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雨の日

作者: Rhea

 雨の降る街路に、規則正しい二つの足音が聞こえた。仲良く手をつないだ二人の子供が、並んで歩いているのだった。片方は男の子で、もう片方は女の子だった。二人とも傘は差しておらず、服は雨に濡れるままだ。

 二人は真っ直ぐに歩いて行った。振り返ったりはしない。ちゃんとした目的地があるようだ。どんな通行人もこの二人のことを気にせずにはいられなかったが、声を掛ける者はなかった。子供のやることだ、きっと理由なんてないに違いない、と誰もが自分を納得させた。大人たちは自分を納得させることがとても上手だ。

 バス停の屋根の下で、一人の若い女性が待っていた。彼女はバスを待っていた。ここは十五分に一本、バスが来る。しかしその日は、いつもより少し遅れていた。車で通勤する人が多く、道が混雑しているのだろう、と彼女は想像した。

 その後ろに二人の子供が並んだ。男の子と、女の子だ。二人はしっかりと手を繋いでいた。バスを待っていた女性は、子供たちを見て少しばかり驚いた。子供たちは傘を持っていないし、雨合羽も着ていなかった。全身を雨に濡れるに任せていた。

「あなたたち、どうしたの?」と彼女は思わず尋ねた。「そんなに濡れてしまって。風邪を引くわよ」

「大丈夫です」と男の子が言った。「家に帰ったら、すぐにお風呂に入りますから」

「それに、私たち、体が強いんです」と女の子のほうが言った。

「そうなんだ」と女性は言った。「でも、やっぱり心配ね。君たちはバスから降りたあと、また外を歩いて行くつもりなの?」

「五分くらいですから」と男の子が言った。「五分というのは、一時間の十二分の一のことです」

「ええ、そうね、分かるわ。その五分だよね」

「五分くらいなら私たち平気です」と女の子が言った。

「強いから?」と女性が尋ねると、子供二人は同時に頷いた。

 確かに子供たちは震えたりしていない。これだけ濡れれば肌寒くて、唇が紫になったりしそうなものなのだが。体が強いというのは本当のことなのかもしれない。

 そうこうしているうちに、バスが来た。まず女性が乗り込み、子供たちがそのあとに続く。

 雨の日は、乗客もいつもより多い。女性は普段なら真ん中あたりの窓際の席に座るが、そこはすでに埋まっていた。子供たちは一番後ろの席に行った。一番後ろの席の、一つ前の席が空いていたので、女性はそこに座ることにした。

 女性はハンドバッグから小説の文庫本を取り出して読み始めた。そして子供たちのほうを横目でちらちらと窺った。子供たちは窓の外の景色を眺めていた。座っている間も、二人は手を繋いだままだった。

 駅に着いて、女性はバスから降りた。ほとんどの乗客が降りて行くが、子供たちは降りなかった。女性はいつもならすぐ駅の改札を通るが、その日は発車するバスを何となしに見送った。後ろの窓からこちらを見る子供たちと目が合ったが、そのとき、私の傘をあげればよかったのにと彼女は思った。自分のほうはまたそこら辺で買えばいいのだ。しかし子供たちはもう行ってしまった。

 大丈夫だろうかという気持ちと、きっと大丈夫だろうという気持ちが、彼女の心の中で半々になって残った。


   *


 子供たちは家についた。バス停から家まで歩く五分の間に、服はまた濡れた。しかしそれまでよりも雨脚は弱くなっており、今までよりはずいぶん濡れずに済んだ。

「あら、あんたたち、傘は持って行かなかったの? 合羽は?」と出迎えた母親は驚いて言った。

「大丈夫、僕たち、風邪なんて引かないから」と男の子が言った。

「私たちは強いから」と女の子が言った。

「いいから、早くお風呂に入ってきなさい」と母親は言った。「そうじゃないと本当に風邪を引いて酷い目に遭うんだからね」

「はい、お母さん」と男の子は言った。

「ね、私たち、強いでしょう?」と女の子は言った。

「はいはい、強い強い」と母親。「でも本当に強い子は、ピーマンを食べたくないからって家を飛び出したりはしないんだけどな」

 子供たちは顔を見合わせると、そのまま黙って風呂に向かった。


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