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第零話その2:存在を懸けた契約


 私は必死に契約を更新し続けていた。


 自分の存在……分かりやすく例えるなら、魂とでも呼べば分かりやすいだろうか。その自分の魂とも呼ぶべきものと、男の子の魂とを繋ぎ、魔力と精気を交換する。


 それが契約である。


 意外に思うかもしれないが、子供の精気はとても少ない。


 精気は生命力のようなもの、なら生命力の満ち溢れていそうな子供こそ精気もたくさんあるのでは、と思ったかもしれないが、そんなことはない。


 同じ病気になった時、大人にはたいしたことが無くても、子供はひどくなったり、時には死んでしまったりする。


 理由は、体力が無かったり、免疫力が低かったりと様々だが、とにかくそれを考えれば、子供の精気が少ないことも納得してもらえるだろう。


 子供の精気は少なく、契約に十分だと判断される年齢は大体十五歳前後。この国では高校一年生までは、特殊な事情でもない限り契約は行わない。


 この時点での私は、そんなことを知る由もなかった。


 ただ、明らかに契約相手の精気が少ないのは分かっていた。


 それでも契約しようと言ってくれたこの子の言葉に甘え、普通の契約をしようとしてしまった私は、きっとバカだったんだろう。


 普通、契約は魔力と精気の等価交換である。


 契約のつながりができた瞬間、小さな男の子にとって莫大な量の精気を吸い取られ、同時に莫大な量の魔力を押し付けられた。


 男の子は一瞬で気を失い、その場に倒れ伏してしまった。


 私はすぐに状況を悟り、交換を止めた。


 人が酸素と二酸化炭素を交換して呼吸するように、一呼吸、精気と魔力を交換しただけで、男の子は気を失ってしまったのだ。


 私はすぐに男の子の生命活動を調べた。契約は魂を繋いでいるようなものだ。それはすぐに分かった。


 幸い大事には至っていないが、どう考えてもこのままでは男の子は死んでしまう。


 契約をイメージしやすいように例えるなら、私と男の子の魂は大小二つのボール、普通の契約とは、その間を一本の管で繋ぎ、空気を同じ量だけ入れ替えるようなものだ。


 大きいボールにとって少量でも、小さいボールには量が多い。


 今すぐ契約を無かったことにすればこの子は間違いなく助かるだろう。だが、間違いなく私は死ぬ。


 このままの契約でいれば、男の子が死に、遠からず私も死ぬ。


 ――だから私は、第三の選択肢を作り出した。


 私も男の子も、どちらも助かるかもしれない選択肢。


 普通ではない契約を結ぶこと。


 等価交換ではなく双方向の無制限搾取契約。それだけではなく、一度に行き来できる精気と魔力の量も引き上げなければならない。


 先ほどの例で言えば、管で繋ぐのではなく、ボールとボールを、管を使わず直接くっつける。粘土と粘土をくっつけるように。そして、片方が欲しいと願えば、空気を交換するのではなく一方的に貰う事ができる。


 話はそう簡単ではないが、イメージで言えばそんなところだ。


 もちろん、そんな都合のいい話が簡単にできるはずもない。


 だけど、私と男の子は、契約をする前からお互いの考えが分かるほど相性が良かった。きっと可能だ。


 私は自分にそう言い聞かせ、自分と男の子の存在を重ね合わせていく。


 契約は一度結べばそう簡単に破棄できない。しかし今からやるのは、破棄ではなくさらに上乗せで契約を結ぶような行為だ。不可能ではないが可能とは言い切れない。


 契約での魔力と精気の交換は、精霊の意志で行う。精神的な存在である精霊は、直感的にそういうことがすぐにできるからだ。


 だからこそ、無制限搾取契約など普通は結べない。人からすれば相手に命を捧げることとほぼ同義だからだ。


 仲良くなったからと言ってもそんなことはできないだろうが、初対面ならなおさらである。


 だが、契約相手からは一切抵抗を感じない。


 不安を振り払うためにも、一層集中して作業を継続する。


 人が息を止め続けられないように、精霊も呼吸を止め続けられない。


 一度結んでしまった契約の繋がりから流れ込み流れ出していく命を、小さく、浅く、遅くを意識しながら呼吸をして、その間にも自分たちの距離を縮める。


 今結ぼうとしている契約の利点は、余分な魔力を相手に与えないことや、貰う精気の量を調整できること、ではない。


 精気を奪い取らなくても、魔力を与えられることにある。


 魂の大きさが違うなら、無理にでも合わせるしかない。


 生きるのに必要最低限の精気だけもらって、その間に男の子に大きくなってもらう。同時に、魔力に慣れてもらって、扱いに慣れてもらう。


 概念的な存在の私は、概念で人間という生き物を認識し、それができる可能性があることを理解できていた。


 本当に無理だったら、その時は自分の命をあきらめればいいだけの話だ。


 ……そんなことを考えていると、抗議の意思を感じた。


 集中するために閉じていた目を開くが、目の前にうつぶせで横たわる男の子が目を覚ましている気配はない。


 ふと、契約は精霊が一方的に結ぶことはできないということに思い至った。


 意識はなくとも、生きているのなら脳は働いている。精霊である私には、まだそういうことは分からなかったが、男の子の意志はそこにあることを感じた。


 私は少しだけ安心して、そしてすぐに安心している場合ではないと思い直して、魂の接続に没頭した。




 その後契約は数日間で完了したが、存在の大きさなど簡単に変わるものではない。段々と二人は衰弱していく。それでもなんとか死を迎える前に均衡を取ることに成功。だが急激に成長させられた男の子の存在は疲弊し、均衡状態になってから約一年間も眠り続けた。


 同じく私も作業に疲れ、男の子の存在の中に埋没しながら、男の子よりも数日長く眠った。


 起きたときには、既に私と出合ってから二年をとっくに過ぎていた。


 私たちが起きてからも大変だった。私はともかく、男の子は立つどころか動くことすらままならず、その上私が生きるためにずっと精気を吸われ続けている状態だ。


 そんな状態だから、リハビリは大変だった。


 同時に、魔力の扱いも練習を始めた。


 こちらは先生もおらず苦戦するかに思われたが、むしろ存在が直接繋がりあう二人の相性は抜群で、体のリハビリを補助できるようになるぐらいだった。


 だが、体のリハビリはそううまくは行かず、同じくらいの年齢の子と変わらない動きができるようになるまで五年もかかった。


 精気が減り続けるため、本来の体力よりも、もっとずっと早く疲れてしまうためだ。


 退院まで合計七年も費やしたあと、二人は実家に戻って色々なことをした。


 二人で遊ぶのはもちろん、入院中はあまり時間を取れていなかった勉強の続きや、なぜか武術の稽古まで。他には魔法の先生を招いて練習したりもした。怪我をしてもう一度入院したりもした。


 やっと『学校へ行こうか』となった時には、二人が出会ってから十年の歳月がたっていた。


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