分からなかった。


 そもそも、花に興味を持った経験はない。私が見る幻覚にしては、かわいらしすぎるような気がする。


 ならば、浮遊する花などという奇想天外な光景は現実のものか。


 そう思ってから、ようやく私は『男』の存在に気付いた。


 視界を塞ぐように浮かんだ花の向こう側に、ターコイズブルーの色彩が見える。それは華美な装飾のついた燕尾服で、また顔の上半分をおおう仮面だった。薄い水色の髪とあごひげに、不健康そうな白い肌。ステッキとシルクハットまで身につけた姿は、色さえ考慮しなければまるで紳士のようだった。


 浮遊花は奇想天外だが、その奥にいる男は奇天烈だ。


 私と男は動かず、ただ向き合っている。


 回転する花と、形を変えるイルミネーションだけが、視界の中で動いている。


「この不思議な花、あなたの?」


 私の声は、自分でも意外なほど落ち着いていた。


 むしろ、事態を把握していそうな、異常事態の根源のような男の方が、我に返ったように体を一度震わせた。


「失礼、レディ。あなたの美しさに、思わず見惚れてしまった」


 演技がかった口調で、仮面の男は言った。


「私の名はオクルス。その花は──私をあなたの元に導いてくれたものだ」


 わずかに言葉を選ぶような間があった。しかし男はそんな素振りも見せず、シルクハットを取り、身なりに似合ったそれらしいお辞儀をした。


 頭を下げたまま、オクルスと名乗った男は続ける。


「いきなり現れた上、名乗り忘れるなど紳士失格。レディ、無礼をお許しいただけるだろうか?」


「許すもなにも、あなたの紳士ごっこに付き合う理由がないけど」

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