孤児院の生産品 (後書きに挿絵アリ)
「スロウプさん。グッドスタインさん。裏口の修理ありがとうございました。焼き菓子があるので、お茶をしていってくださいな」
孤児院を預かる院長。エルフのアマセイは男を虜にする笑顔で、下心たっぷりな巡回兵をお茶に誘った。といっても、孤児たちのおやつの時間でもある。
大丈夫。
この雰囲気では何もありようがない。
「ありがとうございます! アマセイさん! 頂きます!」
勤務中だろうに、スロウプたちはご相伴に預かった。ついでにオレたちもご相伴に預かった。
内職をしていた子供たちも、フモセと共に食堂へやってくる。
この孤児院では、おやつの時間が決まっているらしい。なかなか豊かな食生活してんな。
「巡回に来てくださったのに、修理までしてくださって……大人の男手が少ないから助かります」
お茶を差し出し、改めて礼をいうアマセイだが、その言い方は「今後も期待しています」とも聞こえる。
「いやいや、お任せください。巡回兵は王都に住む、全ての民のお役に立つのが仕事ですから」
スロウプはまんざらでもないようだ。まあ、次もって事はぁ……つまり、また来てくださいって意味と同義だからな。この反応の当然か。
まったく曲がった口で、スロウプも意外とまっすぐな事を言いやがる。
「こう見えて自分は器用なので、困った事があったら、すぐに言ってください。アマセイさん」
もう1人の巡回兵、グッドスタインが巡回としての仕事ではない事を得意だと宣伝してきた。
脱いで置いてある兜を見たところ、羽飾りがあるのでグッドスタインも隊長格のようだ。隊長2人で何してんだ、ここで。
部下はどこだよ。
「白柄組のことなら、俺にお任せを。グッドスタインの奴は内勤ですから、荒事には役に立ちませんので」
割って入ってスロウプが自分を売り込む。さすが斜めだ。するっと入ってくる。
「外勤もできますが、数字の処理と外勤の持ち込んだ面倒を処理する者は、自分くらいしかいませんので」
グッドスタインの口も負けていない。
しかしそんな足の引っ張り合いじゃ、お互いの株を下げるだけだ。アマセイも分かっているのかいないのか、笑って「そうですか」と肯くだけだ。人間社会にいるような長命のエルフだ。まあ分かっているんだろう。
巡回兵の2人が、互いの欠点を論う間に、テーブルの上のお菓子はどんどんと減っていく。お上品に、各々の分が皿の上に載っているわけではないし、取り分けてくれる給仕もいない。
オレは少しお菓子を戴いて、後は近くの子供にくれてやった。
背後でふらふらしていたディータが、そのお菓子をジッと見ているが、オマエそれ食えないからな。高次元物質のお菓子とか、この世界には存在しねーから。
一方、タルピーは子供たちの間を、ふらふらと気ままに踊っている。タルピーの大部分は4次元の存在な上、5次元に片足突っ込んでる存在なので、子供にぶつかっても平気だが、一応は気をつけてほしい。
「おいしいですね、これ」
ペランドーはこのお菓子を気に入ったようだ。
ふむ。
オレは手元に残った欠片を食べ、よく味わってみた。粉多めの焼き菓子だが、手間がかかってる。素材もたぶん悪くないな。出来立てで、袋に包んだような風味は無い。
「手作りか」
「はい。私が作ったんですよ」
オレの判断を、アマセイが肯定する。
これに2人の巡回兵が反応した。
「ア、アマセイさんが作ったんですか、それ! さすがっ! お上手ですね! とても美味しいですっ!」
「お、美味しいですね、そのお菓子!」
オマエらは食ってないだろが、悪口を言い合ってて。
指示語が「それ」とか「その」になってんぞ。
「ええ。このところ内職が少なくて、時間だけはありますの……。ああ、運営の方は大丈夫ですよ。予算は定額通り下りてきてますし、アザナさんが持ち込んでくる内職と、先日の親切な方が持ってきてくださった寄付がありますから」
ん?
アザナが内職を持ち込んでるって、さっき子供たちが作ってた部品がソレか?
「ああ、前の話の方ですね。それは良かった」
「……そんな人が?」
寄付の話にスロウプは余裕の笑顔を見せたが、グッドスタインは渋面だ。きっと寄付してきた男に、アマセイの気持ちが奪われないかと心配なのだろう。
「ええ。後から聞いた話ですが、北の遺跡で区核を手にいれた冒険者の方らしく、各所に篤志をして回っているそうですよ」
……なんか思い当たる節がある。もしかして異国の戦士風かな?
「それは奇特な方ですね」
納得できない顔付きのグッドスタインだが、まあ疑う気持ちはわかる。こんな美人のエルフが取り仕切る孤児院だ。
金に飽かせて近づく者もいるだろう。
「あのー、失礼しますー。スロウプ隊長とグッドスタイン隊長はいらっしゃいますか?」
一口も焼き菓子を食べられなかった2人の巡回兵の名を、玄関付近から呼ぶ声がした。
「うちのもんが来たようですね」
スロウプの部下が来たようだ。この部下も勝手知ったるナントカなのか、ずかずかと孤児院の中へ入ってきて食堂までやってきた。
そういや軍施設みたいなもんだから、巡回兵が入ってくるのも当然か。
「あ、隊長。こちらにおいででしたか。局長からの呼び出しです」
2人の隊長を見つけた巡回兵は、敬礼をして本部からの呼び出しを告げる。
「おい、グッドスタイン。お前、呼ばれてるってよ」
「呼ばれてるのはスロウプ先輩ですよ。自分はここにいないって事になってるんです」
しかし、2人は呼び出しを擦り付け合い始めた。どんだけ、ここにいたいんだよ。
「だから呼ばれてるんだろ。内勤だろ? お前は早く帰れよ」
「いや、しっかしと巡回してないスロウプさんが呼ばれてるに違いないです。もしかしたら、スロウプ先輩がこの間、局長のウィスキーを毒見だと言って2杯も飲んだのがバレたんですよ」
「ちょ、おま! それを言ったらお前が面倒な書類を局長に回してるってがバレたんだよ!」
なんて醜い擦り付けあいだ。
子供には見せられない大人の姿だ。
「お2人ともですっ!」
その醜い2人に向け、部下が容赦なく言い放った。
これを聞いて、がくんと目に見えて落ち込むスロウプとグッドスタイン。
仲良いな、こいつら。
肩を落としてアマセイにお別れを言い、2人の隊長は孤児院から出て行った。仕事しろ。
「さあ、俺たちも仕事に戻るぞ」
おやつを食べ終え、手持ち無沙汰の子供たちの様子を見て、年長の孤児が仕切る。なかなか優秀な子だ。
少し多めのお菓子を食べ満足した子供たちは、年長者の指示をよく聞いて内職の作業に戻った。よく訓練されてる。なんだかんだと軍属の施設だからか?
まあ徹頭徹尾、真面目に取り組んでいるわけじゃないようだ。手伝うフモセの膝に乗ろうとする子もいて、ちょくちょく年長者の叱り声が飛ぶ。
「さてと、オレたちをここに連れてきたのは、こちらのエルフさんお手製焼き菓子をご馳走するためじゃねぇだろ」
ゆったりと最後にお茶を飲み終えたオレは、どういうことだとアザナの顔を覗きこむ。
ニッコリと笑うアザナは、内職をする孤児たちがいる隣りの部屋を目線で指し示した。
「ここのみんなには、いろいろこれから手伝ってもらいますので、ザルガラさんを紹介したいんです」
「ん~? 孤児院の内職に、ゴーレムの研究を……か?」
「はい。もうじきこの内職も終わっちゃうので、新たな内職が欲しかったところなんです」
「へえ、何作ってるんだ?」
「これです」
そう言って、アザナは玄関に並ぶモノを手に取って見せた。
ソレがそこにあるのは知っていたが、てっきり孤児院の備品かと思っていた。
アザナが見せつけるソレは、黒い布張りの筒……。
「傘か」
なるほど、これからの季節は雨が多く降り、傘の需要が増える。答えが分かってからよく見ると、子供たちが手掛ける部品は傘の柄や骨組みだ。
実は投影魔法陣は雨に弱い。
雨は落下してくるレンズみたいなものだ。真球の雨……ああ、雨は実のところ涙滴型ではない。ほぼ真球に近い……雨粒がレンズとなり、投影された立方体陣を細かく掻き乱す。
オレやアザナは、雨の中でも問題なく立方体陣を投影できるが、ちょっと腕が立つくらいの魔法使いでは、雨のせいで投影が乱れてしまう。
学園がこれからの季節、長期休業になるのも雨が原因だ。
教師ですら投影が難しい雨の季節に、わざわざ学園に生徒を通わせる必要もないだろうという配慮だ。
屋内学習ならばいいだろうという話もあるが、まあこれは生徒を休ませて教師陣がいろいろと学業の準備もしたいし、生徒も単純に休みたいし、利害の一致だ。
「ただの傘じゃありませんよ」
アザナは得意顔で、傘を片手で持った。そして柄を親指で操作すると――。
ボンッ! と、なんとも気持ちのいい音がして、傘が一瞬で開いた。
「なんだそりゃ! どうなってるんだ! 寄越せ!」
オレはアザナから傘を奪い取った。
そしてペランドーと一緒に調べた。魔法陣の解析と違って、いろいろと勝手が違う。
「このボタンで、ロックを外してるんだね」
一度畳んだ傘の柄に、横からペランドーが手を出して言った。強く押すと留め金にかかっていた筒がスライドしていき、ボンッ! と音を立てて傘が開く。
「機械式か。へー、ほう。ばねを使って片手で開くようにしてるってわけかよ」
「ボクが設計して、ここのみんなに作ってもらってるんです」
言われて孤児を見れば、年長者が傘の柄に仕込む金具を組み立てていた。年少者を部品より分け並べ、それを年長者が受け取って組み立てる。
便利な傘作りが内職か。
需要もあるし、アイデアもいい。きっと売れるだろう。
――ま、小金だろうが。
あとでデカイ商人にノウハウを売ってやらせたほうが……って、こいつの後ろにはユスティティアとアイデアルカット・エン・エッジファセット公爵がいたな。盤石だ。
「アザナさんがこの仕事を割り振ってくれたおかげで、経営がだいぶ助かりましたの」
軍属で一定の予算があり、設立に王の財布から金が出てるとはいえ、子供を育てるというのは何かと入り用がある。
食費は無論、病気の治療に教育に施設の修繕に就職のあっせんなど、金のかかる事は多い。
「つーと、もしかして……。ゴーレムの部品をコイツらに作らせるつもりだな」
「正解」
何語だ、ソレ?
オレを指差し、当たりだと褒めるアザナ(たぶん)。
「それからもしかしてもしかするともしもの可能性と推測だが、その資金をオレに出させるつもりだろ」
「……てへぺろ」
「誤魔化すな」
オレのゲンコツをひらりと躱し、アザナがあざといポーズを取った。
空振りする拳を震わせていると、アマセイがオレの手を取って両手で包む。
あんだ?
ケンカはダメとか、仲裁するか? さすが孤児院の管理人だな。
「ありがとうございます。ポリヘドラ様」
……おい、もしかしてソレは資金面への礼か!?
さすが孤児院の管理人だな、の意味が変わるぞ、この女!
どんだけ受け取る事に慣れてんだ?
貢がせるのうまいんじゃねーか、こいつ。
「あの、アマセイさん。ザルガラ先輩に色仕掛けは通用しませんよ」
「あら? アザナさん、そうなの? もしかして彼、ソッチなのかしら?」
「ソッチでもドッチでもガチでもねーよ。分かってやってるのか、この女」
アマセイの柔らかい手を振り払い、オレは唸り声を上げ歯をむき出しにして威嚇するが、この女はそれを笑顔で受け流す。
いい根性してる。いやまあエルフはともかく、女ってこんなもんだろうな……。って、そんな感想に行きつくとか、オレって女にひどい目にあわされた事があったっけ?
あー、そういえばペランドーがひどい目に会されるのを、隣りで見てたわオレ。
そんなことを思い出し、ふとペランドーを見る。……まだ菓子食ってんのか、ペランドー。
「おいっ! いるか! アマセイ!」
玄関の方から下品な大声が上がり、呑気に焼き菓子を食べていたペランドーの身体が小さく跳ね上がった。
そちらの方にいた孤児たちの悲鳴も聞こえてくる。
「そんな! スロウプさんたちがいなくなったと同時に、彼らがくるなんて!」
アマセイは慌てているようだが、その目はオレとアザナの様子を伺っていた。助力を求める目だ。
うん、わかった。オマエはそういう女なのな?
そんな女だが、それでも庇護者だ。アマセイは孤児たちを庇うため、食堂から飛び出す。
オレとアザナは彼女の後を追う。ペランドーは立ち上がっただけで、おろおろしていたがオレについてきた。
「カレらって、もしかしてアレか?」
オレは呆れて肩を落とし、アマセイの背に訊ねた。
「はい。白柄組の……ウーヌ。ウーヌ・ヒンクです」




