冒険の終わり
ちょっと体調不良で遅れました。すみません
「遺跡の守り人が、外に迷い出るとはどういうつもりだ! 『不浄は消毒だぁっ!』」
アトラクタ男爵たちは、押し寄せる不死者たちに業火の炎をコレでもかと叩き付けた。
止まない炎の放射によって、壁のように犇めき合う不死者たちが盛大に燃え上がる。その高すぎる火力で、一気に不死者の数が減っていく。
だが、不死者は燃え尽きない。
ゾンビの肉が燃えれば、骨が飛び出してスケルトンと化す。
骨が高熱で爆ぜれば、黒いゴーストやスペクターが現れる。
実体のないゴーストたちには、魔法の火では効果が低い。
魔力弾で逐一倒さなければならない。
アトラクタ男爵をはじめ、遺跡開発局の部下たちは良く戦った。それでも疲労は隠せない。
「きりがない!」
マントの男が1人、墓地区画から溢れ出る不死者の大群を前にして踵を下げた。
それに反応して、近くの男たちも腰が引ける。
彼らの背後は、柵を挟んですぐに街だ。
隔てる門も柵も貧弱すぎた。区画を越え、内部から魔物が出てくることなどないため、仕切り程度の柵しかない。頼れるようなものではない。
まだ遺跡本来の壁を利用したほうがよかった。
区画の区切りに設けられた低い壁を盾に、なんとかアトラクタ男爵たちは攻撃を凌いでいる状態だ。
「ええい! 援護がくるまでなんとしても持ちこたえろ!」
アトラクタ男爵は潤沢な魔力を使って、防御立方体陣を自分と部下たちに配した。
「ある程度、接近戦も覚悟しろ! あのザルガラは、子供ながら上位種の相手をしているのだ! 我々が下位の不死者に後れを取れば、譜代の貴族の名が泣くぞ!」
「は、はい!」
アトラクタの叱咤を受け、部下たちの陣形が再び整った。
部下たちは群がる不死者を各個撃破し、隙をついてアトラクタは墓地区画から湧いてくる不死者に強力な魔法を撃ちこむ。
しかし数が違う。
多勢に無勢。じりじりと、アトラクタ男爵たちは押され始めた。
「う、ううむ……。これはある程度下がるべき……か?」
そろそろ街への被害を覚悟して、一度下がろうかと考え始めたとき、俄かに背後が騒がしくなってきた。
振り返ると、冒険者たちが武器を手に遺跡入り口へと殺到していた。
その先頭には、開発局事務所に走らせた部下の姿が見えた。
「局長! お待たせしました!」
「よし! 間に合ったか!」
部下の声を受け、アトラクタ男爵の拳に再び力が宿った。
「まじでアンデットどもが溢れてきてやがるぜ!」
「よぉーし、野郎ども! やっちまえっ!!」
「おおぅーーーーっ!!」
冒険者たちの頼もしい声を背にして、アトラクタ男爵は拳を上げた。
「うむ! 一気に押し返すぞ! もうひと踏ん張りごぎゃぁっ!」
背後から冒険者の斧の一撃を受け、アトラクタ男爵はその場に倒れた。大きな傷は無いが、衝撃はアトラクタ男爵の判断力を鈍らせた。
円柱型の防御立方体陣を纏っていなければ、死んでいたかもしれない。
「なんて怪しい全裸だっ!」
「この全裸が事件の首謀者か!」
「見るから怪しいぜ、こいつっ!」
「殴っちゃれ、殴っちゃれ!」
「このヘンタイ! この変態! このへんたーい!」
殺到した冒険者たちが、倒れたアトラクタ男爵へ追撃を加えた。
「ご、やめっ……、わしは……アトラ……あいたっ! や、やめんかっ!」
「わーっ! 待て待て! その人は遺跡開発局の局長! 偉い人、偉い人!」
冒険者の連撃を無防備に浴びながらも、防御立方陣が効果を保っているのは流石だ。しかし、数に押されて今にも砕けそうであった。
アトラクタの部下が必死に止めるが、なかなか冒険者の手は止まらない。
「うん、まあ、そうなるわな」
もっとも若い部下の1人は、なにか納得した様子でその光景を見つめていた。
「……え? マジで局長さん……貴族様なの?」
部下の必死な説得で、冒険者もやっと全裸が敵ではないと理解した。
アトラクタを殴る手も止まり、不死者に対して攻撃を開始しているものもいる。
「でも全裸だぜ……」
「やべぇ~。タコ殴りした俺たちの立場もやべぇけど、全裸貴族もやべぇ~」
社会の爪弾き者や、命を博打に使うような冒険者たちの方が、公序良俗の面で常識があるようだ。
納得しかねるという様子だが、冒険者たちはアトラクタ男爵の指揮下に入り、なんとか不死者たちを墓地区画へと押し返した。
「ん、なんだ? 急に勢いが収まったぞ!」
大槌を持ち先鋒を任されていた重戦士が、敵の動きを敏感に感じて声を上げた。
暴走車のように前へ前へと、進んでいた不死者たちが足を止めていた。後方の不死者などは、周囲を見回している。
冒険者たちも様子を伺い、攻撃の手を止めた。不死者たちはそんな冒険者たちに、攻撃を仕掛けようとしない。
「か、帰っていく……?」
不死者たちは遊び飽きた子供のように、冒険者にも遺跡の外にも興味がないとばかりに撤退していく。
中にはこちらに「迷惑をかけたな」と言いたげに、頭を下げていくスケルトンまでいた。
まるで憑き物が落ちたという様子だった。
「お、終わった……? ザルガラくんが彼女を倒したのか?」
アトラクタ男爵は珠のような汗を拭い、大きく息をついた。額の汗より全身の汗の方が不快で問題ではないか、と冒険者たちは思ったが口にしなかった。
「しかし……。都合よく解決策まであったとは思わんが……これで古来種観測を使った姫の診断もできなくなったか……」
苦虫を噛み潰したような顔で、不死者たちが向かう墓地を見つめるアトラクタ男爵。部下たちも肩を落とした。
冒険者たちは「姫」という言葉が聞こえたにもかかわらず、まったく違う疑問と話題でひそひそとささやきあう。
「な、なんで全裸なの? あの人」
「この騒動で破けたとか、風呂入ってる時に飛び出してきたとか?」
「トイレに全裸で入る人かもしれないぞ」
「それはお前だろ」
「だが、それにしてはまったく隠してないぞ」
「あれってマントの意味ないよな」
「まさか……全裸があいつのユニフォーム?」
冒険者たちを他所に、アトラクタ男爵のマントは冷たい夜風に煽られ、雄々しくたなびく。
* * *
遺跡の亡者が溢れだす騒動から一夜明け、オレは簡単に顛末を遺跡開発局に提供した。
受け取る相手はあの全裸だ。
どの全裸だ?
全裸の知り合いが多すぎる事に、今更ながら気がついて愕然とする。
とにかくあの全裸とは、全裸マントのアトラクタ男爵だ。
職場でも全裸マントかと不安だったが、流石の変態も職務中は服を着ていた。良かった。
「じゃあ街に帰ったら詳しい話を聞かせてもらうぜ」
オレは右手首をこきこきとならして具合を確認しつつ、執務室の席を立った。
タルピーの乱暴な呪い解除により、右手がいまいち不調だ。しばらくこの違和感が消えないかもしれない。
「すまないな。こちらの処理がすんだら、すぐに戻って説明させてもらう」
謝ってはいるが、頭は下げない。アトラクタ男爵は局長という立場をわきまえた上で、貴族としての面倒な気位を持っている。
仮にオレに迷惑をかけているとしても、彼の行動の後ろには『王権』がある。
……いや全裸行動の事ではなく、姫を診断するために行うべきだった古来種観測の事だ。
結果はどうあれそんなもの相手に、このオレでも尊大な態度で責任追及などできない。
こいつ相手に尊大な態度を崩す気はないがな。
執務室を退出すると、局員たちが事務所内を忙しく走り回っていた。5人の不幸な欠員と、街の住人が操られ、遺跡の不死者があふれ出ようとしたのだから、上を下へに忙しさで振る舞わされるのも当然といえる。
吸血鬼の件は伏せられているので、【支配者の視線】によって街の住人が操られた事件はなおざりにされている。この件に死者がいなかったので、集団夢遊病扱いだ。
しかし、局員のゾンビ化は伏せきれない。【吸血鬼の手形】は隠せても、ゾンビ化した局員の遺骸は、一目見てソレと分かる変貌を遂げている。
不死者の迎撃に出た冒険者が、局員の遺骸を見てしまっているので隠せないわけだ。
局員たちは対処に追われて、オレなど気にしていない。そんな中を通り抜け、事務所の玄関を抜けて出た。
太陽がまぶしい。
ちょっと寝不足でこれだ。吸血鬼はもっとこの太陽が憎らしいだろうな。
「ザルガラ様」
『ザルガラさまー』
「ザル、ガラ様」
日差しでクラッとしたところに、三者三様の様付けで呼ばれた。
声の主は、外で待っていたアンとティエとタルピーだ。昨夜からアンの呼びかけが、ザル君から様付きに昇華した。
吸血鬼からアンを助け、身を挺して父親を助けたからだろうか?
貴族の次男とはいえ、今までオレをくん付けで読んでたアンが急にしおらしくなった。年齢に似使わない豊満な身体を、無暗に押し付けてくることもなくなった。
――いや、別に残念には思ってないぞ。
オレの視線に気が付いたのか、アンがハッとした顔を上げた。
「あ、ありがとね! ザル君!」
――なんか戻った。
いろいろ葛藤があったのだろう。まあ、アンから様付けは違和感があるからこれでいいや。
『こいつ、なまいきー』
タルピーは納得してないようだが、彼女の声はアンには聞こえない。
「あのね、お父さんもザル君に感謝してると思うの! で、でもね、わかると思うけどお父さんってすっごい不器用だから……今も宿が忙しいからとかいって、来てないけど。絶対に感謝してるはずだから」
ああ、知ってる知ってる。
古来種訛りも相まって、気持ちが伝わりにくい事この上ないってな。
「なぁに、オレにとっちゃちょっと張り切りすぎただけの話さ。また後で宿を利用させてもらうから、宿代負けてもらうぜ」
もともと見返りを求めていたわけではない。オレのおせっかいを無駄にされるが、嫌だっただけだ。
どっちかっていうと、オレの勝手な行動である。
アンはどうやって礼を現したらいいか悩んでいる様子だ。
あまり長居すると、彼女が精神的に疲労してしまう。
なので、適当に流す事にする。
「ティエ。馬車の手配は?」
今回は疲れた。
いくら魔力に余裕があっても、寝不足と疲労は辛い。丸一日余裕があるので、帰りは空を飛ばず馬車に乗る事にした。
「手配は済んでます。後はペランドーさんが、のんびり乗って来られるのを待つだけです」
のんびりとペランドーが……ってのが容易に想像できる。アイツ、意外にマイペースだからなぁ。
『あ、そうだ。今度はいつ遺跡の探索にくるの?』
「え? あー、どうだろうな。次の長期休みはオレもペランドーも予定合わないだろうし……未定だな」
どうしてタルピーが、今後の冒険について疑問を持つ?
不思議に思ったが普通に答える。タルピーは少し困ったように、腕をこまねいて見せた。
『ここに来るとなんか気分いいんだよねぇ。また来る予定ないの?』
「観光程度でいいなら、時間見てまたここに来てみるが」
「ぜひ、きてください!」
タルピーへ言ったつもりだったが、傍で聞いていたアンが反応してきた。会話に乱入されて、タルピーが戸惑う。まあタルピーの姿も見えず、声も聞こえないから仕方ないが。
そうこうしているうちに、ペランドーが乗った荷馬車が到着した。御者はいない。ペランドーが馬車を操っていた。
御者台のペランドーに向けて声をかける。
「馬車だけ借りたのか?」
「昨日の騒動で御者が足りないんだってさ」
馬車から降りて、ペランドーが仕方なさそうに言った。
「もともと御者が少なかったのか?」
「ていうか、この馬車は鍛冶屋組合の物なんだよね。御者も鍛冶屋だし、復興で鍛冶仕事を手伝うから、王都の組合に返しておいてって言われたの」
つまりこの馬車は、冒険者街に派遣されている鍛冶屋の荷馬車か。
「というこたぁ、これ無料か、コレ」
「うん、そうだね。むしろお小遣いもらえたよ」
うわ、こまけぇ~な。
ティエに御者を任せ、オレとペランドーは荷台に乗った。なぜかタルピーは幌の上に乗って踊り出す。
「本当にもう……帰っちゃうんだね? ――さようなら、ザル君」
できればもう少しいて欲しいという切ない顔で、アンがお別れの言葉を口にした。
オレはアンの言葉に困惑する。
なぜなら――。
「……いや、荷物がまだ宿にあるんだが」
「あ、そっか」
「そんなわけで、乗ってく?」
「え、あ、うん。あははー」
アンは戸惑いながらも、荷馬車に乗り込む。そしてオレの隣りに座って、居心地悪そうにして上を見て言った。
「あー、このまま一緒に行っちゃおうかなぁ……、な、なーんてね! 冗談だよ!」
「いやまあこのまま帰らないんだけどな」
「そ、そうだったねー、あははー。お父さんに捕まっちゃうなー、はははー」
アンの視線が泳いでる。その割に、オレとの距離を詰めようとする。
「あ、ザルガラくん! 大変だ!」
正面に座るペランドーが急に叫んだので、驚いたアンが小さく飛びあがった。
「ボトスさんたちから、違約金貰ってないよ!」
「その事か……。でもなぁ、それどころじゃなかったしなぁ。アイツらもオレたちも――」
締まらないなぁ、なんか……。
一部設定をはっきりさせるため、暫時書き直ししていきます。
魔法陣と立方体陣がふらふらと表記ゆれしてたので
立方体陣は魔法陣を書き込むための素体。例えるならハードウェア。
魔法陣は立方体陣の面に描かれる図。例えるならソフトウェア。
となります。




