と……、友達は間に合ってます!
墓地区画の解放。
この一報は、停滞気味な【霧と黒の城】の遺跡開拓に喜ばしい兆しだった。冒険者街は俄かに騒がしくなり、冒険者やら開拓者たちが遺跡開発局事務所に殺到した。
オレは初めて見る光景に圧倒された。
事務所は手狭過ぎて、野次馬までは入りきらない。溢れだした人だかりが、何事かと思わせ人を呼び寄せる。
一方で墓地じゃなければ、という声も開拓者たちの間にあった。開発が許可されるとしても、そら墓地に家とか畑は作りたくないもんな。
しかし、これで墓地区画の先に行けるようになった。
市民生活区と隣接した商業区、その北の神殿、さらにその隣りの倉庫街だ。
倉庫街区画を解放すれば、北門と運河が利用できるようになる。残されているであろう物資も重要だ。
神殿は後年の物なので古来種の作ったものではないが、何か古来種の遺産が残されているだろう。
商業区は意外と人気がない。そこそこ価値のある商品が残ってればいい程度で、金庫などは空であることが多いからだ。
しかし商業区の先は富裕層の家々が見える。
ここを解放すれば、宝の山がその先にある。
墓地区の解放は、冒険者にとって良いこと尽くしだ。
核と解放の手続きが終わった異国の戦士が、人に揉まれながら事務所から出てきた。
ワッと上がる歓声に、離れて見ていたオレとペランドーも気圧された。
この立役者、異国の戦士――「ア・ブンダン・ト」
彼はアが個人名で、ブンダンが家名で、トが氏族名という異国情緒あふれる名前である。
呼ぶときアさんとか、アとか言うのはなんかおかしい。
なので書類ではア・ブンダン・トだが、「ブンダン・トのところのアさん」という意味で、「ブトア」となる。親しいと「ブア」になるらしい。
なんで本名は「個人名・家名・氏族名」なのに、呼び名の略称は入れ替わって「家名(略)・氏族名・個人名」になり、愛称では氏族名が抜けて「家名(略)・個人名」になるだよ。
ややこしい。
ターラインみたいに、王国に同化して名前変えてくれればいいんだが――。
そのブトアは野外に急遽つくられた宴会場で、冒険者と開拓者に囲まれ称賛を受けていた。商人たちからは、お礼を言われつつ酒を注がれている。
冒険者街はお祭り騒ぎで、誰もが仕事を放りだして飲食店が野外営業し、酒場のオヤジまで酒をかっ喰らっている状態だ。
オレとペランドーも話をしてみたかったが、酔っ払いどもに囲まれて、子供のオレたちでは近寄ることもできない。浮かれ騒ぎがひどすぎる。
このらんちき騒ぎの支払いは、全てブトア持ち。
核の買い取りはご祝儀価格までついた。なにしろ念願の内部区画の解放なので、遺跡開発局も買い取りに色を付けたのだ。
これはティエからの情報である。彼女は遺跡開発局の下級官吏と親しい。何人か、知り合いがここに赴任しているそうだ。
らんちき騒ぎに参加できないオレらは、奢りの食事を平らげてから宿に帰る事にした。
「だいぶ熱に当てられますからね。もう帰って休みましょう」
付き合いで酒に口を付けた程度のティエが、しゃんとした様子でオレたちを臨時宴会場から送り出してくれた。
「ん? なんならティエは宴会に参加してていんだぞ」
「いえ、このような場に私の居場所はありませんので」
ティエはその落ち着いた性格に沿い、賑やかな場が好きではない。だが、酒は嫌いではないはずだ。
「私は飲むなら1人で飲む方が好きなので」
「そういうもんか」
1人酒が趣味か。想像するとなんか寂しいな。
ところで、こういう場だとティエみたいな女性は人気になるはずだが、あまりお声がかかった様子がない。
もしかして、オレらの母親と思われたのかな。なにしろティエも今年で、にじゅう……。
ギンッ!
前髪で普段見えぬティエの【ダイアレンズ】が、オレへと向けられた。
え、なんでこのタイミングで?
「ザルガラ様。前々から申そうと思っておりましたが――」
「お、おう?」
「私は人間ではありません」
「は?」
なんだ、この告白。まさか背中から羽が生えて、クケーとか言い出すなよ、ティエ。
「この目が証拠です。人に非ざる者に、人の世に於ける男女の仲や、婚期とか、休みにデートとか、誕生日の美しい夜に2人きりとか、そういうモノはないのです。人にあらざる者に、恋など不要。いえあるはずがないのです。望むともかなわぬものなのです。人でないから、私に結婚は無いのです!」
「お、おう」
「ないのです!」
「は、はい」
こいつ、婚期逃して妙な妄想に逃げやがったな。
まあ逃した理由は、だいたいうちの爺さんが利用しまくってたせいなので仕方ないか。しかも便利な道具扱いから、オレの子守になったわけだ。オレも責任の一端がある。
使用人や臣下の結婚を世話するのも、オヤジの仕事だろうになんでこんなになるまで放っておいたんだ!
いや、オレの仕事でもあるのか。あとでマーレイとかオヤジとかに相談してみよう。
「ヤマン……」
宿に帰ると、ターラインが浮かない顔をしていた。
「ターラインさん。宴会に来てなかったようですけど、どうしたんですか?」
たらふく食べたペランドーは苦しそうだ。そんな幸せで苦しい彼が、宿の主人を心配して声をかけた。
「アンのヤツが熱を出しちまった……」
おっと、ついにきたか。
まだ深刻な呪いと気が付いていないのだろう。ターラインの表情は厄介な時に、娘が病気になったとしか思っていないそれだ。
「そりゃあ大変だ」
「……フーユ? なにか嬉しそうだな」
おっと、顔に出てしまったか。誤魔化さないと。
「なに、ちょうど薬の材料を取ってきていてな。今から作るから、一つわけてやるよ。アンタは最初の客ってわけさ」
「アーバシャーク……。人の不幸に付け入る客だ」
「はは、逆の状態……、たとえばオレらが調子悪かったとして、そしてアンタが薬を余分に持ってたら、ちょうどいいからって売るだろ?」
「言われてみれば、そうだな」
恩を売るつもりはない。今のオレとターラインは友人じゃないからな。
友人とならないシナリオが一番だ。
そうならないと、不幸になるヤツが2人いる。
おっと、傭兵たちの分も作らないといけない。オレたちにうつった場合も考えて、解呪の薬は多めに作っておこう。
「では、私はこのままボトスさんのところへ行ってきます」
ティエは開拓者のところにビンの引き取りへ行き、オレとペランドーは部屋を借りて薬の調合を始めた。
あーあ、これを完成させてターラインに売り付けたら、そこで未来の友人は残念無しよ、か。
でもまあ、今回のオレは結構充実している。ターラインの不幸に付け込んで友人になるより、アイツが何も知らないまま幸せになった方がいい。
これで将来、誕生するはずの復讐者が1人いなくなった。
これで将来、出来るであろう友人が1人いなくなった。
オレにとってはその程度の事だ。
「あれ、ザルガラくん? どうしたの?」
「あん? な、なんでもねーよ! 燻した煙が目に染みただけだよ!」
なんでこんな時に人の顔見てんだよ、ペランドー!
煙を払う振りをして、目を隠す。
オレはそうしてペランドーの視線から逃げつつ、解呪の薬を完成させた。考えたら病状を調べず、これを作ったらオカシイよな。誤魔化すために、違う薬も作っておくか。
などと簡単な薬を量産したが、肝心のティエが帰ってこない。
ガラスビンで封をしないと、劣化して効果が下がる薬もあるんだが――。
生産を続けながらヤキモキし始めた頃、ティエが宿に帰ってきた。
「遅くなりました」
「おう、やっと来たか……。ん? どうした?」
薬ビンを持ったティエが、やっと到着したが様子がおかしい。
「いえ、ボトスさんたちがいなかったので、とりあえず入り用と思われる分だけ、商人から使用済みのビンを買い取ってきました」
「んだよ、まったく依頼しときながら、どういうつもりだよ」
ボトスが用意するというから、薬を大目に作ってしまったぞ。ティエが気を利かせたからいいが、そうじゃなかったらいくつか無駄になった薬もあったところだ。
「それから――」
薬ビンを箱から取り出しつつ、ティエが深刻な表情を見せた。
「どうもボトスさんたちだけでなく、何人かの開拓者が行方不明なっているそうです」
「あん? どうせあの宴会で、誰が誰で、自分がダレで、どこに誰と自分がいるかわかんなくなってんだろ」
オレたちが帰る時、宴会場は騒乱状態だった。今頃、酔いつぶれたヤツや騒ぐヤツらなどで、会場はめちゃくちゃになっているだろう。
「いえ、その宴会にも姿を見せないようですよ」
「はぁ?」
今日の宴会は、それこそ冒険者街あげてのイベントだ。娘が倒れて看病するターラインや、呪いで動けない傭兵でもないかぎり、宴会に顔を出すだろう。
宴会にも姿を見せず、開拓者の居住地にもいない。
こんな時に、確かに不自然だな。
嫌な予感がして、オレはため息をついた。
「……やだなぁ。なんか事件か」
「事件!?」
ティエの報告を聞いて、オレは面倒事が降ってきたのかと嫌になった。なのになんでペランドーは嬉しそうなんだよ。
「それと開発局の知り合いから聞いたのですが――」
「おい、まだあるのか?」
あー、こりゃ事件だね。
「宴会の隙をついて、遺跡に侵入したものがいたようです」
普段はしっかりしてる遺跡の警備の癖に、こういう時は抜けてるんだな。
完全に事件だよ――。
少々忙しく執筆の時間がありません。
GW前までにはなんとか三章を終わらせたいです。




