混乱の始まり
構成に失敗して第三章が長引いております。
そろそろ終わるのでご容赦願います。
「お兄ちゃん。なんでお兄ちゃんは服を着てないの?」
「それはね。全裸になるためだよ」
「お兄ちゃん。なんで裸になるの?」
「それはね。この美しい姿をみんなに見てもらうためなんだよ」
「お兄ちゃん。なんでお兄ちゃんはみんなに見てもらうの?」
「それはね。美しい者の義務なんだよ」
「お兄ちゃん。なんで急に光って服を着たの?」
「それはね。あそこの怖い顔をしたお兄さんが、私の美しさに嫉妬して隠してしまったんだよ」
誰が怖い顔だよ。大きなお世話だ。
怖い顔のオレは、無邪気な子供とイシャンの問答が続く光景に耐えられず、全裸に問答無用の【極彩色の織姫】をかけた。
それから誰も嫉妬してねぇよ。
離れた位置でこの光景を眺めていたアザナに、別の無邪気な子供が問いかける。
「お姉ちゃん。どうしてあのお兄ちゃんは裸なるの?」
「それはね。病気だからだよ」
「あのお兄ちゃん、治るの?」
「さあ、どうだろうねぇ」
何気にひでぇなアザナ。イシャンを病気扱いか。そういうオマエは今、女装してんだろ?
似合ってるから気づかれずに済んでるが、変である事には変わりないんだぞ、アザナ。
さて決闘も終わり、アザナの超立方体結界も解除された今、子供たちは公園の遊具に取り付いて遊びを再開し始めた。
ペランドーもその中に加わっている。いくら魔法学園の生徒とはいえ、まだ11歳だ。子供たちのお兄さん代わりとなって、遊びに夢中だ。
ヨーヨーもその中にいるが、時々怪しい手つきで男の子に触ったりするので、変な人扱いされている。
よく見るとタルピーも、子供たちに紛れて遊具で遊んでいる。推定一万歳だろオマエ。よくもまあ滑り台で生き生きと遊べるな、この一万歳。
一方、コリンとローリンはダメージ回復に努めている。
手加減した魔力弾とはいえ、魔法学園の生徒である2人の防御立方体陣を撃ち抜ける威力だ。まともに命中した2人は、治療しなければならない程度の打撲を負っている。
イシャンもそのはずだが、なぜか無事だ。
「そういやコリン先輩方。吸血鬼の扮装仲間について、聞いておきたい事があるんだが」
「あなたに答える道理はありませんわ!」
兄の治療をしていたローリンが突っぱねてきた。
「まあまて、ローリン。負けた我々がそんな意地を張っても仕方あるまい」
「しかし……」
いきり立つローリンに対し、コリンの方はやけに大人しい。
「せっかく加入した血盟も、あんな事があってバラバラになってしまったし、そのせいで我々も迷惑を被った。こういってはなんだが、それこそ彼らに義理立てする道理もないだろう」
「……言われてみればそうですわね。お答えしてさしあげますわ、ザルガラ!」
なんか偉そうだな。裏打ちのある自信と節度を持つ、あのユスティティア公爵姫を見習ってほしいくらいだ。
「しかし勘違いするなよ、ザルガラ。我々は3人がかりでありながら今回も負けたが、お前に勝てないと思ってしまうほど諦めが良いわけじゃない。次は勝ってやるからな。質問には答える、しかしその点はゆめゆめ忘れるな」
「ああ、忘れんよ」
諦めの悪さがクラメル兄妹の持ち味だ。
なんだかんだいってイシャンは、他者の実力と自分の実力を比べ、その差を認めて納得してしまう節がある。掴みどころが被服的にも精神的にもなく、良い意味で温和な人柄だ。
反してクラメル兄妹は、周囲に攻撃的だが自分たちを高めようとする。
オレに似ているといえば似ていた。
「先輩方はどこら辺まで、吸血鬼扮装の仲間たちと関わっていたんだ? どこで知ったとか誘われたとか、組織はどういう活動してたとか」
「そういう事なら、話しても構わない。加入の宣誓で血盟に不利益な行動や情報漏洩は禁じられたが……。もう空中分解している上に、内部をほとんど知らないも同然だからな、我々は」
どうやら2人は末端の上に、加入して日も浅いらしい。
聞けば、古来種騒動のすぐ後に、純血血盟のメンバーが接触をしてきて加入したらしい。
数回の面談ののち、【霧と黒の城】で純血血盟へ入る儀式を執り行ったと言う。聞く限りで、彼らの違法行為は遺跡への無断侵入だけだ。
子供たちを違法に購入するなど、取り返しのつかないような犯罪にはかかわっていないようだ。まあ新参者の彼らに、純血血盟のメンバーが薄暗い所まで、迂闊にもあっさり見せるはずもない。
もう少し違法行為に彼らを晒し、取り返しのつかない所まで来た辺りで闇の中に取り込むつもりだったのだろう。
日が浅かった故に、彼らは傷が浅かった。
「じゃあ死んだデ・ルデシュ侯爵やらの事は知らないのか?」
「デ・ルデシュ侯爵とハル伯爵は、面談で少し話しただけだ。それがまさか殺されるなど……」
「ん? 自然死じゃないのか?」
巡回局で暗殺された事実を教えられたが、オレはすっとぼけて見せた。
「あ、ああ……世間ではそう公表されているね。純血血盟では暗殺されたと知られていたのだが……」
さすがにメンバー間では情報統制も通じない。クラメル兄妹のような末端でも、暗殺の事実が知れ渡っていた。
「知ってます? ザルガラ。暗殺した者を」
興奮した面持ちで、ローリンが会話に参加してきた。何か話したくてしょうがない、という子供の顔だ。
さっきまでオレに答える義理などない。と言っていたヤツの顔じゃないぞ、ローリン。
「知るわけないだろ」
おおよそ知ってるのだが、またとぼけて見せる。すると、ローリンはどうだと言わんばかりに、胸を張った。
「なんと、2人を殺害したのは吸血鬼! 本物の吸血鬼が血盟の扮装に立腹なさったのでしょう。ああ、本物の吸血鬼! いったいどのような姿なのでしょう!」
王子様に憧れる乙女のように、ローリンは浮かれた顔で空を崇める。まだ見ぬ憧れの姿を、空に思い描いているんだろうが、この晴れ渡った青空にイメージされる吸血鬼は堪らないな。日光的に。
「へえ、血盟内ではそういうことになってるかー」
知ってる。オレは吸血鬼を知っている。
ついでに一昨日、吸血鬼も再生できないほど破壊した。
どうやーって感じに鼻息荒いローリンには悪いが、オレは情報を引き出すためにとぼける。
「信じてませんわねー! 本当なんですからーっ!」
ローリンは気取った貴族の子女といった立ち振る舞いだが、こういうどうしょうもなく子供っぽいところがあるようだ。ユスティティアと似ているようで、ちょっと違う。
まあこんな性格だから、吸血鬼に憧れて騙されて純血血盟とかに加入しちゃうんだろうな。
「じゃあオマエらは、その純血血盟とやらが人身売買に関わってたって話は知らんのか?」
「え?」
クラメル兄妹は、鳩が豆テッポウでも喰らったような顔でオレの顔を見る。
暗殺と吸血鬼の話は努めてすっとぼけたが、一向に人身売買の件が出てこないので突っ込んで訊ねてみた。
すると2人は本当に知らないという顔だったが、何か思い当たったように考え込み始める。
「初耳……と言いたいのですが、そういえばちょっと思い当たる節が……」
「ローリンもか……。実はザルガラ……。先日、君と決闘した後に、メンバーから暗殺があったと聞いて、我々が血盟と疎遠となった理由があってな」
言い訳と思われても仕方ないが、と前置きをしてコリンは語り始める。
「殺害されたハル伯爵の家から、数人の子供が巡回局に連れ去られた……ああ、これは血盟内の言い分だったのだが、事実は助けられたんだろうな……今にして思えば、だが。その話を聞いて我々は、距離を置いていたのだが――」
「ザルガラ……さん。私たちは子供染みた憧憬で、浅薄な事をしたと思ってます。あのままあの血盟にいたならば、取り返しのつかない事に手を染めていたかもしれません。ですが誓って、私たち兄妹は後ろめたいことに関わっておりません」
「まあ、その辺は信じるけどな」
巡回局が彼らに接触してないのが証拠だ。情報もろくにもってない上に、組織と関わりが薄い大貴族の子息子女。触れて問題になるより、捨て置いた方がいいと判断したに違いない。役所とはそういうものだ。
「どーせ、オマエらみたいなマヌケな下っ端は、なぁんも知らされちゃいないんだろう。運が良かったな」
オレの信じるという言葉に安堵したのか、コリンは肩で息を吐く。
「君はそういう性格なのだな」
何か勝手に納得した様子で、コリンがオレを暖かい目で見つめてくる。
「あん? 何言い出してやがる。キモいぞ」
「そう、それだ。前はそれを額面通り受け取っていたが、こうして話して見ると、それが本心ではないってわかったよ」
オレの尖った態度を、暖かく柔らかく受け止めるな。オマエらはもっと硬くて反撃してくるだろ?
もっと反発してこい。
「本心だよ。本心で吸血鬼の扮装とか呆れてるし、頭オカシイんじゃねぇかと思ってるぞ」
「ああ、我々もそう思うよ。今はな。君にそういわれて反発したかったが……、なるほど……」
しばらく無言。ローリンも口を挟まない。
後ろで遊ぶ子供たちと、いつの間にか輪に入ったアザナとイシャンの声だけが聞こえる。
「おい、なんか言えよ!」
オレが耐えきれず怒鳴る。だが、コリンもローリンも怒声を受け流す。
「ああ、言うさ。いつかその見下した態度で人を許す態度! いつかひっくり返してみせるからな!」
「必ず私たちがその高みから、貴方の無礼を笑って許してあげますわ、ザルガラさん!」
笑顔の宣戦布告。
ああ、コイツラほんとイラつくな。
嬉しいほどイラつくぜ!
「やってみろ。アザナとの予定がなければ、いつでもケンカ、決闘、結構だぜ!」
* * *
なんか細かい事がいろいろあったが、冒険で手に入れた物を売り捌いた最後の休日。
ペランドーたちと別れた後、のんびりと休日を噛み締めつつ屋敷に帰宅した。
「ただいまー……あ?」
屋敷の中が雰囲気がおかしい。何事だ?
オレは警戒をする。
うちは確かに小さい仮屋敷だ。家人が居並んでお帰りなさいませ、などという光景はまずない。だが、帰宅して屋敷が無反応というのはおかしい。
人の気配はある。
ばたばたとしている気配だ。
なにかあったのか?
「おい、タルピー。警戒しろ」
『ほえ? なにを?』
こういった事には不確かな状況に不慣れなのか、タルピーの反応が悪い。
「いや屋敷の雰囲気がおかしい……って、なんだティエ、その恰好?」
タルピーに説明しようと思ったら、侍女姿のティエが色とりどりの布を抱え、そして巻き付かれ、引きずりながら奥から駆けてきた。
その姿はさながら洗濯物の中を転げ回って、絡まったまま飛び出してきたかのようだった。
「あ、おかえりなさいませ、ザルガラ様!」
布の隙間から前髪で隠れた目を覗かせ、ティエが慌ただしく頭を下げた。
「どうしたんだ、ティエ。まるでドジっ娘メイドが初めての洗濯に失敗したかのような恰好だぞ、それ」
「相変わらず回りくどいツッコミですね、ザルガラ様! それどころではないのです! ザルガラ様!」
「おいおい、おちつけよ、ほんと」
ティエの様子がおかしい。声色と態度から、彼女が興奮して気分が浮ついているのが見て取れる。人間の機微に疎いタルピーですら、布まみれ侍女を怪訝な顔で観察していた。
「なにがあって、そう愉快な恰好になっているんだ? 説明しろ、ティエ」
「は、はい! 実は先ほど、王城から使いの方がいらっしゃいまして、6日後、青の月2の日に王宮へ参じろとの通達があったのです!」
「ふーん、あの事かな……」
アトラクタ男爵との話は終わっていない。ディータ姫やら吸血鬼やら、送られてきたラバースーツとかいろいろ……ん?
「それで取り急ぎ秘蔵の古来種が編んだ布から、ザルガラ様の新しい衣装を仕立てようかと思いまして、倉庫をひっくり返しておりましたところ……」
「ちょっと待て、ティエ。布の件は分かった。王城の使者がなんだって? どこへ参じろだと?」
「お、王宮です!」
え?
王宮?
そこっていわば、王様のお家だろ?
王城なら仕事場だが、王宮はプライベートな方だ。
「王城に上がれじゃなくて、王宮に参れ……だと?」
いったいエンクレイデル王は何を考えているんだ?
第三章は二つのプロットを混ぜて短編用のネタまでいれたら、予想以上に長くなってしまいました。
下手な事はするものではありませんね。
でもよい経験になりました。
これからはこのような事が無いように、いくつも話を混ぜるのはやめます。
ほんと反省してます。
活動報告にて言い訳とか反省とか――。




