パーフェクトソルジャーの母
包帯取れたー、ひゃっふぅー!
「あんなに輝いていたアザナ様が……」
「お可哀想に……」
「夜なべして作ったのもありましたからね……」
右組総合優勝となった運動大会から開けて二日。
その日の放課後、何の気なしにアザナの様子はどうかと1回生のいる西校舎に足を延ばしてみたら、教室の前でユスティティアとフモセとヴァリエが、自分たちの教室内を廊下から覗きこんでいた。
その彼女達の後ろに並び首を伸ばしてみると、アザナが力なく椅子に座っている姿が見えた。
アザナは机に突っ伏して微動だにしていない。居眠りをしているわけではなく、気力を失って突っ伏しているようだった。
なんとなく、寝不足だったちょっと前のオレに似ている。
「……どーしたん、アレ?」
リンゴ味の棒付き飴を咥え、アザナを指差して取り巻き3人にどういうことかと訊いてみた。
「あ、ポリヘドラ様」
「あら、こんにちは」
「アザナ様をアレ扱いとは!」
2人は特に反応が強くなかったが、ユスティティアは俺に食って掛かった来た。
つい先日、お礼とお詫びを兼ねてとエッジファセット家主催のパーティに呼ばれ、王都屋敷で会った時とはドえらい違いだ。まああんときはオヤジさんの前だったし、ユールテルの件もあって猫をかぶっていたんだろう。
「棒付き飴とか子供っぽいですわね」
「うるせーな。今のオレは子供だからいいんだよ」
冷静に考えると21歳のオレが飴を咥えてるとかちょっと幼稚だな。
「え? 今の?」
あ、やべ。
ユスティティアが発言の不審点に気が付いたようだ。
「い、いやぁ、流石にいずれはこんなのも舐められないから、今のオレは……って意味」
「はあ、そうですか」
こんなのが言い訳になるなんて、11歳最高だな。
堂々と人前で子供染みた飴を舐められる!
21歳としてどうかと思うが、旨いんだから仕方ない。
「で、どうしたん、アザナ」
「それが先日の火事でゴーレムの部品が燃えてしまって、すっかり気落ちしているようなのです」
「ははーん。そういうわけね」
言われてオレも納得した。
あれだけの部品を買う金と、下準備しておく労力はなかなかのもんだろう。アザナ謹製の特殊加工なら尚更だ。
「それは可哀想に……」
ペランドーも今回の課題に関係しているので、アザナの辛さを理解し同情した。
まあゴーレムの部品に、トドメさしたのはオレだが。
あの大荷物を持って脱出となると、オレはともかくガキどもが心配だったので後悔はしていない。反省もしていない。
……数個、ポケットに入るくらい盗んで置けば良かったかな、くらいの後悔はあるが――。
「おーい、アザナ。災難だったな」
課題勝負の話もあるし、オレはアザナに調子はどうかと声をかけた。
「うーん……あ、ザルガラ先輩」
柔らかい髪をはらはらと流し落としつつ、机の上をアザナの柔らかい頬が滑って撫でる。
こうして振り返ったアザナは、一瞬だけ目を輝かせた。が、本当に一瞬だった。
どよんとしたアザナは、身を起こして小さくため息をつく。
「散々でしたよ、孤児院も大変だし、アマセイさんは病院で治療中だし、いろいろ事情聴取もされるし、ゴーレムの事も根掘り葉掘り聞かれるし」
「ああ、そうか。放火犯がオマエのゴーレム部品を狙った……って可能性もあるもんな」
実際は違うんだが、巡回局も念のため調べる必要があって事情聴取されたのだろう。
それから攫われたフミーだが、人狼兄弟の活躍ですぐに廃屋で発見され、今は他の孤児と共に巡回局預かりとなっている。
「うちにあった試作タイプは残りましたが……。これをこのまま課題に出しちゃおうかな……」
憂いを帯びた溜め息と共に吐き出された言葉に、オレの心が惹かれた。いや、普段と違うアザナの嫋やかな雰囲気に惹かれたわけじゃないぞ!
試作タイプって言葉に、興味を惹かれたんだからな!
「っ! お、ソレどういうゴーレムなんだ?」
「一瞬、変な風に目が光りませんでしたか? ザルガラ先輩」
「そりゃぁ、知識欲ってヤツだよ」
ジト目のアザナがオレに問う。
やめ、ろ。心を透かすような、目を向けるな……。
視線を逸らすと、そこではいつものようにタルピーが踊っていた。コイツの踊りを見てると心が落ち着く――。あれだな。暖炉の火を眺めているような感じだ。
ディータはぼんやりと教室の様子を眺めている。姫さんはなんだかんだ、まだ市井の様子が珍しくて仕方ないようだ。
その目はどんよりしてるが……、まあ仕方ない。
「本当ですか?」
「あったりまえだろ! オレを誰だと思ってやがる!」
「……そうですね。先輩はボクに興味津々「オマエの能力になっ!」ですもんね」
発言が怪しかったので、咄嗟に訂正を挟んで置いた。
「先輩、気になりますか?」
「ああ、気になるな」
あの問題のアマセイがいる孤児院もなくなったことだし、アザナをこっち側に引き込むチャンスだ。
ワイルデューたちの孤児院で、オレと共同研究も不可能じゃない。
オレは大いに興味があった。
「じゃあ、ちょっと外に行きましょう!」
アザナは傍らに置いてあった、やけに大きなバッグを担いで言った。
オレとペランドーは、少し元気を取り戻したアザナと共に放課後の練兵場へと向かう。
「って……なんでオマエらまでくるんだよ」
アリアンマリを除くアザナの取り巻き3名はともかく、廊下で出会ったイシャンとワイルデューとテューキーまで練兵場についてきていた。
「そりゃ気になるからね。アザナくんの作った物が」
「ワシもドワーフとして見逃せん」
「……あれ? テューキーはなんで来たんだろう?」
単なる知的欲求の男性2人に対し、エルフは流れでついてきたようだった。
ワイルデューはまあ性格からしてわかるが、あのイシャンがゴーレムに興味があるとは意外だった。
イシャンの家系は魔獣を制御する独式魔法を継いでいる。
今は勢力が弱いがゴーレム戦列部隊など、王国軍内部で勢力を争う対象だろうに。
そのことについて訊ねて見ると――。
「軍内でライバルになるだけならともかく、最悪の場合は敵に回る可能性だってあるだろう? 高性能ならば脅威だよ」
言われて見ればその通りである。
まだ研究段階とはいえ、決して侮らず精査するつもりか。
コイツ、本当に優秀だよな。
コイツ、なんで上半身裸なんだろう?
それを問うと、下も脱ぐかもしれないので下手に触れないでおこう。
見学者は他にもいる。遠くからオレたちを伺うクラメル兄妹もいた。名前と顔が辛うじて一致する生徒も、何人かが覗き見ている。
アザナは知ってか知らでか、バッグの中から小型のゴーレムを取り出した。
さらに続けて、ゴーグルのついたヘルメットも取り出す。
ヘルメットを片手に、地面へゴーレムを置くアザナの背に訊ねる。
「あれ? そいつはこの間の独特な起動音を出すゴーレムじゃないか?」
「あ、その機能はリソースを食うので削除しました。無駄機能ですし」
「何のために付与したんだよ、オマエ……」
無駄な機能だったのか、アレ。
「じゃあ起動させますね。『こいつ、動くぞ』」
アザナは配置したゴーレムに、コマンドワードを呟き魔力を注ぐ。
しかしまだ動いていないゴーレムに対して、こいつ動くぞと囁くってコマンドワードはなんというか捻くれててアザナらしい。
魔力を注がれ、動きだすはずのゴーレムが……動きださない。あの奇怪な起動音もない。
見守っていたワイルデューが、おや? っという顔で問いかける。
「どうした? 動かんぞ?」
「自立行動はできないんです」
「ふむ。自立行動はってことは、なにか仕掛けがあるんだな」
ワイルデューは嬉しそうに腕を組み、次なる仕掛けを待ち望むように貧乏ゆすりを始めた。
「じゃあ、ザルガラ先輩。このヘルメットをかぶってください」
「ふーん……こうか? おい、これ前が見えないぞ」
さきほどバッグから出されたヘルメットを手渡される。形はなんの変哲もないが、被るとゴーグルにはシャッターがかかっており視界が塞がれてしまう。
視界の塞がれたオレに、アザナが立方体陣を投影し始めた。
「急に何するんだよ、アザナ」
「すみません、正20面体陣で覆っておかないとうまく作動しないので。それとコマンドワード……合言葉をいうと視界がリンク……同期されます」
アザナが説明を終えると同時に、パッとオレの前に見慣れているが見慣れない風景が広がった。
練兵場の風景だが、視点が異様に低い。足首よりちょっと上くらいの高さだ。
首まで地面に埋められれば、こんな光景が見れるだろう。
「おお、なるほど。これは偵察に向くな」
これはゴーレムの視界だと、直観的に理解できた。
「と、なるとこの正20面体陣の感覚からして、こうすると……ゴーレムを操作できるんだな?」
オレを包む正20面体陣から、身体の各所に魔力が照射されている。この魔力に反応するように、手足に集まる魔力を操作すれば――。
意識を集中し、足に集まる魔力を歩くイメージへと変える――。
「おお、歩きおった!」
「もしかして、ザルガラくんが操作してるのかね?」
「すごいっ! 他人の作ったゴーレムを操作できるの!?」
「うそ! 信じられない!」
ゴーレムの視界が前に進む。思った通り、ゴーレムを操作できたようだ。
ギャラリーたちが俄かに沸き立つ。
アザナの取り巻きたちは、ゴーレムの特性を知っていたようで特に反応はなかった。
「さすがです、ザルー様!」
アザナがオレを褒めたが、なんだ? ザルー様って?
「説明してないのに、操作を理解するうえに、実践してみせるなんて! 本当にすごいですよ!」
「ふふーん、それほどでも」
褒められて悪い気はしない。
もっともこんなの作れるオマエの方が凄いんだが……。
「わあ、すごい。これザルガラくんが操作してるの?」
テューキーが駆け寄って、ゴーレムを指で突き始めた。
しかし、そのさいに屈んだせいで、テューキーのスカートの中が視界一杯に広がる。
白だ。
「視点低いから、パンツ丸見えだぞ」
「ぎゃぁっ!」
パンツを指摘すると、テューキーはエルフらしからぬ、ついでにいうと女の子らしからぬ悲鳴を上げて視界から逃げて行った。
逃げ出したテューキーに代わり、なんだかよく分からない白黒の斑点が、ばたばたと視界を覆った。
「おわっ!」
白黒斑点から逃げようと、思わずオレは身体を捻ってヘルメットを取った。
「びっくりした……。蝶か」
ゴーレムの前を、ひらひらと一匹の蝶が飛んでいた。
小さなゴーレムからの視点だったので、蝶が巨大な存在に見えてしまったようだな。
ギャラリーから、クスクスと笑い声が聞こえる。
どうやらオレは、ヘルメットをかぶって妙な動きをしてしまっていたらしい……。
これ、恥ずかしいな。
ヘルメットを返すと、アザナが得意げに説明を始めた。
「王都地下の古来種が残した魔力プールって、供給のためのシステムがある意味【サーバー】化してるんで、それを利用してるんです。放出される魔力を遡って、魔力プール介してゴーレムに回線を繋いでいるので、王都内ならどこからどこまでも繋がりますよ」
「……そいつはすげーな」
サーバーの意味が分からなかったが、とりあえず地下にオレの操作情報が飛んで行って、そこからゴーレムに情報が届けられているのだろう。ゴーレムからの視覚情報は、逆ルートを通ってきてるってことか。
地下の魔力プールに一度繋がった事があるので、オレはなんとなくそのことを理解できるが、ゴーレムとの情報伝達に使う発想とか、まったくすげーなアザナは。
「いずれは、もっと遠くまで離れて操作できるようにしたいんですよね」
アザナは分かっていないようだが、この遠隔ゴーレムは恐ろしい発明だ。
ちょっと改造すれば、怪我をした戦力外兵士がゴーレムを操作して、後方から支援することができる。
工兵がゴーレムを使って、危険な場所で陣地構築ができる。
反応を良くすれば、剣豪や熟練騎士を「安全に」戦わせることだってできる。
他にだって使い方がいくらでもある。
ゾッとした。
アザナは気が付かなくても、軍部はこのゴーレムの価値に気が付くだろう。
「驚いたよ、アザナくん……。こいつはすごい……」
イシャンもこのゴーレムの活用法に気が付いたらしい。さすが軍系貴族の三男だ。
「これがあれば、自宅で全裸のまま買い物にいけるな」
「オマエはナニを言ってるんだ?」
「全裸なのに堂々と街を歩ける感覚……、想像すると震えてくるな」
「オマエの危うさに、オレが震えるわ」
買かぶりだったかと、オレは頭を抱えた。
「全裸疑似街散歩も最重要だが、アザナくん」
オレのツッコミをスルーし、アザナに真摯な目を向けるイシャン。
アザナは視線を逸らした。イシャンの上半身を見つめられないのだろう。
乙女か、オマエは。
「このゴーレム研究はほどほどにしたほうがいいな。ああ、研究自体は続けてもいいが、発表は加減したほうがいい」
「え? なんでですか?」
「王国軍……いや、戦力不足の貴族連盟あたりが嗅ぎ付けたら、確実に面倒になる」
政治的な話となり、アザナが不快な表情を見せた。アザナはあまり政治的なことに関わりたくない性格だ。
「……戦争に使えるからですか?」
「それもそうだが……。これが完成されれば、兵の平均化を完全に最適化できる恐ろしい物だよ」
イシャンの説明を聞いて、あの頭のいいアザナが首を捻った。
「どういうことですか?」
「ゴーレムは人間と違って、力も体格も調整できる。それを全て同じにできるということだ。同じ装備を持ち、同じ歩幅で、同じ行軍速度。攻撃に関しては……例えば同じ大きさ、同じ剛力の弓を大量に用意できたとする。そして、まったく同じ力で放てるゴーレムの兵団。指揮官にとっては、どんな条件でも予想される最適値で移動、行動する兵というわけだ」
なんだかんだで王国軍は層が厚く、兵力も財力も潤沢である。
一方、有力貴族が集まる連盟は、個々の差が大きく足並みがそろわない兵力を持つ。それを補って余りあると、イシャンは言っていた。
また王国軍も、このようなゴーレムを欲するだろう。
「今までのゴーレムは、単純な戦列を組んで無機質な近距離攻撃を繰り返すだけだった。兵というより武器の延長だ。だが、アザナくんの目指すそれは……完璧な兵士という、未だかつてこの世に存在したことない兵なんだよ」
「……」
イシャンの立て板に水という説明に、さすがのアザナも言葉を失っていた。そこまで想像はしていなかったのだろう。
「できれば……私としては完成して欲しくないゴーレムだよ」
イシャンは最後に、ぽつりと個人の感想を呟いた。
その雰囲気に呑まれ、この場にいる誰もが言葉を失った。
オレも、アザナも……だ。
コイツ、ほんと優秀だよな?
コイツ、なんで裸になるんだろ?
通常のゴーレムは接続制限と距離制限のブルートゥースで直接接続。またはごく単純にラジコン。
アザナの遠隔ゴーレムはインターネット回線を利用して、パス入れれば誰でも接続できるフリーWiFiで間接的に動くゴーレムと思ってください。王都にはこのフリーWifiに当たるアクセスポイントが各所にあります。このアクセスポイントにあたる端子は本来、魔力の非接触型供給装置なのですが、アザナは電力線ネットワーク(PLC)よろしく情報端子にしたんですね。
厳密なところは図で描いてもいいのですが、そこまでしなくてもなんとなくの理解でいいと思います。本題にはあんまり関わらないので。
前回のざっくり補足。
王都騎士団が税を一部取っているという設定ですが、彼らは王都内に入ってくる武器防具を管理してます。門で申請を受けると販売と所持に分けて税をとってます。
なんでそんなことをするかというと、武器防具の所持販売情報が「税金と共に」入ってくるわけです。金をとって情報管理できるわけです。
税務署みたいなところで一元管理すると、それはそれで有益ですが、騎士団がすぐに情報を引っ張って来れません。手元にあればすぐに閲覧できるので、便利です。
※以下、ちょいネタばれ注意(ノーサンキューという方はスクロールを止めてください)
イシャンは孤児院の火事などを知らないため気が付きませんでしたが、アザナは事情聴取で巡回局に遠隔操作ゴーレムのことを喜々として説明してしまっています。




