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第一話:入学

「おー。すっごく大きいね。これが学校かー」


 僕は初めて見た学校というものに、軽く驚きをあらわにした。たくさんの人が集まると聞いて、それなりの広さを想像していたが、それよりも大きかったからだ。


「今さら何よ。レイジの家の近くにももっと大きい建物あったでしょ?」


 そう答えたのは、僕の相棒であるフィアだ。彼女も僕と同様この学校に入ることになっている。


「うん、まあそうだけど、あれは大きいっていうより……そう、広いんだよ。これはほら、大きいって感じで!」


「まあそうね。こっちは高さもあるって言いたいんでしょ? それでも向こうの建物の方が大きいと思うけれど……」


 あまり上手に言葉にできたとは思わないが、フィアにはしっかり伝わったようだ。


「そんなことはいいじゃない。早く行きましょうよ」


「あはは。分かったよ。行こうか」


 ―― 一か月ほど前ならそこには桜が咲き誇っていた。彼らがそれを知っていれば落胆をあらわにしたかもしれない。しかし彼らは未来への期待で、花びらが散り切り、葉がぽつぽつと見える桜には目もくれず、笑顔のまま校門をくぐった。


 入口を入ってすぐの受付のような場所で、どこに行けばいいのか聞くと、職員室に案内された。そこで、僕の担当――担任――になる先生だという原田(はらだ)先生の前に連れていかれた。



「君が天崎(あまさき)(れい)()君だね? で、彼女がフィル・アイネさん、と」


「はい」


 僕はしっかり返事をする。フィアはぺこりと頭を下げてあいさつした。


 原田先生は何か書類に書き込んで確認を取った。


「僕は君たちが入る、Aクラス担任の原田 智也(ともや)。これからよろしく」


「『よろしくお願いします』」


 フィアのその声は先生に届かないが、僕たちはそろって頭を下げた。




 教室まで先生に連れられて歩く中、僕はきょろきょろとあたりを見回した。


 廊下には生徒が何人もいて、こちらを興味深そうに見ている者もいる。


 その中には、宙に浮いている明らかに人とは違う大きさの、妖精とでもいうべき存在もいた。


 僕が内心驚いていると、すぐ隣からくすくすと小さく笑う声が聞こえた。

「なん……『何で笑うんだよフィア』」


 僕は思わず声に出しそうになりつつ、その声を発した相棒に不満の声を向ける。


『ふふ、ごめん。ちょっとおかしく思っただけよ』


 ちょっとという割にはまだおかしそうに笑い続けている。


 もう、と不満の声を漏らしつつ自分も少しおかしくなってきた。


 彼らのような存在を見たのは初めてではない。だが、こうもたくさん一所にいるところを見るのは初めてなのだ。


 フィアはきっと、見慣れているにもかかわらず興味津々に彼らを見ていた僕の様子がおかしかったのだろう。


 見慣れていないのは当然だ。


 僕がここに来る前にいた場所には、彼らとは一切関わりがなかったから。


 フィアは僕が偶然助けたから一緒にいるだけで、それが無ければ僕は彼らと関わることなく一生を終えたかもしれない。そしてここ、精霊とその契約者――精霊と契約した者を契約者という――の子供たち"のみ"が通う星城(せいじょう)高校にも、間違いなく通うことになることは無かっただろう。


僕は僕の隣を飛んでいるフィアを改めて見た。


他の精霊と同じように、大きさは掌に載せたらちょうど良さそうなサイズ。人と同じような姿形をしていて、髪は金色、スタイル抜群の超美人さんだ。


 そして背中に、羽が生えている。


 羽と言っても、トンボや蝶、鳩など虫や鳥とは違い、彼ら固有の「属性の象徴」で出来た、羽のような形をしたもの、である。


 フィアの羽は、金色のやさしい光で出来ている。キラキラとまるで鱗粉のように粒子をこぼし、とてもきれいである。


 原田先生が立ち止まった。教室についたようだ。


 扉の上についている出っ張りに、二年Aクラスと書いてあった。


「ここが君たちが通うことになる、二年Aクラスの教室だよ。さあ入ろう」


 僕たちは原田先生に導かれ、教室に足を踏み入れた。




「えっと、天崎玲治です。えーと……趣味は、散歩かな? あー、他は特にないです」


 僕のおどおどとして内容のない自己紹介に、教室のみんなはあまり納得できないようだ。反対にフィアは堂々としていて、優雅に一礼して僕の肩に戻ってきた。


 教室のみんなは質問をするでもなく、ただじっとこちらを見つめてくる。この時期に、それも契約者が転校なんて珍しいのだろう。


 僕が居心地悪そうにしていると、原田先生がそれを察してくれた。


「質問は各自にして、そろそろ次に行こう。天崎はあの空いている席に座ってくれ」


 指をさされた方を見ると、一番後ろの端が空いていて、その隣に誰も座っていない机が置いてあった。


 机と机の間を通り、その席に座った。




 学校の授業は今までやってきた勉強に比べるとずっと遅く感じられた。


 実際遅いのだろう。普通の人が十年かけてやるところを五年で行ったのだから、どちらかと言えば僕が早いのだが。


 今までは一対一で教えてもらっていたこともあって、授業というものに不安があったが、これなら多分大丈夫だろう。


 教科書はまだ届いていない、とのことなので、教員用の教科書を貸してもらって、それを見ながらノートをとる。


 何事もなく、授業は終了した。




「ちょっといいか?」


 休み時間になると、唐突に話しかけられて驚いた。


「同じクラスの三条(さんじょう)日向(ひなた)だ。分からないことがあったら聞いてくれ。」


「え、あ、はい。よろしくお願いします」


 しかも、男の人のような口調の女の人だった。


 スレンダーな体形で、胸の主張は控えめだが美人さんで、身長は僕よりも高く、165センチくらいのように思う。


「で、こっちは相棒のディー・マートンだ」


 視線で示された先には、男の精霊が浮かんでいる。紹介されてもこちらを一瞥もせず、なんだかとっても不愛想だ。


 しばらく見つめていると、ちらりと一瞬だけこちらに視線を向けたが、興味がないとばかりにこちらから視線を外した。


 三条さんはそれを見て、


「こういうやつなんだ、許してやってくれ」


 と言って苦笑いを浮かべた。


「それで、時間割は把握できているのか?」


「えーと、はい。次は『魔法実技』ですよね?」


 昨日の夜、今日の用意をするために見た時間割にはそう書いてあったはずだ。


 それであっていたらしく、三条さんはうなずいた。


「で、授業の準備として着替えなければならないのだが、ここは女子が着替える部屋で、男子は隣のクラスだ」


 そう言われて慌てて周りを見渡せば、いつの間にかほとんどが女子生徒になっている。男子生徒はもたもたしている数人だけしか残っていない。


「うわ、ごめんなさい! 知らなくて!」


 僕は慌てて立ち上がると、鞄の中から着替えを取り出す。


「いやいいんだ。知らないのは当然だし、着替え始めるまではまだ少し時間がある。非があるとしても君を誘わなかった男子連中に、だろう。気にしなくていい」


 三条さんは慌てる僕を見て笑っていたが、気にしないなんてことは無理だ。


「えっと、ありがとうございます。すぐ出ます!」


 僕は慌てて教室を出た。




 魔法実技とは何か、を説明する前に、まず精霊と魔物というものについて説明しておく。


 精霊とは、この世とは違う世界から来た生命体だ。あの世と言うと語弊があるので、この世界に対して異世界とでも呼ぼう。


 精霊たちの住む異世界は、この世界とは違って物質的な世界ではないらしい。物体のように確固としたものではなく、概念のようなものだと聞いている。


 例えるなら、この世界が固体で、異世界が気体のような感じといえば分かるだろうか。


 こちらの世界では曖昧で存在が確認しにくいもの、そういうものしか異世界にはないのだそうだ。


 精霊もそのうちの一つであり、異世界では二種類しかいない生命体の一つだ。ただし、この二種類と言うのはこの世界から見て二種類なのであって、異世界ではあまり違いとしてとらえられていないという。


 異世界における生命活動は、そこら中に満ちている気のようなものを取り込む。ただそれだけで生命を維持できるらしい。ただし、同じ生命体である精霊同士、またはもう一つの生命体を取り込んで大きくなることもでき、それも生きるだけなら必要ないが、やるべきことの一つだという。


 どちらを取り込んでも結果に違いはなく、異世界で彼らが区別されない理由でもある。


 そして、それがある一定以上大きくなれば、精霊としての格があがり、自我が芽生えたり、色々なことが分かるようになったりするようだ。異世界における『大きくなる』ということは、物理的に大きくなることではなく、存在が大きくなるということだと僕は理解している。自論なので合っているかどうかは分からない。


 さて、そんな異世界とこの世界が交わるきっかけになったのは、記録も曖昧な大昔のことだ。


 突然世界に初めての穴が開いた。


 以降何度も色々な場所で開くことになるその穴は、後に『ワームホール』と名づけられることになる。


 ワームホールはこの世界と異世界を繋いでいたが、穴をのぞいてみても真っ暗で何も見えず、この世界の物質は、そこに入れた途端に崩れて消えてしまうらしく、棒を突っ込んで引き戻すと、穴に入った部分は消えてなくなってしまう。


 さらには、こちらの物を吸い込むこともあれば、何か目に見えないものが向こうから溢れてくることもあった。


 人々はこの穴を恐れて遠ざけていた。


 ――そしてついに、この世界で初めての『魔物』が出現する。


 異世界における精霊とは違うもう一つの生命体。


 誤解を招かないよう言っておくが、精霊も魔物も、こちらの世界の住人がつけた呼び名だ。彼らは彼ら自身のことを、優劣をつけて呼んでいなかったし、こちらの世界での食事と、異世界の取り込むことは似ているが違うことで、異世界では精霊と魔物の差は特になかったと教えられている。


 だから当然、異世界では魔物が悪だと言われることも無かった。


 だが、こちらの世界の――人間の――視点で言えば、人間に仇なすものは悪である。


 小さな魔物は、こちらの世界に来てすぐに散って死んでしまっていた。だが、『大きな魔物』はしばらく生き続けることができた。


 その『大きな魔物』は、こちらの世界で生命活動を維持しようと必死だったが、こちらの世界には彼らの栄養となるものは無かった。


 ――大気中には。


 偶然通りかかったのか、はたまた穴の様子でも見に来たのか。真実はようとして知れないが、その『魔物』と人類は出逢った。


 魔物は出会った人類を喰った。――この喰ったというのは異世界的な意味での喰った、だ。


 魔物に喰われた人は抜け殻のようになり、その場に倒れ伏して、二度と立ち上がることは無い。魔物に喰われると、体は生きていても心や意思というものは喰われてなくなってしまい、もはや死んでいるとしか呼べない状態になるのだ。


 その味を占め、生き延びられることを悟った『魔物』は、次々に人間を襲った。


 そして――『魔物』は実体を手に入れた。


 この世界に来てすぐの魔物は実体を持たない曖昧なものだ。目にも見えないし一部の人間以外は察知することもできない。


 だが、この世界の物を取り込めば、少しずつこの世界に毒され、実体として定着していく。そして最後には、質量すら手に入れて、この世界に影響を及ぼし始めるのだ。


 『魔物』は暴虐の限りを尽くした。実体を手に入れた『魔物』は、人類だけでなくあらゆるものを喰らった。また、この世界での意味でも食らった。


 『魔物』の他にも別の魔物が穴から出現し、『魔物』を見て学んだのか人類を襲い、魔物の数は増えていった。


 とっくに初めて開いた穴は閉じていたが、それまでに出現した魔物たちだけでも、農業を始めたばかり程度の文明では太刀打ちできず、逃げ惑うだけだった。


 そんな人類の前にやっと、救世の手が伸ばされた。


 ――そう、精霊である。


 穴からは魔物と同様に精霊もこちらに来ていた。


 だが魔物とは違い、人間や動物を喰うことはできなかった。精霊と魔物とでは、この世界で食べられるものが、ほんの少し違ったのだ。


 そして、アランという少年が、精霊を察知した。


 偶然集落の近くに空いた穴から、偶然大きな精霊が出てくる場面に居合わせた。


 そして彼はきっと、精霊の声を聞いた。


 生き物には波長のようなものがあるらしく、それがある程度合う精霊、生物、および魔物は、お互いを認識できる。ある程度とは言っても、精霊一体に対して、何千何万という人間の中で一人だけ、などという程度だ。


 そして彼は偶然にも、その精霊と波長があった。


 彼はその精霊と契約を交わした。


 契約とは、心を通わせることによってできた概念的な繋がりのようなものから、人間の生命力のようなもの――精気――と、魔法を使うためのエネルギー――魔力――を交換できるように、繋がりを結ぶことだ。


 イメージ的には、人の存在を一つの球、精霊の存在を同じくらいの大きさの球とすると、それらの間に一本の管をつなげて中身が行き来できるようにするのが契約である。


 その契約によって得た、魔力と名付けられた不思議なエネルギーによって、彼は魔法を操ることができるようになった。


 そして彼は『魔物』を何とか討伐することに成功する。




 とまあ、そういう伝説が伝わっているわけなのだが。


 依然として魔物の脅威が存在する以上、魔法という技術を絶やすわけにはいかない。魔物は魔法でしか倒すことはできないからだ。


 その話は次の機会にして……もう分かることだと思うが、魔法実技とは、契約によって精霊と交換した魔力を利用し、魔法を使うこと――を実際にやってみる授業のことだ。


 大抵は球技などのスポーツや格闘技、実戦的な魔法の使い方のどれからしい。


 今回の授業は、その中の格闘技で行うようだ。




 校庭に集合した僕たちは先生の号令のもと体操を行って、今自由に二人で組めと言われた所だ。


 ぞろぞろと生徒たちが動いて組み始めるが、僕はどうすればいいのだろうときょろきょろするばかり。


『レイジ、こういう時は自分から声をかけないと』


『う……分かってるよ、分かってるんだけど……』


 声をかけようと思っても、すぐにその人は別の人と組んでしまう。


 そうこうしているうちに、周りの人はほとんど組み終わってしまったようだ。


「天崎じゃないか。あぶれてしまったのか?」


 僕が困っていると、先ほど声をかけてくれた三条さんが話しかけてきた。


「あ、うん……そうみたい」


『そうみたいってなによ。さっさと話しかけないからでしょう』


 フィアが呆れたように言う。その通りなので何も言い返せない。


「……悪いが歩美、日野さんがあぶれている。彼女と組んでやってくれないか?」


「うん、いいよ」


 三条さんの言葉に、(三条さんと組む予定だったと思われる)女子生徒の歩美さんは小さく笑みを浮かべて割とあっさり離れていった。


「じゃあ天崎、私と組もう」


「あ……じゃあ、よろしくお願いします」


 僕に選択肢はなかった。




「細かいルールなんかが他の学校と違ってもいけないから、一から説明するぞ?」


「お願いします」


 各自広がって始めている中、僕たちだけまだ始められていない。というのも、何をすればいいのか分からないという(実際は学校自体が初めての)僕のために、三条さんが今からやることについて説明してくれることになったからだ。


「まず、使っていい魔法は身体強化のみ。それでまずは攻撃側と防御側に分かれて、それぞれ型通りに攻撃、防御を行う」


「はい」


「慣れてきたら素早くしていき、最後は順番を自由に入れ替えたり、型を無視して自由に行ったりする。まあ少なくとも型は違うだろう。できなくても気にしなくていいぞ」


「はい」


 なるほど。だから薄いとはいえ、こんな防具をつけさせられたのかと納得した。


 実は、着替えというのは体操服に……ではあるのだが、かなり頑丈な生地で作られているようだし、手にもグローブのようなものをつけさせられている。


 もうすぐ夏なのに長袖長ズボンなのかと思っていたのだが、それなら納得である。


「じゃあ私がゆっくり攻撃をするから、ガードしてくれ。問題があれば逐一教える」


「分かりました。お願いします」


 僕はゆったりと構えた。


 それを見て三条さんはピクリと反応したが、何も言うことなく本当にノロノロと攻撃を繰り出した。


 僕はそのゆっくりな攻撃を、こちらもまたゆっくりな動きでしっかりとガードする。


 それを見て、三条さんは口元をほころばせた。


「よし、大丈夫そうだな。少しずつ早くしていくぞ」


「はい」


 僕が頷いたのを見て、三条さんは動きを速めていく。ポスッ、ポスッっとかろうじてなっていた音が、パシッ、バシッっとしっかりと鳴り出すくらい早くなってきたころに、三条さんはすっと離れた。


「大丈夫だとは思うが、一応攻撃してみてくれ」


 そう言って笑みをたたえながら防御の構えを取った。


 さっきまでの攻撃で、一応型の流れは覚えたと思う。初めはゆっくり、というほどではないが、早くはない程度のスピードで。徐々に流れを早くしていく。


 僕が打ち込む型の流れを大きくはじく形で、三条さんが距離を取ると、その顔にははっきりと笑みが浮かんでいた。


「完璧じゃないか。前の学校で何かやっていたのか?」


「いえ、実家が武術を少しやっているもので」


 本当のことである。しかも、リハビリと称してそれなりにやらされた。携わった時間が短いが、型の流れを初めて見たからと言っても、学生レベルならちゃんとこなせる。


 三条さんはなるほど、とうなずいている。納得したようだ。


「じゃあそろそろ始めようか」


「……はい」


 今までのものは、ただの武術。この授業は、魔法実技の授業である。


 それぞれが身体強化を自身にかけ、僕は先に防御の構えをとる。


 バシイッ!


 思ったよりも重い攻撃だった。すぐに身体強化のレベルを引き上げる。続けざまの攻撃は余裕を持って受け止めることができた。


 一通り型が終わったところで攻防を入れ替える。


 さっき自分にかけていた身体強化の強さを意識しながら攻撃していく。


 三条さんと同じように、一通り型を終えたところで手を止めた。


 ――さっきから思っていたんだけれど、三条さんはなぜ、あんなに嬉しそうに笑っているんだろう。何だか怖いからやめてほしい。


「……あの」


 構えを解いても動きがない三条さんに、恐る恐る話しかける。


「……はは……あははははは!」


 三条さんは急に声をあげて笑った。僕はびくっと震えて、思わず後ずさった。


「はは、すまない。嬉しかったんだよ、とても」


「……はあ、そうなんですか?」


 急にうれしかったと言われても何の事だかわからない。


 組手をしているときは少し離れて飛んでいた(今は僕の肩に座るようにしている)フィアと顔を見合わせるが、話すまでもなく双方が理解できていないことが分かる。


「自分で言うのもなんだが、私はそれなりに優秀で、こうもはっきり対等に渡り合える人がいなくてつまらなかったんだ。君ならきっと、私と模擬戦も行えるはずだ!」


 三条さんがそんな事を本当にうれしそうに、瞳をキラキラさせて言うものだから、感じていた恐怖も吹き飛んで何だか呆れてくる。


 と同時に、ハタと気付いた。


 三条さんは『対等に渡り合える人がいない』と言っていたが……それが本当だとすると、僕は今とんでもないことをしているんじゃないか、ということに思い至り……そっと周りを見渡してみた。


 ――何人もの生徒が、こちらを見ていた。


 冷たい汗が流れ落ちていく。


 茜さん――昔おせわになった人で、多分これからもお世話になる人――になるべく目立たないようにした方がいいと、せっかく忠告してもらったのに……初日から目立ってしまった……。


「……それで、模擬戦というのは?」


 とりあえず、不自然に間を開けてしまった話に戻すために、自分から口を開いた。


「さっき説明した時に言った、自由に打ち合う形式の組手だよ。攻撃、防御に分かれずに行うんだ」


「……なるほど」


 急に段階をすっ飛ばして難易度が高くなった。


 そんな事をすれば間違いなく目立つだろう。三条さんは今の組手のことしか知らないはずだから、今から手を抜いても誤魔化すことができそうではある。


 ――だが、僕はそうしようとは思えなかった。


 フィアからは、呆れたような、それでいてしかたないなと言いたそうな、そんな気分が伝わってくる。


『勝手にすればいいでしょ』


 フィアは僕にそう伝えると、すっと肩から離れた。


「私とやってくれる、ということでいいのかな?」


「……そのつもりです」


 僕はそう答えながら、身を引き締めて防御の構えを取った。


 三条さんは本当にうれしそうな笑みを浮かべた直後、すっと表情を引き締めた。


「いくぞ」


 一言そう言うと、高速で踏み込んでくる。


 初めは型の順番を入れ替えて。それを防ぐと次はフェイントを織り交ぜて。それも防ぐと型にない突飛な行動を混ぜて。


 正面から来たと思ったらさらに深く踏み込んで下から、回り込んで後ろから、右だと思ったら左から。武家で生まれたとはいえ武術を仕込まれたのは少しだけ。にわか武術で対応しきれるものではなかった。


 気づいた時には足が払われ宙に浮いていた。


 僕が倒れこむと同時に上を取られ、即座に拳が目の前に迫り――ピタッと止まった。


「お、お見事です」


「そちらこそ、だよ」


 三条さんは僕の上からどいて、僕の方へすっと手を差し出した。


 僕はその手を取り、助け起こしてもらう。


 腰についた汚れをたたいて落としていると、先ほど助け起こしてくれた手が、もう一度目の前に差し出された。


 動きを止めたのは一瞬。すぐに意図を理解して手を握った。


「また相手してくれるとうれしい」


「……分かりました。たまにで良ければ、ですけど……」


 握手。すると……


 ――パチパチパチ――


 どこかから拍手の音が聞こえた。


 そちらを見てみるとさっき三条さんと組んでいた……歩美さんが手をたたいていた。


 つられるように音が広がっていく。


 いつの間にか校庭中の視線を集めており、皆拍手をしている。


「すごかったぞー!」


「やるな転校生ー!」


 色々な声が上がっているが、ほとんど聞き取れない。


 ただ、目立っているということだけは確かだ。


「これで君も有名人だな、天崎」


 三条さんは明るく言うが、負けたとはいえ明るくはできない。


 苦笑いを浮かべて「そうですね」と返すのがやっとだった。




 昼休み、魔法実技の授業の後、少し話した神田(かんだ)という男子生徒に、昼食はどうすればいいか聞いていた……はずだったのだが、


「おすすめは唐揚げ定食だ。ここの食堂の唐揚げはめちゃめちゃうまいんだぜ!」


「おい待てよ、ラーメンもうまいぞ!」


「いやうどんだって!」


 神田くんだけでなく、神田くんの友達までいつの間にか話しに参加して、僕そっちのけで論議が始まってしまっていた。


『元気ねえ。レイジはこういうの苦手でしょ? いいの?』


『うん……僕が苦手なのはここで発言することであって、こういう人が苦手ってわけじゃないから』


『……発言するのが苦手なら、こういうの苦手っていうのよ』


 フィアと契約を利用して、声に出さずに会話する。


 契約の繋がりをわざわざ希薄にしているとはいえ、テレパシー程度なら問題ない。


 僕らはずっと強い繋がりでいても問題はないのだが、そういうのは不自然らしいので、今は希薄にしてある。そのため思っただけで相手に思考が伝わる、なんてことにはならない。ちょっと油断するとそうなってしまうのだが、その程度ならそう不自然ではない。


 ともかく、僕は何を発言するでもなくそれを聞いていたので、客観的に見れば困っているように見えていたのだろう。


「神田、藤代(ふじしろ)。天崎が困っているようだしその辺にしておけ」


 僕の後ろを通りかかった三条さんが、一番ヒートアップしていた二人に声をかけてやめさせた。


 二人はすぐに冷静さを取り戻して、ばつの悪そうな顔になり、「「すまん」」と僕に謝ってくれた。


「いいよいいよ。気にしてないから」


 謝られるようなことではないと僕は思うので、両手を胸の前で振って気にしないでという気持ちを表す。


 そんなに気にするようなことではないと思うのだが、それを見て二人は胸をなでおろしていた。


「もし君がいいなら、私たちと食べるか?」


『え』


 僕が二人の様子に首をかしげていると、三条さんからお昼ご飯のお誘いがあった。同時になぜかフィアの疑問の声も。


「話は聞いていたが、神田たちとご飯を食べに行こう、という話ではなかっただろう?」


 確かにそんな話はしていなかったので頷く。


「歩美もいいか?」


「普通そういうのは先に言うもんでしょ。……いいけど」


 後付けで許しを求められた歩美さんは、初めこそ呆れたような顔をしていたが、すぐに笑って「いいよ」と答えた。


「うん、ありがとう。よし、じゃあ行こうか天崎」


『ええ!?』


 フィアが何かしらに驚いてテレパシーの「声」ならぬ「意志(こえ)」をあげるが、僕には驚く点がよく分からなかった。なので、


「分かりました」


 と、僕は三条さんたちとお昼を食べることに決めてしまった。




『あのねえ……普通の人は、男は男同士、女は女同士で群れるものなの』


『そ、そうなの? でも、誘ったのは三条さんだよ?』


『あの子はおかしいのよ』


『ちょっ、それはさすがに失礼だよ!』


 食堂について席を確保した後、注文した唐揚げ定食を食べながらフィアと会話をしていると、フィアは僕以外には聞こえないことをいいことにとても失礼なことを言ったので、聞こえないと分かっていても慌てて止めた。


「どうかしたのか?」


 ちょうどそんな話をしていた絶妙なタイミングで三条さんに話しかけられたため、ビクリと反応してしまった。


「えと、フィアがちょっと三条さんに失礼なことを言って……ちょっと、やめてよフィア!」


 僕が正直に三条さんに話すと、フィアがぺしぺしと僕のほっぺたをたたいてきた。きっと正直に言うなという意味だろう。


『正直に言ってどうするのよ!』


 ――ほらやっぱり。


 その様子の何がおかしかったのか、三条さんだけでなく歩美さんまで笑っている。


「君たちはとても仲がいいんだな。私としてはうらやましい限りだ」


 そう言って三条さんはちらりと頭上を見た。


 視線の先には、彼女の契約精霊ディー・マートンが我関せずとふわふわ浮いている。


「私にも、あなたたちはとても仲がよさそうに見えるよ」


 そういう歩美さんの契約精霊は、彼女の胸ポケットに入り込んで出てこない。


 最初はどこにいるのかすら分からなかったのだが、僕の正面に三条さん、その隣に歩美さんが座った時、ポケットがもぞもぞ動いて数秒間だけ精霊が顔を出したので分かったのだ。


 契約精霊の名前はリア・ネアというらしい。見た通りほとんど眠っているそうだ。


 ずっと眠っているというのはよく分からないが、彼女たちも仲がよさそうに見える。身を預けて眠っているのだから、仲が悪いということは無いだろう。逆に三条さんたちは仲が悪いと言えるかもしれない。


 僕はなんとなく気になって、歩美さんの精霊がまた顔を出さないかとじっと見つめていると、歩美さんが身じろぎした。


 視線を上にずらすと、歩美さんはなんだか恥ずかしそうに、僕から目をそらしている。


「天崎、精霊が気になっているんだろうとは思うが、女性の胸を凝視するもんじゃないぞ」


 三条さんにそう言われて初めて、自分が客観的に見てかなり失礼なことをしていることに気が付いた。


「あああえっとごめんなさい歩美さん! けして胸を見ていたわけでは! いや、見ていたんですけど違くてその!」


「いいよいいよ。話の流れとかで分かってるし……うん、次から気をつけてくれれば」


 歩美さんは慌てる僕を笑って許してくれた。とってもいい人である。


『ふふ』


 その時、フィアが小さく笑っているのに気が付いた。


『……まさか気づいてて黙ってたの!?』


『違うわよ。私もあの子(精霊)を見ていたから気づかなかったわ。歩美って子がいい子だから微笑ましく思っただけよ。私だっていたずらする時と場所くらい選ぶわ』


『う……そうだよね、疑ってごめん』


『いいわよ』


 フィアはそう言うとフフン、と胸を張って僕に笑いかけた。


「ところで天崎。」


 フィアとのやり取りが終わるか終わらないかのうちに、また三条さんから話しかけられた。


 僕はまた何かやらかしてしまったのかと少し緊張しながら「何でしょう?」と返した。


「私のことは『三条さん』と呼ぶのに、歩美のことは『歩美さん』と呼ぶんだな」


「……? そうですね」


 まあそれはそうだろう。何せ僕は歩美さんの名字を知らない。


「天崎は歩美に好意があるのか?」


 ゴホッ


 飲んでいた水でむせたのは、僕ではなく歩美さんだった。


 手に持っていた水を置き、苦しそうに何度も咳き込んでいる。


「待って日向。ちょ、ゴホッ、待って」


「あ、ああ」


 三条さんはどこかわざとらしく歩美さんの様子に驚いている。


「はあ、はあ……ふう。ごめんね、天崎君。そういえば自己紹介してないなーって思ってたとこなの。私は(つじ)歩美(あゆみ)。辻でも歩美でも好きに呼んで」


「えーと……では今まで通り歩美さんで」


 仲のいい二人の様子に小さく笑みをこぼして、僕はそう答えた。


 そう呼ぶ理由は、もう頭では歩美さんと呼んでいたし、そう呼んでいることを知っている相手に、わざわざ距離を取って名字で呼ばなくてもいいかな、と思ったのだ。


「あれ、やっぱりそうなんじゃないか? 歩美は見た目もいいし、性格もいいからな」


「えっと、まあそう思いますけど……」


「ちょっと二人とも!?」


 歩美さんは三条さんの言った通り、見た目もきれいだ。


 三条さんほど引き締まってはいないものの、腕やら足やらが細いし、胸も大きめだと思う。身長は僕と同じくらいだから160センチくらい。


 そんな歩美さんは「あう……」と呟いたきり照れてしまって、うつむき気味に黙々とご飯を食べ進めている。


「ふふ……さて、歩美をからかうのはこのくらいにして、天崎、私のことも名前で呼んではくれないか? そして私も玲治と呼ばせて欲しい」


「ちょっと! やっぱりからかっていたんでしょう! ねえ!」


 歩美さんの抗議の声を無視して、三条さんは僕に笑いかけた。


 本当に仲のいい人たちだなあと思いながら、僕は笑って頷いた。


「いいですよ。えと、日向さん……でいいですか?」


「ああ。玲治、これからもよろしく頼む。ほら、歩美も玲治を『玲治』と呼んでやれ」


「後で覚えてなさいよ! 全く……玲治君も、思ったより意地悪なのね。日向と一緒になって私をからかうなんて」


 ちょっとすねた感じに歩美さんが言ったが……からかうとはいったい何のことだろう。僕は首をかしげてしまった。すると、これまで黙っていたフィアが、


『『かわいいだろ?』って聞かれた時に『そうですね』って返したことじゃない?』


 と教えてくれた。言ったことは少し違うが、意味的には確かそういうことを言った気がする。


「ああ、あのことですか? あれは本心なので別にからかうつもりはなかったですよ?」


『あー』


 フィアがなぜか呆れたような感じの意志(こえ)を出した。


「そ……そう。」


 するとまた歩美さんがうつむいてしまった。日向さんはニヤニヤと歩美さんを見ている。


 正直に言っただけなのだが……何かまずかっただろうか。


 どうすればいいのか分からなくなってフィアに聞こうとしても、フィアから私に聞かないでよ、という意志を感じる。


 僕は困りきって、ただ黙々と唐揚げを口に運ぶしかなかった。




 しばらくすると、やっと隣の様子(日向さんのにやにや笑い)に気づいた歩美さんが慌てて口を開いた。


「そ、そういえば! 天……玲治君はどうして敬語なの? 私たち同級生だしため口でいいよ」


「なんだ? もっと親しげに話して欲しいってことか?」


「ちょっと! そろそろ怒るよ!」


「すまんすまん。そろそろやめておくよ」


 日向さんは、本当に悪いと思っているのか怪しい笑顔で謝った。


 歩美さんはそれを見て「もう」と呟いたが、それ以上何か言うことは無く、僕の方を向いた。日向さんもこちらを向く。


「私も気にはなっていたんだ。まあ私が言うことじゃないかもしれないが、その喋りは癖かなにかか? 気を使っているのならその必要はないぞ」


 日向さんに言われて、そういえば、自分が敬語を使っていることに気が付いた。いつの間にか、自分より年上の人と話している気になってしまっていた。


「すみません。周りがみんな大人だったせいで、あまり同年代の人と話す機会がなくて……」


『――ちょっとそれまずいんじゃない?』


 フィアが待ったをかけたときには、既に発言が終わった後だった。


 何がまずいのかを聞こうと思うが、フィアの意志(こえ)は周りに聞こえない(伝わらない)ので会話は止まらなかった。


「……話したくなければ言わなくていいが、もしかして学校には行っていなかったのか?」


 そして、理由を聞く前に何がまずかったかを悟った。


 学校に通っていたのならば、周りが大人しかいないはずはない。少なくとも普通の学校には通っていなかった、ということを話してしまっていた。


「あー……はい、そうですね」


『レイジの性格ならいつかばれるだろうな、って思っていたけれど、初日でばれることまでは予想できなかったわ……』


『う……ごめん』


 僕の中に嘘をつくという選択肢はなかった。フィアに謝りつつ、どこまで話したものかと考える。さすがに全てを話すというわけにはいかなかった。せっかく茜さんがいろいろ気を回してこの学校に入れるよう取り計らってくれたのだ。わざわざ自分からそれをぶち壊すようなことはできない。


「僕は少し体が弱くて、病院に入院していたんです。リハビリやなんかで学校に行けなくて、同世代の人たちに囲まれるのに慣れていなくて……」


「なるほどな」


 日向さんと歩美さんは納得してくれたようで、頷いてくれた。


「今はもう大丈夫なの?」


 歩美さんが心配そうにこちらを見ていたので、慌てて今は大丈夫なことを伝えた。


 実際は契約による衰弱なのだ。荒療治とも言えるリハビリのせいで、体力的には入院する前より強くなっているくらいだ。


 精霊云々は抜いて伝えると、二人の表情が緩んだ。


「つまりは、『癖』というわけか。まあ無理はしなくていい。ため口で話してくれれば私たちは喜ぶ、みたいに考えておいてくれ」


「はい。努力はして……みる。けど、慣れるまでは許してください……」


「ふふ」


 僕は特殊な生い立ちからか、あまり人と話すのが得意ではないし、本音以外で話すのは苦手だ。だからきっと、僕が何かを隠していることは知られているはず。でもそんなそぶりは全く感じない。


 本当にいい人たちだ。


『そうね』


 頭の中だけで思ったことに返答があった。気が抜けてしまっていたらしい。


 気を取り直して、フィアとのつながりを薄くし直した。


「そういえば玲治、部活はどうするんだ?」


「部活ですか?」


 部活という言葉を知らなかったので、また首をかしげてしまった。


「……よし、ちゃんと説明しよう。部活というのは部活動の略で、そうだな……自分のやりたいことを、みんなで頑張って目標を達成しよう……みたいな感じか?」


「そうだね、趣味の延長で楽しむ人もいれば、目標を達成することに重点を置いて、達成感のために頑張る人なんかもいるよ」


 二人の説明で、なんとなくは分かったような気はする。つまり、同じやりたいことをしたい人が集まって、やりたいことをみんなでやる、みたいな感じだろうか。


「……大体分かったような気がしま……する。ちなみに二人はどんな部活を?」


 気を抜くとすぐに敬語になってしまう。二人はそれを微笑みで受け入れてくれているようだ。


「私たちは二人とも魔法戦競技部、略して魔戦部に入っている」


「え、歩美さんもですか!? 名前からすると魔法戦を行う部活で……だよね?」


 思わず声を上げてしまった。


 歩美さんの雰囲気からは全く想像がつかない過激な活動に思われる。しかし、


「そうだよ。よく言われるんだけどね」


 と肯定の言葉が返ってきたので、固まってしまった。




 魔法戦とは魔法戦競技の略で、魔物と戦うための訓練のために考案された、いわゆる軍事訓練をスポーツ化させたものである。


 魔法戦の中にも何種類か違うルールがあるが、全て軍事訓練が元の過激な競技で、それ以外の魔法を使う競技を指す場合は、ただ魔法競技という。


 魔法戦は、ルールの向上により年々減ってきているものの、けが人が必ずと言っていいほど出る危険な競技だ。


 しかしその派手さや、魔物に対抗する上で重要などの理由からか、国を挙げて力が入っており、契約者とその契約精霊しか参加できないにもかかわらず大会が存在し、全国放送されるほどのメジャー競技でもある。


 余談だが、魔法戦は魔法実技の授業の中に必ず含まれているので、契約者の中でやったことがない人はほぼいないはずだ。


 だが授業でやるのと、大会に出るようなチームでやるのとでは危険度が全然違うはずだ。


 僕が固まっているのを見て歩美さんは少し困ったように笑った。


「最初は私も入る気なんて無かったんだけど、日向に誘われて入ったんだよ」


 歩美さんが言うには、授業の魔法戦で日向さんの相手をして、その相手の日向さんが歩美さんの魔法の腕にほれ込んで、魔戦部に誘ったのだそうだ。それも最初は断ったが、日向さんのしつこいとも言える猛烈なアプローチに結局折れて入部し、今では楽しくなってやめられなくなってしまったとか。


「――そろそろ時間だね。教室に戻ろうか」


 歩美さんの言葉に時計を見れば、いつの間にか残り時間が数分になっていた。


「そうだな。では玲治、私は君にも期待しているんだ。まあ放課後にでも魔戦部を覗きに来てくれ。歓迎しよう」


 日向さんが立ちあがり際にそう言って僕に笑いかけた。


 僕は小さく笑って頷いた。




 放課後、僕は日向さんと歩美さんに連れられて、魔戦部を訪ねていた。


 元々魔法戦には興味があった。だが、茜さんに止められていた。


 ――魔法戦には関わらないように――


 ちょっと怖めの笑顔ですごまれたことを覚えている。


 だから入学する前は、興味はあるが自分から踏み込みはしないだろう、という感じだったのだが……。


 あの人は過保護なところはあるが、本心から僕を心配してくれていることは分かっている。だから無下にするつもりは無いのだが、今のところ忠告を無視する形になってしまっているのも確かである。


 言い訳は一応ある。同じく茜さんから、この学校に入るにあたって最優先課題を与えられていた。それが、「自分が心の底から『楽しい』と思えることを見つけること」。


 そのためにとりあえず一番興味があって、誘われもした魔法戦の様子を見に来たのだ。


 魔戦部は部室もあるが、いつもそこではなく魔法競技場にいるようだ。


 魔法戦はその競技の特性上、体育館では耐久力が不足している(それでも一応契約者ばかりの学校ということで普通より頑丈にできてはいる)ので、魔法戦を目安に作られた魔法競技場があり、そこで行うのが普通である。




 さて、そろそろ魔法について説明しておこう。


 少し前に話した通り、魔法とは精霊からもらった魔力をエネルギーとしている。そのエネルギーは、いわば異世界のもので、実体のあるものではない。


 その魔力を、精霊との契約によって借り受けた能力で、現象としてこの世界に影響を与える力に変える。この一連の流れによって起こす現象のことを魔法と呼ぶ。


 簡単に言えば、『もらった魔力を、借りた能力で、現実に影響を与えること』を魔法と呼ぶのである。


 精霊は精気が(この世界で)生きていくのに必要なので、ただ生活しているだけで契約者から精気を少しずつもらっている。そのため、その分と同じだけの魔力を常に人に渡しているのだが、人にはそれぞれ魔力の許容量があり、それ以上は溜まらない。


 なので、その許容量がその人の魔力量となり、精霊が普段人からもらい続ける精気の量が魔力の回復量となる。


 精気も簡単に説明しておくと、生き物が持っている生きる力――生命力のようなものだ。そのため、生きていれば少し減ってもすぐに元に戻るが、減り過ぎれば疲れのような症状が出たり、ひどくなれば衰弱して動けなくなったりする。


 また、人間にとっての精気が精霊にとっての魔力である。


 誤解を生むといけないので補足すると、魔物が喰うのは意志や心と呼ばれるもの、精霊がもらうのは精気。だが精霊は一方的に精気を奪い取ることはできず、両者同意の契約によってのみそれを行える。


 意志や心、精気は人間以外にもあるが、意思や心は知能が高くなければ薄いため、精気はそれをもらう精霊が他者から奪いとることができないため、人間が対象になることが多い。しかし例外はあり、特に魔物の食料となるものは人ばかりというわけではない。


 話を魔法に戻す。


 魔法を発現するとき、魔力のほかに精霊から借り受けた能力――魔力を魔法に変換する能力――が必要なわけだが、その能力は精霊によって違う。


 それを大まかに分類したものを属性と呼び、その中で強力だったり、使い手が優れているため強力に見えたりするものには、さらに特別な呼び方が加えられることもある。


 とにかくその、大まかに分類された属性には、火、水、風、土、雷、光、の6属性がある。


 この呼び方は能力によって引き起こされる現象を大まかに分類してあるだけで、精霊によって、同じ属性でも起こせる現象が多岐にわたるため、属性間で優劣はつけられない。


 例えば火なら、すぐに思いつく通り火を自在に起こせるものがいれば、爆弾が爆発したような爆破を起こせたり、火ではなく熱波を発射したりするものまで、全て火属性という扱いになる。


 そのため優劣などつけようがないのだ。


 精霊の能力は多岐にわたるが、(今のところ)この6属性に入らないものは確認されていないので、現状はこの分類になっている(物を触れずに移動させる魔法を風属性に入れるなど、無理やり入れた感じがするものはあるので、これからもないとは言いきれない)。


 そして最後に、忘れてはならない身体強化について説明しよう。


 身体強化は厳密に言えば魔法ではない。


 魔力を全身にめぐらせることにより、多少だが身体能力を上げると同時に、現実から受ける影響を減らすことが出来る。


 どういうことかというと、例えば重力。例えば摩擦力。例えば熱量。この世界におけるあらゆるものから身体に与える影響を減らすのだ。


 影響を減らすと言ったが、自分の能力を強化すると考えれば分かりやすいかもしれない。(ただそうすると、細かい部分で矛盾が起きるらしく、授業では減らすと習う)


 重力や空気抵抗、慣性の力などを受けにくくなるため、すさまじい勢いで飛んだり走ったり、はたまた魔法を受け止めたりすることができる。


 これが精霊と契約しているものを、一番超人たらしめるものかもしれない。


 この現象については、魔力が異世界のエネルギーであることから、概念的な強度を手に入れたことによる影響だという説が有力だ。


 以上、魔法についての説明終わり。




 学校によっては魔法競技場を作らず借りているところもあるようだが、この学校は公式戦も行われるほどしっかりしたものがあった。


 競技場に着き、二人の案内で早速中に入ってみると……圧巻の広さだ。


 テレビで観戦した時は、選手が縦横無尽に動き回るのでもっと狭いと思っていたのだが。全くそんなことは無かった。


「すごい……おっきい……」


「あはは。まあいざやってみると狭く感じることもあるけどね」


 誰に届けるつもりもなかった僕の呟き声に、歩美さんが驚愕の一言を放った。


 僕が驚いて振り向いてみても、冗談だよとは言われない。


 改めて目の前の競技場を見た。


 魔法戦の舞台の広さは、確か長い方の長さが三百いくつ……サッカーコートの二倍以上だと聞いた覚えがあるような無いような……


「あ、部長! 今日は新入りがいて――」


 僕が競技場の広さに圧倒されているうちに、日向さんが誰かと話をしていた。僕がそれに気づかずフィールドを見ていると、トントンと肩をたたかれた。


 振り向くと、知らない男の人が立っていた。


「こんにちは。あっちで話している新入りって君のことだろ? 僕は副部長の山本だよ。よろしく」


「あ、こちらこそよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げる。


 そして改めてその男の人を見ると……おっきな人だ。180センチあるんじゃないだろうか……。少し自分と身長が離れすぎているので正確なところは分からない。


 隣にはこれまた(精霊にしては)長身の精霊が浮いている。というか、長身というよりは何だか縦長な感じの精霊だ。手のひらサイズなだけに人形のような印象を受ける。


 「じゃあついて来て。男子更衣室はこっちだから。あと、予備の装備を貸してあげるからそれに着替えてね。着方は渡してから説明するよ」


 装備に……着替え? 何だか段々、怪しい雰囲気になってきた。


 『何だか私には、レイジが流されるまま入部する未来が見えるのだけど、レイジはどう思う?』


 ――僕もそう思います。




 僕が着替えさせられたのは、バーリースーツとよばれ、魔物と戦うときにもこれを用いる、本物の軍用装備だ。


 見た目はそんなに似ていないが、ライダースーツが最も近いかもしれない。全身を覆い体に密着した装備で、頭にはフルフェイスのヘルメットに似た装備をかぶる。


 それぞれの人が持つ武器や小道具に合わせて、ある程度自由な装備品の着脱が可能になっていて、有名なものでは背中に背負うようにして装着する筒のような装備がある。これは魔物との戦闘で主に使われる、精霊を守るための装備だ。ただしこれは精霊を狙うと反則になる魔法戦では、基本的に使われない。


 また特殊な繊維が編み込まれており、魔力をとめ置きやすい性質を持つため、身体強化した際に装備品の強度を上げられる。元がかなり丈夫にできているため、真価を発揮したこのスーツの耐久力は尋常ではない。さらに、強化の効果時間が長くなり、魔力の消費が抑えられるなどの効果もある。


 そこから、(契約者に限られるが)頑丈な人になれるスーツという意味の英語を略して、バーリースーツと呼ばれるようになったとか。


 魔法戦のルールでは、スーツの内部に入っているセンサーが、強化の度合いが危険域に下がるとアラームを鳴らして知らせ、強制的に棄権させられるという仕組みになっている。


 センサーの開発とこのルールが採用されるまでは怪我人が続出していたが、これによって怪我をする人が減った。


 また、その話はこのスポーツの男女比にも影響を及ぼしている。


 なぜなのかはあまり解明されていないが、精気と(魔力の)許容量はそれぞれ男性、女性が多い傾向にある。


 精気が多いということは、それだけ強力な精霊とでも契約を結べるということ。強力な精霊は精気の消費量が多い代わりに魔力をたくさん渡してもらえる。ただし許容量以上は溜まらないので、『魔力はすぐになくなるが、溜まるのも早い』ということになる。


 許容量が多いということは、それだけ魔力が溜められるということなので、一回の戦闘で使える魔力の量が多くなる。ただし精気の量は少ないのでたまる速度は遅く、『魔力は多く長持ちするが、溜まるのも遅い』ということになる。


 そのため、今でも男性は近距離の短期戦型、女性は遠距離の長期戦型が多いし、強い人は女性が多い。


 なぜなら、そもそも精霊の数が少ない上、強い精霊はこの世界に引き込まれにくいらしく、ほとんどやってこないので、強い精霊云々よりも魔力が高い女性の方が有利だからだ。


 それはさておき話を戻すと、昔はスーツの性能も甘く、特にセンサーがなかったので、棄権が遅れたりしたため男性のけが人が多く、また活躍するのも女性の方が多かった。

また、男性はすぐに試合が終わってしまうのに対し、女性は派手な魔法の打ち合いが長く続くと人気もあった。


 そこで分けられていた男女の混合試合を開催する。


 当時は反発なども多かったが、結果的に魔法戦は男女混合が主流になり、男女比は女性が多めという現状に落ち着いている。




 着替えに慣れていなかったため、遅れてフィールドに出ると、既に練習が始まっていた。

凄まじい勢いで殴りあっている人もいれば、遠距離から打ち込まれる火の玉を必死にかわしている人もいる。


『何だか色々手遅れね……私としてはレイジがやりたいことをすればいいとは思うけど』


 眼前の光景に心が躍り、それをフィアに悟られてしまった。


 思わず苦笑を漏らし、フィアには何も返さずここまで連れてきてくれた二人を探す。


 なかなか見つからない、というよりみんな同じような装備なので全然わからない。


 とにかく近づけばわかると、一歩を踏み出そうとした。


「ああ待って待って! もう始まっているから入っちゃだめだよ。ちょっとした自主練みたいなものだからすぐに終わるの。それまで見学しててね」


 僕を止めたのは、さっき日向さんが部長と呼んでいた人……だと思われる。


 なぜ曖昧かと言えば、もちろん全身が見えないからだ。


 ただしその頭を覆う薄めのヘルメットとでも呼ぶべきものは、目の部分がサングラスのレンズの部分のように黒がかっているだけで、光を完全に遮っているわけではないため、かろうじて目元が見える。

それでよく分かったなと言われるかもしれないが、声はちゃんと聞こえるし、フィアとの契約の副産物もあって多分程度には見分けがつく。


 僕は部長さんに教えてもらい、二人を眺めて待つことにした。


 二人を見ている限り、恐らく歩美さんの訓練に日向さんが付き合っている感じだと思われる。


 日向さんは岩石を腕に纏って、守ったり攻撃したりしている。それを歩美さんは空気の弾丸などでいなしている感じだ。


 戦闘なら日向さんが明らかに優勢だが、決めにいくわけでもなく、愚直に近づいては大ぶりな攻撃を繰り返している。対して歩美さんは、攻撃を行うことよりも、攻撃を攻撃でいなしたり、単純にかわしたりと、守備ばかりしている。


 多分歩美さんの、近接戦の守備練習ではないだろうか。


 そんなことを考えながら二人を待っていると、自主練にひと段落着いたのか、二人がこちらに歩いて来てくれた。


「お待たせ、玲治君。」


 歩美さんはヘルメットを脱いで、首を振るようにして髪の毛を自然にしてほほ笑んだ。続いて日向さんもヘルメットを脱ぐ。


「さて、玲治。見ているだけではつまらないだろう? 少し私とやってみないか?」


 そして、相変わらずの日向さんだった。




「分かっているとは思うが、身体強化は切らすなよ? 思ったよりも早くアラームが鳴る。もちろん危険でもある。最近はスーツが優秀で、しばらくの間は魔力供給が無くても強化が続くが、過信は禁物だ。授業と同じ……と言っても知らないかもしれないが、ダウン(膝から下以外の部分が地面についている状態)後の追撃は無しだ。何か質問は?」


「……無いです」


 何だろう。全く根拠や証拠もなくただそう思うだけだが――日向さんこれがやりたかっただけじゃないだろうな。


『間違っている気がしないのが問題よね』


 フィアも同意のようだ。


『……ところでフィア、どうしよっか?』


『そうね……私が本気出すのと、あれさえやらなければ、別に何やってもいいんじゃない?』


『フィアはこういうの甘いよね』


『厳しくしてほしいの?』


『ううん。ありがとう』


 声にだす会話とは違い、思念の会話は一瞬だ。


 僕は正面を向いたままフィアにほほ笑み、身体強化を行った。


 ピリ――


 漏れ出す魔力に、正面で構えている日向さんの顔が引き締まるのが分かった。僕がルーキーで様子見ということで、事故防止のため既にフィールドは僕と日向さんしかおらず、皆さんは端の方で見学中だ。


 事前に言われていた通り、視界の端で、五つある一番下の赤いランプが灯った。次にその上、またその上と灯って……最後に、一番上の青いランプが灯った。


 同時に、一直線に日向さんが突っ込んでくる。腕を岩石で巨大化させながら。


 さっき歩美さんとの戦いで見ていたが、あれの破壊力は半端じゃなさそうだ。


 僕はそれを棒立ちで見守る。


 最初だからだろう。狙いも軌道もまるわかりの右ストレート。


 僕はそれを紙一重でかわして、すれ違いざま、がら空きの胴に掌底をたたきこむ。はずだったが、岩塊からいつの間に手を抜いたのか左手に受け止められた。


 身体強化は、強化する概念をある程度選択することができ、それを細かく設定して自分の都合のいいように強化することもできる人もいる。


 僕の身体強化の技術自体は、そう高くないと思っている。ただ、あの人によればずるいとしか言えない、とまで言われた特徴が一つある。それが、思考時間の引き延ばしだ。

自分では何を強化しているのかいまいちわかっていないが、周りのものと自分の動くスピードがゆっくりになり、頭で考えることだけがいつも通り、みたいな状態になる。


 日向さんは今、摩擦力と重力を強くして吹き飛ぶ距離を減らした。実際そういうことをしているかどうかは全く分からないが、今の威力でどれぐらい人が吹き飛ぶかを僕が知っているので、何かしらの力をかけたのは確かだ。実際何を強化しているかは本人に聞いてみないと分からない。


 すぐさま体勢を立て直した日向さんは、岩石というべきものだったものをバラバラにしたのち、組み替えて滑らかにする。


 そして今度は僕の周りをグルグルと回り始めた。今度は遠心力への抵抗力でもあげているのだろうか。

意識の間隙を突くように右斜め前から大きなものが突っ込んでくる。僕はそれを念のために少ししゃがんだ状態で、右手で上に打ち上げる。


 同時に僕の死角となる後ろから迫る日向さんの左拳をかわす。


 つっこんできた岩の塊の向こうで、日向さんは楽しそうに笑っている。


 その笑顔を見ていたら僕まで気が緩みそうだ。


 体制が崩れているはずの日向さんに足払いをかけるが、飛んでかわされる。すぐさま左拳をつきこむが、さっき打ち上げた岩塊を足場にして、手の力だけでジャンプして距離を取った。


 足場になった岩は、用を終えたとばかりにバラバラになって砂となり消えた。


「……玲治、魔法は使わないのか?」


「……使ってますよ、ちゃんと」


 嘘ではない。実際魔法無しなら死角からの一撃なんて、僕の力量では避けられない。だが、本来は攻撃が主な役割のはずの魔法は、僕の場合とっても使いづらい。


 だから仕方なく、岩石で武装するという恐ろしい近接戦をする相手に、素手で格闘戦を挑んでいるのだ。


 日向さんは全力で対戦できる相手が欲しかったんだろう。――僕には、その気持ちがよく分かる。


 僕は全力を出せない。だからとりあえず、本気で勝ちにいく。


 思考を巡らせどうすれば勝てるか考える。


 その間に日向さんの腕がまた変わり、滑らかになっていただけのはずのものが、黒く変色しながら薄くなっていく。


 ……あれはもう岩とは言えない別の何かだ。


 日向さんは変化が終わると同時に、また正面から突っ込んでくる。


 独特のステップで、早くなったり遅くなったりしてつかみどころがない。


 タイミングを掴めていない間に、正面から間合いに入られた。


 日向さんの右手が開いて、僕の胸に伸びてくるのと同時に、その影で左拳が胴に向かって伸びてくる。


 僕は右に避けて左わき腹に掌底を叩き込む。


 クリーンヒット。日向さんは体勢を崩した。


 驚愕の表情でこちらを見ているが、予定通りなので気にせず、さっきしゃがんだ時に拾っておいた石を投げつける。


 日向さんはそれを黒くなった手で打ち払おうとして失敗、カツン、とヘルムに音を立てて当たった。


 それとほぼ同時に、真正面からまっすぐ至近距離まで迫った僕が、見当違いの場所を警戒する日向さんの腕をスルーして全体重を乗せた左ひじを胴に打ち込んだ。


 ズム、と鈍い音が鳴り、日向さんは2,3歩後退して膝をついた。


 不意を突いた一撃は流石に効いたようだが、一応戦闘不能を狙った会心の一撃のつもりだったのだが、膝をつく程度で済むなんて呆れた耐久力だ。


 今の攻撃は不意打ちに近いものなので、同じことを繰り返しても次はここまでうまくいかないだろう。

瞬間火力的に、僕は日向さんに勝つことはできなさそうだ。


 案の定、まだふらふらとはしているが、日向さんは立ち上がった。そして辛そうながらも笑顔で、瞳がギラギラとした光を放っている。


 その様子に乾いた笑いが漏れる。もう僕の方はネタ切れなんですけど。


 日向さんは僕の様子に構わず一歩踏み出して……止まった。


「はいはい、そこまでだよ」


 僕の前に、部長さん(多分)が背中を向けて立っていた。




「日向、嬉しいのはわかるけど、初めて来た子に全力出してどうするの? 事故は起きてからじゃ遅いんだよ? そもそも今無茶しようとしたよね? あれは……――」


 何故か日向さんが部長さんに怒られている。


 僕が流れについていけず茫然としていると、歩美さんが近づいてきた。


「ごめんね玲治君。日向が大人気なくて」


「いえ、その、日向さんの気持ちも分からなくはないので……」


 大人気ないというよりは無邪気な子供のようだったが、それに対して不快な印象は受けなかった。


 「それにしても、玲治君もすごいんだね。あれは何? 私には日向が一方的に様子がおかしかったように思うけど、玲治君の動きも少しおかしかったよね?」


「そうそれだ! 私には――」


「日向、聞いてるの?」


「すみません」


 日向さんが途中から口を挟もうとしたが、部長さんの恐ろしい声によって遮られた。


 僕は小さく笑った。今日初めて知り合ったばかりだが、日向さんがしゅんとしている様子は少し面白い。


「ええとですね、フィアは光を操れるんですよ」


「……光? うん、それはまあ分かっているけど」


 歩美さんが小さく首をかしげた。


 ――そういえば、世間では光属性は攻撃に使えないと思われてるんだっけ。


 説明が足りないのを理解して、自分がやったことの説明をする。


「僕は色々なタイミングで光を曲げたんです。日向さんが間合いを詰める前から攻撃を僕がかわすまで、石を投げて日向さんが回避動作をするまで。……他は秘密です」


 実際行ったのは全て光を曲げただけだ。


 人間の死角の対応は、魔法ではなく契約の副産物だ。


 僕にとって光は操るものである。だから僕は、魔力が触れている部分の光は知覚し、操ることができる。例え目隠しをつけられたとしても、僕は普段通り物を見ることができる。もちろん、三百六十度全方位の話である。


 簡単に言えば、魔力を目の代わりにして、光が届かない地面の下などを除けばどこでも好きな場所を見られるようになった。ということだ。


 歩美さんは光を曲げた、ということについてすぐに納得してくれた。


「……なるほど、蜃気楼みたいなものを自分の都合のいいように起こしたわけね」


「そうです」


 こくりと頷く。


 蜃気楼は空気の温度差による疎密差によって光が曲がることにより、光は直進するもの(脳がそう勝手に思い込んでいる)として目に移るので、実際にそれがある場所とずれる位置に像が見える、という現象である。


 光が曲がる理由こそ違うが、他は完全に同じである。


「なるほどなー」


「へえ」


「期待のルーキーってわけね」


 いつの間にかその場にいる人たちが皆こちらに注目していた。




 お披露目とばかりに自己紹介の嵐があった。


 そんなことされても全然覚えられない。


 フィアによると、僕は大勢の人がいる中で、発言するのが苦手であるらしいのだ。


 勢いそのままに色々聞かれて、色々答えたが……何を答えたかもう思い出せない。


 その皆は今、僕の所属するチームの話し合いをしているらしい。


『いつの間にか入部が確定事項になってるんじゃない?』


『そうみたいだね……』


 僕とフィアはその様子を少し離れたところで眺めている。


 ちなみに、話し合いに参加していない一年生は、あのだだっ広いフィールドを強化無しに走らされ、上級生のうち数人がそれを見ているという状況だ。


 今すぐに入る気はないので「大丈夫です」とでもいえばどうとでもなる問題だが、僕はそれをしなかった。


 このままいけば流れで入部することになるのだろうとは思うが、それを止めようと思えなかった。


 ――魔法戦があの人の言う、心の底から楽しいと思えるものかどうかは分からない。でもきっとそれは、やってみなくちゃ分からないことで……


 ――それにしてもわざわざ反対されたことをやらなくても……


 色々な心の声が自分の中でざわついているが、その声たちはみんな決着がどうなるか悟っていた。


『…………』


 フィアは何も伝えてこない。


 ――分かってる。決断は自分の意志で、だよね。


 意志は伝わってこないが、その沈黙の意味を正確に理解した。


 ――あなたはもう少し、自分のために行動することを覚えなさい――


 こんな時だけあの人の言葉通り行動しようと思うなんて、僕は案外自分勝手だと苦笑した。




 結局僕は、入学初日にして魔法戦競技部に入部することになったのだった。


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