隠し芸という隠し玉
王宮に上がるまであと数日か。
そんなオレらしくない物思いをしつつ学園に登校すると、門を潜ったところでアザナとばったり出くわした。
「……よう、アザナ。待ち伏せってか?」
「そういうつもりじゃなかったんだけど……、偶然?」
睨みつけ指を鳴らすと、アザナは困ったように身を竦めた。
「おい! ザルガラとアザナだ!」
「また始まるのかよ!」
「みんな離れて!」
「早く、広場区画から出るんだ!」
オレたちの様子に気が付き、生徒たちが逃げていく。
学園は区画ごとに防護魔法がかかっているので、よほどの事が無い限り破壊的な魔法が広域に飛ぶことは無い。区画ごとの見えない壁に阻まれるからだ。
オレとアザナだけを広場に残し、学園の生徒たちは退避した。
それを確認してから、オレは小さく悪人のように笑った。
「くっくっくっ。しばらくオマエと遊ばなかったせいで、いろいろと欲求不満がたまってな。ちょっと遊ぼうぜ、アザナ」
「おととい、遊んだじゃないですか」
「いやあれはどっちかてーと、クラメル兄妹たちと遊んだ感じだけどな」
アザナは女装してたし、結局はうやむやになってしまった。
「と、いうわけで、今日は付き合ってもらうぜ!」
「で、負けたらまたボクは女装させられるんですか?」
「え、ちょ、なに!? おとといのアレは、勝手にオマエが女装して来たんだろ!」
それにオレがオマエに勝った事実は、ただの一度もねぇだろうが!
「やっぱり街で噂になってるアレって……」
「アザナくんを負かすと、無理矢理女装させて連れ歩いてるって噂、本当だったんだ」
「ザルガラ、ぱねぇ…」
野次馬たちがアザナの発言を鵜呑みして、勘違いに拍車がかかっている。
「おい、まて。アレはオマエが勝手に……」
「仕方ありませんよね! ボクは負けちゃったし!」
オレの耳打ちを掻き消すように、アザナは周囲に向かって叫ぶ。
野次馬たちは、やっぱりとささやきあっている。
おいおいおい、オレ死ぬわ。訂正がどんどん難しくなっていく。
「おい、アザナ! 昨日の事と言い、どうしてオマエはオレをからかうんだよ!」
「だってザルガラ先輩……。すぐケンカを売ってくるだもん!」
「なんでだよ! オレが悪いのかよ! いや、ケンカ売るオレが悪いんだけどさ!」
自分で言ってて分けわかんなくなってきた。
泣きたくなるぜ。
「大丈夫です。知ってますよ、先輩。結構、そのおかげで助かってます。この間の試験後、みんなはボクに挑戦してくるようになってきたんです。ふふふ……嬉しかったなぁ」
「……オマエ」
「分かってます。ザルガラ先輩が試験でボクと戦ったお陰で、みんなボクを恐れなくなりました。前は勉強の事を聞きにくるだけだったのに、実戦形式の試合も受けてくれるんですよ」
嬉しそうにオレを見上げ、そんな告白をしてくるアザナ。
生意気でイタズラ好きの後輩だが――。
そうか……オマエも一緒だったんだな。
オレより世渡り上手と思っていたが、どことなく世間との壁があったのか。
結果的にそれを、オレが突っかかる事で取り払っている。
今期の在校生たちは、これからもっと伸びるだろう。アザナを手本にするだけじゃなく、身をもってヤツの魔法を体験するんだ。どんどん魔法の才能が開花していくころだろう。
オレがその証明だ。
アザナとのケンカで、もともとあったオレの才能には磨きがかかっている。アザナと出会わなければ、腐って才能と力をぶん回すだけの魔法使いになったかもしれない。
「でも、こんなにちょくちょくケンカ売られると迷惑なんで、仕返しはします。主に精神的に」
「なんでだよ! 感謝してんだろ! オレが女装させてるって噂は、打ち消してくれよ!」
本当は分かって仕返ししてるんじゃねぇか、アザナのヤツ!
余裕の笑みを浮かべ、オレを見るコイツが憎い。
「ぐぬぬ……こんのぉ~調子に乗りやがって! 今日は少し痛い目に会ってもらうぞ!」
今回もいくつか新しい魔法のアイデアがある。それを試させてもらう!
オレとアザナが魔胞体陣を投影したその時、割って入る針のような人影があった。
矢のように降って来たその人影は、広場中央へ突き刺さるように着地した。
「ええい! やめんか2人とも!」
乱れる寂しい髪を整えつつ、針のような人物が叫んだ。
「ベクター教頭!」
アザナは針の人物を見て叫ぶ。
5人いる教頭の1人、やせっぽちのベクター・アフィン、その人だ。
5教頭の中で、もっとも口やかましく、もっとも目ざとく、もっとも神経質。
魔法の技術はさすが魔法学園の教頭。オレと比べても遜色はない。
魔力の差は大きいが、技巧ではまあまあだろう。もちろん、魔力はオレが上だ。
「ザルガラ君! 君は畏れ多くも陛下の呼び出しを受けておる身であろう! 陛下の御手前、しばらくは行動を慎みたまえ!」
「う、ぐぬぬ……」
王の威光を使われては、さすがのオレも萎縮する。
カラッとしたアザナに対し、オレはじめっとした汗をかく。
野次馬たちの中には、オレが王宮に呼ばれていることを初めて知った者も混じっていた。俄かに騒ぎ出している。しかし、その騒ぎも少ない。大部分が知っている様子だ。
「ああ、分かったよ。アザナ! オレが王宮から帰ったら覚悟しておけよ!」
普段ならともかく、今は事情が違う。今のオレが軽々な行動を取れば、王の顔に泥を塗るも同然だ。
世間からそう噂される。
いろいろ不遜だし、ひどい噂を流されるオレだが、オレのせいで王家に迷惑をかけるわけにはいかない。
「分かればよろしいのだ。さあ、アザナくん。早く行きたまえ」
ベクター教頭はオレを邪魔するように壁となり、アザナを校内へ行くよう促す。
「ザルガラ先輩! またねーっ!」
「そうやって、仲良しアピールして行くな!」
手をぶんぶん振りながら、校舎に駆けっていくアザナを怒鳴りつけるが、壁となっているベクターに睨まれ阻まれた。
「ちくしょ~。また見てたヤツラが、アザナとオレが仲良しと思うじゃねぇかっ」
ふてくされつつ、オレは教室へと向かう。
ベクターが厳しい目を叩き付けてくるが、無視だ無視。無視させてもらう。
ドスドスと廊下を歩き、上級生たちも道を開ける。
オレの歩みを阻む者はいない。
「ザルガラくん! 王宮に呼ばれてるって本当?」
教室に入ると、ペランドーが駆け寄って来た。コイツはオレの歩みを阻んだわけじゃない。
「ああ、もう噂になってるんだってな」
「うん。すっかり話題だよ、ザルガラくん。そっかー、もうすぐあそこに行くんだね」
ペランドーがまぶしげに、窓の外を見た。
そこには、今にも崩れそうな穴あきだらけの城があった。
ラブルパイル城。
その姿はまるで、穴あきチーズを積み上げたような城だ。
丸やら立方形やらの穴が、城の各所を貫通して、向こうの青空が透けて見える。
元々は古来種が立てた行政施設で、現在の形とは違っていたらしい。
古来種の残した城は、一度ばらばらに崩れ落ちた。それらを寄せ集めて、城の体裁を整え組み上げたのが、現ラブルパイル城である。
青空が透けて見える隙間……空間部分は高次元体に置き換わっており、見えないがちゃんと存在している。
つまり高次元の部屋が各所にあり、そこに城の重要な機能を押し込んでいるのだ。
例えば宝物庫や武器室に警備室などなど。
中には古来種が残した魔力源の玄室などもあり、城機能の動力が各所の高次元部屋で賄われている。
王宮も同様に高次元の部屋がある。そこに設けられた王族の寝所も高次元体の部屋で、許可されたもの以外は入るどころか覗くことすらできない。
「ザルガラ様、ディータ姫にお会いになるんですか?」
自分の席に付くと、隣りのヨーヨーが興味津々とばかりに、デカイ胸を揺らして身を乗り出し訊いてきた。最近、馴れ馴れしいなコイツ。
「そうなるかなぁ……」
気のない返事をしたつもりだが、ヨーヨーは食い下がる。
「思い出しますぅ。ディータ姫様のお姿……可愛かったなぁ~」
「――ん? なんだと? オマエ、姫にあったことあるのか!」
相手は消失姫と揶揄され、王城どころか王宮でも姿を見る者がいないって有名なディータ姫だぞ!
「ええ、2年前に療養でランズマへいらした折に」
「そういうわけか……」
アトラクタ男爵の話では、姫の身体の一部が高次元に置換されているという。当初は病気扱いとされたのか、そのせいで健康を損ねたのか、何にせよランズマで療養したのだろう。
「すごいなぁ、ヨーファイネさん。お姫様の姿を知ってるなんて自慢できますよ」
ペランドーが素直に驚く。そらそうだ。
姫様の顔を知ってるなんて、それだけで自慢できる。
「ふふ、すごいでしょぉー、ペランドーくん。あの美しいお姿を忘れないように、絵に描いていろいろネタにしてるんですよ、わたし」
「あ?」
ヨーヨー、オマエ……。
「今なんて言った?」
「え? わたしが毎晩、姫様をオカズに……もぐっ?」
「そうじゃねえよ」
妙な事を言い出したヨーヨーの口を塞ぐ。
キョトンとするヨーヨーを目を見つめ、オレは考えを整理する。
……そうだよ。
こいつの特技、アレじゃねぇか!
「おい、ヨーヨー。1つ、姫様の姿絵を描いてくれねぇか?」
「……はっ! まさかザルガラさまも、姫様をオカズに?」
「オマエじゃねぇんだよ。そんな事しねぇよ」




