熱いヤツの冷たい目 (挿絵アリ)
後書きに挿絵があります。
オレたちは快進撃だった。
ブトアと二つのチームとオレたちの12人。大所帯で遺跡の妨害を駆逐する。
たった1日で公園区画を解放し、3日後には農業区域まで解放した。
公園区画だけでなく、農業区画の解放は冒険者街への朗報となった。
お預けを食らっていた開拓者が、こぞってオレたちを称えてきた。
口だけだがな。
礼の言うだけで、その手は空っぽだった。まあアイツらも干上がる寸前だったから、仕方ないか。こっちは12分割とはいえ大儲けしてるしな。
ペランドーが大金持って震えてた。
そういえば、ボトスのヤツラいなかったなぁ。
オレたちに薬を頼むだけ頼んで、行方不明だ。契約違反かもしれんが、薬は売り払い、一部をオレたちで流用してしまった。
短期間で二か所解放したわりに、冒険者街は静かだ。
さすがに狂乱の宴会には懲りたのか、一部のささやかなお祭り騒ぎ程度で済まされた。
「さすがに今日はしんどかったぜ!」
狂乱の宴会でも自制できる用意周到なチーム『白銀同盟』の若きリーダーが、潰れた兜を放りだし両手をあげて叫んだ。勝鬨にも解放感に浸る姿にも見えた。
「ああ、まさか『お前たちを肥料にしてやる』的なゴーレムが農業区画のボスとはな。早々に俺たちが解放して良かったかもな」
用意周到ではないが、飲めば飲むほど普通になる壮年の男をリーダーとするチーム『西方の風』たちが達成感に満ちた笑顔で言った。
農業区画の核管理者は、農地管理用の大型ゴーレムだった。恐ろしいことに有機物をなんでも肥料にするシステムを内蔵し、農業区の害獣害虫を捕獲して回っていた。
古来種はちょくちょく、えげつないモノを作るが、あれは物理的にえげつない部類だった。
もしもオレたちがあのゴーレムを破壊しなければ、冒険者の何人かが犠牲になって農地に撒かれたことだろう。
古来種の農場は狭い範囲でも、高品質で大量の作物の収穫が見込める。成長が早く害虫の発生率が低く、病気もほとんど受けない。莫大なミネラルを必要とする麦も、一年で二回収穫しても農地が草臥れないという呆れるほどの土地だ。肥沃な大地を開拓するより、はるかに効率がいい。
王都内にある猫の額のような農地も、大活躍して安定した品質の食糧を供給している。
そんな場所でも人間が撒かれていたとすると、ちょっと開拓者も躊躇するだろう。いや、意外と構わず作物を育てるかな。
……止そう、考えるのは。
「このままいけば、オレたちでほとんどの区画を解放しちまうなっ! はっはっはっ!」
白銀同盟の1人が調子のいいことを言って、仲間たちと肩を組んで大笑いした。
若手ながら彼らは活躍した。冒険者として中堅どころなのだろうが、連携する戦いにおいては目を見張るものがあった。白銀同盟たちは、もともと総数40人という大所帯の冒険者チームだという。ちょっとした傭兵部隊だ。同盟というだけあって、いくつかの冒険者チームが一つとなって、人員や物資を共有していると言った。
つまり普段から人員ローテーションや臨時メンバーと、行動することに慣れている。
「残念だなぁ、ぼくたちは明後日には帰らないといけないんだよねぇ」
ペランドーが残念そうにいった。
「そうか、そいつぁ俺たちも残念だ」
西方の風リーダーは担いでいた武器の大鉄杖の先を地面につけて、全身で残念さを表現した。
白銀同盟に対し、彼らはワンマンアーミー的な冒険者の寄せ集めだった。
癖があって少々身勝手だが、全員の実力は高い。魔法使いとしての素養も高く、1人1人が高度な技術を持ってなんでもできるといった具合である。
白銀同盟がバックアップに当たり、西方の風が攻撃に出れば大体の敵を倒せるだろう。西方の風リーダーなどは、白銀同盟への参入を考えている節があった。
「わ、わしはこの宿なので……」
霧と黒の城で解放一番手のブトアが、一番後ろからおずおずと声をかけてきた。
調子にノるオレらに対して、ブトアはちょっとばかりテンションが低い。まあ、気持ちはわかるがな。
「ブトアの旦那。明日はゆっくり休みましょう。連日でしたからねぇ」
「ああ、そ、そうだな。それじゃあ失礼させてもらうよ」
そう言い残し、ブトアは自分の宿へと入っていった。
「ブトアの旦那も疲れているな」
「そりゃあれだけ活躍したし……。それに歳もあるだろう」
白銀同盟も西方の風も、ブトアの態度を好意的に解釈している。
ブトアは活躍した。オレの目から見ても、二つのチームからしても高度な戦闘技術を持っていた。
だが、活躍の原動力は違う。
ティエ辺りは気が付いているが、オレとタルピーが密かにブトアを助力した。ブトアの剣にタルピーが宿り、切った敵に衝撃と熱を加え、オレは強化魔法をいくつもブトアに重ねて掛けた。
オレが剣に魔法を付与しては、他のチームにバレるかもしれないが、タルピーの力ならダイアレンズでもないと見抜けない。
お陰でオレはあんまり活躍できなかった。そりゃペランドーよりは戦いに寄与したが、怪物の名が泣くぜという活躍のレベルだ。
二つのチームはオレの事を知っていたが、怪物という評価を悪い噂の範疇だと理解してくれた。これは怪我の功名だ。
「じゃあ、ゆっくり休養を取ってくれ。あと卒業したらチーム入りの話、考えておいてくれよ」
オレたちもチームと別れ、ターラインの宿へと戻った。
「ただいうーいっす」
「おやめください、ザルガラ様。そういうのは……」
宿の戸を開けるオレの態度を諌めるティエ。普段、放任な彼女でもコレはダメらしい。
しかし、ちょっとだりぃんだよなぁ最近。この宿に帰るの。
「おっかえりなさーいっ!」
ダルさの元凶、アンがオレに飛びかかって出迎えてくれた。
「すごいわねぇ、あんたたち! すっかりウワサだよ!」
ゾンビ化の呪いも解け、すっかり元気になった彼女のジャンプは、軽くペランドーの身長くらいの高さがある。その勢いで抱き付かれた。
オレは一度玄関の外に押し出される形になった。抱き付かれたまま、宿の中に戻る。
彼女は歳のわりに身長があるので、柔らかい胸がギュッと顔に当たる……おい、なんかターラインがオレを睨んでるぞ。やめろ、確かに友人ルートは無くなったが、オレは敵じゃないぞ。
火のついたタバコを、素手で握りつぶすなっ!
「あんたたちのおかげで、街が活気ついてきたよ! 宿も増築予定でいそがしくなっちゃった」
やけにアンになつかれてしまったな。
怪力で成すがまま振り回されるオレ。やめろ、ターライン。音楽のボリュームを上げるな。ここで抵抗すると、もっと締め付けられるし、アンが薄着すぎていろいろヤバいことになるだろ?
あとペランドー。オマエはなんでターラインのところで、クールにカウンターの水を飲んでるんだよ。大物だな!
「……なぁに、オレたちは手伝いだけさ。つか放せ、アン」
なるべくアンの素肌に触れないように、彼女の身体を遠のける。服で隠されるところが、重要な部分ばかりなので、いろいろその困る。彼女は年齢的にオレの実年齢から見て大分下なのだが、身体は早熟すぎてちょっとまずい。出るとこ出てて張りがあって柔らかい。――堪能してないよ。
あと、パワーあり過ぎ。
「やぁん、そっけない。ザルくん」
アンは指を咥え、離れるのを名残惜しそうにしている。その背後でタバコの煙だかなんだか分からない白煙を、ドレッドヘアから上げている自分のオヤジに気が付きなさい。
ターラインに恩を売るつもりがなかったので、薬を売りつけたが……。まさか遺跡解放で活躍すると、アンにベタ褒めされ気に入られるとは思わなかった――。
「ザルガラくん。ぼくはもう疲れたから、休むね」
あくびを噛みころし、すっかりリラックスモードのペランドーが部屋へと戻っていく。
「彼、気がきくわね」
「ペランドーは鈍感なだけだから」
自然に肩を組んでくるアンさん。
自然に頭から煙を出すターライン。
アン。オマエはオヤジに気を利かせろ。
「悪いがオレはティエと相談がある。部屋に引き籠らせてもらうぜ」
「うん、じゃあ後でコーヒーでも持って遊びにいくね」
「仕事しろ……」
投げキッスして去っていくアン。
仕事を押し付けるターライン。
なんか怖いな、二人とも。
「ザルガラ様も存外、ひどいことをなさいますね」
タルピーが至る所で踊るティエの部屋で、オレは家人から呆れの言葉を貰った。
「え? ア、アンのことか?」
素っ気ない態度を取り続けてるのを、ティエは女性として許せないのだろうか?
「違います。ブトアのことです」
「あ、ああそっち。ひどいとはひどい言い方だ。ありがとう」
「ありがとうって…………。しかし時間がないのに、迂遠なことをなさいますね」
「ブトアを殴って本当の事を言え! とかやる? 芸がないだろう?」
「確かに。でもですね……ザルガラ様。まるで」
「まるで?」
「よくある、ポッと出冒険者がいたから『生意気だな。その実力を試してやるぜ、へへへ』っていう悪役みたいです」
なんだそりゃ。
いやまあ、実力を疑ってるのも確かなんだがな。
どうもオレはインチキとかが好かない。見かけると探り入れて、ぶっ潰す趣味があるらしい。
「しかし、時間がないのは本当だ。学園が始まるしな。そろそろ追い込みをかけるぜ」
「いよいよですか」
「ああ、タルピーちょっと付き合えや」
『お、これからお出かけ?』
タルピーは喜びの舞を踊りながら、オレの肩に駆け上る。すっかりここが定位置だ。顔のとなりで踊っていると、ちらちら薄着の女の子が視界に入ってきて気が散る。せめて肩の上では、静かにしてほしいところだ。
「じゃ、ちょっと行ってくるぜ」
オレは窓を開けてターラインの宿から、ブトアの止まる宿に向けて飛び出した。
そろそろ影が夜に紛れる時刻。まだ街は油断し明かりを灯していない。そのせいでオレは目立たない。
ブトアの泊まる宿の屋根に降り立ち、前もって調べた部屋へと飛び込んだ。
「遊びにきたぜっ!」
ブトアの部屋に転がりこみ、オレは両手を振り上げた。
さすがは一流の剣士。ブトアは剣を抜いて構えている。だがオレを見ると、その剣先が下がった。
そうとう精神的にまいっているらしい。
「さあ、そろそろだなぁ、ブトアさんよ」
「な、なにしにきた!」
「う~ん。そりゃ共犯者と相談するのは当然だろ?」
「だ、だれが共犯者だ?」
共犯者というのに反応するブトア。それはそうだろう。
なにしろ実力以上の攻撃を繰り出し、当たるはずの魔法をオレが弾いているわけだから。
なぜ、オレがそんな親切をブトアにしてあげるのか。
それは尋問する前準備のためだ。
人を問い詰める方法ってのは、いろいろある。「なにか隠してるだろ? 話せ」というのが愚策なのはもちろんだが、強迫するとか尋問するとか弱みを握るとかそういう方法だ。
なんか酷いやり方の例しか出してないが、オレは器用じゃないのでお上品なやり方はできない。
「ブトアさんよ。アンタの力は充分分かってるぜ。だから、世間様の評価通りに底上げしてやった。剣にはオレ特製の魔法付与。鎧には受動的発動する新式魔法陣で防御結界。リッチも倒せない実力者が、人にバレず強くなれる気持ちはどうだったい?」
バレず、という言葉にブトアが反応する。
『剣の力はアタイのだよー』
と、タルピーが反応したが面倒なので黙殺。
「これで共犯者だな」
オレのやり方は単純に、秘密の共有。秘密と親切の押し売り――いや、押し貸しと言うもんだな。
ブトアが秘密を隠し続けるのに、ちょうどいい力を押し貸して、もしもオレの要求を退けるなら取り上げる。
強迫?
いやいや、共犯者として秘密を知っておくのは当然の権利だろ?
「なあ? ブトアさんよ。墓地区画の解放。本当にアンタがやったのか?」
「――いや……」
ブトアは意外と簡単に折れた。
彼はメンタルが弱いタイプらしい。ここ数日、ずっと悩んでいたようだったが、ここまで素直になられると逆に気持ち悪い。時間を与え過ぎたせいで、押し貸しを盾にオレが何か要求してくる事に気が付いていたのかもしれない。
一度、話し出すと堰を切ったように、ブトアは全てを吐き出してきた。
「……ふ~ん。その見慣れないマントの魔法使い集団がリッチを倒して、オマエに核を与えたわけか」
「ああ、かわりに黙っていろと……」
「いやいや、本来なら遺跡開発局に報告義務があるぞ? 横取りはグレーだが、遺跡に違法侵入してるかもしれない一団だぞ」
「そ、そうか?」
ブトアはベテランのわりに、その辺の規則をあまり分かっていなかったようだ。
遺跡の出入りは開発局が、がっちり管理している。
冒険者が手柄を譲るとか、手柄を奪うとかは当人同士の問題だ。
しかし、見慣れない奴らが解放前の遺跡に出入りしている。これは、遺跡の暫定的持ち主である国家や領主として見逃せない。
「まあ、いいさ。その話、ちょっと興味が湧いてきた」
本来、トラブルに手を突っ込むタイプじゃないんだが、どうもボトスたちが行方不明になっているのと関係があるような気がする。
ブトアをいじめるのはこの辺にしておこう。
「ワシはもう引退するよ……」
「ああ、歳だもんな。その鎧は、お祝いにくれてやるよ。オレの気持ちが籠ってるんだから、そこらで売るなよ」
オレの軽口にも反応せず、ブトアは無機質に頷いた。
引退した冒険者を残し、オレはターラインの宿に戻ってティエに事情を話した。
「まさかと思いますが、楽しんでますか?」
「ソンナコトナイヨー、ティエさん」
「では、興味津々で出かける準備なさっているのはなぜですか?」
新品の新式魔法手帳をバラシて持っているのを、ティエは見咎めて言った。
「しかも普段、使われない魔法手帳まで用意して――」
「心配してんの?」
「ええ、不審者の安否を」
そっちか。まあ、そりゃそうだわな。タルピーも連れて行ったら、ダイアレンズ無い相手なら一方的に不意打ちできるし。
「では、ペランドーさんは適当に誤魔化しておきつつ、護衛していますので」
「優秀だねぇ、ティエさんは」
「はい。給金上げてください」
「核の分け前あるじゃん!」
「あれはあれで正当な対価です」
まあ、それはそうなんだけどさ。
一存で決められることでもないしなぁ。
「前向きに検討しておく」
「それは期待できますね」
なんか最近、ティエとの会話が妙な方向で弾むな。
ペランドーはティエにまかせ、オレはタルピーを連れて管理事務所へと向かった。
遺跡から帰ってくるのが遅くなった冒険者と開拓者が、そこかしこにいる。そんな中、オレは墓地区画へ入る申請を受付に出した。
「よ、夜にですか?」
受付の女性にびっくりされた。
「解放されてるじゃん」
墓地区画は解放されているため、夜になっても霧がかからない。
すでに安全が確保されてるので、申請すれば冒険者でも開拓者でも入ることができる。まあ、好き好んで夜の墓地に行くヤツはいないがな。
「別に墓荒らしをするわけじゃない。出るときも持ち物検査されるんだし、できないからな。単なる夜の散歩だよ。古来種が残した墓地をこんな赤い月の夜に歩く――なんていい趣味だろ?」
「え、ええ……」
ドン引きされた。
きっと彼女は夜の墓地でデートとかしたくないタイプだろう。オレもそんなところでデートは嫌だがな。
少し警戒されたが、特に問題なく申請は通る。解放された遺跡内部は、下手すると外より安全だ。遺跡が野生動物を退けてるし、核が動いてないため警備の魔物も存在しなくなっているか、活動を停止している。
オレのような子供でも、ちゃんと申請すれば入れてしまう。
夜の墓地ってのはありえないがな。
夜の仮設門は雰囲気がだいぶ違う。昼間は貧弱な門だが、夜になると骨で出来た門に見える。
墓地に行こうとしているので、そんな風に見えてしまうのだろう。
「ごくろーさん」
アクビをしながら門を開ける局員に挨拶して、夜の遺跡へ足を踏み入れた。
まっすぐ行くと、まだ解放されていない市民区画だ。そちらは深い霧が立ち込めていた。
さすがにあそこにはいる気はしない。
漏れ出す霧が、足元で絡みつく。
『おお?』
タルピーは絡みつく霧を掻き集めて纏い、身体を隠すようにしながら踊り始めた。
「ほら、いくぞ」
オレはタルピーを拾いあげて、墓地区画へと向かった。
解放されているので、あの遺跡特有の匂い――鉄錆のような、鼻血を出す時のような不快な匂いがしない。
夜の墓場ってのは、なんとも不思議だ。流石に気分が悪――いや、なんかいいな。
なじむ、実に! なじむ。
真っ暗な墓場の中に、オレが1人!
『アタイ! アタイがいる!』
「あ、そうだった。すまん」
ちょろちょろオレの肩で踊ってるのに、なぜか一瞬忘れてしまった。
それほど夜の墓場ってのは、落ち着ける場所だ。
ここの芝生の上で寝転がったら、リフレッシュできるだろうなぁ。
「そういえば飯食ってこなかったな。ちょっとここで食べて……、い、いや冗談だよ、タルピー……」
保存食広げようとしたが、タルピーの目が冷たかったので止めた。
火の精霊が冷たい目とか、なんか衝撃だった。




