間話:目撃者
魔物殲滅作戦が行われたあの日、そんなことを知る由もなく、彼女は避難指示に従っていた。
しかし、避難している最中、学校に忘れ物をしたことに気が付いてしまった。
一緒に歩いていた友人に断って、列から外れた。
元来た道をたどると先生に止められてしまうだろう。それは面倒なので、道を一つ挟んだ別の道を使って学校へ向かった。
幸か不幸か誰にも見とがめられず、彼女は学校にたどり着いた。
裏門の近くにある坂、草が生えていて見えないが、フェンスと地面の間に隙間があるのを知っていた彼女は、そこから学校へ侵入した。
彼女は裏から表に回り、一つの窓へたどり着くと、相棒の精霊に頼んで、古くなった通気口から、がたが来ている格子を外して中に入ってもらい、鍵を開けてもらった。
彼女はその窓を開けると学校の中に入り、足音を響かせながら歩いて行った。
途中自分が靴のままであることに気が付き、下駄箱によって靴を交換し、まず職員室に向かった。
職員室の扉は鍵が閉まっておらず、簡単に中に入れた。
だが教室の鍵が入ったケースには鍵がかかっていた。
彼女はそこで一秒に満たない間固まっていたが、すぐに自分の担任の机に向かった。
机の引き出しを開くと、そこには三つ鍵が入っていたので、全て取り出した。
そのカギをもってケースの前まで行き、鍵を順番に試すと、二つ目の鍵で開けることができた。
自分の教室の鍵だけ持ち、それ以外はその場において自分の教室を目指した。
自分の教室には探し物はなかった。机の中とロッカーの中を探したが見つからない。
考えてみると、保健室に行った時に忘れたのかもしれないと彼女は思った。
教室を出て保健室へと向かう。
保健室は鍵がかかっていて、しかも鍵を持っていないのを思い出した。
窓から覗き込んでみると、特になさそうである。
そもそも保健室から出る時には、しっかり手に持っていたのではないかと思っていたので、他の心当たりを探すことにした。
もう一度職員室により、今度は体育で女子更衣室がわりになった教室の鍵を取り出した。
教室に入って、地面に落ちていないか探していると、精霊がロッカーの上に、透明な袋に入った小さな座布団のようなものを見つけた。
彼女はそれがお目当てだったので、相棒の精霊とともに喜んでそれを持ち、おしゃべりしながら職員室へ向かった。
職員室について鍵を戻そうとした時、自分が鍵をかけなかったかもしれないと思い、精霊と共に鍵を二つ、自分の教室と忘れ物があった教室の分をもって職員室を出た。
職員室と教室は階が違う。文句を言っても始まらないので、彼女は何も言わず階段を上った。
そして、階段を上りきった時、誰かが階段を駆け上って来る足音が聞こえた。
彼女は飛び上がらんばかりに驚いたが、何とか声は出さずにすんだ。
すぐに、近くにトイレがあったことを思い出して駆け込んだ。
足音は大きくなり、こちらに向かってくる……ことはなく、すぐに教室の扉が開く音がした。
しばらく息をひそめようかとも思ったが、しばらく音がしないのも気になった。
そっと顔を出して覗いてみると、教室の中には一人の男の子がいた。
こちらに背を向けているため誰かはわからない。
そんなことを考えながらその人を見ていた時だった。
唐突に、その人が眩しい光を発した。
髪の毛の色が黒から金に変わり、背中に光で出来た翼のようなものが広がった。
何秒だったか分からない。唐突な始まりと同じように、唐突に光がやんだ。
茫然とそれを見ていた彼女はそこでやっと気を取り直し、さっと陰に隠れた。
まるで、心の中で様々なものが、盛大に誘爆を起こしたかのようだった。
感情があふれ出そうになる。
彼女は心を抑えるように胸を押さえ、何とか声を殺していた。
しばらくすると、その人は来た時とは違って、ゆっくりと階段を下りて行った。
やがて音が遠くなり、何も聞こえなくなってから、震えるため息をついた。
心臓は暴走しているかのようにうるさく高鳴り、頭の中はさっきの光景しか浮かばない。
きれいだった。ただただ、きれいだった。
精霊が目の前で心配そうにのぞき込んでくるのを見て、彼女はやっと現実に戻ってきた。
彼女は自分の……そう、『感動』を伝えようとした。だが、彼女は自分の気持ちを相棒に伝えられなかった。
自分の知っているどんな言葉でも、この『感動』は伝わらないという確信があった。
彼女は初めて、自分と相棒の繋がりの細さを悔しく思った。
精霊に諭され、彼女は何とか気を取り直し、扉を閉めて鍵をかけた。
何処か浮ついた気分のまま、彼女は扉や窓を元通りに戻し、入った時と同じ場所から学校を出た。
翌日、彼女は目がさえてほとんど眠れず、盛大にあくびをしながら登校した。
放課後、彼女は帰り支度をすませて廊下に出た。
授業は全く頭に入って来ず、ただ睡魔と戦っているだけの一日だったと、今日を振り返っていた時だ。
一人の男子生徒が向こうから歩いてきた。
彼は金髪できれいな羽根を持つ精霊を連れていた。
脳裏に昨日の光景がちらついた。
彼女と彼がすれ違う。
その時、今までになく鮮烈に、昨日の光景がよみがえった。
数秒ほどその場で固まって、ようやく理由が思い当たった。
魔力。
顔は見えなかったし姿もはっきりとは見えていなかったが、その鮮烈な印象の中に、凄まじい魔力を感じていたことを思い出した。
勢いよく振り返っても、彼はもうそこにいなかった。