街に木霊する悲鳴 (挿絵アリ)
「こりゃ厄介な事になってきたな」
などと言いながら、オレ自身は高揚してきた。我ながら不謹慎だと思う。
厄介事に首を突っ込むつもりだったが、厄介事がこっちに首を突っ込んできた。
ツッコんできたそれは伝説の吸血鬼だ。
いや、吸血鬼の厄介事にオレが首を突っ込んだのか?
ええい、どっちもいい。
ゾンビ化した局員がいるので不謹慎だろうが、オレは吸血鬼の関わる事件に直面して高揚を隠せない。
そんなオレの頭を冷やすような轟音が、背後から鳴り響く。
振り返り見れば墓地区画に魔法の火の手が上がっていた。
「ん? なんだ?」
魔法の火柱はすぐに消えた。そちらの方向から、裸マントを先頭とした集団が走ってくる。
その背後には、ゾンビやスケルトンの集団が迫っている。どうやら追われているらしい。
墓地区画という警備の担当区画を越えて、ヤツラがやってくるなど異常事態だ。おそらくあの吸血鬼(暫定)が、上位種として命令を与えて、遺跡の管理制限を無視させているのだろう。
「大変だ! 何事かわからんが、墓地の死人たちが動き出している!」
「『そこを山折り』」
アトラクタ男爵の発言を聞き終えないうちに、オレは彼らと死人集団の間に土壁を隆起させた。
「う、うむ、助かった」
男爵はオレの問答無用さに驚いている。
「危険な魔法じゃないんだから、そこまで驚かなくてもいいだろうに」
「どちらかというと、大通りどころか、墓地の端から端まで土壁を作り上げたことに驚いているのだが」
ああ、そっちか。
アナザとオレの感覚では、この程度は子供の砂山程度だから世間とズレがあるな。
ボトスたちという足手まといが居たせいで、逃げるに徹するしかなかったのだろう。アトラクタ男爵とマントの集団は、防御魔法陣でボトスたちをがっちり守っていた。
「アンタらは助かったが、こっちは残念だ」
オレは局員たちの成れの果てを指差した。
「こ、これは!」
鎖に拘束され蠢く職員を見て、アトラクタは足がよろめくほど驚いて見せた。部下やボトスたちにも、その衝撃が伝わり、びくりと身を竦めるほどだ。
「何が……いったい何がっ!!」
職員の変わり果てた姿を見ているうちに、アトラクタの驚愕が激昂へと移り変わった。
タルピーから聞いた【吸血鬼の手形】の話を伝えると、彼らの表情がみるみる怒りで赤くなっていく。
「あのラバースーツを見てまさかと思ったが……モノイドの奴め。よもやこんなことを……」
「犯人を知っているのか?」
無言の肯定をするアトラクタ男爵。
まあいいか。コイツ自身がこうして激昂してるところをみると、仇敵か身内の裏切りといったところだろう。
「ここの収拾はアンタらに任せた。オレは暫定吸血鬼を追ってみる。このまま逃げてくれるならいいが、これ以上、悪さされても困るからな」
「収拾? ……あ、ああそうだな」
怒りが優っていたのか、遺跡開発に関わるの長でありながら事態収拾を忘れていたらしい。
山折りして隆起した土壁を、数に任せて乗り越えようとしている死人たちがいるのだ。早めに対策しないと、アレが冒険者街に雪崩れ込む。
アトラクタは仕事の顔になって、部下たちに指示を与える。1人を遺跡開発局事務所に走らせ、自らを含め残りは溢れ出ようとする墓地の住人達を退けるため残るようだ。
戦闘に不慣れとはいえ、王城どころか王宮勤めまでできる一族の魔法使いだ。足手まといが居なければ、増援が来るまでしばらくここを支えるくらいできるだろう。
と、なると――。
「おい、ボトス。オマエらは開拓者たちに警告しにいけ。様子のおかしいヤツには、知り合いでも近づくなってな」
足手まとい組には、オレが指示を与える。
「わ、わかった」
「緊急事態だから使いに出すんだぞ。違法侵入については見逃してやるから、逃げずに真面目に必死にやれよ。あとマントも2人くらいついていけ」
「お、おい、勝手に決めては困る……」
オレの勝手な温情に、法側のアトラクタ男爵が口を挟んできた。
「アンタは杓子定規の法律を着てるんじゃないんだろ? もうちょっと着崩せよ」
「そうか、これは全裸に諸肌脱ぎといったところか? ちょい悪オヤジだな。カモーン」
腰パンで諸肌脱ぎとか、もう完全に変態の恰好だがな。全裸マントだけど。
この場と開発局事務所、そして冒険者たちの対応は、アトラクタ男爵以下マント男たちに任せ、オレはティエに合流することにした。
ティエの【精霊の目】なんだかんだで有益だ。上位種の残した痕跡も、ソレそのものも探し出せるだろう。
ペランドーを巻きこむことになるが……まあ、なんだかんだでアイツもここ数日で頼もしくなった。自分の身くらい守れる……と、思う。上位種相手だが。
無理かな?
考えていても仕方ないか。
「いくぞ、タルピー!」
『あいよ!』
追跡でも使わなかったが、飛行魔法は危険だ。狙ってくださいと言っているようなもんである。まあ、多少の攻撃なら防げるが一方的に撃たれるのは良くない。
ある程度、敵の攻撃を制約できる地上の移動の方が無難だ。
しかしちんたら子供の足で走るわけにはいかない。
「『王者の行進!』」
まっすぐ高速で移動する魔法だが、開発のろくに進んでない夜の冒険者街なら、移動に使える。角々で停止し土煙は立てまくりつつ、ジグザグに街を走り抜けてターラインの宿へとたどり着く。
すると、周囲には怪しい人影があった。
ラバースーツのあの黒い女じゃない。かといってゾンビでもない。
角に潜んで宿を伺っていた開拓民らしき1人が、こちらへと視線を向けた。その目は妙に光って見える。
まともな状態ではない。
『あれは【支配者の視線】かなぁ?』
「精神を操られてるってことか。吸血鬼はなんでもありだな」
ティエとペランドー、それにターラインたちが無事か心配になってきた。
オレは吸血鬼に支配された人間たちを魔法で拘束する。まだ魔力に余裕があるが、なんでもかんでも魔法で対応してしまうと隙ができてしまう。と、いってタルピーにやらせるわけにもいかないので、困ったところだ。
防御がほんのちょっと遅れたり薄くなる。
ただの魔法使いたちなら問題ないが、相手が上位種だとすると命取りになりかねない。
「タルピー! 先陣を任せた!」
『任された!』
なので、通常の攻撃では傷つかないタルピーを先行させることにした。同じ上位種だから、吸血鬼の攻撃くらい問題ないだろう。見た目、人形サイズの女の子を突撃させるのは、ちょっと気が引けるがどうこう言ってられない。
張りきったタルピーは実体化して炎の姿をなり、くるくると回転しながら宿のドアを蹴破って侵入した。
「うわぁっ! 【雷戟の掌】!」
『あいたぁっ!』
しなる雷が直線に伸び、タルピーを叩いた。
ドアを蹴破るため実体化していたせいで、タルピーはペランドーの放つ雷魔法の誤射を食らってしまった。
「今ので痛いわけないだろ」
仮にも上位種だ。タルピーはびっくりして痛いと叫んだに違いない。
『……ような気がする』
お尻を擦りながら、タルピーは訂正した。
そんなタルピーの脇を抜け、宿の中に足を踏み入れる。中では傭兵たちがバリケードを作って、武器を手にしている。その中心にはティエとペランドーがいた。
「ザルガラ様」
「あ、ザルガラくん……」
傭兵と共に立てこもっていたペランドーとティエが、オレの顔を見てホッとした表情を見せて力を抜いた。
オレをよく知らない傭兵たちは、まだ警戒しているが襲いかかってくる様子はなかった。
「よう、ペランドー、ティエ」
「いくらタルピーがいるとはいえ、主君たるザルガラ様を行かせたことを後悔していたところですよ……」
陽気に挨拶すると、ティエが暗い顔で受け答えた。
「ほう。こんな状況でオレたちの心配か?」
「それもありますが、見てわかると思いますがアンは居ません。攫われました」
「……」
「もうしわけありません」
心の中で唇を噛んだつもりだったが、思わず表情に出てしまった。
「いや、いい。まさかアンを狙うとはな」
もしかしたらペランドーの代わりに、アンを狙ったのかもしれない。ティエという護衛がいたから、ペランドーは無事だったのだろう。
「ラバースーツを着た女性が押し込み、アンを攫って逃げました。追いかけようとしたのですが、正気を失った開拓民に宿を囲まれ……どうしようかと思っていたところです」
「ターラインは?」
「どういう魔法か知りませんが、無音で開拓民に気が付かれず後を追っていきました」
音の魔法に秀でたターラインは、見た目に寄らず隠密行動が得意だ。きっと窓を開ける音や足音を消し、開拓民の目を避けたのだろう。
「なんであの吸血鬼はアンを攫ったんだ?」
『たぶん……活動限界?』
オレの疑問に、タルピーが答える。
「なんだそりゃ?」
『吸血鬼は上位種の中でも、特にいろいろできて、やたらバランスが悪くて、さらに弱点が多くて、一番燃費が悪いよ。自然から力を得てるアタイたちと違って、人の血を貰って維持してるのがその証拠』
「つまり、アンは食事のお持ち帰りされたってわけか」
冒険者街に年頃の娘は少ない。ティエは武装してるし、かなり戦える部類の上にいい目を持っている。開拓者も冒険者も男だらけだ。
そんな中、アンは珍しい存在の少女である。
「是非もない、追うか。……ティエ」
「はい」
「悪いが全力でやってくれ。相手は上位種の上に吸血鬼だ。目立つ」
「分かりました」
オレの指示に従い、ティエは前髪を掻き上げた。彼女の赤い目が強く光る。同心円状の瞳が、周囲を睥睨した。
怪異でも見て恐れるように傭兵たちが竦んだ。
ペランドーも【精霊の目】の最大出力で、自身の魔力を撫でられる感触を察したのか、不快そうに身を縮めた。
ある一方でティエの周回が止まる。そして同心円の瞳が小さくなった。
「南に走り去る円があります。あと……宿の主人と思われる点も見えます」
「おーし、さすが。魔力の探索に掛けちゃティエさまさまだぜ」
単純な魔力の探索ならば、ティエの右に出るものはいない。【精霊の目】持ちならダレでもできることだが、普段からオレの近くにいるため、彼女はとりわけ大魔力の探し方に慣れている。
オレは宿の外に出て、ティエから正確な位置を聞きながら移動の仕込みをする。
繊細に立方体陣を遠方に投影し、途切れ途切れのチューブ状に配置。アザナが古来種騒動の時、学園に駆けつけるため使った倍々加速飛行の魔法陣だ。
そう、あの怖い飛行方法である。
もう怖いとか言ってられないからなぁ……。
「ザルガラ様。お供します」
未だ最大出力の【精霊の目】を輝かせ、ティエが頼もしい事を言ってくる。
だけど、これからやるのは怖いなんてもんじゃないよ。
「あ~、【精霊の目】を最大で使ったのに平気か?」
「無理の反動が出るのは明日以降です。お休みを頂ければ問題ありません」
「わかった、覚悟しておけよ」
凛々しく立つティエに新式魔法陣を貼り付ける。
「だ、大丈夫なの? ザルガラくん」
「あー、たぶん」
ペランドーの心配そうな目は、ティエに向けたほうがいいぞ。あ、この危険な移動の魔法を気にしてるわけじゃないのか。
「上位種が相手でも問題ないさ。こっちはザルガラ様だ」
何しろ、上位種なら前の人生で何度も相対してる。
快勝ばかりではないが、遅れを取ったことは一度もない。ティエとタルピーが居れば、楽な戦いになるだろう。
アンという人質の存在は難物だが、ここで悩んでいてもしかたない。
「うぉっしっ! いくぞ!」
『おーっ!』
「はい」
オレの気合に、タルピーとティエが呼応する。
だけどまあ、オレのこの行くぞは、吸血鬼と戦う覚悟じゃなくて、アザナ謹製高速移動魔法使用への覚悟を示す行くぞなんだけどな。
うぉっしっ! いくぞ!
……………………。
『まだー?』
躊躇してたら、タルピーに急かされた。
「ちょっと待て、心の準備が」
「……?」
何も知らないティエが首を傾げる。
…………うぉっしっ! いくぞ!
そして絶叫が冒険者街に木霊した。




