Wheel an come again. ウィーランカムァゲ
「少し匂うが、うちに泊まるなら許してくれ。葉っぱアロンサイ煙で魔除けだ」
両手を広げ、ターラインが陽気に言ってきた。客に我慢を強要してくるとか、宿の主人のいう事じゃない。
葉っぱと煙で魔除け――か、ターラインはいつもそういって、タバコを吸っていた。
横目で見るに、今のターラインはそれほどタバコを吸わない。オレの知っているターラインは、常にタバコを吸っていた。それこそ、咥えてない時はないほど。
「あとこのサウンドも勘弁してくれよ。俺様はコイツがないと眠れねぇ。夜になると怖い音が聞こえてくる。このタバトブなサウンドが俺様の子守唄さ。なるべく客室には音が行かないようにするからな。ヤイヤミノ?」
ターラインは南方特有の迷信を信じていた。おまけに怖がりだった。
しかし南方出身でありながら、魔法の腕は相当なモノだった。
新式魔法はいまいち、古式なんて無理。そういう使い手だったが、こと音に関しての独式魔法は上手かった。
新式の沈黙魔法は、指定した空間の音を消す魔法だ。ところが、ターラインの独式魔法は特定の波長を持つ音だけを選んで消すなど、神業かかった魔法を編み出したりした。【耳を逆撫でる子守唄】は、元々ターラインの使っていた独式魔法である。オレがパクって使いやすくした。
そんなターラインには娘がいた。
酔っぱらった時に良く言っていたな。
『俺様は魔除けを吸っていたから助かったが、北からの客を対応をしたアンは……』
いつも泣きながら後悔していた。
この宿屋をたたんだ理由は、娘の不幸があったからだ。
「ただいまぁー、お父さん」
宿帳を書いていると、ちょうどその娘が帰ってきた。
オレと同じ年くらいだが、身長は頭一つ大きい。編んだ髪を頭の上で括り上げている。父親に似ず、目が大きく可愛らしい。浅黒い肌、細く健康的で長身。南方特有の低重心な物腰。
不思議な魅力を感じさせる。
「ヤマン。お客さんだ、アン。トバトプな2部屋に案内してくれ」
「はーい、じゃあお客さん。荷物持つね」
三人分の荷物をひょいひょいを持ちあげて抱え上げる。大した膂力だ。
そうかこの子が――。
オレは短い距離を案内される間、儚い命のアンの背を眺めた。
『煙で身体を清めて置けば、ゾンビにならずに済む』
ターラインはいつもそんな事を言って、咳き込みながらもタバコを吸い続けた。もしかしたら、気の長い自殺だったのかもしれない。
あの大男はゾンビを恐れながら、複雑な思いで憎んでいた。
ゾンビ。それは動く死者だ。
古来種の魔法とは別系統で、長い歴史で失われた呪いの魔法だ。死者を不条理な方法で、理不尽に生き返らせ使役する。
エウクレイデス王国の北に、アポロニアギャスケット共和国という国がある。王国と国境を接するため、両国は何度か矛を交えている。
そのアポロニアギャスケットの魔法使いが、ゾンビを作り出す呪いを研究していた。
生者をゾンビにする恐ろしい実験が、事故でとある傭兵たちに降りかかり、その傭兵たちが巡り巡ってターラインの宿へとやってくる。
どういう呪いかは分からなかったが、そのゾンビの呪いは感染するらしい。
アンは不幸にも感染した。
アンを失ったターラインは宿屋をたたみ、アポロニアギャスケットの研究者に復讐を誓う。
その過程でオレとターラインは出会い、協力することとなった。
これが前の人生で、ターラインに聞いた話だ。
『もしも俺様がゾンビになって迷いでたら――、ザルガラの手で焼き払ってくれ』
復讐を果たした時、燃える研究所を眺めながらターラインはそんな事をいった。
今のターラインは迷いでたわけではない。ターラインが生きている時代に、オレが来たわけだからな。どちらかと言えば、オレが死んで過去に迷い出ていると言ったカンジだ。
この娘を――アンを助ければ、ターラインは宿を続ける。
オレの友人になることはないが、ターラインもアンも不幸にならない。
ちょっと寂しいが、それはとても良い事だ。
「よし、やるか」
部屋に荷物を置いて、身支度を整えるとオレは気合を入れた。
「うん、行こう!」
オレはアンを助けるため「やるか」といったのだが、ペランドーは冒険者登録へ行く話だと思ったようだ。
まあ、確かに行くんだが。
アンを助けるためには、『霧と黒の城』からヘレボルスという薬草を取ってくればいい。霧と黒の城の一部は薬草園だったらしく、薬草入手には困らない。
重症状態や完全にゾンビ化していない患者に、この薬草を煎じて飲ませると驚くほど簡単に治る。
アンにうつる前に、原因である傭兵たちを治してしまってもいいだろう。
おまけだ、おまけ。
別部屋のティエと合流し、ターラインの宿から出ると、ちょうど商隊が隣りの宿に到着したところだった。護衛は10人の傭兵。
この手の護衛は傭兵の仕事であって、冒険者ではない。
中には兼業もいるが、別の仕事だ。
冒険者は探索と発掘の分野に片足を突っ込んでいる。知識がないとできない。
傭兵は集団戦という軍のやり方に片足を突っ込んでいる。個人主義者じゃ出来ない。
どちらも出来るのは、よほど有能か器用なヤツだろう。
その傭兵たちの何人かは、ターラインの宿を利用するようだ。商人たちは隣りの大きな宿に収まるが、さすがに急ごしらえの宿屋では全員を受け入れられない。
オレたちと入れ替わりに、5人ほどの傭兵たちがどやどやとターラインの宿に入って言った。
2人ほどが咳をしている。
なるほど、アイツらから呪いだか病気がうつるってわけか。
いや、しかし北からの客とターラインは言っていたはずだ。ただの風邪じゃ勘違いってことになる。
「アイツらはどこから来たのかな? 王都からここまで、街道に護衛がいるほどなのか?」
「いえ、あの方たちは、北のアポロニアギャスケットからいらしたようですね。あの毛皮はここにはいない種類の熊です」
積み荷を覗き見て、ティエは断言した。彼女は長い髪で視線を隠しているため、盗み見を咎められ難い。
間違いないようだ。
仮に彼らじゃなかったとしても、ヘレボルスを取ってきておいて間違いないだろう。適当な理由をつけて、煎じ魔法で保存加工した薬を預けておけばいい
『薬は……薬はあったんだ……。目の前の遺跡にいくらでも……。俺様の足が遅いばかりに、間に合わず……アンは』
酔っ払い突っ伏し、泣きながら悔やむターラインの姿を浮かぶ。
大丈夫だ、ターライン。オレたちは明日には遺跡へ行くし、情報もあるし、足は速いし怪我もしていない。
二度目の人生で、初めて自分で好きなように未来を変えられそうだな。
カタラン領のランズマを救ったり、ユールテルを助けたりしたご褒美かね、これは。
良い事もしておくもんだ。
「ザルガラくーん。行っちゃうよー」
振り返ると、ティエと一緒に道を先へ行ってしまっているペランドーが手を振っていた。
「おう、すまんな」
オレはすぐに2人を追いかけた。
俄然、やる気が出てきたってもんだ。
「待ってろよ、ターライン。断交は残念だが、オマエの大切なアンは助けてやるぜ」




