極彩色の織姫
どうにかしないと――。
何がどこでどう狂ったのか分からないが、アザナは勘違いをしてる。
確かにコイツは苦労知らずで、ちょっとバカが入るほどのお人よしだが。そのバカさが違う方にも働いている。
前の人生で、コイツがこんなにバカだった記憶はない。ボタンのちょっとした掛け違いで、なにかが狂っている。
どうにか修正しなくてはいけない。喉が渇く。なんでオレが、こんなに緊迫しなくちゃいけないんだ?
唾を飲み込み、オレは一つの提案をアザナに押し付けてみた。
「そ、そこまで言うなら、感謝代わりに教室の弁済額を、オレの分も全部オマエに負担して貰おうじゃねーか」
オレへの弁済負担が減り、アザナには嫌われないまでも勘違いを気付かせる。一挙両得の手だ。
上手くすれば、一気にオレを嫌うかもしれない。
咄嗟にしては、我ながら良いアイデアだ。
「それは良いアイデ……じゃなかった。なんて卑劣な! でも、アザナ様。ご安心ください。わたくしが代わりに支払って差し上げますわ」
予想外にユスティティアが反応した。
しまった。よく考えれば、これ幸いとユスティティアが、アザナを取り込むために利用してきて当然だ。
「そ、そんな。ティティにこれ以上なんて悪いし……。あ、でもティティに肩代わりしてもらった分は、すぐに返せるから安心して!」
「すぐに返せるようならば、なおさらわたくしにお任せを。もしなんらかの障害で返済が滞っても、アザナ様ならそのお力で軽く問題を解決なさるでしょう? わたくし、信じてますから。ほら、安心。遠慮なくお借りを! 気持ちよくお貸ししますわ!」
「え、う、うん。そうかもしれないけど……」
アザナよ。その細い首に巻きつくエッジファセット公銘付き金の首輪に加えて、ハートマークの金の鎖が付きかかってるの気が付いてるのか?
金を返済しても、一回は貸し借りをしたというつながりが付いて回るんだぞ。困ったときに助けてもらったという事実を、無視できるオマエじゃないだろ?
あ、ヤバい。
アザナの勘違いを早くなんとかして嫌われないと、オレも恩人の一人と数えられちまうんじゃねぇか?
形振り構わず、恩を売ろうとするユスティティアを見て、オレはタカリという手段を思い付く。
なるべく馴れ馴れしい不快を抱かせる態度がいいだろう。
調子にノッた小悪党風に肩を揺らし、ナメたような態度でアザナの表情を覗きこみ顔を近づけた。
「ほぅ、オマエはいい"財布"を持ってんなあ、アザナぁ。……そういえばオレさぁ、ちょっと欲しいモノがあるんだわ。そのついでにメシでも奢ってくれよ……。な、恩人の頼みだぜ」
「ぜ、ぜひお礼させてください! ザルガラ先輩!」
「いいアイデアですわ! 父が趣味で投資したやたら豪華で贅沢なレストランがありますの! 父の道楽がやっとわたくしの役に立ちますわ!」
「なんでやねん!」
乗り気な二人に、思わず西方語で突っ込んでしまった。
「オレはオマエに集ってるンだぞ? 分かるだろ? オマエの短い人生でも、なんか金に汚いヤツとかおこぼれにあずかるヤツとかいただろ? そういうカンジだったろ、今のオレ! つか、ザルガラ先輩って呼ぶのをいつオレが許可した?」
「先輩って呼んじゃだめですか?」
「いや、それはオーケーだ」
「そこは許可なんですわね……」
「とにかく、お礼とか要らねーんだよ! オレにはオマエに対して純粋な悪意しかねーんだよ! 解れよ!」
「……?」
「っ! 砂漠文鳥みたいに、可愛らしく首傾げてんじゃねーよ! ドキッとさせんなっ!」
オレが一人で騒いでいると、鐘吊部屋に繋がる階段から複数の足音が聞こえてきた。アザナたちも、足音に気が付いた。オレたちは虚しい会話を中断して、何者が駆けあがってくるのかと、階段を注視した。
どやどやと駆けあがってきたのは、アンズランブロクールとその仲間たちだった。
全裸だった。
「「きゃあっ!」」
「見つけたぞ!」
「見ちまったよ……」
キモイパワードファイブの、とりわけてキモイパワードファイブなところを見てしまった。
先頭に立つアンズランブロクールが一歩前にでると、身をくねらせ自分を抱くようなポーズを取った。
「イシャン・ゴ・アンズランブロクール! 見参!」
あー、そうだった。イシャンだ、イシャン。コイツの名前はイシャンだ。医者を呼べ。
「め、名門の子息がなんて恰好をなさってるのよ! 早く、なにか着なさいよ」
「私の魔法と美を妨げるものは、何、一つ、今は、無い!」
「バカを隠すモノも、何一つ無いな」
オレはあまりにもあんまりなので、キモイパワードファイブたちの姿を魔法で消すことにした。
レンガ壁のように四角く区切った透明な板を、キモイパワードファイブの前に作りだす。そこを通過する光を、四角い区切りごとに一色だけ抽出し、それを拡大して区切り内に投影。残りの光は打ち消す。
すると、向こう側の画像ははっきりと見えなくなる。
本来は広範囲にかけて、遠距離攻撃と探索を妨害する魔法なのだが――。なぜかアザナが、懐かしそうな表情で観察してる。
「わあ、すごい。モザイク処理だ」
なんだ? モザイクって? アザナってたまに知らない言葉を使うよな。
ブロック状に拡大省略された自分たちの姿を見て、キモイパワードファイブがなにやら騒ぎ始めた。
「おお? これは幻術か?」
「これなら、街を歩いても、前みたいに巡回兵に引き止められず歩けますね」
「オマエら、全裸ででかけたの? やめろよ、学園の品位さげるの」
オレが学園の品位を気にしてるだと!
ツッコミいれながら、自分で自分にびっくりしたぞ。
オレのツッコミにイシャン・ゴ・アンズランブロクールが納得しない表情で、大げさに首を振って見せる。
「いや、これでは美をみんなに理解して貰えないではないか。如何に魔法の力が伸びようとも、美を振り撒けねばすべてに価値がない」
「脱ぎたいだけじゃねーか」
「そうとも言う」
認めやがった、この名門全裸子息。
「いいから、ここに来た理由言え」
調子が狂いっぱなしだ。
面倒だから全部吹き飛ばしてもいいが、それはそれで負けたような気がする。
アザナに正面から戦って負けるなら本望だが、誤魔化すために爆発させて、なかったことにするのは逃げだと思う。
「ザルガラ・ポリヘドラくん。キミだろう?」
「なんのことかな?」
イシャンの目が鋭くオレを射抜く。こいつ、意外と察しがいいのか?
とぼけて見せるが、追及するイシャンの言葉は止まらない。
「この私に暴挙を振るえるような者は、この学園にはキミ以外はそういない。いや、何人かいるが、あんなにひどいタイミングで振るうのは、本当にいない。他のモノたちなら、この美に見惚れて妨害などしないだろうからな。そして妨害をしたであろうポリヘドラくんとアザナくんがここで密会。これは証拠と見ていい。芝生を裏返して見せたのは、キミだろう!」
「すげぇっ! 頭悪い推理なのに、オレが犯人ってところは当たってる!」
「ふふふ、凄かろう」
「バカにしてんだよ、気づけよバカ」
「バカにされてることに気が付かない、私……。ふっ、ということは逆を取って裏返すと、つまり天才という事だな」
「超理論で来たな、おい! 輪をかけてバカだ、って言ってるんだよ!」
「ザルガラ先輩たちって、実は仲良しだったんですね。よかったなぁ、この学園って楽しそうで」
「仲良しじゃねーよ。どこをどう見て楽しそうなんだよ、これ!」
アザナ……、オマエってこんなにバカだったっけ?
「ふふふ、たのしかろう、アザナくん。たのしいぞ、どうかね、全裸……じゃなかった。素衣原初魔法研究会への体験入会してみないかね。いいぞぉ、友達だって増える。服代だってかからない。みんな全裸だぞ」
こいつ、今一瞬全裸って言ったぞ。あと二回目ははっきり言ったぞ。
「ボ、ボクは人前で脱ぐなんて……」
「そこは慣れれば快感に変わる。いや、いずれは人前で脱げないと、だんだんと禁断症状が出てきて、魔法を使う予定がなくても、街の往来で脱ぎたくなってしまうくらいだ! どうだ? 凄いだろう!」
「オイ、反社会性が凄すぎて、それが本当なら入会しちゃぁいけねぇんじゃねーのか?」
「わたくし……後顧の憂いを断つため、この研究会を潰さなくてはならないと思いますの」
「オレもそう思う」
ユスティティアと意見が一致した。
とにかく、これ以上アザナに付きまとわれては困る。
「おっと、先輩方。これ以上、後輩に無茶な要求をすんのは止めてもらえますかねぇ」
オレは全裸の5人と、断り切れずにいるアザナの間に割って入った。
「……ポリヘドラくん。わがアンズランブロクールは、キミの一族と揉めるつもりはないのだよ? 芝生の件も分かったうえで、不問にしようと思って……」
「揉めるつもりがない? へぇ、名門貴族も怪物が怖いってか?」
ケンカの売り方。アザナに向かって、それを10年も重ねてきた。アザナみたいなおっとりした奴を、どう煽るか試行錯誤したものだ。
一言で、神経から名誉も家もプライドも力も自信も逆撫でる。
「バカな、ヤツだ! 全裸の私たちに勝てると思っているのか!」
どうしてここまで自信があるのか理解できない。どれだけ全裸に自信があるんだよ。
イシャンたち5人は、一斉に古式魔法を展開した。全員が、魔法陣を投射できる実力らしい。だが、それは平均的といえる。
今の五回生。彼らはエンディアンネス学園の栄えある300期生でありながら、不遇の300期生と呼ばれることになる。
それは、アザナのせいだ。
アザナが入学して、その実力を見せつけられ、己の無力さを味わいながら卒業していく不遇の5回生。
エンディアンネス学園は5年制なのだが、彼らはアザナとの接点が一年しかない。
去年卒業した者たちは、アザナの前に無力感を味わっていない。
再来年以降、卒業する4回生以下は、アザナの革新的な魔法技術の恩恵を受け、大きく伸びて学園から巣立っていく。
5回生だけが、無力感だけを抱えて卒業するハメになるのだ。
同情する。たった一年の差が、幸と不幸を分ける。
「だからって、アザナのために手加減するつもりはねぇけどな! 『やっぱり極彩色がいいねって織姫が言ったから!』」
古式より早く発動する新式魔法を使い、キモイパワードファイブに先制攻撃を放った。
七色の光が、古式魔法陣を描くのに手いっぱいな五人に襲いかかる。バカなヤツラだ。全員が同じように時間のかかる魔法を使うとは。
最低、二人は防御の新式魔法を使うべきだった。こいつ等は実力云々以前に、数の利を生かしていない。
「な、なんだこれはっ!」
「わあ、ひ、光が!」
光につつまれ動揺したのか、5人とも全員が古式魔法陣を崩してしまう。まったく、本当にダメなヤツラだ。
ヤツラを包む光が消えうせると、5人は極彩色豊かな服に身を包まれていた。
その服は古臭い王国初期の礼服だ。翼型の付いた複雑なダブレットの上着に、邪魔にぶら下がる飾り疑似袖付き。さらに重厚なウプランドを羽織らせ、ズボンは脱ぎにくく裾が窄められたトランク・ホーズ(王子様パンツ)とタイツ。
戦闘で服や鎧を失う事は多い。オレの使った『極彩色の織姫』は、そんな時を想定してつくった緊急用の着替え魔法である。
一見、無駄な魔法のようだが、半裸や全裸で戦ってはサマにならない。視覚的にも世間に迷惑だ。そして服のあるなしが、野外で命を分けることだってある。思いのほか、重要な魔法だとオレは考えている。
そしてなにより、素衣原初魔法研究会相手には、こうかがばつぐんだ。
「な、なんだこの服!」
「ぬ、脱げないぞ!」
「こ、これじゃあ戦えない!」
「ホントニィ~、魔力が抜けて力がでないよぉ……」
「ええい、狼狽えるな! なんとしても脱ぐんだ! 素原会の力で……全力で脱ぐんだ!」
ケンカ中に、なんで服を脱ぐのに必死なんだ?
逆に感心する。お前ら凄いわ。
「あー、悪いがその服。オレが解除しない限り、脱げないぞ」
「なっ!」
オレの警告を聞いて、イシャンたちの顔が絶望に変わる。
イシャンはがっくりと膝を付き、苦しそうに胸を押さえた。
「わ、わたしたちに死ねというのか……」
「服脱げないくらいで死んだら、オレが笑い死ぬわ」
「くっ、相討ちか……」
「オレが笑い死ぬってのは、そういう意味じゃねぇから!」
違うそうじゃない。
「ザルガラ・ポリヘドラ……恐るべし。しかし怪物と聞いていたが、五人でかかれば相討ちに持ち込めることが分かっただけでも儲けものか……」
「オレの評価が下がって嬉しいが、なんか納得いかねーな」
イシャンは降参したと、両手をあげた。それにならって、後ろの4人も降参の意志を示す。
「引き分けと言いたいところだが、脱げないのは困る。ここは素直に負けを認めて、アザナくんのことを諦めるから、この服を……この地獄から解放してくれっ!」
どんだけ脱ぎたいんだよ、こいつら。
「わかったわかった。5分後に解除されるように、術式書き換えるから、ここから立ち去れ」
「う、うむ。助かった」
術式書き換えを確認してから、イシャンたちはずこずこと撤退していく。念のため、去っていく五人に警告はしておこう。
「わかったか? アザナはオレのモンだからな。横から手を出すんじゃねーぞ」
「ああ、わかっている。もう邪魔はしないよ。悪かったな……」
イシャンたちキモイパワードファイブは、やけにしおらしく返事をして階段を下り姿を消した。
「たく……。あーいうバカどもが、アザナに手を出せないようにしねーとな――」
迂闊な独り言だった。
振り返ると、妙に嬉しそうなアザナと、しきりに感心しているユスティティアの顔があった。
「ザルガラ先輩……やっぱりボクのことを……」
「……ザルガラさん。あなた……もしかして、やっぱり……いや、でも……」
ん?
なんか勘違いが進んでねーかな? これ――。