友人との再会
「どうしてこんなことになってしまったんだ……」
怪物と呼ばれたザルガラ・ポリヘドラが逃げ出してしまった。このオレが、寄りにもよってアザナ相手に、背中を向けてしまったのだ。
オレは自室でだらしなく椅子に座り、頭を抱えていた。
「だがしかし、あの場で問答を重ねては、あのまま勘違いを増長させてしまう危険があった。こ、これは戦略的撤退だ」
勘違いが悪化するよりマシだ。それに、いきなり挨拶もせず逃げ出したというのは、礼儀に反している。――に違いない。と、いうことは悪印象を持たれたということだ。
大丈夫だ。きっと好感度が下がっている。
あー、そうに違いない。
すべて上手くいっているということにして、オレは問題を先送りすることにした。
* * *
翌日、オレはティエを伴わせて、王都の下町へ買い物に出かけた。
学園は週に一度の休日である。冷却期間にはちょうどいいだろう。
下手に学園でアザナと出くわしては、勘違いされたまま付きまとわれるかもしれない。こうしていれば、なにか対策が浮かぶかもしれない。
今日のオレは休日ながら魔法学園の制服を身に着けている。別にそんな恰好しなくてもいいのだが、この恰好は身分証かわりにもなる。
貴族らしい恰好でうろうろするより、魔法学園の学生としてうろうろしてたほうが何かと都合がよい。
供のティエにはメイド服ではなく、街着を身につけさせている。
正式な用事や貴族の家に伺う場合などで、こんな恰好をさせるわけにはいかないが、下町での買い物ならこの程度がちょうど良い。
「ザルガラ様。鉄音通りは、右の道です」
「ん? そうだったかな?」
左の階段を下ろうとしたら、ティエが右の緩やかな下り坂を指差して言った。
下町にはあまり来なかったので、道の記憶が怪しくなっていた。オレは学園を卒業してから、王都に来たことがなかったので、だいぶ忘れているようだ。
鉄音通りは、鍛冶屋とそれに関連する業者が集まる通りである。
常に槌が鉄を叩く音が鳴り響き、王都の中で特に耳が痛くなる区画だ。
下り坂が終わると、そこからが鉄音通りである。
賑わいがある通りだが、みな男衆だ。普通の通りと違って、女の姿が極端に少ない。
鍛冶屋が男の仕事であると同時に、利用する客も男が多い。
鍋など家庭用品は錫製なので、このあたりの鍛冶屋は扱っていないせいもある。
「おや? こんな街並みだったかな?」
少し道が狭いような気がする。建物も古びているような気がするし、階数が高い。
――しばらく考える。
そうだ。確か王都を荒らした盗賊団がこの近くにアジトを持っていた。前の人生時、12か13の頃だったか大捕物があったという。
激しい抵抗を重ねた盗賊団は、このあたり一帯に潜んで騎士団を攻撃した。その被害を受けて、一部焼け落ちたはずだ。
再建後の街並みを、オレは記憶していたのだ。
探せば、盗賊団のアジトがどこかの裏手にあるのだろうな。
そうか。ここは夜でも火が落ちず、槌の音が夜半まで続く。盗賊団は、その音に紛れて行動していたのだろう。
盗賊団はアザナとはまったく関係ない事件だったので、特に興味はない。しかし、前もって起きる事件を知っているというのは、妙な高揚感を感じる。
捕物にあたった騎士団は、幹部の盗賊を逃した責で縮小の憂き目にあったと聞くが――それも関係のない話だ。
――そうか。オレは10年先を知っている。
その間に得た魔法の知識や実力だけでなく、歴史を知っているのだ。これは大きな強みである。
場合によっては、これを利用してもいいだろう。むしろ率先して応用すべきだ。
とはいえ、今回思い出した盗賊団の件はどうでもいい。
アザナに関係ないし、オレにも関係ない。記憶によれば、知り合い縁者も関わっていないはずだ。
「余計なことはせず、目的を済ましちまうか」
オレは武器鍛冶屋に用事がある。目的の鍛冶屋を探して、ティエを伴わせて鉄音通りを進む。
魔法の才能はアザナに次ぎ、怪物と言われるほどだが、剣や槍の腕は比べるほどではない。アザナは学園で剣の腕を磨き、いずれは魔法無しでも強化魔法を使った剣士や騎士と渡り会えるほど成長する。
現段階では、オレの方が修練を積んでいる。才能はアザナが上かもしれないが、経験はオレの方が高い。一度目の人生も含めてだが。
つまり、今ならば剣や槍で優る可能性がある。
せっかくの二回目の人生だ。
前回、試せなかったことをやってみるのもいいだろう。
既成品でも良いのだが、どうせならオレ用の武器が欲しい。
学園で使う練習用武器とは別に、携帯用の扱いやすい武器も一つ二つ用意しておこう。
通りに武具鍛冶屋は何軒もある。その中で飛び込み依頼を受けてくれそうな店を、すでにピックアップしてもらっている。鍛冶組合にも話は通してあるので、どこでも依頼を受けてくれるはずだ。
リストの一番上からではなく、ひねくれて中段あたりから選び出した店の戸を開く。
裏手は鍛冶屋で、表はサンプル品を並べる店のようだ。
そんな性質のせいか、店舗に店番が見えない。裏で作業でもしているのだろう。
「熱心じゃない店だなぁ……。隙がありそうだ。思いっきり値切ってやる」
「……本当に御変わりになられましたね」
オレの発言に、ティエが感慨深く反応を示した。オレの成長を喜んでいるのだろう。呆れてるのではないと信じたい。
「おーい、誰かいないのかぁ?」
裏に声をかけると、すぐに反応があった。
「いらっしゃいま……ひっ!」
カウンター向こうから顔を出したのは、見知った顔だった。ふっくら体形のクラスメイトであり、オレの友人だ。
「ん? おう、ペランドーじゃねーか」
「ひいっ! 名前まで憶えられてる! ぼくはきっと、これから学園でイジメられるんだ……」
ちょっと卑屈な肥満児ペランドー。下町生まれだが、魔法の才能を見込まれ、組合の奨学金を貰って学園に通っていると聞いていた。
水魔法の才能があったのに、火魔法を無理に習得した無茶な男である。
「なんでオレがオマエをイジメるんだよ。友達じゃん、オレら」
「……うう。話したこともないのに……。この友達っていう馴れ馴れしさ……。まるでチンピラが金を巻き上げる時の言い方みたいだ」
「具体的だな……」
誰かに金を巻き上げられた経験があるんだろうか、こいつ?
しかし、ペランドーのこの態度はなんだ?
――いや、そうか、まだ友人じゃなかったな。
ペランドーは一度目の人生でオレの友人となったが、それはアザナの取り巻きの一人――アリアンマリ・ルジャンドルって子に傍惚れしたからだ。
オレを利用してアザナを貶めようとしたがうまくいかず、結局はアリアンマリに諭されて裏切り去っていったヤツだ。
別にそれを恨んでもいない。結局はアリアンマリに振られているし、同情すべき点も多い。そしてなにより。怪物の死以降で、最初にオレへ声をかけたのはペランドーだった。
もちろん彼には下心があったわけだが、オレだってなかったわけじゃない。お互いさまだ。
単にヤツが先に下心から裏切ったという話である。
「いや、ペランドー。オレは別にオマエのこと恨んでないから。金を巻き上げるとかねーし」
「怖っ! なんでいきなり恨みとかいう発言が出るの!?」
おっと、失言だったか。オレの経験した未来と、今を混同してしまった。
彼はまだクラスメイトの一人だ。そのように接しよう。
「オマエって下町出身って聞いてたけど、鍛冶屋の息子かなんかなの?」
「……きっと庶民の癖にってイジメられるんだ……」
「ネガティブなヤツだなぁ」
以前も後ろ向きなヤツだったが、ここまでひどくなかったと思う。
「オレはイジメたりしねぇよ。それに今のオレは客。しっかり頼むぜ」
「きっと、無茶な要求をされるんだ……。父さんごめん……」
「なにげに失礼なヤツだなぁ、オマエ。無茶な値引きとか頼まねぇって」
「は? 入店前に値切ってやるぜ、へへへ。とおっしゃってませんでしたか? ザルガラ様」
「やっぱり、狙われてしまったんだ、ぼく……」
「あのなぁ、ティエ……、オマエ空気読めよ」
ティエの余計な一言で、ペランドーがしぼんでしまった。
そういえば、ペランドーって面倒くせぇヤツだったなぁ。
惚れた女の口車にノッて裏切るわ、性格がいろいろ面倒くせぇわと、たぶんろくな友達じゃなかったぞ。
以前はアザナに最高の友達だと啖呵きったけど、改めて考えるに友達扱いしていいのか、こいつ……。




