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悪役は二度目も悪名を轟かせろ!  作者: 大恵
第3章 憧憬と真贋

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交わしていない約束の履行

「……お役に立てず、申し訳ありません。私は……ティエ・ダクシュームは……こ、ここまでのようです」

『ティ、テェエ~! しっかりして~!』

「や、やめ……タルピーさん……揺すらないで……」 

 森の木と額を突き合わせ、語り合うかのように俯くティエが、タルピーに肩を揺すられて必死に吐き気を耐えていた。


「少し休んでろ……」

 女の子……じゃなかった、女性のそんな姿を見てはいけないと、原因であるオレは背を向けた。


 かくいうオレも、膝が少し笑っている。これを味わって、文字通り笑顔なアザナはマゾなのか?

 いや、コレで絶叫する相手を笑っているのだからサドか?

 ええい、どっちでもいい。 


 怖いだけじゃない。

 やっぱりこの高速移動魔法は、大幅な改善が必須だ。

 恐怖感を消すため、筒状に立方体陣を配置したのは失敗だった。筒内で高速移動する際、位置がブレて酔う。

 もっと立方体陣の配置を調整すれば、このブレが減るのだろう。だが、それにはかなりタイトな調整がいる。

 アザナの左右で弾き合う方式の方が、酔いは少ないだろう。しかし代わりに、あのやり方では怖さ倍増である。

 改善はさておき――。


 

 先回りしたオレは森を移動して、ラバースーツの女を待ち受ける。時間はあまりない。

 しかし魔法陣を投影しすぎれば、相手に感知されて警戒されてしまう。

 なにもせず、待つほかない。

 暗視の魔法を目にかけ、オレは木の陰に隠れる。

 やがて期待通り、ラバースーツの女が闇の中を駆けてきた。

 よかった。アンも無事な様子だ。

 

「はなしてよ! はなしてってば! おーろーしーてーっ!」

 アンは抱きかかえられたまま、必死に抵抗している。

 ラバースーツの女は子供の抵抗ではびくともしない。

 そろそろ疲れていたのだろう。アンの抵抗はひどく弱い。

 しかしそんなアンを抑えつけるラバースーツの女は、ろくに隠れてもいないオレに気が付く様子がなかった。


 ラバースーツの女は、獣のような速度で森を疾走している。

 あの速度で転んだら、抱えられたアンはただじゃすまないだろう。なので、まずラバースーツの女の足を邪魔することにした。


「『蔑み邪険に踏みつけるヤツらを引き倒せ!』」

 魔法に呼応して、草が蔓延はびこり、女の足まわりに繁る。

 ラバースーツの女は絡む草から逃れるため、常人ではありえぬ高さに飛んでソレを躱す。


「『見当違いの聖者の苦行!』」

 無駄と思いつつも、オレは鎖の拘束魔法を続けて放った。

 木々から伸びた鎖がラバースーツの女を襲うが、その全てが片手で打ち払われた。さすがにアンを抱えているので、鎖を払う吸血鬼に余裕はない。


 あそこまでされてアンを手放さないとは、よほど腹が減っているようだ。しかも抱きかかえていたアンを肩に担ぎ直し、渡さないぞとたいを半身に代えやがった。

 吸血鬼は気品ある存在のように言われているが、アレを見るとただの食い意地が張った腹ペコ女が、必死に弁当を確保しているようで浅ましい姿に思えてしまう。


「お客様。こちらの宿では弁当のお持ち帰りはご遠慮させてもらってます」

 あまりに滑稽に思えたので、上位種に向かって皮肉を込めて丁寧に声をかけてやった。

 ラバースーツの女は、逃げたり方向転換や迂回をする様子はない。ラバーマスクから覗く半分の顔は警戒に染まり、オレの一挙一動を見守っている。

 タルピーが言っていた「吸血鬼は燃費が悪い」、というのは本当なのだろう。

 もう、オレと相対できる存在には見えない。

 正面切って戦うどころか、逃げるのも全身全霊をかけなければならないという有り様だ。


「ザ、ザルくん! 助けにきてくれたの!」

 担がれてケツだけこっちに向けているアンが、オレの声に反応した。

 オレが皮肉をかけた吸血鬼当人は無言。

 なので追い打ちをかける。 


「ノリが悪いねぇ~。一万年の骨董品さんよ。それとも生涯お留守番か。一万年になったお留守番……ってな」

『ア、アタイは好きでお留守番してるわけじゃないもん』

 煽りがタルピーに誤爆してしまった。すまん。


「さて、軽口が誤爆しちまったが、吸血鬼様よ。ここは見逃してやるから、担いだ弁当は置いていってくれないか」

「……ザルガラ・ポリヘドラ。……この裏切者め」

 大上段で交渉を吹っ掛けたら、吸血鬼から意味不明な詰りを食らった。

 見知らぬ相手から裏切者……?

 意味がわからん。

 真意を聞きたいが、どういう意味だとお願いして訊いたら、会話の主導権を取られてしまう。


「おいおい、上位種様は人間と会話できねぇのかよ。さっきから皮肉は無視されるし、煽りは誤爆するし、交渉にもならねぇし、オレが独り言を言ってる感じだぞ」

「……分からないならいい。そして先ほどの要求だが……」

 冷たい声でオレの独り言を聞き流し、吸血鬼はラバースーツの手袋を取った。

 白い手が剥き出しとなり、抱えられるアンの太もも付近に近づけられた。


 【吸血鬼の手形(ヴァンパイアタッチ)】だ。

 アレがアンの健康的な太ももに触れれば、彼女はあっというまにゾンビとなってしまう。


「……断らせてもらう、裏切者。このまま通して貰えぬなら、この娘は……」

「え、ちょっとヤダ! なにすんのよ」

「おい、暴れるなアン。間違って触られたら最後だぞ」

 身体と尻を振って暴れるアン。一応、大事な弁当を気にしてか、吸血鬼の手は充分に離れている。だがもしもということがある。

 さて、と……。アンが人質とされてしまった。

 せっかくゾンビ化から助けたのに、またゾンビ化の危機。

 アンはどうしてもそういう運命なのかねぇ。


 ま、その心配はないんだけどね。


 なにしろ誰よりも隠密に長けた、怖い怖いオヤジがいるからな。


「っ!」

 最初に気が付いたのは、後ろ向きに担がれたアンだった。

 反射的にアンが顔を上げた……次の瞬間、彼女の身体は太い腕に抱きかかえられ、吸血鬼の肩から引き離された。


「……誰だ!」

 全てが無音だった。巨体が近寄る空気の震えすら、吸血鬼は感じなかっただろう。ラバースーツで全身の触覚を絶っていたのも、反応が遅れた原因だ。

 

 音と振動の魔法を扱わせたら、王国で右に出る者はいないであろうターライン。

 彼はその特技を生かし、吸血鬼の背後から見事に娘を助けて出した。


「言っただろう? そいつの宿に持ち帰り弁当はないって」

 オレは最初の皮肉を見事に回収しながら、吸血鬼に向けて魔力弾を放ち、娘を抱えて離れるターラインの援護する。

 ちょっと得意顔になって、ニヤケてしまった。

 ターラインを追おうとした吸血鬼は、オレの攻撃を避けるため大きく横に飛んだ。その先にはタルピーが待ち構えている。


『喰らえぇー!』

 タルピーが両手を上げて飛び跳ね、炎の柱を周囲に立ち上げた。業火が轟音を立てて、天を突くように伸びた。

 それに巻き込まれた吸血鬼は、火勢に煽られ高く舞い上げられる。


「『上を下へ!』」

 空中で死に体になった吸血鬼に向け落下魔法を放つ。

 見えないゴムで地上に引っ張られるように、吸血鬼の身体が急加速して落ちる。


「『裏切りの大地!』」

 追い打ちの魔法を放ち、着地しようとした吸血鬼の腹に大地の槍を叩きつきた。

 さしもの吸血鬼も、腹ペコ状態でオレとタルピーを相手するのは荷が重すぎたようだ。

 そのまま大地の槍から『見当違いの聖者の苦行』を発動させ、吸血鬼を鎖で念入りに縛り付けた。

 

『アタイらってサイキョ―』

「ああ、まったくだな」

 タルピーとオレは拳を突き合わせて勝ち誇る。

 頑丈な吸血鬼は、縛り付けられたまま悔しそうにオレたちの勝鬨を睨みつけてきた。


「……く、裏切者が」

 また裏切者か。

 なんのことか気になるから、じっくり尋問するとしますか。


 娘を救出したターラインは、玉のような汗を掻き、荒い息でオレの隣りまで退避してきた。体力も尽きたのだろう。安心しきったターラインは、アンの重さで潰されるように突っ伏した。


「あ~あ、しょうがねぇなぁ」

 実の父の上に圧し掛かったアンの手を掴み引き立たせる。


「あ、ありがとう……」

 自然とオレに寄りかかるのは止めてくれないかな?

 足止めはしたけど、助けたのはアンの親父だし。

 ターラインがまた怒り心頭になっているのでは? と、ビビって見たが、彼の目はとても穏やかだった。

 代わりに疲労の色が濃い。

 必死に走ってきたのだから当然だろう。


「タバコ少し控えた方がいいんじゃねぇか」

「借りが……できたな」

「利子は取らないから、気長に返してくれ」

 利子の代わりに、また友達になってくれ。

 

「貴族相手の借りか……。怖いな」

 よほど疲れているのか、得意の古来種訛りが彼の口から出てこない。

 息が整ったターラインは、ゆっくりと体を起こして胡坐をかいた。肩から力が抜け、緊張が解ける。

 ターラインのそんな姿を見て、オレも油断した。油断してしまった。痛恨だ。


『ザルガラさま!』

 悲鳴のようなタルピーの声を聴いて振り返る。

 タルピーが見張っていた吸血鬼の姿が、ラバースーツを残してない。鎖が虚しく黒いラバーを締め付けていた。


「どこだ!」

 どうやって抜けたかはどうでもいい。どこにいるかが問題だ。

 目と魔力で吸血鬼を探す。

 くそっ! ティエを控えさせていれば、一発で捜しだせたのに!


 悔やむオレの目が、ターラインの背後に不自然な霧を見つけた。

 そこから伸びる白い手――。

 ソレはもう、ターラインの首を捉えようとしていた。


 ――手遅れだ。

 時間が緩慢となる。

 声を出したが、口からでない。それほどオレの思考が早くなっている。


 あの手が触れたら、ターラインは一発でゾンビになってしまう。

 せっかくアンを助けたのに――。

 おい、冗談だろ?

 オレが2度目の人生を経験したせいで、「あの約束」を果たさないといけないっていうのか?


 前の人生で、失意のターラインが言ったあの言葉が頭の中で響く。


『もしも俺様がゾンビになって迷いでたら――、ザルガラ(シズマイニズ)の手で焼き払ってくれ』


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