仮面のアンビヴァレンツ
狭い廊下を駆けるアマセイの後に続き、オレとアザナは玄関へ向かった。
ふわふわ浮いてるディータは、オレが移動すれば勝手に引っ張られるようについてくるし、タルピーも踊りながら興味津々とついてくる。
ペランドーは少し戸惑っていたが、特に遅れることなくついてきた。
途中、子供たちを庇うフモセがいた。アザナとフモセは目で会話する。たぶん、「子供たちは任せて」「うん、わかった」というやり取りだろう。
……いいな、アレ。
オレとペランドーも友情力がアップして、目で会話とか出来ねぇかなぁ。
視線をペランドーに飛ばす。
うろたえるペランドー。
――特に思惑持ってなかったから通じなかった。何やってんだ、オレ。
アザナは少し遅れ、アマセイとオレは並んで玄関ホールへと出た。
そこには、真っ白なコートと真っ白な筒帽子姿の若い男が3人いた。がっしりとした地厚のコートなので、真っ白なのに暑苦しい。そしてヤツらの名の元となる、真っ白な柄の剣を腰に下げている。
『おー、カッコいい』
タルピーが3人の恰好を見て、そんな感想をもらした。
まあカッコいい……か?
この手のヤツラは子供心にはカッコいいと思える。一歩間違えば幼稚なカッコよさだ。赤柄組も真っ赤な服と小物で揃え、凝った髪型で自己主張している。
コートの質だって悪いもんじゃないし、それを真っ白なまま維持するのは大変だろう。金もかかってる。
ヤツらも努力している。方向性の是非はともかく。
イライラとした表情の3人は、玄関ホールにある組み立て済みの傘を蹴飛ばして散らかし、うっぷんを晴らしていた。
「来たか、アマセイ! ……なんだ!? また子供を拾ってきたのか? 今度は学園の服を着せやがって!」
リーダー格らしい鋭い目つきの男が、アマセイを指差して叫んだ。
どうやらオレたちも孤児と思っている……いや、分かっていて挑発かな。
「学園に通わせる金はどこから出した! また男を騙したのか!」
――ん?
なんか引っかかる言いかただな。さっきの態度もあるし、このアマセイって……。
「落ち着いてください。ウーヌさん。この方たちは、ここに仕事を持ってきてくれてる方たちです!」
「へ、そうかよ。また金づるってわけか」
このリーダー格の男が、ウーヌ・ヒンクのようだ。眼光鋭く、立ち振る舞いに隙がない。不良集団ながらヨタったところがなく、士族子弟らしくキリッとパリッとしている。コートと相まって、雪山装備の軍人のようだ。
「まったく、10年前の戦災孤児以外も受け入れるから、金が足りねぇんだよ! ここはオヤジが作った孤児院だぞ! 勝手な事するな!」
本来、軍属の孤児院は徴兵された民兵の子供か、戦災孤児くらいしか預からない。
10年前の内乱で被害を受けた子供たちなら、ここの孤児は皆10歳以上のはずだ。それなのに、何人か年少な孤児がいた。
つまり、この10年間で、孤児院は新しい子供を受け入れたと想像できる。
「同じ下町の孤児です。軍直轄であろうと、地元の孤児も受け入れるべきと私は考えています。もちろん、ウーヌさんのお父様であるヒンク様には感謝の念はつきません。ですが、ヒンク様は孤児院設立の提案者の1人で――」
「軍の中で横車を押すのだって安くねぇんだよ! たく、オヤジもアマセイの色気に騙されやがって! おい、お前ら、こっち来い!」
指示を受け、傘を散らかしていた2人の男が苛立つウーヌの背後に移動し、背筋をピンと張った。軍隊染みてるのは、士族の息子だから、それとも軍を真似てるだけか。
「いいか。ここは軍から予算が下りてるんだ。それ以上の事をやるには、上の許可がいるんだよ。副収入の許可もだ! それだって許可申請の書類を、上に出せばいいってもんじゃないぞ! いろいろあるんだよ!」
不良集団が書類仕事の機微を語る。なんだ、コイツら。
ちょっとコイツらに興味が湧いてきた。アマセイと孤児院にも――だ。
「わかった? 軍から充分な予算は出てるんだ! 勝手なことするな! 戦災孤児以外は、他の施設に出せよ!」
「いえ、だめです。この子たちは、親たちが暮らしたこの場所で育って巣立つべきです。受け入れてくれる施設が仮にあっても、地域の人たちと離れるべきではありません」
アマセイの反論を聞いて、ちょっとだけ納得した。
なるほど、それも道理だ。規律のウーヌに対して、アマセイのいうことは一応筋が通っている。
孤児であろうと、地域の人々と繋がりがある。親はココに住んでいたわけだから、無関係ではない。友人も下町で得て、先達も下町の人たちを師事し、仕事も下町で就く。ベストではないが、ベターだ。
生まれた地を飛び出して成功する人間は、よほど運があるか才能があるか――だからな。
戦災以外の孤児を積極的に受け入れ、地域に貢献しているのはアマセイだ。
しかし、それでは予算を超えるし、軍系孤児院の活動から逸脱する。
アマセイの行動は慣習的に良い事だが、法治的には悪い事である。
ウーヌは反論を受け、歯ぎしりをした。そして目を伏せて言う。
「そうかよ……。それで俺からの贈り物を売り払って、ガキどもの食い物と服にしたってわけかい!」
「私に身飾りは必要ありませんので――」
見ればアマセイに装飾の1つもない。髪留めすらもただの金具だ。清廉と言えば聞こえは良いが、貰ったもんを売りさばくと言えば聞こえが悪い。
アマセイの発言に、怒りを露わにしたのはウーヌの背後に控える2人の男だった。
「この女! ウーヌの兄貴が今まで貢いだ分で、どれほど苦労してると思ってるんだ!」
後ろに控えていた男が怒鳴った。もう1人の男もそれに続く。
「ウーヌの兄貴はな、士族子弟として禁止されてる副業で、昼夜働いてるんだ! 夜店とか酒場とか、昼は川港の荷卸しをして、残りの月賦払ってるんだよ!」
「チクショウ! 副業してるなんてバレたら、俺はオヤジから大目玉だぜ」
「大丈夫です、ウーヌの兄貴! 川港の親方は良い人です! 兄貴の働きぶりを理解してくれてます!」
「夜店の元締めなんて、兄貴が士族じゃなければ、身内に迎えたいとかいってましたよ!」
「う、うう……、親方……。元締め……」
目を潤ませるウーヌと、彼を必死に励ます白柄組のメンバー。見ていてちょっと同情する。
というかさ。
なんか、オマエら更生してねーか?
白柄組って、士族六派無頼の集団だよな。なんで真面目に働いてるの?
いや確かに士族と軍属は副業禁止だから、規定違反してるっていう不良行為だが……。それはそれとして額に汗水して働くとか、どんだけ勤労青年なんだよ、オマエら。
「結構……真面目だな」
素直な感想がオレの口から洩れた。
隣りで聞いていたアザナが肯く。
「意外ですよね。まるでザルガラ先輩みたい。みんなにもっと知って貰わないと」
「アザナ、オマエ後で校舎裏な」
「なんでっ!?」
「オマエが伝聞に関わると、絶対変なことなるだろ?」
「ああ、余計なことを付け加えますね、ボク」
やっぱりか。
ウーヌたちは怒ってはいるが、無害そうだ。オレとアザナが余裕をかましていると、下町を走って来た子供が門前に現れた。
そして感涙するウーヌたちの背を指差し、
「あいつらだよ、父ちゃん!」
と叫んだ。
「あんだと!」
「よくもアマセイさんを!」
「こんにゃろ! 軍領たる孤児院で、士族の子が暴れやがって!」
「アマセイさん! すぐに追い出してやりますからね!」
「丸太は持ったか!」
「ヒンク隊長に恩義はあるが……。だからこそ、その根性叩きなおしてやる」
したまちの オヤジたちが あらわれた。
どうやら、内職していた子供たちが逃げ出し、下町の男衆を連れてきたようだ。
しかし、あのガキは今、父ちゃんって言ってたな。
「あいつら、孤児じゃなかったのか?」
下町のおっさんたちを連れてきた子供を指し示し、事情を知ってそうなアザナに訊ねる。
「ああ、下町の子供たちも内職を手伝ってるんです。手間賃とおやつがでるから、託児と家の稼ぎの足しになると、地域で人気なんです」
へぇー、なるなる。孤児と下町の子供の共同作業だったのか、あの内職は。
なかなか、感心なことだ。仕事を通じて、孤児と下町の繋がりを保てる。金も地域に分配される。
孤児院だけが、いい仕事にありついてる……などと大人に妬まれる事にもならんし、おやつも出るので子供にも不公平感がでない。アマセイとアザナは、なかなか立派な事をしている。
ま、金がかかるがな。
それをアマセイは男を騙して得てるって事か。
聖女の仮面をつけた悪女か、悪女の仮面をつけた聖女か。
それとも天然の男誑し……無いな。アノ様子からして。
「なんだ! お前らっ!」
「うわ、何をする!」
士族の不良集団とはいえ、多勢に無勢。しかも下町とはいえ、民兵経験のある男も混じってる。角棒など手にして殺到するオヤジを前に、たじたじとなっている。
結構、コイツらには同情するところもあるんだけど、この流れに水を差すわけにもいかないな。
「出番ありませんでしたね。せっかくザルガラ先輩の大好きなケンカで暴れる機会だったのに」
騒乱を眺めつつ、アザナが失礼なことを言う。
「オマエ、オレが誰か構わずケンカ売るヤツだ思ってんのか?」
「え? 違うの? ザルガラくん!」
「ペランドー、オマエもか!」
オマエもオレをそんなヤツだと思ってるのか!
なんで丸い目をして、心底驚いたー、って顔してんだよ、ペランドー!
「つまり……アレか? アザナもペランドーもオレとケンカしたいってことか?」
「やめてください、子供たちが見てます」
「ケンカなんてしないよっ!」
臨戦態勢を取るフリをすると、アザナは子供を利用して受け流し……つかオレもオマエも子供だよ。一方、ペランドーはへっぴり腰になって、両手を振り下がっていく。
――などとオレらが身内で揉めてる間に、白柄組の面々は、剣も抜くことなく這う這う体で孤児院から追い出されていった。
「いやぁ、アマセイさん。平気ですか?」
「怪我はありませんか?」
「大変だ、怯えてしまって。もう大丈夫ですよ」
アマセイが怯えている様子はないが、下町のオヤジたちがわらわらと彼女の周りによってきた。大丈夫だぜ、その女は強かだからな。
内心では、ほくそ笑んでると思うぜ。
「みなさん、ありがとうございました」
「なあに、ふだんうちのガキが世話になってるしな」
「困った時はお互いさまでさ」
下町のオヤジたちと、孤児院はいい関係を持っているようだ。奥さんはどう思ってるんだろうね、これ。
しかしまあ、下町密着の託児所状態の孤児院か。しかもアマセイ特製おやつが出て、内職もある。
なかなか、いい立ち位置を確保してるようだ。オレの偏見かもしれんが、孤児院なんて下手すると鼻つまみ扱いされるし、こういうやり方もあるんだと勉強になる。
しかし――。
「アザナ。ゴーレム共同研究の件、無しな」
「えっ!?」
アザナが心底驚いた――と、いう初めてみる顔を見せた。なかなか愉快だが、それを指差して笑ってもいられない。
「どうしてですか? ボクと研究するのが嫌なんですか?」
「そういうわけじゃねぇ。この孤児院に協力する形で共同研究ってなら、手を引くって事さ」
下町のオヤジたちに、お手製焼き菓子を渡すアマセイをちらりと横目に見る。まったくわざわざ手渡すのに、手を握ってやるとか恐ろしいよ……、あの女。
そのせいで、舞い込むトラブルもあるだろう。さっきの白柄組……は、なんか更生の道を進んでいるようにも思えるが、もっと大きな問題を引きこむ可能性がある。
あのアマセイが、思わせぶりな色気を振り撒く限り、な。
断る理由を1から全部説明するのは面倒だ。アザナだって分からないわけじゃないだろう。
アマセイを見るオレ視線に気が付き、アザナは不味かったかなと後悔している様子だ。ああ、オマエはオレのことを、ほんと分かってないな。ムカつくよ、ホント。そういうところがな。
まったく、いつになったらオレがどういう性質なのか、理解してくれるのかねぇ。
オレはマントを翻し、自分の溜め息を打ち払う。
「はあ……まったく。こんな孤児院が関わるようじゃ、おちおち研究とか言ってられねぇよ」
アザナ「ザルガラ先輩ってツンデレと天邪鬼が合体した感じですね」
ザルガラ「オマエの話は分からん」




