古強者の掴む栄光
「ザルガラくん! やったよっ! 正3角形を投影出来たよ!!」
「おおっ! すげーなっ!」
ペランドーの眼前に、ぼんやりとした青い光を放つ正3角形が浮かんでいた。いつの間にか描かれたので、どれくらいの時間がかかったのかわからない。
しかし、これでペランドーは魔法使いとして、さらに一段階上の使い手となった。
「でも、その報告は今じゃなくていいんじゃないかな!? ペランドーくん!!」
オレは群がる魔法人形を薙ぎ払う。
ハサミや芝刈り、ノコギリ装備の魔法人形たちは、芝生を削りながら吹き飛んで行った。
ペランドーの脇で、ティエの剣がハサミを持った魔法人形を切り払う。
その背後から無機質に草刈り鎌を振り回す魔法人形が襲いかかった。それを難なく躱すティエ。
その彼女の援護に、オレは魔力弾を飛ばした。
新式魔法陣を使って曲げられた魔力弾は、ペランドーとティエを避けて魔法人形にブチ当たり、草刈り鎌ごと粉々に打ち壊した。
……威力がちょっと強すぎたな。
ティエが盾を持っていなかったら、破片で怪我をさせていたかもしれない。
「あーあ、終わっちゃった」
モノの勢いで正3角形陣の投影に成功したペランドーは、援護魔法を撃ち損ねたと残念そうに肩を落とした。
「意外とオマエって、実践派だな」
オレは未だ蠢く魔法人形にトドメを差しつつ言った。
「そうだね! なんだか必死になると出来る感じがする!」
おっとりした顔してるわりに、勝負どころで実力を出すタイプらしい。
今もそうだった。ペランドーは魔法人形から不意打ちを受け、慌てて魔法陣で防御しようとしたら正3角形陣を投影に成功していた。
成功したらしたで、ドヤ顔でオレに報告してまたピンチになっていたが。
「さて、浮かれているペランドーはともかく……」
周囲を警戒してくれているティエの後ろから、公園の眺め見た。
古来種の公園は奇妙だ。
通路などは人工的な造りなのに、要所要所の狭い範囲で自然を再現する公園。箱庭を並べて、順々に各地の自然を眺めて回るという構造になっていた。
古来種の間でも逸り廃りがあるので、必ずしもこの形式とは限らないが、標準的な公園はこのような形になっている。
「毒胞子飛ばして攻撃してくるキノコと、徘徊する樹木。そして今度は、公園手入れの魔法人形か」
公園区画は動物的な魔物が少ない。警備用の魔物は、木々や草として公園の一部となっているので、視覚的に判別しにくく、警戒に神経を使う。
「このまままっすぐ行くと、核のある公園の中心だね」
地図を確認し、ペランドーが指し示す先には大木があった。樹齢一万年とかありそうな大木である。遠くに見える黒の城を除けば、二番目か三番目に大きい存在だ。
タルピーがオレの肩の上で、見覚えがあるなどと言っているがそんなはずはない。コイツが見覚えがあるのは、一万年前の違う木の事だろう。
「たぶん、アレがこの区画の核になってるだろうな。今回は解放が目的じゃないし、迂回していこう」
オレは面倒を回避することにした。
古来種の魔物など、強いだけならオレの力押しで勝てる。上位種ではちょっと手こずるだろうが、そんな存在はほぼいない。遺跡のボス格は、せいぜい中位種などでオレの敵ではない。
だが、核の停止方法はボスを倒すという単純な物だけではない。
あの木が意志を持っていて、謎かけしてくるなど考えられる。もしかしたら、数日間かかる愚痴を聞かされることが停止方法かもしれない。
どっちにせよ、情報がないのだから
「そうだね。目的は薬草の採取だし、南回りの道で薬草園にいこう」
さすがペランドー。当初の目的を優先させるとは、無難な優等生だ。
ティエを先頭とし、オレたちは南回りの道を選んで進み始めた。タルピーも後方警戒に協力してくれているが、オレの頭の上で髪を引っ掴むのは止めて欲しい。
そんな道中、オレは自分の身体に起きた異変に気が付く。
「ん? なんか喉が痛いな」
酸味というか、たとえるなら喉や鼻に舌があって、それが鉄でも舐めたようなカンジだ。
「お気づきになりましたか」
前を進むティエが反応した。
「どういうことだ?」
「はい。遺跡特有の現象です。核が起動中の区画は、大なり小なり、この匂いがします」
「へえ……区画解放されれば、この匂いもないわけか。しかし、なんか喉痛くなるようなならないような不思議な感じだな」
体に毒ってほどではないが、違和感がある。
不快感って程度だ。
「ぼくは平気だなぁ」
「そりゃ羨ましいな、ペランドー。……飴を舐めたくなるぁコレ」
ペランドーにとってこの匂いは、大した不快感にならないようだ。
「中にはこれが嫌で、冒険者を止めて開拓者になる人もいるくらいです」
「体質にもよるんだろうな」
正直、オレもあまり好きではない。遺跡探索を止めようというほどではないが、この中で生活しろと言われたら断るかもしれない。そんな程度の不快感だ。
こんな事を話ながら進んでいくと、道の先から男たちの声が聞こえてきた。
「せいっ!」
「「「えいっ!」」」
「せいっ!」
「「「えいっ!」」」」
遺跡の通用門が開く前に聞いた、戦士たちの気合をいれる声だ。
しかし、今回はどこかおかしい。
掛け声が中断することも、終わることもない。
不審に思いつつ、オレたちは公園の木立から声の聞こえる広場を覗いた。
そこでは戦士たちが、円陣を組んで掛け声を掛けあっていた。
タルピーの踊りが、この掛け声のリズムに合い始めてちょっと気持ち悪い。
「せいっ!」
「「「えいっ!」」」
「せいっ!」
「「「えいっ!」」」」
そのいつまでも終わりそうになかった円陣が、唐突に終わりを告げる。
「きさまぁっ! 声が合ってないぞ!」
オレにはズレてるとは思えないが、リーダーが合ってないと言って若い戦士に鉄拳を叩きこんだ。
「うるせぇ! てめぇのリズムが悪いンだよ!」
お、若い戦士が反逆の拳をリーダーに叩きつけた。
ふ~ん、やるじゃないか。
そのままリーダーと若い戦士は、激しい殴り合いを始めた。
と、そこはまあ鬱屈した若者の反逆ってことで分かるんだが……。
「円陣組んでるとき、てめぇの脇が臭ぇんだよ!」
「おまえこそ、歯を磨けや!」
「風呂入れ!」
「唾飛ばし過ぎなんだよ!」
「どさくさに紛れてケツ触るんじゃねぇっ!」
他の戦士たちも、なぜか些細な理由で殴り合いを始めていた。
最後のは些細じゃないかもしれない。
それはともかく――。
飛び散る鮮血、吐き出される歯、倒れても立ち上がり、闘志むき出しの重傷者。フルスイングのパンチに、勢いの乗った飛び蹴り。
仲間同士のケンカというレベルではない。だんだんと、殴り合いが白熱してきた。
気合入ってるなぁ、コイツら。
これで冒険続けられるのかな?
「ねえ、ザルガラくん」
「なんだ?」
他人事のように遠目で伺っていたオレだったが、ペランドーは何かに気が付いたようだ。
「あれって、魔法か毒とかで混乱してるんじゃない?」
「……? あっ! そっか!」
オレにはその発想がなかった。てっきり、楽しんでるものかと――、最近感覚がオカシクなってきたな、オレ。
「気が付かれてなかったのですか、ザルガラ様。てっきり醜い争いを眺めて、楽しんでらっしゃるのかと」
「ティエの中で、オレはどんだけ性質の悪いヤツなんだよ! 『見当違いの聖者の苦行』」
一先ず、戦士たちを魔法で拘束し、近づいて安全を確保してから、彼らの混乱状態を魔法で解除した。
「はっ! お、おれたちはいったいなにを……、痛、いたたた……? なんだこの傷は!?」
正気に戻るなり、戦士たちは膝を付いて自分の姿に驚いていた。
「俺たちは……なんであんな殴り合いを……」
「くだらない理由で殴り合ってたな」
「っ! お前はっ!?」
やっとオレに気が付いたようだ。
見たままの状況を説明すると、彼らは思い当たる節があったらしい。
「あの時のキノコの胞子か?」
「それ以外考えられないな……」
互いに顔を見合わせて、仲間割れの原因をキノコの胞子と決めつけた。
だが――。
「なぁに! これでより一層、絆が深まった……って気がする……なぁ? ははは、は……はは」
リーダーはこの事態を一笑しようとしたが、彼も含めて誰も目が笑っていない。あやふやなようだが、記憶が残っているのだろう。
部外者のオレから見ても、アレはわだかまりが残る殴り合いだった。
「どうやら助けられたようだな……」
気まずい雰囲気を誤魔化すように、リーダーがオレに頭を下げてきた。
「気にすんな。流石にあれは見てられなくて――」
「ぼーっと見てましたよね? ザルガラ様」
「ほんとに最近、オマエは一言多いよな!」
だがそれが嬉しい。
怪物扱いして、距離を置いてない証拠だ。
もうちょっと優しい距離の測り方をしてほしいが……、うーん。なんかティエってオレに似てるな。仕方ない、許してやるか。
戦士の冒険者たちは、改めて礼をすると言い残し、応急手当を済ませてこの区画から帰った。
オレたちは彼らを見送り、小休止を兼ねて軽い食事を取った。
小腹を満たし再び薬草園へと向かう。その道中、何度か魔物の襲撃を受けたが、ティエとペランドーだけでも撃退できる程度の小規模な攻撃しかなかった。
気の抜けるような冒険だが、ペランドーは満足らしい。
三度目の襲撃後、崩れ落ちる魔法人形を見てペランドーが薄笑いを浮かべた始めた。
「ふふふふ……」
魔力弾一発で一体破壊。一撃必殺。これに快感を覚え始めてしまったようだ。
「おいおいおい、戻って来い、ペランドー。そっちには行くな!」
オレは必死になって引き戻す。
まだ浅いところだったのだろう。ペランドーはすぐに正気に戻った。
「はっ! ぼくは今、何を!」
「……成長してもいいが、頼むからオマエは変わらないでくれ!」
「ザルガラ様みたいに、成られないでください」
「オマエ、ほんと最近ひどいよな!」
地味に傷つく。
いくらなんでも痛みがあるぞ、ソレ。
「大丈夫ですよ。ザルガラ様こそが、最近『こちら側』に戻られてますから。前のザルガラ様のように成られないように――という意味です」
「な、なに言い出してんだよ! 急に!」
「ザルガラくん、なにその愉快なハンドサイン」
オレがめちゃくちゃに手を振ったら、ペランドーが無用なツッコミを入れてきた。見て見ぬふりしてくれよ!
「でも、ティエ。それって前のオレは酷かったって意味――」
「あ、ザルガラ様。そこが薬草園のようですよ!」
誤魔化しやがったな。
薬草園は公園の片隅にひっそりと……それでいてかなりの範囲に広がっていた。様々な薬草が、マス目状に分けられた土地に茂っている。
魔法人形が栽培しているのだろう。どれもが薬に使える品質だ。
オレたちは成長しきったり、適切な育ち方をした薬草だけを取り、取り尽くさないように注意して必要な分だけを手にいれた。
この作業は時間がかかった。
知識のないティエが手伝えないので、もっぱら荷物持ちである。
オレとペランドーだけでは手が足りない。次回は回収用の人員を雇うことも考えよう。
夕刻となり、採取に手間取ったオレたちは作業を切り上げた。
開拓者のボストに頼まれた分までは足りないが、アイツらの分はおまけだ。次回に後回しでいいだろう。
こうして帰路につくと、オレたちは門付近の市民区画で冒険者の人だかりを見つけた。
ペランドーが行ってみようというので、仕方なくついていく。
冒険者たちは興奮した面持ちで、1人の男を取り囲んでいた。
あの居眠り異国の戦士だ。
冒険者の挙げる歓声の中心で、誇らしげに超々立方体陣の刻まれたを宝石を天に翳していた。
超々立方体。それはオレでも描けない古来種の魔法陣だ。
五次元の立方体が、宝石の中で回転している。
「アレは……アレが核か!」
「どうやら、墓地区画が解放されたようですね」
「すごい! やっぱりあの人はベテラン冒険者だったんだ!」
オレは驚愕し、ティエが納得し、ペランドーが興奮する。
奇しくも、オレたちは周りの冒険者たちと同じ状態となった。
熱気にやられたからだろうか?
――オレは気づかなかった。
無邪気に沸き立つオレたちに対し、異国の戦士の顔が困惑で満ちていたことに――。




