暗躍、失敗(5日ぶり2回目)
PV500万達成!
ありがとうございます。これからもご期待に応えてきたいと思います。
「ほう、そうか。首尾は上々か」
王都の中でも特に静かな区画に建つ、古めかしくも豪奢な館の奥で、1人の男が満足気に脂肪たっぷりな顎を撫でてほくそ笑んだ。
でっぷりとした身体に似合わぬ騎士団のサーコート――。いや、むしろ醜い体形を隠してくれているので、鎧ごとゆったり身体を包むサーコートはお似合いと言えた。
元は整った顔であったろうに、怠慢と性質から弛んでしまった顔はエウクレイデス王国貴族に有るまじき醜悪さだ。
彼はラルゴゲイ・タ・サスピ子爵。
フランシスと同じ王都騎士団の幹部であり、第二大隊の隊長でもあった。
第一大隊の隊長でもあるフランシスとは同格の地位にあり、そして次期騎士団長を争う立場にいる。
王都騎士団は王都全体を守るため、軍行政機関から独立している旅団である。騎士団の総数は従士を含めるが、2000人に及ぶ。
このほぼ全てが戦闘要員だ。主計など後方任務に当たる者も、いざとなれば剣を持って戦える組織となっている。
王都を守護の軍事行動から平時の治安維持に捜査権、果ては一部品目の関税の代請まで多岐にわたる権限を持つ。
王都騎士団を統べる。それは王都の治安と安全を握るということだ。
野心家であるラルゴゲイは、この権力を狙っていた。
「後はサスピ卿が表から差配をすれば終わりとなりますよ」
彼の野望を叶えるべく、暗躍し協力する者がいた。その者はラルゴゲイ邸の書斎に通されながらも、席すら与えられず部屋の隅に立っている。
顔を隠した小男で、見るからに裏社会の人間然としていた。
「ところで白柄組が犯人だと証言をした者……ウイナルといったか? ヤツはどうした?」
放火を目撃したと、ウソの証言をした元商人ウイナルのその後。ラルゴゲイはそれを小男に訊ねる。
「金を握らせて王都から出て行って貰いますよ。明日には出て行くでしょう。そういう約束になっております」
報告を聞いて、ラルゴゲイはふむと思案する。
「甘いのではないのか?」
「確かに甘いですが無難です。王都の中で今、始末してはマズいでしょう」
「それもそうだな。物証はこちらで用意してあるわけだし……な。まあ……証人は早期逮捕のためといえばそれまでだ。後の証言も、発覚の可能性まで抱えてまではいらん」
白柄組が犯人だと証言した者が、翌日に死体となって発見された。などとなれば怪しいと言わざるを得ない。
自発的に用事があって、王都から出て行ったというのならばさほど問題はない。
証人である元商人ウイナルは、火急の要件で王都から出て、後に事故で死亡。もしくは行方不明。
これが最適とラルゴゲイには思えた。
「ふっふっふ……」
思わずラルゴゲイの口から笑いが漏れた。
「フランシスお気に入りのエルフが管理する孤児院で、数々の金銭不祥事。火事で証拠は消失したが、逆を言えば無実を証明する証拠も燃えた。しかも火付けの犯人は、士族六派無頼の子弟。平民に毛の生えた士族の頭を、これで抑えることができる。巡回局は管理責任を問われることは必須。いやいや、笑いが止まらんわ、ぐひひひひ」
椅子を揺さぶり器用に笑うラルゴゲイを見て、小男は悟られぬように嘆息をついた。
「いやいや、サスピ様にはいいことづくめですな」
「そしてお前たちは、自由にならない孤児院を1つ潰せたわけだ」
「……え、ええまあそうですな」
小男は少し言葉を濁らせた。
確かに言う事を聞かない目障りな孤児院は消えたのだが、まだ問題が残っていた。
このところ、息のかかった孤児院に爆弾を投下するかの如く、多額の寄付をしていく者がいる。
かなり困窮している孤児院や、私欲に走った院長はまだしも、この寄付のせいで影響の少ない孤児院や本格的に染まっていない孤児院が、モノイドたちに靡かなくなってきた。
そんな理由で、小男は素直に喜べない。まだまだ暗躍しなければならないと肩を落とした。
「ああ、それと――」
小男は思い出したと、ラルゴゲイに報告する。
「わたしを追いかける人狼が1人おりましたが、軽く撒いてあげましたよ」
「ははは、あのフランシス子飼いの人狼か。それは痛快だな。」
重ねて事が上手くいきすぎて、ラルゴゲイは笑いが止まらなかった。
しかし、彼らは人狼たちを舐めていた。
まずラルゴゲイは人狼の能力を良く知っていなかった
そして小男は人狼の能力を良く知っていたが、フランシス部下の人狼が3兄弟である事を知らなかった。
フランシスの子飼いの部下に、人狼がいるとラルゴゲイから聞いていたが、3兄弟という報告を受けていなかったからだ。
完全な連絡不行き届きである。
しかも、小男の「1人」という発言を聞き逃した。この辺からも、ラルゴゲイの能力の低さが伺える。
シンフォニー兄弟は卓越した追跡者である。
慎重な追跡が仮にバレたとしても、総数が1人と思わせる方法を取っていた。
最後に残った追跡者が、相手の後ろ脚に飛びかかる。
人狼は優れた追跡者だ。さすがに隠密行動などは人猫などには劣るため、サスピ邸への侵入はできず、残念ながら、ラルゴゲイたちの悪巧みを耳にすることはできなかった。
だが、追跡そのものは成功していた。
高笑いするラルゴゲイと、あざ笑う小男から壁と庭と外壁を越えた先――。
シンフォニー兄弟の末弟が、サスピ男爵邸付近に潜んでいた。
次兄はわざと撒かれて小男の油断を誘い、長兄は小男に一度は撒かれたが、末弟の痕跡を追ってフミーが閉じ込められていた小屋から救出に成功していた。
しかも、この三人、互いを追跡するとなればさらに高い能力を発揮する。
末弟1人が、追跡に成功した時点で3人すべてが集結できるのだ。
次兄はサスピ邸近くに潜んでいた末弟を発見し、すぐさま追跡の交代を行った。
末弟は次兄を残し、フランシスの元へと報告に走った。
赤い月の光を浴びて、シンフォニー末弟が夜の街を走る。王都の悪を許さぬと、主人の元に向かって走る。
* * *
翌日――。
ラルゴゲイと小男は、重ねてまだまだ甘かったと証明される。
「おい! ベデラツィ! 出てこいや!」
葡萄噴水公園区画の片隅で、早朝からベデラツィ商会の玄関を叩く者がいた。
今日の朝には、王都から大金を持って立ち去るはずのウイナルだった。
いつまで飲んでいたのか、朝にも関わらず顔が赤い。
「はいはい、なんですか?」
何度も玄関を叩かれ、このところ忙しくて寝てる暇もないベデラツィが観念して覗き窓を開いた。
「あ、ああ……あなたは確か」
「そぉーだ。ウイナルだっ! お前から商人株をだまし取られたな!」
奪い取ったつもりはあったが、だまし取ったつもりはないと、ベデラツィは反論したかったが言わなかった。
酔っ払い相手と議論は面倒だからだ。
「おい! 金なら持ってきた! これで株を返せ!」
金貨の詰まった革袋を見せつけ、ウイナルは無理を迫って来た。
無理といっても金貨の額は、合法的に商人株を買い取るには充分なほどだった。しかしベデラツィは商人株を売るわけにはいかない。
貴族や富豪に『痩せ薬』を売るためには、どうしても必要な許可証だ。儲けと比べると、金貨の価値は限りなく少ない。
「売るわけにはいきませんね。だいたい、その大金。どうしたんですか?」
そこそこの金である。真面目に労働で貯めるとなると、1年はかかる額である。
ぽっと手に入るような金ではない。
「お前に教える必要などないだろう!」
質問を突っぱねるウイナルを見て、これはダメだとベデラツィは肩を竦め――。
「ふむぅ……」
覗き窓を閉じ、腕を拱き考え込む。
(短期間でこれだけの金を? よほど金集めの才能が? いや、そういう事ができないからこそ、私は彼をカモにしたわけで……。それともマズい金に手を出したか?)
「おい、こら! 開けろ! ベデラツィッ!」
再び玄関を叩くウイナル。
嫌なリズムを耳にしながら、ベデラツィは思案を続ける。
(とはいえ、このところ忙しい。麻薬を作るにも売るにも人手がいるのは確かだ。……よし!)
「元はといえばあなたの商人株ですからね。商人組合の名簿登録は書き変わってますが、株の表書きはあなたのままですし……。対等の立場とはいきませんが、一緒に商売をしませんか?」
覗き窓を開け、ベデラツィは一つの案を提示した。
ぽかんとした顔で、ウイナルはベデラツィを見上げる。
「俺……雇うだ、と?」
「それにそのお金はもしもの時に取っておきなさい。私が商売から手を引くときに、商人株を買い戻すとしても少しは軍資金が必要でしょう?」
「え? あ、ああ……そうか。商人株だけ取り戻して、現金が皆無じゃ何もならないな」
頭を掻いて視線を逸らすウイナル。
本当に何も考えてなかったのか、このバカは――と、呆れるベデラツィ。
「そうでしょう? ですから真っ当に給金を出しますので、それを貯めて運転資金に充てたほうがいいでしょう?」
「言われてみれば、その通りだな! ようしっ! 俺がここで働いてやるから感謝しろ!」
偉そうなウイナルの態度に、はいはいと大人な態度を見せるベデラツィ。だが、このベデラツィという男の内心は違う。
(まあこっちも違法なモノを扱ってる身。多少、汚い金を持ってるヤツを置いていた方が身代わりにもなるだろう)
ベデラツィの中では、打算が働いていた。
大金を抱えたまま働く彼は、目くらましにちょうどいい。ベデラツィが自分の金を抱えて逃げても、大金を持ったウイナルを置いて行けば、こいつが主犯だと思われるだろう。出所のわからない金ならなおさらだ。
こうしてベデラツィ商会は、ある事件の証人を抱え込んだ。
ラルゴゲイも小男も甘かった。
本物のクズとは、他人との約束など守らないものだ。
もちろん悪事に加担している以上、自分が不利になるウソ証言などの秘密は守るだろう。
だが、王都から出て行くという約束は、彼にとって利益にはならない。破っても不利にはならない。そしてウイナルにとっては、王都に残ることが悪事の発覚になるなど想像だにしない。
しばらくの間、ベデラツィはウイナルを販売に回すことにした。
麻薬……実はただの痩せ薬だが、この製法をすぐに明かすわけにはいかないからだ。
それにたとえ才覚はなくても、ウイナルは元商人。目上の貴族に挨拶に回って、薬を売るくらいなら無難にこなせる。
これがラルゴゲイたちにとって面倒だった。
頻繁に貴族の家に出入りする者を、簡単には始末できない。
難癖をつけて捕縛するにも、ベデラツィ商会のバックにはザルガラがいた。子供といえども、彼の父は王国名家の伯爵である。
「よーし、こりゃ近いうちに商人株を買い取れるな!」
小金を貯めるウイナルを横目に、ベデラツィは魔具を動かし痩せ薬を生産しながら呟く。
「……毎晩の酒を止めれば、ね。まったく製造の手伝いも探さないといけないなぁ」
* * *
さらに、まだまだまだラルゴゲイたちは甘かった。
「自分がやりました……」
巡回局の取調室で、グッドスタインが虚ろな目で自白をしていた。
彼の正面には、部下の自白を沈痛な面持ちで聞くモルガン局長がいた。
「グッドスタイン十人隊長。では、君が放火の犯人だというのか?」
部下の真意を探る目で、鋭く質問するモルガン局長。
「火を放ったは俺です……。孤児院の運営資金を着服しているのがバレるのが怖くて……」
「……孤児院の一部会計書類がないが?」
モルガンは書類束を叩き、うつむくグッドスタインに問う。
「自分が……処分しました」
力ない目だが、力強く証言するグッドスタインを見て、モルガン局長は額を押さえた。
「金は? 金を使ったなら何を買った? 何に使った?」
「……いろいろと……。憶えてません」
グッドスタインの証言を聞き、モルガンは憤りに似た溜め息を吐く。
「明らかに君ではない存在が、孤児院で目撃されている。それについては?」
立て続けに証言を取るモルガン局長だが、すでに投げ槍な声色となっていた。
「自分は知りません。ですが、そいつが侵入していくところをみたからこそ……。そいつに罪を擦り付けられると思って……」
「ではグッドスタイン。白柄組が火を放ったと、騎士団が逮捕したがその点についてはどう申し開く?」
「……彼らはやってないと言っているのでしょう?」
「だが、証拠はあるようだぞ」
「ならば、それはねつ造でしょう」
グッドスタインが言い切ると同時に、取調室のドアがノックされた。
「入れ」
「失礼します! グッドスタイン隊長の証言を元に捜索した結果を報告に参りました!」
入室してきた巡回兵が敬礼をし、モルガンはグッドスタインを様子を見た。グッドスタインに動揺は見られない。報告の結果を分かっているような顔だ。
「報告しろ」
「はい! グッドスタイン隊長の借りている倉庫から、発火装置が多数発見されたした。薬品も仕掛けも、孤児院に仕掛けられたものと同一とのことです!」
「そうか……」
放火に限っては物証が出来てしまった。と、モルガンは頭を抱えた。孤児院の違法な資金持ち出しは証明できないが、金の動きを調べればある程度は立証できるだろう。
(せめて、放火の証拠は出ず、資金流用の証拠が出てくれれば……)
モルガンは歯ぎしりをした。
巡回局が別の犯人を捕まえたならともかく、内部の人間がやりましたと自白したのだ。
二つの治安当局が激突する事案である。
仮に士族六派の子弟を助けるため、グッドスタインに罪の全てを擦り付けるとしても、これを王国が精査しないわけがない。
結果、巡回局は痛くない腹を探られ、王都騎士団第二大隊は、痛い腹を探られる。
(資金流用だけならば、白柄組と疑惑が重ならず、もめ事にはならないのだが……)
「全部、自分の仕業です……すみませんでした」
悩むモルガンに、改めて頭をさげるグッドスタイン。
「……ぐっ」
それを見てモルガンは怒りをぐっと堪えた。
モルガンとて無能ではない。
(グッドスタインはアマセイを庇っている……)
そのくらいは推測できるのだ。だが、この状況が好ましくもあった。
グッドスタインを矢面に出せば、騎士団の捕まえた広義の身内である白柄組を釈放することができるのだ。
取引に使えば、孤児院の会計を突かれないようにできるだろう。
グッドスタインさえ犠牲にすれば、巡回局は痛い腹を探られなくて済む。
(グッドスタイン……。お前は、そこまで分かっているのか?)
女を守るためだけに罪を被るグッドスタインの目を覗き、言葉に出さずモルガンは問いかける。
人は善意や悪意だけでは動かない。
論理的に愚かな選択をする人間がいる事を、ラルゴゲイも小男も、そしてその背後にいるモノイドも理解できていなかった。
――結局今のところ、悪党どもの計画は何一つ成果を上げていなかった。
* * *
王都のどこかの薄暗い地下室で、肉を蹴る鈍い音が響いていた。
「ありがとうございます! じゃなかった! 申し訳ありません、モノイド様!」
「あんた! 本当は! こうされたいから! わざと失敗してんじゃ! ないの!」
ミニスカートが捲れ上がり、モノイドの激しい踏みつけが、小男の背を襲う。
「決して! これは! そのような! そこ、あふんっ! ことはなく! そこです!」
「そこですじゃないわよ! マッサージじゃないのよ!」
指示語を連発して喜ぶ小男を蹴りまくり、これまた恍惚の顔を浮かべているマルチ=モノイド。
「まったく! これじゃフミーって子は諦めるしかないわ。そうそうに撤退することも考えておきましょう」
「王都から撤退……ですか?」
「しょうがないじゃない。ここまで見事に何一つ上手くいってないんですもの。取り返そうとしたら……」
「モノイド様。それはそれでマズいのでは?」
「どうして? 息のかかった孤児院からあらかた子供は引き上げたわ。数だけなら充分――」
「息がかかっただけの孤児院です。計画はバレてないにしろ、何者かが『困窮孤児院から子供を集めている』と王国に知られます」
「ぐ……」
モノイドは小男の指摘を受けて、声を失った。
同じ手がエウクレイデス王国で通用しなくなるという事だ。下手をすれば、アポロニアギャスケット共和国にも話が伝わり、地元で同じ手段が行えなくなる恐れまであった。
「ま、まずいわよね? 古来種様になんてお詫びしたら良いのか?」
「とりあえず、ある程度事情をしっている孤児院関係者は始末したほうがよろしいかと」
「……もう失敗は許されないわよ」
「心得ております」
畏まる小男の頭部を見下ろし、ふとモノイドに疑念が湧く。
「ところで……あんた。他にも失敗とかミスとか問題とかあるんじゃないの?」
ビクリと跳ねる小男。
まさかと冷たい目を投げかけるモノイド。
その視線を浴びながら、小男はゆっくりと顔を上げた。
「えーとえーと、なにかあるかなぁ……。えぇと、何かないかなぁ。待ってください、今思い出しますから」
期待に満ちた顔で、小男は懸命に記憶を手繰っていた。
「なに、必死にミスを探してるのよ、あんた!」
げしっ!
モノイドの足が小男の脇腹にめり込んだ。
「ありがとうございます!」
前書きで威勢のいいこといってますが、指を火傷するわ、肘部管症候群再発するわ、落雷怖くてPC電源入れられないわと散々な数日です。
活動報告に第二章のキャラクター紹介を追加しました。
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