夢のどこか
オレは別に、契約至上主義ってわけじゃないが――。
約束していないのに、約束したと言い張る図々しさはない。
かと言って、時間が巻き戻っているのに未来のオレが約束したと、強弁するゴネ得狙いみたいな客になる気もさらさらない。
だから、約束の状況になるような事態を、頭からフッ飛ばせばいい!
……というのは、後から考えた言い訳だ。
実のところは咄嗟にやってしまった。
「あ~あ、やぁっちまった……」
確かついこの間も、コレ言ったよなオレ。本当に反省しないな、オレ。
霧の中から実体化する吸血鬼女は、アホ面下げてオレを見つめている。美人なだけに、裸体と相まってなかなか笑える。
『ザ、ザルガラさまぁ~』
ぼうっとするな、上位種。少しは援護とか考えてくれ、タルピー。
「いやゃぁっ!!」
アンの短い悲鳴がうるさい。
ああ、それでも意外と可愛い悲鳴上げるな。普段と大分違う。
「……? ……っ!?」
ターラインも、オレと全裸吸血鬼を交互に見やり、なかなか笑える顔を見せてくれている。
そりゃ状況わからんよな。
後ろから触られて、ゾンビ化される寸前だったということも、もう訪れる事のない未来でオレと友人になって、あんな約束をしたこも知らないんだから。
だが、一番この中でバカなのはオレだ。渾身の力で全てをかけて、ま~たバカをやってしまったよ。
「……ザ、ザルガラ・ポリヘドラ……。き、きさま……しょ、正気か?」
女としては可哀想なくらい貧相な吸血鬼が、人様の前で全裸を晒しておきながら、正気をオレに問うか?
「親愛の挨拶で、まず握手ってのが常識だろ?」
オレはそう言って、吸血鬼と握りあった手を振ったした。
吸血鬼が霧の中から手を伸ばし、ターラインに首筋に触れて【吸血鬼の手形】しようとした瞬間――。
オレは右手を高次元に突っ込んで、ターラインへ向け伸びる吸血鬼の手を握りしめた。
今のオレは、手を飛ばし数歩離れた全裸の吸血鬼と、睨み合い仲が悪そうに握手している。
古来種事件の時に得た、遠距離に手首から先を瞬間移動させる特技が役にたってしまった。
「ワァグアーヌ?」
片膝たちのままターラインが不思議そうに、オレを見上げて訊ねてきた。
どうしただと?
気にするな、勝手に身体が動いた……手が飛んだだけだ。
「ザ、ザルくん、何をして……」
アン、それは手が空間を超えて移動したことか?
それともゾンビ化するのに、吸血鬼と握手したことか?
あ~あ、ほんと何やってんだろうな、オレ。
呆れて笑う。笑ってしまう。
もちろん虚勢だ。
ゾンビになるのはもちろん御免だが、その前に邪魔な吸血鬼には消えてもらう。
「まったく悪い全裸だよ、この吸血蝙蝠がっ! 少しはイシャンやアトラクタ男爵を見習いやがれっ!」
オレは覚悟の籠った怒気を放ち、吸血鬼の上位種としてのプライドを吹き飛ばす。
「よろこべ、悪い全裸! アザナ以外で、このオレが本気を出すのはオマエが初めてだ!」
いつも本気を出す時、オレは嬉しかった。アザナとケンカしている最中だったからな。
1度目の最後の時、オレは嬉しかった。あの時は肉体が限界だったので、最期にアザナと本気で遊べて死ねると分かっていたから。まあ、アイツは迷惑だったろうが――。
だが今回は違う。イライラする本気だ。
久しぶりの本気で、久しく使わなかった多魔胞体陣を投影する。それは正8胞体陣の中に、正16胞体陣を描くアザナの技だ。
本気出すけど、オレのオリジナルをぶつけるには、オマエは物足りない。
「死も生もどっちも選べない世界にご招待っ! オレもオマエも星の欠片だ! 『始まりの胞衣に還れ! 原始六合稠密邂逅!』」
マヌケ面した吸血鬼の身体が魔法に呼応し、小さい光をいくつも放ちながら崩れていく。
原子分解。
これを生き物……、いや吸血鬼は生き物じゃないか?
とにかく、魂や意志のある存在に、この魔法を使ったのは始めてだ。
この魔法を受けて、吸血鬼はアホ面下げたまま霧となった。
それだけでじゃ、オレの魔法は収まらない。
オレの魔法は霧などより細かい塵。集まっても塵にすらならない、バラバラの存在へと吸血鬼を変えた。
雲散霧消。
「吸血鬼ってのは霧になれる様だが、それより細かくされたらどうにもならないらしいな」
ぶらりと宙に浮いたオレの手。血色悪いな。
そろそろゾンビ化が始まるか?
周囲の地面が、ところどころキラキラしている。
オレやアザナのような大魔力の持ち主が、全力で魔法を使うとこうして周囲の石が余剰魔力を吸って【魔力石】化する。数十人の儀式魔法の行使でも、副産物として生成させる。
大魔法といってもそれほどじゃないから、今回は大分少ないけどな。
これらは古来種の残した道具の燃料にもなる。
【魔力石】は、形見にみんなに分けてもらうか。
「ま、このオレを道連れしたのは、上出来だぜ。上位種様」
なにしろ、オレを倒せるのはアザナだけ。相討ちだって、大層なもんだぜ、名前も知らない吸血鬼さんよ。
「後は頼むぜ、タルピー」
『ザルガラさま!』
タルピーの声を浴びながら、オレの意識はそこで途絶えた。
* * *
ここは?
目を覚ますと、オレの足元に大きな街が広がっていた。
「王都か? いや、形が違う……というより、整っている――」
オレの知る王都は、もっと偏った広がりを見せている。
籠の中でひしめく歪なジャガイモの形をした王都とは違う。
眼下に広がる街は、籠そのものの形だ。
王都では飛び始めたばかりの【低空飛行艇】が、オレの足元で所狭しと街の上を飛んでいる。飛行艇はさまざまな光まで放ってる。魔力が漏れ出しているのか?
いやアレは広告ってヤツか?
音楽まで奏でてやがる。
空を飛んでいる人の姿も多い――。
まさか!
「古来種の時代! 古代都市カルテシウスか!」
飛行艇の合間を抜けて、街の大通りに降りるとオレは周囲を見回しつつ叫んだ。
小さな家から大きな家まで、白亜の壁。街には投影された古来種の文字が溢れ、キラキラと瞬いて踊っている。
――ああ、また夢か。
どっかから、またアザナが出てきて、オレを惑わす気か?
警戒し、アザナの姿を捜す。
だが、出てきたのは土管だった。
ふらふらと土管が近づいてきて、チカチカと古来種の文字をオレの前に投影する。
「復刻? め、めあろ…いえろ?」
投影された文字を読み、オレは困惑した。
古来種の……商品か?
なんだこりゃ?
土管に触ると、妙な柔らかさがあった。樹脂で出来てるのか?
「どうした? コールハース」
コールハース?
誰のことだ?
振り返ると、黒髪の青年がオレに手を上げて挨拶していた。片手を上げる古来種の挨拶は、親しい者へ対する挨拶だ。
男の癖に、左耳にはピアスが光っている。なんとも自信と優美さが溢れた魅力のある美男子だ。
「お、こりゃちょうど、喉が渇いてたんだ」
黒髪の青年は、そう言って土管へ手の平を向けた。小さな立方陣がその手から飛び、土管の中へと吸い込まれていく。
土管の一部が開いて起重機を小型化したような腕が伸び、黒髪の青年に筒状の何かが差し出される。
それを受け取り、上部のストローを引き出し口を付ける黒髪の青年。
オレはそれをぼーっと見つめた。
土管はゴーレムか?
しかし、コイツ……誰かに似ているような?
「なんだ? 初めてカルテシウスに来た人間みたいな面してるぜ」
まあ、この時代の王都――カルテシウスは、実際に初めてだ。夢だとしても。
「……コールハース?」
オレの名前なのか?
黒髪の青年は、怪訝な顔でオレをその名で呼ぶ。青年の目が青く光り、同心円を描いた。
【精霊の目】か――。青い目で【精霊の目】ってのは初めて見たな……。
まてよ。
この目と顔――っ!
もしかしてっ、オマエは!
「誰だ!? お前はっ!!」
オレが問う前に、黒髪がオレを誰だと言ってきた。
いやオレからすると、オマエがダレダって感じなんだが。
なのに問いたいが訊けない。オレの身体なのに、この身体はオレじゃない。
「コールハースを……あいつの精神をどこにやった!」
だから、誰なんだよ、コールハースって?
警戒と憎しみの目をオレに叩き付け、攻撃的な超々立方体陣を投影する黒髪の青年。
おいおい、軽々と超々立方体陣を投影してるよ、コイツ。
まさか、古来種か?
「食ったのか!」
いや、なんのことだよ。
オレは防御のため、超立方体陣を張ろうとするがうまくいかない。
戸惑うオレに、黒髪が敵意の攻撃と言葉を叩き付けた。
「この怪物めっ!」
* * *
『ザルガラさま! ザルガラさま!』
呼ぶ声で目を覚ますと――。
ガガガガガガガッ!
タルピーがオレの頭を、親の仇かというくらいシェイクしていた。
「オマエ、人の頭を高速で振るの止めない? 脳に障害でるぞコレ」
1秒間に16回シェイクを食らったオレは、無理矢理に夢から揺り起こされた。
『良かった、目が覚めて』
「ザルく……ザルガラ様……」
「心配したぜ、ボウズ」
タルピーとアンとターラインが、心配そうにオレの顔を覗き込んでいる。
「おはよう……。助かったのか? オレ」
『うん、アタイが右手を焼き尽くして』
「ひどいことするなっ!」
慌てて確認するが、右手はしっかりとあった。
『あ、言い間違えた。ゾンビ化の呪いを焼き尽くしたの。ザルガラ様の手が高次元で分離してたから、できたんだけどね』
覚悟してたが、どうやら高次元を超えてゾンビ化の影響はなかったようだ。
タルピーが居なければ、終わりだったな、オレ。
「そうかありがとよ、タルピー。しかし、びっくりさせるなよ、うっ……」
強い吐き気と頭痛がオレを襲う。
よろめくオレを、アンがしっかりと支えてくれた。
『大丈夫? 気分悪いの?』
「オマエの名人芸染みた揺り起こしのせいでな」
悪態をつきながら、アンに助けられつつ立ち上がる。
「ご無事でしたか……、ザルガラ様」
心配そうにティエが木陰から姿を現した。オレの使った高速移動魔法のせいで、役立たずだったティエだ。
「この度は、なんどもお役に立てず、このティエ……申し訳ありません」
「気にするな。なんとかなったし、オマエがいるといろいろ安心する。それに……」
オマエのご先祖様っぽいヤツの夢を見た。
あの夢が事実なら、オマエの祖先は古来種なのか?
ティエの赤い瞳に、オレの姿が写る。
あの黒髪は青く輝いていた。だから違うよな?
オマエはオレを、怪物とか――言わないよな?




