千客万来
6/3 キャラ名を間違っていたので修正。
貴族だ平民だと言ってみても、古来種から見ればどちらも奴隷。
エウクレイデス王国では、そんな認識が上から下まで浸透している。
貴族と言えど、1万年前では古来種のお気に入り奴隷に過ぎない。古来種が去り、上位種もほとんどいない今、オレたちは上から滑り落ちてきた椅子に座っているだけだ。
かといって、貴族が貴族たる根拠がまったくない、というわけでもない。能力は裏付けありだし、一族で守って来た古式魔法や独式魔法という優位性がある。
そんなわけで、オレも貴族の子息ながらあまり貴人だと気取らない。できないわけじゃないぞ。
エウクレイデス王国の貴族は、身分制度にだいたいのところ鷹揚だ。
たまにはクラメル兄妹のように、選民意識のある貴族もいるが、それでも他国に比べると緩やかだ。
反して北のお隣……アポロニアギャスケット共和国では、厳しい身分制度がある。貴族と平民の間には、見えない壁どころか見えない炎熱焦土があると言われるくらいだ。ちょっと身分制度の厳しい国でも、アポロニア貴族にドン引きする。
さて……古来種のせいで、そんなゆっる~い身分制度が染みわたってるこの大陸で、完全に別物の人間たちがいる。
それが王族だ。
王たちは古来種によって調整された中位種の中でも、人間たちの管理に特化した存在である。
魔法や肉体的能力だけでなく、カリスマという目にも物理にも作用しない概念的な物まで、調整された特別の存在だ。
顔形に骨格の作りが人間として理想的だけでなく、声色から話し方、生まれついての性質や立ち振る舞い。全てが、人を魅了して止まない。
誰もが王族の前では謙虚になり、同じ奴隷とは思わせない何かを見出し、自然と膝を折り傅く。
エウクレイデス王国の現国家元首「エンクレイデル・カトプトリカ・エウクレイデス国王」は、その末裔である。
末裔ではあるが、エンクレイデル陛下は王族としてはちょっと血統が弱い。カトプトリカ家は始祖エウクレイデスの分家であり、王国中興の折に王家から嫁を取り、戻って来た血を得て再び王家の序列に並んだ一族である。
下手をするとエッジファセット公爵家より、始祖エウクレイデスの血が薄いとまで言われている。
政治的理由で今はカトプトリカ王朝となっているのだが、のっぴきならない事情でエッジファセット朝になるのでは?
と、一部の不遜な者の間では囁かれている。
主に消失姫……ディータ姫のせいだ。
彼女の姿が見えないことによって、古来種謹製のカリスマ調整が貴族や国民に届いていない。
仕方のないことだ。
「そんな場所にオレはお呼ばれしたってわけ」
『ほうほう』
踊っていて、いまいちちゃんと聞いていたのか分からないが、タルピーは頷いてみせてくれた。
王宮からお呼びがかかったと、ティエから聞いた後、オレは自室に戻ってタルピーに人間社会の階級について教えた。彼女は1万年も閉じ込められていたので、王や貴族、平民の知識が乏しい。そんなわけで、人間に偉いだの血筋だの貴いだの、そんなのがあることすら知らなかった。
『つまり、そんな場所だからアタイを連れていけないと?』
「上位種ってバレたら、あっちが萎縮しちまうだろ?」
いくら古来種によって、能力を与えられ権威付けされた末裔とはいえ中位種だ。上位種をオレが連れていくと面倒である。
王城や王宮では、さすがに【精霊の目】持ちが各所にいる。
隠し通せるとは思えない。
向こうも困るし、こっちも困る。誰も良い思いをしない。
『うん、わかったよ。アタイはお留守番ね。王様の立つ瀬ないもんねぇ』
「聞きわけがいいな。そういうところは立派だぜ」
『ティエに聞いたところぉ、留守番には然るべき報酬があると~……』
「前言撤回」
ティエめ。タルピーにお土産について入れ知恵したな。
そういえば土産か。
呼ばれたとはいえ、オレが用意して持って行かないとなぁ。
これが王城なら公務関係ってことで、土産なんていらないんだけど。
ほんと、面倒な事になった。
ポリヘドラ領の名産をいくつか見繕うか、倉庫でもひっくり返すか。そんな挨拶土産を考えていたら、慌ただしくマーレイがやって来た。
老齢のマーレイが息を切らしていると、なんか死にそうで怖い。
「ザ、ザルガラ様。王城から来客が……」
「誰だ?」
「アトラクタ男爵様です」
「あー、あの話か……。どんな格好で来てる?」
「え? は、はあ……。ええっと公務のお姿と思われますが」
「そうか」
さすがにあのマント姿で、街をうろつくわけないか。いや馬車で来てるんだろうけど。
すでに応接間で待っているようなので、マーレイを連絡に戻さずオレが直接向かう。
室内で待っていたのは、公務姿のアトラクタと1人の女性だった。
「顔を出すのが遅れてすまなかったな。ザルガラくん。こちらは私の娘、ルテネイアだ」
「初めまして。紹介にあずかりましたルテネイア・アトラクタです。ディータ姫殿下の侍女と、宮中才人を務めております」
女性はルテネイアと名乗った。美貌のみならず、視線を引きつける振る舞いが見て取れた。
彼女がディータ姫殿下に合わせて、宮中では全裸となり過ごしている才人の近習か。
大人しめな顔付きなのに、なかなか大胆だな。ドレスに隠されちゃいるが、なかなか肉感的な身体を持っているようだし……。
……いかん、想像してしまった。消えろ、煩悩――って、なぜアザナの顔がよぎる!
いやこれはマルチ! マルチの顔!
よし、落ち着いた。
「改めて先日の件、礼を言おう。後日、遺跡開発局からの感状を――それから損害の補填の用意もある」
迷惑料が欲しいところだが、オレには大した被害も言い出せない。むしろ遺跡開発局には人的被害が出たので、そっちを優先したほうがいいだろう。
その旨、はっきりと言ってお断りすると、アトラクタ男爵は静かに頷き受け入れた。形ばかりの申し出だったのだろう。
「で、この間の件についてかい」
「それもあるのだが、表向きはルテネイアからの宮中作法伝授の相談だ」
作法の伝授。
これは非常に重要な事だ。宮中作法は貴重な技術、知識であり、簡単に授けたり授けられたりするものではない。
まず王宮内に入れる者は少ない。
貴族とは王城の出入りだって、許されている者は限られている。貴族たちがもともと礼儀作法を叩きこまれているとはいえ、王宮に呼ばれる事など稀だ。
ある程度の貴族ならば、王城での立ち振る舞いや、謁見の仕来り、パーティーでの作法などは身についている。
だが、王宮は別物である。
失礼があってはならないというのもあるが、王宮に参じるにも独自の作法がある。
才人はそれらを内外に伝えるという、大事な役割を持つ官僚一族である。
古来からの習いを伝授。それが才人の役目。王宮での催しでは、才人が陣頭に立ち差配する。貴族は才人たちの所作を改めて見習い、そしてより一層、貴き人として振る舞う。時には王とて、才人の作法を習う。
改めて考えると、こいつらが才人って、宮中が裸で溢れそうなんだが……。
まあ平気だよ……な?
心配になってチラりとルテネイアの穏やかな顔を横目で見ると、このオレの不作法な態度に彼女は嫋やかに微笑み返した。
なるほど。
貴族ですら見習う所作を、秘説相承する一族だ。単なる愛嬌振り撒きとは違う。
媚るのではなく、大きな余裕の笑みのソレである。
「名目上、宮中作法も伝授いたしますが、本題は――」
「あの吸血鬼か」
アトラクタ男爵は頷き、その口から吸血鬼の正体が語られる。
あの吸血鬼はモノイドという近習の侍女で、ルテネイアと共にラバースーツや裸マントでディータ姫に従えていたという。だが、この騒動でモノイドを詳しく調べて見れば、あのアポロニアギャスケット共和国との関係が見えてきたという。
「密偵とか間者ってヤツか。あのラバースーツを姫に勧めたのも、元は自分の恰好を誤魔化すためか?」
分かったように言ってみたものの、あいにくオレは間者といった存在に疎い。ましてや宮中の事も良く知らないのでなおさらだ。
その間者に付き合わされたルテネイアは災難だ……、いや率先して脱いでたらしいが。
「そういう事になりますな。いやはや見抜けずお恥ずかしい。王城も宮内も大騒ぎの様相でしてな」
そんな中、オレを呼びつけたのか。
いや、そういう時だからこそ、呼ぶ理由があるのかもしれない。誤魔化し染みてはいるが、無駄ではないだろう。
「王城では騎士団が。王宮では近衛騎士が内部の洗い出しに大忙しのようだ」
「……ふぅん」
気の無い返事をしてみたが、内心ではヴァリエの父ラ・カヴァリエール騎士隊長を思い出した。いまごろあのヤサ男は、忙しさで目が回っているだろう。
続く説明を聞くに、とにかく王宮内の――、それも王女のお付きが他国の密偵と分かったことで、いろいろピリピリとしているらしい。
しかもこの微妙な時期に、本来ならば自重すべき国王陛下が、オレを呼び出した事で宮内はさらなる歪みが生まれているという。
こうしてアトラクタ男爵が娘のルテネイアを連れてきたのも、要らぬ失敗をオレがしないように……という配慮もあるのだろう。
いくら礼儀作法を叩きこまれた貴族であろうと、王宮内のそれはまた一線を画す。まったく別モノとか、より高度とかそういうモノではないが、どうしても段取りが貴族同士の作法とは異なる。
それらを才人であるルテネイアが、オレに伝授してくれる。
宮中作法は面倒くさいが、それなりに興味がある。オレは勤勉で好奇心が旺盛だからな。
才人の知識を「ただ」でくれるっていうんだ。これほどうれしいことはない。
翌日からの宮中作法伝授の日程を決め、アトラクタ男爵たちとの話し合いは終わった。
アトラクタ男爵が帰宅し、自室で一休みでもしようかと思っていると、今度はティエが慌ててやってきてた。
「ザルガラ様! カヴァリエール卿がお見えになられました!」
「千客万来だな」
せっかくアトラクタ男爵が帰って一息つけたのに、ろくに休めずまた来客か。連絡もなく本人のいきなり来客が2組目とか、貴族の家にはあるまじき異常事態である。
来るなら見舞いの時、いっぱい来てくれよ!
しかし気になることもあるので、さっそくカヴァリエールと会う事にした。
「お久しぶりです、ポリヘドラ様。この度はいきなりの訪問、まずはお詫び申し上げます」
応接室で、オレに挨拶したのはヴァリエだった。
おさげ頭のヴァリエが、ドレス姿でちょこんと礼をした。さきほどまでいたルテネイアと比べてしまったので、礼の作法が拙く見えた。
しかし問題はそこではない。
なぜヴァリエ?
隣にはくたびれたおっさんがいるが、護衛の騎士か?
「この度は、君に迷惑をかけてしまった……。もうしわけない」
くたびれたおっさんが、オレに謝ってきた。なんだ、こいつ?
誰?
――って、この声!
「まさか! ラ・カヴァリエール卿ですかっ!」
思わずオレらしからぬ敬語が出た。
くたびれたおっさんは頷く。
マジか? そういえば、このタレ目の感じ――今はくたびれたおっさん風だが、あのスケコマシであるフランシスの目だ。
「まるで……べ、別人じゃねぇか」
「はい。父は時々こうして別人のようにくたびれるので、私が同行して身元を証明してます」
「ああ、それでヴァリエもいるわけね」
彼女がいる理由は納得したが、フランシス・ラ・カヴァリエールの変貌ぶりは納得できない。
「父は気迫が足りなくなると、このようなみっともない男の姿になるのです」
「うーん、ヴァリエって意外に父親に厳しいな」
思春期の女の子らしいといえばらしいが……。
「いやはや……、それくらい王城は今、大変でねぇ」
くたびれフランシスが頭を掻いていった。ほんと、別人もいいところだな。
「聞いたよ、ザルガラ君。上位種……吸血鬼とやりあったんだって?」
「まあな。その吸血鬼が間者として、王宮に潜り込んでいたってんで王城は大変らしいな」
「……知っているのか?」
あまり驚いてない様子だが、フランシスの目に僅かな光が宿る。
疑われても困るので、アトラクタ男爵の話を伝えると納得してくれた。
「実は我々王都騎士団は、前からモノイド女史を警戒していた。吸血鬼とは知らなかったが……。しかし、王都騎士団の権限が及ぶのは王城と王都市中。王宮は管轄外でね。監視していたのに、抜け出されてしまい、【霧と黒の城】であの騒動だ……。ザルガラ君。君にはなんと詫びたらいいか。そして感謝の念も絶えないよ」
王宮内は近衛騎士の領域。同じ王直属とはいえ、王都騎士団は部署が違う。
いろいろ都合が悪いだろう。その辺は理解している。
「さらにはモノイド女史、あのデ・ルデシュ侯爵たちの暗殺実行犯でもあったようで」
「すげーな。なんでもやりやがる間者だな。でもまあ吸血鬼じゃしかたないか」
上位種の行動を妨げるなど、王直属の配下でも難しいだろう。それこそ、オレやアザナのような規格外の出番だ。
王城や王宮の人たちに責任があると言うのは、少し酷であろう。
「あと未確認なのだが、デ・ルデシュ侯爵が手を出した人身売買……。子供たちを保護して調べたところ、元はアポロニアギャスケットの孤児院にいて、そこから人買いに攫われてきたらしい。調べて見ると、どうもその孤児院は、モノイド女史の息がかかっていたようだ」
モノイド女史は密偵として活躍しながら、孤児院も経営してたのか?
「はっ! それだけ聞くとあの吸血鬼が立派なモンに聞こえそうだぜ」
「……気が付いたかね? ザルガラ君」
「大方、餌場だろう? 自分の餌が攫われて、その報復ってところか」
くたびれていたフランシスに、再び鋭い眼光が蘇る。
「おおむね正解だ」
――と言って、すぐにくたびれたフランシスに戻った。
「まあ、脅威だった間者の吸血鬼もいなくなった。一安心だよ。君が王宮に呼ばれたのも、その功績からかもしれないね」
「ああ、そうか。王城で公務として呼ぶと、事が公になるから、王宮に呼び出して個人的にお褒めの言葉を賜すってわけか」
腑に落ちた。
一応、国家の問題を解決したわけだから、オレは感謝されてるわけだ。
しかし王城に呼び、謁見の間で「大儀であった」などと陛下が言われれば、内部にアポロニアギャスケット共和国の間者が居たと騒ぎになる。
王宮で内々に礼を言う。国王陛下は、そんなつもりなのだろう。
「ん? ちょっと待て。なんで知ってるの? オレが王宮に呼ばれたの?」
「もうすでに王城で話題になってたよ。明日には市中でも噂になるんじゃないかな?」
マジですか――。
長くなってしまったので、2話に分けます。
次回はまた明日投稿します。




