ジャンジャンジャジャジャジャックポット (挿絵アリ)
本日(4/12)、小説家になろうトップページ【今日の一冊】で当作品が紹介されました!
詳細は活動報告にて。
16/8/8 後書きに挿絵追加
「えー……昨夜、宴か……当局の厳なる警戒を掻い潜り、うぇっぷ! 遺跡内に侵入を試みたものがいるためぇ~おうっぷ……。本日は調査と警戒のため遺跡の探索は……おっぷ、もうだめ……」
閉ざされた仮設門前で通達を行っていた遺跡開発局の局員が、口を押えて空の酒樽から降り、おがくず入りの箱に狂乱の残滓を吐き出した。
酒場にゲ○対策で、おがくずが敷き詰められているのは見た事あるが、役人が仕事場におがくず入りの箱を用意してるのは初めてみた。
「あ~あ、ひでぇなこりゃ……」
嫌な音を後ろにし、オレは晴天の空を仰いだ。
一方――。
多くの冒険者たちが、どんよりとした空気をまとい項垂れている。
遺跡の中に入れないからではない。局員同様に彼らも狂乱のツケを、たった今支払っている最中だった。
日はすでに高い。
昨日は早朝に集まっていた冒険者も、準備していた開発局員も、今になってやっと活動を始めたのだ。
「おーいっ! 職員さん。解放された区域にもいけないのか?」
「ぐおっ!」
「……う!」
オレの質問は、周囲の冒険者にとって音波攻撃となったようだ。
大人たちのどんよりした視線が、オレたちに向けられる。
「大声を出すな……」
「かんべんしてくれぇ……」
街にあった酒のほとんどが、冒険者街の人々の腹に収まることになったのだ。冒険者の大部分は二日酔いだ。
昨日は200人くらいいた冒険者も、今日は半分ほどである。この中で元気そうな冒険者は、オレたちを含めて10人しかいない。
ここに姿を現していない者たちは、ほぼ全て宿屋のベッドで苦しんでいる最中だろう。
「……はい」
オレの質問に対し遅れに遅れて、箱に突っ伏していた局員はそれだけ言った。
小さい返事を聞き、テンションだだ下がり冒険者たちには、安堵のような苦悩のような不思議な声で反応を示す。
「おー……」
「うー……」
「帰るか……」
「おー……だな」
「あー……うー……」
文句を言うでもなく、冒険者たちはすごすごと引き下がった。普段ならば局員に食ってかかっただろうが、今日はそれどころではない様子だ。
重い足取りとうつろな瞳で歩くゾンビ化したみたいな集団。冒険者の成れの果ては、ゆっくりと遺跡開発局の前から去っていった。
残されたのはオレたちと、数人の冒険者だった。
「ちくしょう、出し抜こうと思ったらこれか」
「こんなことならもっと飲んでおくべきだったぜ」
ある若者たちは、二日酔いゾンビの背中を見送り悔しがった。冒険者たちが二日酔いで倒れることを見越し、今日の探索で優位に立つため昨夜は酒を控えたのだろう。
ご苦労なこった。無駄になったようだぜ。
「うちのチームは俺以外はダウンだからなぁ。こっちは良かったかもしれんよ、はっはっはっ」
1人の中年戦士は、酒に関してザルだったようだ。1人無事でも、チームが半壊では探索が成り立たない。
「ボウズたちは、3人チームか? となると、あんたらも災難だったな」
中年戦士がオレたちに声をかけてきた。子供と女のチームでも、見下すようなことはしないようだ。気さくに話かけてくれる。
「冒険初日じゃなくてよかったよー」
言葉は残念そうなペランドーだが、表情を見るに諦めはついているようだ。これが昨日だったら不満たらたらだっただろう。
「なーに他に用事もあるし、一日くらいどうとでもなるさ」
墓地区画が解放されたため、薬の需要は減るだろうが売れないわけじゃない。小遣い稼ぎにはなるし、一日暇を潰せる。
あ、ティエが暇になるか。
「いやぁ、すまなかったねぇ……」
騒乱の元凶であるブトアは、申し訳なさそうに頭をかいているが、その顔に酒の影響は見られない。
彼もそうとうのウワバミのようだ。
「迷惑料といってはなんだが、昼飯は何かを奢ろう……」
一夜にして大金持ちとなったブトアは、なんとも太っ腹だ。
アンや傭兵たちにも薬を売り渡し、熱が引いたのを確認したことだし、今日はのんびりしていいかもしれないな。
「そんじゃあ、ご相伴にあずかりますか」
「酒はいっぱいつくかい?」
「おいおい、一杯にしておきな。明日から平常通りなったら、俺たちが出し抜かれる」
「ちがいねぇ」
オレたちと冒険者を合わせ10人は、大金持ちブトアの後に続いた。
* * *
――どうしてこうなった。
ア・ブンダン・トこと、ブトアはエウクレイデス王国の南部に接する小国エイシアター連合国の出身である。
彼の住む地は、古来種の遺産に恵まれていない。
古来種は大陸の中央付近だけを開発し、他の地域は自然を穏やかにさせる程度だった。
そのためエイシアター連合国など大陸の端や、小さな島々には古来種の痕跡である遺跡がない。
古来種の遺跡がないため、生活水準は極めて低く、魔法文化も遅れてしまった。
だが、悪いことばかりでもない。
古来種の遺跡がないゆえに、価値が乏しいと判断されて大国の目が向けられない。しかも、地理的にも大陸の端ということもあり、通り道にもならずほとんどの国が大国の侵略を受けたことがない。
さらに大陸の端へ派遣され、中央と疎遠になったためか、古来種について行かなかった上位種や精霊たちが数多く残っている。
そのような上位種たちを神として崇めて庇護を得て、人々は慎ましく豊かに暮らすことができた。
エイシアター連合国も豊かで平和な国だった。
誰も彼も魔法を使えるわけではないが、獣人の上位種たちが数多く残っていた。彼らを頂点として自然と調和し、勤勉に毎日働き、パンを分配しあって静かな生活を享受する国民たち。
精霊によって管理された自然は穏やかで、規則的に荒れるが同時に恩恵をもたらし、そこに住む全ての人々にゆっくりとした時間を与えてくれる。
ブトアは贅沢にも、そんな停滞した生活に飽きて、刺激を求め大陸中央へと乗り込んだ。
牛鬼人の上位種【ボルの雄牛】を師とし、彼は若いころから剣の腕には自信があった。その自信と名剣を引っ提げて、中央に乗り込んで20年。
四十路を前にしたブトアは、辛うじて中堅の冒険者となり、その日暮らしをしていた。
昨日のブトアも得意の剣で魔物を倒し、古来種の遺産を拾って売り払い、幾ばくかの金を得て酒を呑んで寝る。
そうなるはずたった――。
仮設門の開門時に、居眠りをしたブトアは大きく出遅れた。すでに目ぼしい探索場所は、他の冒険者が陣取っていた。
仕方なく墓地の奥へと進んだブトアは、花に埋もれ未発見だった地下墓地を見つけた。
居眠りをした直後だったので、警戒心が薄かったのだろうか――。出遅れて幸いだったと、躊躇なくその中に入った。
そしてブトアはすぐに後悔する。
地下は墓地区画の核が保管された場所。
運悪く大当たり。素敵なほど危険。ブトアは区画の核と、それを守る魔物を見て死を覚悟した。
中位不死者【リッチ】
墓地区画の核を管理していた魔物は、死んだ人間の魔法使いを古来種が【チューニング】して復活させたリッチであった。
ブトアがいくら剣に自信があるとはいえ、中位種相手ではあまりにも無力だ。
20年の冒険の最中で手に入れた中では最高の剣。大枚を叩いて、名うての街士に強化してもらった鎧。そして鍛え上げた技量。
それら全てを持ってしても、リッチに勝つことはできない。
逃げるにも、すでに発見されていて、背後に退路はない。
リッチの作る投影魔法陣がやけにゆっくりと見えた。実は高速投影だったのだが、死を覚悟したブトアの知覚が鋭敏化しただけだった。
頭脳はあらゆる判断を繰り返す。
魔法を避けるか、身を隠すか、突撃するか。すべてを加味して、無謀な吶喊を選んだ。
その時だった。
マントを纏った謎の集団が現れ、数々の魔法で枯れ枝を粉砕するかのようにリッチを破壊し尽くした。
呆然と立ちすくむブトアは、マントの男にこう言われた。
「君は何も見なかった」
ブトアは頷くこともできず、反射的に差し出される核を受け取ってしまった。
「我々の目的はこの先にあるものだけでね。君にこの核をやる代わりに、我々の存在を秘密にして欲しい。いい条件だろう?」
受け取ってしまった以上、同意せざる得ない。
何度も頷き、ブトアはマントの男の提案を受け入れた。
男は笑って言った。
「いい子だ」
髭面固太り四十路のブトアを子供扱いし、男は地下墓地の奥へと姿を消した。
こうしてブトアは核を持ち帰り、墓地区画解放を1人で達成したと持て囃される。
核を高く掲げた時は、詰め寄る人を避けようとして足が滑り、大げさにバランスを取ったら勝鬨のようになってしまっただけだ。
昨夜、大盤振る舞いしたのは、うしろめたさを誤魔化すためだ。
今日も、こうして冒険者と少年と女性を誘い、昼食を奢る事でうしろめたさを打ち消している。
「――いやぁ、まったく冒険者として強さに憧れるし、その幸運が羨ましいぜ」
「すごいなぁ、どんな魔物がいたの?」
冒険者街の食堂で、冒険者たちと小太りの魔法使いの少年が、遠慮なく奢りの昼食を食べていた。そしてブトアに惜しみない称賛の声を上げる。
その笑顔と声が痛い。
ブトアはうしろめたさを誤魔化すため、金を使ったにもかかわらず、かえってその顔を近くで見て、直接聞くこととなった。
かえってつらい。
ブトアは本心を押し殺し、話を合わせようとした。
「あ、ああリッチだよ、リッチがいたんだよ」
「リッチだって!」
「中位の不死者じゃないか!」
「中位種をっ! ブトアさん、ほんとにすごい!」
7人は騙せた。だが、三白眼の少年の目には疑惑の光が宿った。
「リッチを魔法無しで……?」
「……ザルガラ様」
女冒険者の声にも、疑念が宿っている。
ブトアはこの2人を直視できず、そのままウソを重ねる。その度に、疑念が膨らむのが感じられた。しかし、ブトアはもう引き下がれない。
ウソが空回りしてるのに、目の前の7人を騙せているのでまた口が滑る。
やがて若手の冒険者が、とんでもないことを言い出した。
「ブトアさん! これも何かの縁でしょ! ここにいる僕らで一時、チームを作ってみませんか!」
ゾッとした。ブトアはこれ以上ボロが出るのは避けたい。なんとか提案を退けようとしたが、7人は勝手に盛り上がる。
「おいおい、差し出がましいこというなよ」
「いやいや、でも遺跡の開発が遅れてるのは、やっぱ冒険者が身勝手に動いてるからだろ? ここは一つ協力ってのもいいんじゃない?」
「そうだよ! 開拓者も困ってるよ! 公園区画を解放すれば、運河を挟んでその先が農業区だしやってみようよ!」
「ほう、そりゃ開拓者も喜ぶな!」
遺跡内の農場は、普通の土地に比べて収穫率が格段に高い。古来種がそのように土地を【チューニング】しているからだ。
遺跡は区画ごとに的確なチューニングがされており、遺跡以外の場所に街や農場を造るより格段に効率が良い。
あまりに効率的で便利過ぎる遺跡。
人類が遺跡に依存するのも仕方ない事だ。
「い、いや、その、そのだなぁ……」
ブトアは盛り上がる7人と冷たい視線を向ける2人に挟まれ、しどろもどろになった。
困るブトアの姿を見て、流石に迷惑だったかな……と7人の冒険者は顔を見合わせたが――。
「イイねぇっ! そりゃイイねぇっ!」
身振り手振りを混ぜ、誰よりも大きな声で三白眼の少年が叫んだ。ご丁寧に時々手を叩き、無関係な者の視線までを誘導させる。
7人の男たちは呆気に取られた。
そんな7人を無視して、三白眼がブトアを射抜く。
「核の管理者をどぉんな風にどうこうしてどぉーしたか? オレはぁ~とても興味がある。ぜひとも、その腕前、見せてもらいたいぜっ! ア・ブンダン・トさんよ」
全てわかった上で、追い詰める少年の目。
ブトアは小さく何度も頷いた後で、天を仰ぐ。
どうしてこうなった――。
ブトアは心の中で頭を抱えた。




