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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第1章 天才と怪物
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ユスティティアの拍車

今回はユスティティア中心の三人称です。

 エウクレイデスの怪物。

 エンディアンネスの眠る魔人。

 ポリヘドラ家の梟雄。

 

 王国の高名な魔法使いたちから、そう呼ばれていた鬼才ザルガラ・ポリヘドラは逃げ出した。

 アザナとユスティティアから逃げるように、鐘吊部屋から飛び降りて学区外へと走り去ってしまった。 


「うーん……、これはどういうことなのでしょう?」


 憧れのアザナをエンディ屋敷区域まで送り終えたユスティティアは、馬車の中で首を捻った。

 ヴォリュームアップさせた美しい髪をまとめ上げ、キツイ目元と意志の強そうな眉を強調するように、綺麗な額を露出させている。それによって高い鼻も目立ち、ふっくらとした唇も印象深い。

 

 エッジファセット公にまつわる話で、こんな言葉がある。


 アイデアルカット・エン・エッジファセット公は、いつか手放さなければならぬユスティティアという宝石を得た。

 

 ユスティティアの聡明さと美しさを称えつつ、自領の宝石産出で財を成した父アイデアルカットへの賞美と同情を現した言葉だ。

 美貌だけでなく、高い政治的判断力と、やや尖っている経済感覚に、愛らしさと気品を兼ね備え、魔法の才能まである。齢10歳にして、そんなユスティティアは公爵の自慢の種だけでなく、王国の美を飾る一つの宝石とまでされていた。 


 だが、聡明なユスティティア・エン・エッジファセットでも、僅か10歳で男性の考えを知る事は難しい。変態的な素衣原初魔法研究会のメンバーはともかく、アザナやザルガラの事を考えて見ても一向に理解できない。


「最初はアザナ様の勘違いと思っていたのですが……、ゴルドナイン。同じ男性として、なにかわかりませんの?」


 ユスティティアは、馬車席の反対に座る初老の男性に訊ねた。

 ゴルドナイン・ハンドレット。

 彼は代々エッジファセット家に使える家令の一族で、ユスティティアの教育と世話係を任されている。

 今日も彼女を学園まで出迎え、アザナという少年に敬意を払い、ユスティティアを盛り立てて、とりなすような立ち回りまで見せた。

 アザナを送る時、彼も同乗していて会話を目の前で聞いている。先日のアザナへ対するザルガラの強襲や、時計塔での一件も彼は知っている。


 ユスティティアは彼に対する信頼が厚い。ゴルドナインは、言わずともユスティティアの意を汲み取ってくれる。

 だがこうして尋ねると、かならず彼はこう言う――。


「――私にはわかりかねます」


 細い目も口元も変化を見せない。ゴルドナインは機械的に……しかしながら心地よい口調で言った。


「貴方はいつもそうなのよねぇ」


 ハンドレット一族には、一つの家訓があるとユスティティアは聞いたことがある。


(たしか、「みんな悩んで大きくなった」だったかしら? まあ家人が口を挟むのを諌めるためでしょうね。それにわたくしのような立場のものが、気安く人にモノを訊ねて頼ってはいけませんものね。彼はわたくしたちを慮ってくれているのね)


 主家に対する信頼と家人としての戒めを家訓に含め、従える相手の成長を促す意味まであるのだろう。


「変なことを尋ねてしまったわね。忘れてちょうだい」


「はい、お嬢様」


 ユスティティアはゴルドナインに、口止めを兼ねて忘れてといった。もちろん、この初老の男はそれを理解して、心の中に留めておきながら、頭の中から令嬢の質問を消し去った。


 馬車はやがて中外城壁を潜り、上級貴族が屋敷を構える区画へと入った。

 その中でも特に王城に近く、きわめて大きな屋敷へと向かう。

 エッジファセット公は、公爵家としては比較的新しい。だが、政治的勢力と経済力はもっとも高い。

 古参や名門と呼ばれる大貴族からも、勢力を伸ばす新貴族連盟からも一目置かれていた。

 それを象徴するかの如く、エッジファセットの王都屋敷は豪華絢爛なものであった。

 小国ならば、宮殿と呼べるであろう。


 帰宅したユスティティアは大勢の侍女と使用人に出迎えられる。

 すでに用意されていた浴場で湯あみを終え、侍女の魔法を併用した支度で、あっと言う間に室内用のドレスで身を飾る。

 夕食まで時間があるので、書庫から本を取ってこさせようとゴルドナインを呼んだ。


「ゴルドナイン。ポリヘドラ家について調べてみたいので、いくつか最近の記録を用意してきてちょうだい」


「申し訳ありません、お嬢様。それらの本は、ただいまユールテル様が自室でお読みになっておられます」


「……ルテルが?」


 ユスティティアは目を伏せ、顎に指を当てた。


「どういうことかしら? ルテルもポリヘドラ……ザルガラさんになにか? ゴルドナイン。貴方は話を聞いてない?」


「ユールテル様は、前日にポリヘドラ家の方から自学自習用の魔法陣を譲り受けたそうです」


「っ! なぜそれを言わないのっ!」


 ユスティティアは椅子を蹴って立ち上がった。倒れそうになった椅子を、侍女が手早く抑え、かつドレスの裾が引っかからないようにと、自然に撫でてスカートを払う。


「ゴルドナイン。馬車でアザナ様とわたくしの会話をその耳で聞いていたのでしょう? ザルガラとポリヘドラの名も何度も出しました」


「私も伺ったのが、お嬢様が浴場にいらっしゃるときでしたので」


「……そう。ごめんなさい。そういうことなのね」


(どうかしてるわね、わたくし――)


 ユスティティアは額を抑えて、また椅子に腰を下ろした。控えていた侍女は、蹴飛ばされた椅子をまったく変わらない位置に、座るタイミングに合わせ自然と戻した。


「ユールテルにザルガラが接触した……。ポリヘドラ家がエッジファセット家を利用するつもりなら――わかりやすいのですが――。もしかしたら、本当に善意?」


 ユールテルはユスティティアの双子の弟ながら、いろいろと才能が欠落していた。

 ただ善良なだけである。

 当主として物足りなさがあるが、それでもひどく無能ではない。周囲の手助けがあれば、十二分に活躍できる。

 もっとも、男子としての矜恃があるのだろう。学園に入学してからは、魔法の練習に力を入れている。

 もしも打算なく、ユールテルの勉強に協力したのであれば、彼はもしかしたら本当に――。


「父上のおっしゃっていたポリヘドラ家の評価――。間違いではないのかもしれませんね。ゴルドナイン。手紙の用意をしてちょうだい」


「かしこまりました」


 ユスティティアはユールテルに問いただしてから、遠く自領にいる父と連絡を取る算段を始めた。





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