第零話:思い出
かなりスローペースになると思いますが、連載です。
投稿する前に書き溜めてあるので、それなりに続きます。
書き溜めている分も、自分の中では区切りがついていると思う部分まではあります。
「君が、僕を呼んだの?」
何処か優しく、それでいて安心するような心地のいい声が聞こえた気がした。だがその逆に、まだ頼りない、小さな子供の声に聞こえもする。
「ねえ、聞いてる?」
樹に寄りかかったままうっすらと目を開くと、小さな男の子が視界に入った。まるで、ではなく実際小さな男の子の声だったようだ。
私が目を開いたことに気づいたその男の子は、心配そうな表情を浮かべた。
「何だかしんどそうだよ? 大丈夫?」
男の子が心配するのも無理はない。私は今、生命の危機に瀕している。このまま放っておけば長くはもたないだろう。かといって、自分が延命する手段はこの世には恐らくなく、あっても間に合わない。
私が何も言わないのを不思議に思ったのか、男の子はこちらに手を伸ばしてきた。
『触らないで』
もう声なんて出ないだろうと思ったが、ちゃんと声が出たようだ。結果、男の子がこちらに伸ばした手も止まった。
男の子は手を止めた姿勢のまま何かを考えていたが、すぐに動き出した。
こちらに伸ばした手は引っ込め、代わりに私の顔を覗き込むようにして近くに来て、
「どうすれば君を助けられるの?」
と私に問いかけた。
「――無理だよ。私はもう……助からない」
私は諦観と共に言葉を吐き出した。
「『助からない』? 僕にできることは無いってこと?」
あまり状況を理解していなさそうな不思議そうな顔で、男の子は首を傾げた。
「そういうこと」
それも仕方がないだろう。今の私は、傷を負っているわけでも、病気にかかったわけでもない。そのため、外見には普段と何ら変わりはない。この男の子が普段の姿を知らなくとも、異常がなさそうに見えるのは仕方がない事だ。
「じゃあなんで僕を呼んだの?」
……そういえばさっき、『僕を呼んだ』と言っていたような気がする。だが、そんなはずはない。私はここで――自分の最期を悟り、人里離れたこの場所に来てから声を出した覚えはない。ましてや、誰かを呼ぶなどしていないはずだ。
『そんなことは、していないはずだけど』
男の子はそれを聞いて目をぱちくりとさせ驚きを示したが、
「そんなことないよ」
と、当事者自身が否定しているのにもかかわらず自信ありげに首を横に振った。
私は困惑した。
男の子は自分の言いたいことが何も伝わっていないと感じたようで、何とかそれを説明しようと頭の中を整理している。
……?
そこで違和感を覚えた。そのことが、なぜ私にわかったのだろうかと。
だが、その疑問が形になるより先に、男の子の言葉が一応の完成を迎えたようだ。
「えっとね……『助けて』って声が聞こえて、大人の人にそれを言っても何もしてくれなかったから、一人で来たの。そしたら、こっちの方から『助けて』とか、『死にたくない』とか聞こえたから、来たら君がいたの。それで、君と話したら、君だってわかったの」
要領を得ない説明だが、私はしっかりと意味を理解できた。と同時に、この子がここへ来た理由まで分かった。
私は確かに『呼んで』はいなかった。だが、心の中では確かに『思った』。
誰か助けて、と。
そして、この子はその心の声を聞いてここまでやってきたのだ。
普通はあり得ないその現象も、納得のいく理由に一つ心当たりがある。そして同時に、一筋の希望とそれを覆うような絶望を味わった。
頭をよぎったその方法なら、いや、私たちという存在はそれしか助かる方法はない。だが、それには心を通わせる相手が必要で、そしてその相手が十分な体力を持っていなければならない。
だがどう考えても……男の子は幼すぎた。この頼りない男の子から体力を奪えば、簡単に息絶えてしまうに決まっている。
そんなことを頭の中で考えたときだ。一切言葉にもせず、ましてや表情すら動かしていないはずの私の内心を読み取ったとでもいうのか。
「いいよ」
と一言その男の子は言った。
『――なにを……』
私は何がいいのかを頭のどこかで理解しながら、口では理解していないようなことを言った。
「いくらでもあげるよ。だから、諦めないで」
だが、頭のどこかで理解していることを理解されている私のごまかしは、男の子に一切通用しなかった。
だが、それを受け入れるわけにはいかなかった。そんなことをすれば、この男の子の命が危ない。
だが、そういうことも全て理解しているとでも言いたげに、男の子はほほ笑んだ。
「大丈夫だよ。僕は死なないから。だって僕が死んじゃったら、君も死んじゃうでしょ?」
根拠が根拠になっておらず、言っていることだけ聞いても何の事だかわからない。
しかし、私はその中身を正確に理解していた。そしてその根拠のない自信に、なぜか信憑性を感じた。
心が揺れる。
理不尽に命を奪おうとするこの世界で出会った、優しく儚い希望。
それに縋り付きたいという欲求が心の中からあふれてくる。
『――生きたい――』
その本来ならだれにも聞こえないはずのかすかな心の声に、答える声があった。
『うん―― 一緒に生きよう』
私はその、どう考えても分が悪い賭けであったその希望に、ゆっくりと手を伸ばした。
実際、私も男の子もただでは済まなかった。
だが、私も男の子も生き延びて、しっかり元気を取り戻すに至った。
悲劇しか生まないと思っていたこの世界を、この男の子の住む世界を好きになるきっかけになった、一生忘れないであろう大切な――思い出だ。
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